40 納品
読んで下さりありがとうございます。
「ん、返事が届いてるな」
出発の時間に近づいたところで、ブレスレットが明滅していることに気付く。
さて、内容の方は・・・
『入口でお待ちしております』
む、こちらとしては事前報告だけで、わざわざ立ち会ってもらうつもりでは無かったのだが。
ただでさえ多忙だろうに、初回だから気を回してくれたのだろうか。
(それとも・・・っと、まずいな)
時間が迫っている、そろそろ仕度して向かわないと遅れてしまう。
椅子に掛けていた赤ローブを着て、仕舞った納品物と施錠確認も忘れず宿から出る。
懐中時計を見るともう5分を切っており、到底間に合う時間ではない。
突出した敏速さを持ち合わせていても、広大なこの国だと荒業を用いてギリギリといったところ。
身体強化で駆け抜けるとか、建物の屋上を走ってショートカットとか。
(お触れが出回りそうだから、行動に移すつもりはないけど)
そもそも、人前で魔法と能力を扱うのは控えるべき。
魔力反応に敏感だったり、目に見えた異常が起きれば余計な懐疑心を持たれ、問題の火種となる。
シルムみたく、事象無しの個人で完結する能力なら気に留めなくていい。
しかしクランヌらの場合そうはいかず、彼女は状況確保できない限り使用を避けていると言っていた。
いくら彼女が有名でも、情報発信の術が乏しいこの世界で、大半から周知されるのは難儀。
判断材料の欠けた状態で、目の前で忽然と姿を消されたら、目撃者は事態をどう受け取るだろう?
少なくとも言えるのは、困惑する方がほとんどで、納得できない人が大半を占めるはず。
詰まるところ、場を乱さないよう慮らなければならない。
その点、この住宅街はお誂え向き。
人の往来は多少あれど、間隔を開け密集している建物により、入り組んだ道が形成され死角を生み出している。
あとはその道を中ほどまで進み、周囲の確認から黒ローブを纏い、転移で倉庫付近へ向かえば間に合うという寸法。
(最初の内に散策したのは正解だったな)
こうしてスムーズに事を運べるのは、交通量や地勢も下見して宛を付けておいたから。
もちろん一回で判断するのは危険なので、宿屋に戻る際に足を運んである。
転移先の工業区域の方も、ブレスレットを買いに行ったりと何度か通っているしな。
目論見が外れても、黒ローブの二段構えでカバー。
そんなわけで、ささっと行くとしよう。
黒ローブを革袋にしまい、赤ローブのまま大手を振って歩く。
聴取からそれほど経っておらず、その近辺を闊歩する挑発とも受け取れる行動。
危険なのは重々承知している、これは推測どうりかどうかの試し。
襲いかかって来たとしても、色々と対人用の備えは出来ている。
実力ある人材を派遣してくるだろうし、力量を測るいい機会になると思う。
負けを悟ったら全身全霊を持って敵前逃亡を図るつもり。
その時は戦力増強に赴く必要があるが・・・負けたときのことはあまり考えないでおこう。
ネガティブなイメージは威勢を削いで、敗北の起因となりうるからな。
万全には違いない、来るならまとめて相手をしてやる。
そんな意気込みは空振りに終わり、何の障害もなく辿り着いた。
佇むクランヌに手を掲げ挨拶、対して相変わらず様になっている恭しい一礼。
「私としては有難いですけれど、納品はゆっくりで構いませんのに」
「先延ばしにして困ったらあれだし、小金稼ぎになるなら早い方がいいかなって」
間接的ではあるが、商品として売り出すなんて初めての経験。
どれだけ儲けが出るのか、そもそも売れるのか興味もある。
「お金といえば、本当に取り分3割でよろしいんですの?」
「理由は前に伝えたじゃないか、それで納得してるよ」
仲介料、容器の準備に小分け、加えて名のある商会が販売してくれるのだ。
どう考えても此方が譲歩して然るべきだよな。
あと一番助かるのは、出品元を伏せておいてくれること。
「くどかったですわね、ごめんなさい」
「いや、気遣ってくれて嬉しいよ」
俺のことを考えて提案したのに、態々謝るとは誠実だな。
「それはよかった。ひとまず中に入りましょうか」
おっと、立ち往生していては一向にことが進まん。
自分自身で彼女に暇がないだろうと思ってたのに・・・拘束するのも悪いし、本題を済ませよう。
「入口付近で構いませんので、道を妨げないよう端に寄せて下さい」
指示された通りに、壁際の空いたスペースにワイン樽を置く。
当たり前のようにしてきたことだが、革袋から大物を出すのには、いくつか制約がある。
一つ目は視界内かつ間近であること。
距離としてはおおよそ、手が届く範囲が限度で、人の視野角では背後に出すことは不可。
次に、触れた状態でなければならない。
対象物をイメージしたらポン、っと出現はせず、体の何処かで触れる過程がいる。
