44 会話
読んで下さりありがとうございます。
「もう帰ってしまうんですか?」
「ああ、宿取ってるし何の連絡も入れてないから」
料理を馳走になり片付けを終えて孤児院の玄関口。
宿には当然閉業時間があるから、遅れて無闇に心配と面倒を掛けてはいけない。
伝えて戻ってくる選択肢を考えはしたが、その場合お泊まりコースの確率が高くなる。
元世界の知人曰く、お泊まりには色々と交流を深めるイベントが付き物らしい。
本当なら不味い事態になりそうなので避けたい思いもある。
「もしかしたら、なんて期待してましたけど仕方ないですね・・・」
「今日はこれでお別れだけど、また明日会えるさ」
「ひゃっ・・・」
肩を落として落胆する姿につい、手を伸ばし頭をポンポンとしてしまう。
以前の癖で不快にさせたと謝罪の言葉が出かけたが、シルムの反応は予想と違っていた。
頬を赤くし唇を口の中に巻き込んで、こちらから視線を逸らし伏し目になっている。
こう悄らしい態度を取られると調子が狂う・・・それにグイグイ来る割には、不意打ちに弱いのだな。
「あー・・・じゃあ、またいつも通りの時間で」
「は、はい。お待ちしてますね、センお兄さん」
いたたまれない雰囲気に埒が明かないと踏み強引に切り上げる。
恥ずかしさを残しながらも見送りを続けるシルムに返しをしつつ、癖ってのは怖いと認識する一幕だった。
すっかり陽は闇へと沈み、代わって街灯の光源が夜道を照らす。
過ごしやすい気候とはいえ、この時間にもなると冷え込んでくる。
自分の場合、着用しているインナーに温度調整がエンチャントされているため、余程過酷な環境でなければ一着で十分。
こうして能力と魔法によって快適に過ごせるのは異世界ならではの便利な点。
しかし天稟を巡って陰謀に巻き込まれてしまうのが難儀ではある。
クランヌは容姿も相まって話題性が強く、目を付けられるのは宿命なのかも。
現状の不穏な流れから一波乱あるのは確実だからな。
対してシルムの方は順調そのもの、めきめきと頭角を現し実戦に乗り出す日は近い。
目覚ましい成長は嬉しい誤算で、継続して修練を積んだらと思うと期待は高まる。
ただ懸念なのは、シルムも何らかの事情を抱えていることだ。
杞憂、無用、思い過ごしで済めばいいのだが・・・もし水を差す輩が現れたら、全力で軌道修正に努める。
慈悲と容赦の心を一切持たずに。
「お帰りなさ~いセンさん、今夜もお願いしますね~」
「ただいま戻りました。すぐ行きます」
来訪に気付き、カウンターに来たリームさんから出迎えと頼み事。
今夜もと言うのは、ティキアの晩酌に付き合うのを指している。
元々はリームさんが彼のお供をしており、妊婦となった以降は子供や家事への支障が出ぬよう、お酒は控えているらしい。
よって家族を優先するティキアの一人酒が増えるのは当然で、そんな現状に現れた俺は丁度いい飲み相手。
「お帰りセン。待ってたぜ」
手洗いを済ませ食堂へ入ると、机上には晩酌の準備がしてあり、ティキアが帳簿をつけている。
ギルド活動において生じた出費をまとめていると以前言っていた。
「ただいま。つまめるもの持ってきたからさ、皿用意してもらっていい?」
「ああ。こいつ片付けるついでに持ってくる」
席を立って紙をヒラヒラさせながら厨房へ入っていく。
その間に小包を取りだし木のジョッキに麦酒を注ぎ、ティキアの持ってきた平皿に唐揚げを盛る。
シルムが作った夕飯を分けてもらったので味は折り紙つき。
「おっ、唐揚げ好きなんだよな。だがまずは乾杯からだな」
「そうだね。じゃ、今日もお疲れ様」
「おう、お疲れさん」
カコンと小気味よい音を皮切りに、彼はぐびぐびと飲み込み、堪らない声を上げた。
いい飲みっぷりだと思いつつ、こちらは対照的にちまちま口にしている。
お酒は嗜む程度と決めているからな。
