41 詮索
「どうぞお掛け下さい」
移動して数分、倉庫の敷地内にある休憩室の一つに通された。
コンクリート造りで複数の窓にカーテン。
ロングテーブルとダイニングチェア、台所まで設けられており、休憩室よりリビングキッチンと言って差し支えないのではなかろうか。
「今お湯を沸かしますので、掛けてお待ちください」
「別に気遣わなくていいよ」
「いえ、センさんは客人ですから、もてなすのが道理ですわ」
きっぱりと言い退けたクランヌは、てきぱきと準備へ取りか掛かる。
拘泥しているのを突っぱねても、応酬になりそうなのでここは任せるとしよう。
しかし、彼女は取引で少なからず疲れているだろうから手伝いを・・・申し出ても客人だからとあしらわれそうだ。
だから代わりに、ちょっとした贈り物をさせてもらう。
振り向かれても目につかぬよう、机の下でハンドガンと針を出現させる。
針には「気化」が付与されているが、先ほど使ったのと違い催眠抜き。
そこに『エンチャント』で「疲労軽減」と「回復促進」の二つを追加。
魔弾、というより魔針をハンドガンに装填し、作業を観察しながら機会を伺う。
嫌なタイミングでこちらに向かれては、台無しになってしまうからな。
無言で後ろ姿を見てると不気味だろうし、話をしながら時を待つ。
「にしてもよかったのか?貸し切りにしちゃって」
そう。こうして赤ローブをチェアに掛け、楽をできるのは彼女が貸し切りを手配したから。
ありがたい話ではあるが・・・従業員の人たちを差し置いて、独占するのはどうなのかと。
「前もって通達してあるので心配無用ですわ。それと、ここの広さはご覧になられたでしょう?」
「ああ、それはもう」
各地の物品を取り扱うだけあり、土地はテーマパークでも開けそうなくらい広大。
所有地の大きさは力の象徴。上の人間とは分かってたけど、まさかこれほどとは。
「休憩へ向かうのに労力を割かないよう、至るところに設けてありますので、貸し切っても何ら問題ございません」
「・・・よくよく考えたらそれもそうか」
数多の物品を管理、扱うには相応の人員が必要。
多くの人間が不都合なく働ける、充実した設備があって初めて仕事が回るようになる。
でなければ、従業員はついてこず不満が募り、ストライキといった事態を招く。
入口からここまでに何人も従業員を見かけたが、皆キビキビと精力的に働いていたから心配なさそうだ。
ネガティブな状態だと作業効率が低下するみたいだし。
「従業員の方々を疎かにする気は更々ございませんので。こまめに休んでいただかないと損失になりますから」
こうもはっきり言い放っているのだ、クランヌの商会は人を使い潰すようなところではないな。
立場が上の人間は私腹を肥やそうと、傍若無人に振る舞うやつもいる。
他者の苦労を顧みず、目先の利益に囚われているせいで俺たちは・・・ああダメだ、愚痴っぽくなるのは良くないし切り替えよう。
休憩はこまめに、という話だったな。
疲れてくると動きが雑になるし、集中を維持して作業するには欠かせないことだ。ましてや、魔法かスキル頼りであるなら尚更。
だから持久力が身に付いた今でも、だらだらする時間は確保しておきたい。
だらだらでふと思ったが、クランヌの姿勢は常に綺麗で、だらしない格好を見たことがない。寝起きの件は例外として。
現にお湯が沸くのを待つ時でも凭れたりせず直立不動で、その立ち姿は彫刻さながら。
「クランヌ自身の疲れは大丈夫か?いつも姿勢を崩さず怠けてないからさ。いや、良いことだし感服してるけど」
「お褒めいただき光栄ですが、ちゃんと気は抜いてますのよ?」
「姿勢に関してはお母様から『美しくありたければ、よい姿勢を心掛けなさい』と教わりまして。今となってはこれが自然体ですわ」
なるほど。美人でも不恰好だったらかっこ悪く見えてしまうしな。
クランヌに対し凛とした印象を受けるのも、彼女が無意識まで昇華させた努力あってこそ。
深く感心していたら、カタカタと物音が立ち始めた。
「さて、チャーを淹れますけど、混ぜ物にご要望がありましたら申し付けください」
これまでストレートとミルクでご馳走になり、レパートリーはまだまだ豊富にあるようだ。
冒険するのも一興ではあるけど、今はストレートがお気に入り。
鼻が利くようになったから、混じりけなしだと香りを直に楽しめる。
「今回はそのままいただくよ」
「かしこまりました」
再度、背を向け作業に入るクランヌ。
針を放つのであれば好機・・・しかし、絶好なのは今ではない。
狙いどころは彼女が一番集中する、茶葉の入ったポットにお湯を注いで蒸らす時。
