45 朝練
読んで下さりありがとうございます。
バン、と閃光が弾け銃声が空間内に響き渡る。
着弾、ベチャっと飛沫のように撒き散らし崩れ落ちる標的。
次いで排出された薬莢の跳ねる音がし、硝煙の匂いが余韻となり薄れていく。
「はぁ、やっぱり好きだな」
手元のハンドガンに視線を落とし、馴染んだ音を耳にして覚えず嘆じる。
爆発音、マズルフラッシュ、ライフリング、チャリンと鳴る円筒、クラック音。
一連の流れは好みでも、これらは此方の存在を主張し、敵に塩を送っているのと同義。
五感や勘の冴えた魔物は異変に鋭く、ちょっとした材料で察知されてしまう。
本心は平時でも耳にしたくはあるが、自分を追い込む気質はないので我慢。
だからこうして朝の鍛練でゴーレム相手に時折、欲望を解放する。
(正直、贅沢な話ではあるけど)
本来切り離せない欠点とも言える要因ばかりなのに、能力で軽々と除外できる。
発砲の他に音の立つ動作すら省略が可能。
我ながら非合理を求めていると自覚はある。
何が琴線に触れたのか細かく説明することはできない。
たまたま銃を扱う機会があって、それを引き金に知識と技術を身につけ、段々のめり込んでいった。
けれど人の好物が決まるきっかけなんて、大体偶然の巡り合わせだと思う。
この一時はちょっとしたお楽しみだが、ただただ興じて浸るような真似はしない。
命を預ける相棒でもあるから、日頃から考えて扱い慣らしておく。
射撃練習の主となるのは偏差撃ち。
距離の離れた相手の動きを予測し、移動先へ発砲し着弾させる技術。
同じ銃でも『カスタム』の度合いや魔弾の場合、弾速に差異があるので割と覚えるのが大変だったり。
以前とはスピード感が全く違うため、近中距離でも偏差を意識したりと、そのギャップに苦労していたりもする。
十年近い経験に対し環境が変わって一年程度だからな。
とはいえ撃ち放題で肉体や感覚が進化した現状、数をこなす内に順応してきている自覚がある。
「さて」
ふぅ、と軽く息を吐いて集中状態に切り替える。
視線を正面に向けると、200メートルほど離れた位置に百体の人型ゴーレムが並び連ねる。
もうウォーミングアップは済んだ、次はこの集団を用いて本番に入る。
これから行うのはゴーレムラッシュ。
ランダムな順番に動き出し、ランダムな動作を取るゴーレムを全て撃ち抜いたら終わり。
制限はこの場から移動しないこと、そして出来るだけ外さず素早くが目標となる。
ハンドガンを両手持ちにして、トリガーに指を掛け右手を真上に突き出す。
レースなどで用いられる号砲を実銃で代用、合図と共にスタート。
「始めるか」
指に力を込めると、音が鳴り響き左側のゴーレムが飛び出る。
ただの直進、だが立ち位置関係は斜めなので少し狙いを付けにくいが、感性頼りに発射。
しかし撃った直後に確信をした、これはまずったと。
標的の移動先へと飛来し近づきーー通り過ぎる一歩手前で腕を掠め、そこを起点に原形が崩壊する。
予測通り狙いがずれていた。脆く作ってあるため少しでも損傷すれば崩れるが、人型の急所的には胴体か頭部に当てるのが理想。
事後確認している内に、右側のゴーレムが前方斜めに走り離れていく。
始動の条件は一定時間の経過。ちんたらしていると一体、二体とだんだん数を増し場は混沌と化す。
この要素が焦燥感に拍車を掛けてくれるのだ。
ゴーレムの行動はランダムに決まるが、一定のリズムで永遠と繰り返される。
なので目測さえ見誤らなければ、部位を狙って当てることは可能。
先ほどより長めに照準を合わせーー。
「そこだ」
高めの弾道、標的へ吸い込まれるように突き進みーー側頭部を撃ち抜かれたゴーレムは勢いを残したまま倒れ砂塵へと帰す。