「さて、センの持ってきた唐揚げをいただこうか・・・・・・うん!柔らかくてジューシーで最高だ」
お気に召したらしく大きく頷いて、しっかり咀嚼をしてから麦酒に手を伸ばした。
そういえばシルムは何故、あんなに料理が上手なのだろう。
「どこの店で買ったんだ?」
「知り合いが作ったやつだから、販売物ではないよ」
「そうか、残念だな・・・出来たてに興味があったんだが」
ティキアが称賛していたように、冷めても美味しく食べられる調理はされているものの、作りたてが最善には違いない。
「時間合わせて用意してもらうよう頼んでみようか?」
「おお!その提案は助かるぜ。後で費用を渡すから、出来そうなら頼んでくれ」
革袋の中に納めれば保存状態の維持が可能。
シルムなら快諾してくれるだろうし、依頼料代わりに材料を多く買い込んで一部を受け取ろう。
「それですまねえが、今日は愚痴に付き合ってくれ」
彼は空になったジョッキに麦酒を注ぎながら改まった切り出し。
余程のことがあったのかと思いつつ、一度頷いて話の続きを促す。
「今日、ギルド前で集会があったの知ってるか?」
「ああ。高ランクの魔物を討伐しに行くって聞いたけど」
「そうだ。それに俺のパーティーも参加してたんだ」
あの手練れ集団にティキアも・・・まあ彼の実力を考えれば当然ではあるか。
「メンバーと準備を万全にして、いざ蒼然の森へと乗り込んだが・・・収穫はほぼゼロ。とんだ無駄足を踏んじまったぜ」
ぼやきながら不満を流し込むよう、今日は早いペースで飲み進めている。
やっぱり、俺が対峙したネヴィマプリスが話題の魔物だったらしい。
「あの森はかなり広かったと思うけど、そんな早く探索が済んだのか」
「高ランクの魔物は周囲に異変をもたらす。生息する魔物が興奮してたりパターンは色々だが一切見受けられず、すぐ切り上げたのさ」
今回は強化されていた個体が異変の元だったわけか。
姿はほとんど同じで、上位種でもなくあの強さは疑問に感じていたけど合点がいった。
「複数報告があったからいたのは間違いねえ。別の誰かがやったか何処かに行ったのか・・・どちらにせよ、今日は稼ぎが少なくて参った」
「道理でおつまみが少ないのな」
落ち込んでいるティキアには悪いけど、俺は安堵を覚えている。
木々の密集地帯でワンランクアップした群れの相手。
加えて混成パーティーでは連携に限度があり、一度崩れてしまえば最悪の展開になり得る。
あの時倒しておいて正解だった。
でなければ、今後の付き合いが潰えていたかもしれない。
「そういうこった。だから唐揚げがあったのはありがてえ。愚痴に付き合わせて悪いと思ってるが」
「気にしてないけど、そんな飲んで大丈夫?」
ハイペースな彼のジョッキには四杯目の麦酒。
嫌なことがあって飲みたくなる気持ちは分からんでもないが・・・。
それにティキアは気付いてないけど、見兼ねたリームさんが水を持ってきてるぞ。
「自分の限界は把握してるから安心しろって。それに、飲み過ぎるとあいつが怖いしな!」
はははと笑うティキアを余所に、無言で立ち上がる。
俺を不思議そうに見る彼の正面へゴンっ!と乱暴に水瓶が置かれた。
「あらあら~、何処の誰が怖いのかしら~」
突然の事態に油断しきっていたティキアは腰を抜かし、素敵な笑顔のリームさんを前に顔を青ざめさせる。
そんな彼は必死な表情でこちらを向く。
どうやら救援を求めているようだ。
仕方ない、ここは一つ助け船を出すとしよう。
「リームさん、レンリィちゃんの面倒は見ておくので存分にどうぞ」
「ありがとうございます~」
より一層絶望を濃くした男性の助けが聞こえるが、今の俺にはやるべきことがある。
夫婦水入らずの時間をどうか楽しんでくれ。
レンリィちゃんは名前だけで本編で出てくるかは未定です。
期待していた方・・・がいるかは分かりませんけど取り敢えずごめんなさいと謝っておきます。




