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49 覚悟

読んで下さりありがとうございます。

「なあ、やっぱり止めないか」


 寝る準備をしているシルムにそう問う。

 髪を下ろした姿は贔屓目抜きでも可愛らしい。


「お断りします」


 語尾の弾んだ気分の良さそうな否定。

 まあ聞き入れてくれないよな…。

 一度は腹を括ったものの、今はその決断が鈍っている。

 

 というのも、一畳ほどあるレクタングラー型や封筒型と呼ばれる長方形の寝袋へ先に入ったのだが、想定よりスペースに猶予がない。

 最近使用しておらず、目測と記憶に頼ったのは失敗だった。それと、俺は寝るとき両端のファスナーを開き切っているが、シルムは閉めて使う為それも閉塞感の要因となっている。

 このままでは密着しきって一体となってしまう。


 いや、そもそも簡単に受け入れているのが問題なんだ。

 シルムはしっかり者だけど、まだ思考が子供な部分がある。

 せっかく愛らしい容姿で、将来は綺麗に育つだろうから、下手なことで棒に振って欲しくない。

 年上として倫理観や危機感について説くのも役目か。


「別に同衾するのは嫌じゃないが、シルムがとても女の子らしいから心配してるんだ。もし俺がその魅力にやられて、我慢できなくなったらどうする」

「お、女の子らしいなんて、そんな…」

「照れてないで真面目に、な?」


 自制には長けているので、魅力にやられるの下りは脅しのようなものだ。

 逆に、一般的な生活を過ごしつつ彼女と出会い、迫られていたら、欲を抑えるのは無理だったかも。


「私はただ、抱かれて寝たときの温かみが忘れられなくて。センお兄さんの言う、もしが起きたとしても…覚悟は出来てます」


 シルムは自分の身体を抱き込む様にして、目を閉じながら話す。

 非常に誤解を生みそうな発言だが、クランヌに頼まれた時の話だろう。

 動機の元はあの体験を気に入ったからで、事態の想定と決意も済んでいると。

 

 受身の態勢でいるのも突っ込みどころだが、その覚悟は本物かどうか。

 実際の場に直面したとき、甘かったと悔やんでも遅い。

 お節介かもしれんが……。


「仕方ないな」

「えーーきゃっ」


 腕を引っ張り寝袋の上にシルムを倒してのし掛かり、押さえつけながら『コール』で出した拳銃を下へ向けトリガーを引く。

 すると、寝袋の回りに立体的で半透明な壁が展開。 

 高さ二メートル。規模が小さい代わりに高密度の魔力で形成された、耐久に重きを置いた結界。

 

 結界は領域内で行動を制限したり侵入を防ぐのが役目。

 それに倣い『境界』を付与し、術者が許可を出すまで出入りは不可能となっている。クランヌの転移を持ってしても。

 もっとも、彼女は依然としてあちらを向いたまま反応がない。寝付きが良くて何よりだ。

 

 使い方次第で強固な監房にもなる結界。脱出方法は破壊するか術者を倒すかの二択。

 しかしシルムは既に身動きを封じられ、こんな閉鎖空間では助けを呼ぶことも叶わず、あとはされるがまま。

 ここまでされたら流石に恐怖心を抱いただろう。

 ほら、現に目をつぶって身体を縮こまらせ震えてーーはいないな。


(……あれ?)

 

 急激に膨れ上がる違和感。

 集中していて気にも留めなかったが、拘束から今に至るまで、シルムは一度たりとも抵抗の素振りを見せていない。助けを求めることすらも。

 短剣との併用で体術を習い始めたばかりとはいえ、少なからず心得のある彼女なら反抗は可能な筈。

 身が竦んで動けなかったのだろうか。いや、殺気を浴びて立ち向かって来た前例があるから考えにくい。 

 つまり、つまりこの状況を本気で受け入れている?