今のは射角など自分に合った条件により正確な狙いが出来た。全てがこう上手くは行かない。
続けていくと連続で当てたり外したり、安定せず調子に波がある。
とはいえハンドガンばかり感けては為にならない、時折アサルトライフルとスナイパーライフルを織り交ぜながら進める。
無機質な空間に銃の生み出す音が延々と続く。
その中で、自分の神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。
耳にしていると想起させられるのだ。死と隣り合わせの戦場の空気を。
寿命が毎秒削られていくような、無数の銃口を突きつけられているような感覚。
迷い、焦り、呑まれた者は散っていく過酷な世界。
だからこそ、生きるため不要なものは全て切り捨てる。
直前とは違って見える光景。無心へと至る最中、ひとつだけ言えることがある。
今の俺はやれる。
思い出したかのようにゴーレムが駆け、アクロバティックな身のこなしによる移動。
一挙一動が激しい分、急所を狙うのは難しいが”見えている”俺には関係ない。
スピード、距離、パターンを把握。それを元に位置、向き、体勢を予測しタイミングを合わせて撃つ。
そして、人体で胸部にあたる箇所を貫き、標的は沈黙。
跳べば撃ち落とし、突然の切り返しにはすかさず追撃。
複数体による同時進行も間断なく射貫く。
気が付けば、この空間で自分以外立つものはいなかった。
結果的にミスして外した弾は八発。二桁を越えなくて俺的には満足。
やはり練習だと場の緊迫感が足りないからか、本気を出しきれない節がある。
ただ勘自体は衰えず残っているのは分かった。
来るべき未来に直面したときは、きっと。
いや、必ずやり遂げる。
「夢中になりすぎた」
ゴーレムラッシュに加え、早撃ちと精密射撃をしたらすっかり朝になっている。
朝食を一緒に摂ろうと約束してはないけど、ティキアには悪いことをしたかも。
そう思いながら食堂へ向かおうとすると。
「よう、よく眠れたみたいだな」
装備を纏った件の人物、ティキアと鉢合わせた。
嫌味の籠った口調、目の下にある隈が恨みがましい視線を一層引き立てている。
不機嫌な理由は言わずもがな、昨晩の一件が原因だろう。
「おはよう。随分とお疲れだね」
「ああ。過去のことを掘り返されて、如何に私が優しいのかを散々説かれた。誰かのフォローがあればマシになったかもしれんが」
意味ありげな視線で彼は此方を見やる。
ほう、つまりあの場を離れた俺に非があると言いたいのか。
それは聞き捨てならん。
「いや、そもそも口を滑らせたのはそっちだからな。逆に聞くけど、俺が似たような状況に陥ったら助けてくれるのか?」
しばしの逡巡。数秒経つとバツの悪そうな表情に変化した。
あ、客観的に考えて厳しいと思ったな。
「でもよ、あんな直ぐさま立ち去ることはねぇだろ」
「こっちに飛び火したら面倒くさい」
「・・・たくっ、素直なやつ」
呆れた様子のティキアだが、態度は軟化したように見える。
雰囲気的に最初から本気ではなかったし、ひとこと言ってやる位の気持ちだったと思う。
そうなると、今回は彼にとって悪くない出来事だったのかもしれない。
「あーあ、センも同じような目に遭わねえかな」
「残念だったな。独り身の俺にそんな相手は存在しない」
「威勢よく言うことかよ・・・そろそろ時間か。じゃ、今日の飲みに付き合ってくれよ?」
「おう」
返答にニヤリと笑い玄関から去るティキア。
さて、俺も朝食を頂いて午後に向けて備えるとしようか。
彼に明言したとき、少女の面影が頭をよぎったのは、気のせいだろう。
お待たせいたしました。
もう少し早く更新できるよう善処します。




