38 胎動
読んで下さりありがとうございます。
(数は・・・5人ってところか)
建物の陰と屋上に分散して監視されている。
連中は上手いこと隠れてるつもりだろうが、長い逃亡生活により鍛えられた俺には筒抜け。
しかもそれは国直属の暗部・・・プロ相手なのだから嫌でも耐性が身に付く。
中には隠密スキル持ちも当然いたが、スキルも万能ではないということだ。
敵意があるようには感じない、仮にあるとしたら、もう仕掛けてきているはず。
工業区域は中央の方と比べたら人の通りがまばら、この機を狙うのが道理。
動向を探るのが目的ならばやり過ごすのも択の一つ、死角に入ったら転移で姿を眩ませばいい。
しかし、今日凌いだところで、これから出待ちされるようになっては煩わしい。
それと急に姿を消したら、不審に思われ次から対策を講じられかねない。
今の内に牽制、あわよくば情報を引き出せれば御の字。
(人気は・・・大丈夫そうだな)
まずは有利な局面に持ち込む。
部外者を巻き込まないよう、歩幅を調整しながら周囲の確認。
脇道に差し掛かる手前、革袋に手を突っ込んで目的のブツを掴み、自然を装いつつ脇道に入る。
奴等の視界から消えたら、手を引き抜いて出した”黒いローブ”を羽織ながら転移ーーー上空に移動し見下ろすと、外套を着た五人を目視。
分散の体制を維持して横道の確認へと向かうようだが、上を取ってしまえばこちらのもの。
『コール』で両手にハンドガンを出現させ、対象の移動に合わせ偏差撃ち。
弾丸、ではなく針が射出され、狙い通り各個に突き刺さる。
刺さった針に無頓着な五人。見る見る内に動きは緩慢となり、終いには全員うつ伏せで倒れ込んだ。
(うーん、やっぱ大抵の相手には通用するな)
現在の装備品は黒ローブと消音器付き麻酔ハンドガン。
黒ローブは気配の遮断と探知スキルに干渉されない隠密用。
魔法や派手な行動をしない限りは空気となれるのだが、ごく一部には明け透けだった前例がある。
麻酔銃は人体に直接当てる必要はなく、刺さった箇所を起点に透明無臭の催眠ガスへと変質していく。
イメージとしては、煙を出しながら縮んでいく線香に近い。
これは付与された「気化」によるもので、肌に触れた時点で効力を発揮するほど。
時間経過で針は完全に昇華するため、証拠も残ることはない。
ひとまず標的の無力化には成功。
風魔法で空中停滞し、感知できてない別動隊の存在を踏まえ待機。
(・・・・・・よし、周囲に動きは無い)
引き続き警戒を緩めず、早急にこいつらの処理を済ませてずらかるとしよう。
「おい、起きろ」
「うっ・・・ここは・・・」
ぽたぽたと水の滴る音が自身から聞こえる。
水を掛けられた驚きにより、強制的に意識を覚醒させられたようだ。
目を開いても眼前は真っ暗で、身動きが取れない拘束状態。
たしか赤ローブの奴を追跡している最中、視界から外れたから位置を変えようとして・・・そこから記憶が途絶えている。
四人の誰かが裏切ったのか?いや、対象が姿を隠して起きた突然の事態。
タイミング的に考えたら・・・
「お前、もしかして赤ローブのやつか」
「まあそういうこと」
チッ、予想が当たっちまったか。幼くも老いてもいないが若そうな男の声。
身内の裏切りだったらまだしも、未知数の相手である以上、下手な動きはできねえな。
「そういえば、他の四人はどうした?」
「五人もいると手間かかるから外に放っておいた。頭部、胸部、首にペイントを施してな」
警告、それに殺せたという意思表示のつもりか。たちの悪い。
全滅したからには救助の期待は無理な上、相当な手練れと思った方がいい。
それに、仕込んでおいた暗器が全て抜き取られていた。
暗器持ちに対する心得があるってことは、裏に通じてる可能性も考えられる。
「ああそれと、あんたを選んだのは攻撃スキルじゃ無かったからだ」
人の能力が分かるのか・・・!
指摘されたように、能力は姿を隠す「隠伏」であり攻撃性は皆無。
見抜かれていたからこそ、居場所がバレてしまったのかもしれん。
「で、俺を連れてきた目的は何だ?」
「そりゃもちろん、聞きたいことが色々あるんだよ」
「だろうな。だが残念なことに、話すことはできないぜ」
「禁則のことか?それなら解除はもう済んでる」
「は?そんなのハッタリに決まって・・・・・・」
言える。言えてしまう。
禁則によって制限されていた内容を、発言できるようになっている。
能力を無効にできる人間なんて、稀代の存在だというのに。
もう駄目だ。逆転の望みが一縷も無い挙げ句、悪あがきすら許されないとは。
これで色々と詰んでしまったし、変に抵抗する理由も無くなった。
四人が生かされているのなら、命を取られる見込みは低い。
「分かった。お前の質問に答えるよ」
「いいのか?」
「黙秘しても苦痛が伴うだけだろうからな」
譲歩するつもりは無さそうだったが、心境が変わったなら手間が省けた。
尋問のいろはを知ってるけど、嗜虐趣味は持ち合わせて無い。
「そっか。じゃあ、何故俺を付け回していた?」
「依頼されたのさ。あの女の関係者について調べてこいと」
「依頼主は誰?」
「さあな。もう感づいてるだろうが、俺は裏ギルドの人間で下っ端だから、基本詳細は伝えられない」
クランヌの身内が手配した護衛かと少し期待してたのに、ままならんものだ。
それにしても裏ギルドね・・・たぶん、非合法の仕事を請け負う組織ってところだろう。
陰謀臭い話になってきたな・・・。
「なら、組織の目的は?」
「それは個人によるとしか言えん。多数でいると都合がいいから集まってるだけであって、統率が取れてるわけじゃない」
「俺の場合、非合法な分、報酬が高いから裏で活動していただけだしな」
また空振りか。まあ全員が仲間じゃないなら、派閥がいくつかに別れてるとも考えられる。
とはいえ今回の黒幕の規模が判明してないから、あんまり気休めにはならん。
「うーん、あと拠点はどうしてる?」
「集会する時に顔合わせするくらいで、共有のスペースで生活はしてなかった。一応場所は伝えておくが、情報を漏らしたと読んで放棄すると思うぜ」
この男曰く、禁則が解除されると術者にはそのことが分かるらしい。
吐いたかもしれないのに、継続して居座る馬鹿はいない。
他にもいくつか質問をしてみたものの、有益そうな手がかりは掴めなかった。
しかし、報酬として支払われる大金の出所が何処なのか、目星を付けることはできる。
面倒なのは確定してしまったが、知ったからには仕方あるまい。
麻酔も薬ですので、用量を誤ると最悪の結果になるそうですね。
そう考えたら、色々眠らせてる名探偵は大丈夫なのかと。




