47 嗅覚
一日遅れのメリークリスマス。
読んで下さってありがとうございます。
結局、あの店が扱っていたのは交際向けや個人で楽しむ嗜好品がほとんど。
期待していたものは無かったが、勉強になった手前ただ出て行くのは気が引けたので、銀貨を授業料として渡すことに。
しかし受け取りを渋られ、応酬の末、次回もお世話になると強引に押し切った。
来店の予定は今のところ立ててないが。
問題はその手間込みで時間を食ってしまったこと。
このまま普段のペースで行くと到着時間は怪しい。
折角シルムが律儀にも出迎えてくれるのだ、待たせるのは失礼にあたる。
早歩き気味に行くとしよう。
折を見て懐中時計を開き、速度調整をしながら移動。
安定の取れる地点へ着いたら平常運転に戻り、何ら障害もなく着くことに成功。
そしてーーまるで示し合わせたかのように入口から笑顔で駆け寄ってくるシルム。
既に動きやすい服装に着替えており準備万端だな。
「こんにちは」
「こんにちは、センお兄ーー」
突然、シルムは身体をぴくつかせ不自然に言葉を途切る。
挨拶で頭を下げており表情は窺い知れないが、身体に違和感でもあったのか。
「センお兄さん」
次いで発せられた声は先程と比べ平坦で、顔を上げて変わらずニコニコしているのに、身を正すような圧がある。
彼女は時折、可憐な少女に似つかぬ貫禄を放つ。
最近はその圧迫感をよく受けている気がする。
「お聞きしますが、外出するときお洒落しますか」
「え……身だしなみ意識するだけで、特にこだわりは」
唐突しかも脈絡の無さすぎる質問。
困惑するが、有無を言わさぬ状態のシルムに自然と口は開き、素直に返答してしまう。
「ではーー今日女性の方とお会いになりましたか」
こうも無感情な声色で淡々と続けられては、尋問されているみたいだ。
「私的な約束は無いけど…どうしてそんな質問を?」
「センお兄さんから、香水みたいな匂いがするので」
どうやら事の発端はさっき試用した香水が原因らしい。
俺は香りを悪くないと評価したが、人の感性はそれぞれで、シルムからすれば機嫌を損ねるほど不快だったのかも。
しかしながら驚くべき嗅覚の鋭さ。
鼻を寄せてようやく気付く匂い、それを離れたまま嗅ぎ取るとは。
だからこそ逆に、デリケートな部分があるのかも。
「お店でちょっと香水を試してみたんだ。あー、消臭した方がいいかな」
「できれば…我儘ですみません」
「気にしないで」
改善が可能なのに我慢しろと言うのも我儘だからな。
空間庫に常備してある浄化水を垂らし、手から腕にかけて満遍なく塗っていく。
「どう?」
一通りやった後シルムに確認してもらう。
近付いて来てすんすんと鼻を揺らし、深めに吸う挙動も取っている。
余程嫌だったのか、残り香の確認が随分と入念。
体感長めの作業を終え、一歩引いた彼女の表情は最初より何処か上機嫌。
この様子なら答えは聞くまでもない。
「やっぱりいつも通りが一番です」
「そうだな。下手に手を出すのはやめておこう」
「はい。センお兄さんはそのままでいて下さい」
「あら、お二人ともお揃いですわね」
結論が出た所でクランヌも合流し、挨拶を済ませ今度こそ訓練を始められる。
「センさん」
すっかり雑談タイムと化した休憩時間の合間に、クランヌから話が持ち掛かる。
内容は取引関連だそうで、気を利かせたシルムは自主練をしている。
「頼んでばかりで恐縮ですが、浄化水の追加発注をお願いしたいのですが」
「昨日納品したばかりだけど、もう?」
あの樽二つで小さな温泉を満たす位の量はあると思うが。
「想定以上に反響がありましたの」
浄化水が納品され、予定されていた各地の取引で実演販売をすると、買い求めの声が後を絶たなかったそうだ。
その中で特筆すべき点は、ギルドに所属する人からの大量入荷希望。
冒険や魔物を相手する上で、何かと汚れが付いて回るギルドの面々には受けがいいとの判断。
結果一日も経たずして樽の中身は底をつくことに。
「昨日の今日ですから、納期を越えても構いませんわ」
「いや、すぐに用意出来るよ。何なら樽を追加しようか」
「まあ、大変有難いですわ。では、その通りに」
両手を合わせて喜んでるし、スムーズに纏まったな。
にしてもあっという間に完売したな…クランヌの影響力恐るべしと言ったところか。
この調子で行けば拠点の確保も夢じゃないかも。
「それともう一つお話があります。やはりセンさんの取り分を増やすことに致します」
……なんだって?
もう今年も終わりですね。
相も変わらず遅い投稿ですが、来年もお付き合い頂ければ幸いでございます。
では、よいお年を。