以前淹れてもらったとき覚えたのだが、チャーを淹れる際に最も重要なのは温度らしく、まずはカップとポットを温める下準備がある。
そのあと茶葉を人数分入れるため、工程を見計って動かねば。
「センさんはいかほど召し上がります?」
「じゃあ、2杯分いただこうかな」
「では、お湯は保温しておきますわね」
うん、こうして振り向かれる事があるから油断しちゃいけない。
とはいえ、ここからは分量や時間に気を配るはずなので潮時。
狙いは背中、あとは動きを捉え続け、然るべきタイミングでトリガーを引くだけ。
そしてその機ーーー銃を構えると同時に射出からの収納、我ながら早業じみている一連の動作。
命中を確認。ターゲットの動きに変化なし、針も消えてミッションコンプリートだ。
回復効果は少量かつ慢性的にしてあり、少し楽になったと感じる程度。
あまり露骨すぎると流石に怪しまれるし、魔弾生成のコストは少なくて済む。
そのまま疑問を抱かれた様子もなく、ソーサーに乗ったカップが配膳された。
相変わらず鼻腔に入り込んでくる匂いは香り高い。
十分に香りを楽しんでから一口・・・うん、彼女が厳選し丁寧に淹れた紅茶は味も格別。
茶請けとして洋菓子の詰め合わせも薦められたが、それは断っておいた。
食べた分運動しないと太る、それは異世界に来てからも変わっていない。
「改めて、お付き合い下さったのと、迅速な納品ありがとうございました。ですが次回からは、もっとゆっくりで構いませんわよ」
「ゆっくりとは言うけど、販売する身としては困るだろう?」
「一番困るのは妥協ですわ。素材の調達などが間に合わず及第点より、着実な物を納品していただきたいので」
基本的に時間に寛容らしく、限度はあるが納期を越えても仕方ないで済むそうだ。
主な移動手段は馬車だし外は魔物の妨害もあるので、安定性の無さから遅れるのは当然という風潮とか。
準備するのが簡単な俺には影響は皆無な話だけど、多少ゆとりがあるこっちの方が好きだな。
「分かった、気に留めておく。それで今回付き合った理由の一つで質問があってね」
「あら、そうでしたの。私が話せることでしたら何なりと」
「じゃあ聞くけど、何か困っていることはないか?」
直接、眉を寄せ怪訝そうな表現に変わるクランヌ。
藪から棒にこんな質問吹っ掛けられたら、誰だってこんな反応になる。
「どのような意図がおありで?」
「目的は融通を利かせてほしいのさ。クランヌは各地を回って世情に明るいだろうから、色々と疎い俺はあやかりたい。だから教えて貰う対価として働こうかなと」
本音と建前が半々混じりの言い分。
先の話になってしまうが、旅をしたいと思っている俺にとってクランヌの情報はタメになる。
だが最優先の問題は彼女の周囲を彷徨く奴等をどうにかすること。
渦中の人間であるクランヌなら、何か知っていると踏んでの問いかけ。
「もう既に、魔力不足の悩みにご助力いただいてますわよ?」
「それはそれで対価は貰ってるじゃないか。だから除外で」
納得させるのを無理とみたのか、うんうんと唸り頭を悩ましている。
「縁談の件は対処の仕様が・・・・・・センさんを仮のフィアンセに仕立てるのはどうでしょう?」
なるほど、婚約者がいると知ったら流石に鳴りを潜めるーーー
「って、そういう問題じゃない。いくら男避けの為とはいえ、相手はちゃんと選んだ方がいい」
「現有力候補はアナタですもの。センさんのお陰で溢れる取引の対応に目処がついて、更なる商会の進展がへと繋がるので。その功績を考えますと十二分の恩義が・・・」
「はいはい、目立つと困るしそれは無しで」
衝撃的な発言を耳にしたが、長引かせると気不味くなりそうなので打ち切ってうやむやに。
心なしか残念そうだけど聞き入れてくれたようで、また思案モードに。
思い当たる節があったのか反応を示すものの表情は硬い。
「えー・・・不安を煽らぬよう伝えるか迷いましたが、センさんにも関係あるので話しておきますわ。エストラリカ外での出来事なのですけど、私の取引相手が襲撃される事件が起きています」
素性と目的も不明な謎の集団が、取引の往来時に襲いかかって来ることがあるそうだ。
その影響により取引を拒まれたり、転移での応対しか受け付けないなどで損失が出ているとのこと。
これで繋がりはした。しかし、きな臭くなってきた。
考えられる目的は、クランヌの商会を失墜させるためだろう。
順当に行くとライバルポジションの所が怪しく思えるけど・・・安請け合いはできない。
遭遇することがあったら連絡するとだけ返し、彼女の悩み話も打ち止めに。
結局、働く対価の代わりに魔力供給を行い、会話しながらゆっくり時間を過ごした。




