35 近接戦
読んで下さりありがとうございます。
時には軽く往なし、時にはダガーを添えて受け流し、時にははたき落とし、時には・・・。
約束を結んでから、躊躇いを無くしたシルムにスパルタな指導中。
というのも、ダガーに体術を交えた二重態勢で相手を務めている。
シルムの攻撃を無力化したら、足払いをかまし転倒させる等の行為を追加しているのだ。
これはダガーの特性上、相性がいい体術を用いて、一つの可能性として彼女に体感させるのが狙い。
魔物に通用するものではないけど、敵から体勢を崩されたり、動きを制限されるのは経験しておいて損はない。
その分シルムの負担が増えており、現に息も絶え絶えとなっていて、立っているのも辛そうに見える。
しかし、俺は休憩を挟まずこのまま続けるつもりだ。
魔力の限界はここ数日の魔法行使で理解しただろうが、体力をギリギリまで減らすようなことはしてないので、この機に指標を作っておく。
意図を話さずとも、彼女は文句一つこぼさず、怯まず、めげずに挑んでくる。
そんな姿を目の当たりにしていると、自然と口角がつり上がってしまう。
しかし、消耗具合からして次がラストと言ったところだろう。
「これで最後にしようか」
「はい・・・ふぅ・・・行きますっ!」
息を整え、小さな足取りで間合いを徐々に詰めてくる。
すると急に、強く地を蹴り素人と思えない速度で、ダガーを突き立てんと飛び込んできた。
最初、無意識下の踏み込みはまぐれではあらず、疲弊した今でも遜色ない。
それは称賛に値する。でも、繰り出される攻撃は荒削り故、脅威を感じさせるにはまだまだ。
心臓への攻撃を受け流そうとした直前、シルムは右手に持ったダガーを投げて持ちかえ、回り込む形で脇腹狙いにきた。
こうしたアドリブを加えるようになり、今の手際は中々。
だが一瞬、手元に目をやったのは頂けないな。
それでは自分の行動を教えてるようなものだ。
ダガーはリーチの短さから、必然的に相手との距離が縮まる。
そこで手首辺りを抑えられ、対処する技量がないと不利な状況に陥ってしまう。
このことを自覚しているシルムは、攻撃が届かないのを見るや、腕を手前に引いて拘束から逃れる。
彼女が交わすのを見越していた俺は、同時に股下へと足を滑り込ませ足払いを掛けていた。
追撃には反応できず、後ろ向けに倒れこんでいく。
通常時であれば、耐えられるまたは避けられるような甘い足技であったが、疲労が蓄積している今では効果的。
これでゲームセット・・・いや、彼女の目を見た限りそうでもなさそうだ。
「っ・・・まだっ!」
空いた手を使い受け身を取ると、起き上がりのバネを利用した、突き上げる一撃。
相手によっては結果を残したであろう、目覚ましい今日一番の攻め。
後で褒めるとして、ひとまずケリを付け休んでもらおうか。
胸部への突きに合わせ、横からダガーを振り弾くーーーことはなく空振り。
こちらの自衛に反応したシルムは、バックステップで逃れつつ、利き手にダガーを持って構えると、スナップを利かせ投擲を行った。
放たれたダガーは、額めがけ真っ直ぐ飛んでくる。
初めての試みにしては筋がいい、投げに適した短剣を持たせるのも有りだな。
これで最後だから、ついでにダガーを回収してしまおう。
指に身体強化を施し、ピースサインを作りタイミングを合わせ、白羽取りの要領で掻き攫う。
無手となった以上、終わりだろうと一人で完結していたら、シルムがこちらに向かい飛び込んできた。
何の変哲もないタックル、対処は容易だが彼女に復帰する余力があるか怪しいところ。
避ける必要は特にないので、どっしり構え受け止める体勢。
ぽふっと腹部に軽い衝撃が走り、腰に抱きついたシルムは脱力したようで負荷が少し増した。
「えへへ・・・受け止めてくれてありがとうございます」
「気にしなくていいよ。でも、急にどうしたんだ?」
「ただの悪あがきですよ、センお兄さんに隙が無さすぎてやけになったんですっ」
ことごとく相手に制され、全く自分の思い通りに行かないのは、さぞもどかしかっただろうな。
「あー・・・まあ、今日はよく頑張ったよ。特に最後の粘りは気迫あったし」
「はい、我ながら上出来だったと思います。でも疲れましたぁ~」
「お疲れ、残りの時間はゆっくり休んでくれ」
そうして訪れる静寂と、腰に手を回したまま動く気配のないシルム。
力の入り具合から寝てはいないようだが・・・。
「えーっと、シルム?」
「あっ、ごめんなさい。何だか落ち着くんですよね、センお兄さんの匂い・・・このままじゃダメですか?」
「構わないけど・・・」
ご褒美、と言うのは自意識が過ぎるかもしれないが、彼女がリラックス出来るならそれでいい。
そんな軽い気持ちで、この状況を受け入れたのが始まりと、思い返す日はそう遠くない。