 と、口閉したまま動じなかったシルムが薄らと目を開く。

 その瞳は潤んでおり、よく見ると頬が桃色に上気している

 洋菓子みたいな甘い香りを漂わせる彼女はは、沈黙を保ちこちらと目が合い……数瞬の間を起き視線を斜めに逸らした。


「ーー」


 思わず身体が仰け反りそうになったのを堪える。

 物理的に衝撃を受けたのではなく、しおらしい仕草が心臓に響いたのだ。素直に表現するならドキッとした。

 

 前に同じような場面を経験し、当時はこれほどの衝撃はなかったが、今回との違いは明白。

 それは、その女性の表情や目遣いが妙にマッチしていたから。自分の容姿に合わせた最適解を見せられているような印象。

 なので完成度の高さに感嘆が強く、却ってこちらの冷静さを増長させた。

 後に、篭絡の目的で国が仕向けた手先と判明し、計算し尽くされていたのに納得。


 対してシルムは見た限り素の反応で、その自然さ惹かれたと思う。これで演技だったら……いや、考えないでおこう。

 とりあえず俺が見くびっていたと分かったし、この状況が長引くとそれだけ尾を引きそうだから、事態の収拾を図ろう。

 シルムの上から立ち退きながら結界を解き、寝袋の横に正座で位置付けーー彼女が身体起こした所で頭を下げる。


「シルムの覚悟を試させてもらった。乱暴なことをしてすまない、どんな謗りも受け入れる」


 自分なりに誠意を込めた土下座。

 あのような真似をさせておいて許されるなんて甘い考えはしていない。試しとは言え決意のスケールは大きく、それを無為にしてしまったし。

 嫌われたかもな……。


「頭を上げて下さい」


 今の状態では顔を窺え知れないが、声のトーンはいつも通り。

 烏滸がましいと思いつつ淡い期待が募り、許可が出たので恐る恐る顔を上げーー予想に反してシルムは穏やかな様子でいた。

 余韻が抜けきっておらず少々赤らんでいるけど、怒気は含まれてないように見受けられる。

 

「私を心配してくれてたのは分かってますから。センお兄さんからすれば軽率な行動かもと、考える機会は何度かありましたので」


 自覚があるなら行動に反映してくれ…そう口にしかけた不満を飲み込む。

 邪な感情は無くともシルム相手に所業を起こしたのは事実。

 せっかく丸く収まりそうなのに、この場で異を唱えるのは得策とは言えない。


「ですので気にしてません。でも、同衾の話を認めてくれたら嬉しいなー、なんて」

「確認は済んだし、もちろん構わないよ」


 最初からゼロに等しかった拒否権に、さっきのを加えて発言力は皆無となり、俺はもう受け入れるだけ。

 結果的に一人で空回って自分を追い込む形となったが、元の要求だけなら安い……安いと思っておく。 


「やった。では、時間が勿体ないので早く寝ましょう」


 シルムは善は急げと言わんばかりに、ガッツポーズをしてすぐ、こちらの腕を取り誘引する。

 もはや投げやり気味の俺はされるがままで、遂に二人で寝袋へ入る運びとなり、当然のように彼女が腕に抱き付いても何ら抵抗はしなかった。


「えへへ、やっぱあったかくて落ち着きます…」


 顔が埋まって表情は知れなくとも、声の調子から安らいでいるのが分かる。

 反応といい、指定できる望みに同衾を持ってくるあたり相当気に入ったようだ。

 確かに、腕に伝わる柔らかい感触などの細かいことを気にしなければ、シルムの言う通り悪くないかも。

 諦めが付いたからか今はそう思える。同じ人種だから体温も近く、寄り添うと丁度いい温もり。人肌恋しいと欲が出るのも何となく分かる気がする。

 高品質の寝袋と合わさって心地いい。

 

 ただ、一先ず受け入れているだけで、完全に納得したわけではない。

 シルムも現状は飢えているだけで、回数を重ねれば落ち着きを見せるはず。


「そうそう、誤解のないよう寝る前に一つだけ言っておきます」

「うん?」


 一連のやりとりの中で、どこか誤解する点があっただろうか。

 記憶を辿り思考を巡らせど、そう都合良く思い当たる節はなく。

 シルムは体勢を維持したまま、少し間を置きーー。


「相手はちゃんと選んでますから、ね」


 …………ふむ。

 表情は確認できず仕舞いだが、真剣だとひしひし伝わってきた。

 シルムがどのようなつもりで言ったのかは分からない。

 ただ、まだまだ子供だと評価を下したが、考えを改めた方がよさそうだ。

 しかし、思ったより眠気が来ていて頭が回りそうにない。

 だから追々やるとして、今は……もう寝てしまおう。

ハッピーバレンタイン!

バレンタインに基づいた話を書いてましたが

間に合わないので、後日投稿しまーす。

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