整理整頓を欠かさず行っているのは、上の理由から来ている。
最後は地面や床に接着させること。
多少のはみ出しは許容されるが、生物を除いて安定した土台の用意が要る。
なのでトラップよろしく、空中投下みたいな芸当は無理。
制約とは言ったものの、上記の通り支障を来すほどではない。
というか利便性が圧倒的過ぎて、こんな緩くていいのかと逆に思ってしまう。
「それでは検品を済ませてしまいますね」
クランヌの手には入口に用意してあった、布の切れ端と、中身が黒い蓋付きのガラス瓶。
それを樽上に置き、パカッと開いたところで覗かせてもらうと、ドロドロしてて絵の具みたいだ。
「これは?」
「着色などに使う塗料ですわ。これを用いて問題ないか判断致します」
彼女は、切れ端を塗料にちょこんと浸け、ハケを扱うような感じで塗料を手の甲に伸ばす。
ガラス瓶の蓋に布を乗せると、指を浄化水に突き入れ、塗料が付着した部分をなぞる。
すると、黒ずみは一点も残らず拭いさられ、すべすべしている白磁の手が露となった。
残りの塗料を使って、二つ目の樽も検品をおこない同じ結果となった。
大丈夫だと分かっていても、ドキドキしてしまうな・・・。
「塗り立てとはいえこうも綺麗に・・・匂いも無くなってますわね」
「ああ、消臭作用もあるけど注意点の一つだから。有効に働くだけじゃない」
浄化水はプラスにもマイナスにも作用し、リセット状態にする。
例を挙げると、芳しい花の香りを身に纏っても、匂いの元に浄化水が当たったら無臭となってしまう。
時間を掛けてメイクしても、水気が残ったままの手でつい、なんてミスがあれば徒労に終わることも。
「扱いようによっては、それも利点になりますわね」
「うん、用法を間違えなければ。だから注意換気をしっかりと頼む」
「後で認めておきますわ。ひとまず検品も済みましたので、責任を持ってお預かり致します」
ひとまずと言っているし、他の方法でも品質確認をするのだろう。
一回の成功で判断されても困るので、疑問が残らないよう徹底的にやってもらいたい。
「売れ行きによっては、近々追加のお願いをしますけど・・・納品の際は今日と同じように、連絡を戴けると色々助かります」
色々ってことは、複数の理由がある訳だ。
物が届くタイミングを知れるのが一つとして、他にあり得るのは道中でも考えていた・・・
「つまりこういうことか」
結論を導きだした俺は、片手を差し出す。
その行為をクランヌは、小首を傾げ不思議そうに見つめている。
おかしいな・・・思い描いていた反応とはかけ離れてるぞ。
「どうなさいましたの?」
「え、助かるってのはついでに魔力供給できるからじゃないのか」
「・・・・・・センさんは、私が毎回魔力を強請る、卑しい女だと認識してますのね」
半目となり非難交じりの視線がこちらを射抜く。
青い瞳と相まって、感じる冷たさもひとしおだ。
予想は掠りもしなかったか、いい線行ってると思ったのに。
「いやいや、思い浮かばなかっただけで、そんな印象は事実無根である」
「ふふっ、焦らなくともほとんど冗談です。そもそも私が魔力供給でもお世話になっているから、センさんの中で無意識に紐付いてしまったのでしょう」
あくまでほとんどか、少なからず不快にさせてしまったな。
確かに、クランヌと会った際は概ね、魔力供給が付き物だった。
加えて彼女の訓練目標は魔力向上、つまり彼女には魔力が必要という心象が、いつの間にか住み着いてたのかも。
「誤解のないよう本来の理由を申します。以前話題にしましたが、私は取引の会合に出席することがありまして」
「覚えてるよ。縁談が多くて参ってると言ってたな」
「はい。そしてセンさんが今、おっしゃられたのが理由です」
名を馳せると共に増加を始めた勧誘の話。
用件もなく打ち合わせの不参加は難しく、休憩中といった手法を頻繁に用いると不信感を募らせる。
憂鬱な感情を抱えていたクランヌにとって、俺からの連絡は渡りに船だったらしい。
「お陰様で気兼ねなく参加を断れました」
晴れ晴れとした様子の度合いから、よっぽど忌避感があったことが窺える。
類似した経験のある俺にもその気持ちは分かる・・・逃げの選択が出来たので、彼女より幾分かマシだったが。
「気休めになったならよかったよ」
「助かりましたわ。それで、よろしければ少しお付き合い下さいません?早く戻ってもその・・・」
言い淀んでるけど合点がいった。会合が難航して長引いてる可能性と、そもそも件数が一つとは限らないからな。
クランヌに聞きたいことがあるし丁度いい。
「暇だから付き合うよ」
「ありがとうございます。場所を変えますので、ご案内します」
足取り軽い彼女を連れたって、敷地の中を進んでいく。
暑くならないのはいいのですが、寒暖差があると気分が悪くなるので勘弁




