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34 ダガー

読んで下さりありがとうございます。

「はい、これはどう?」

「ちょっと重いです」

「そうか、だったらこれは?」

「次は逆に軽く感じますね」


 ほうほう、なら先ほどのやつと比較して、適した重量を探し当てればいいな。

 革袋の中に手を入れて、一つ一つ持って選別を行っていく。

 全部外に出してしまえばささっと終わることだが、また整頓し直すのはのは気が引ける。


 シルムが毎日扱う、包丁の重さと合致するダガーをこうして探しているが・・・そう都合よくはいかないようだ。

 残念なことに、現状では合うものを有していない。

 どれでもいいと彼女は言うけれど、重さを覚えるほど馴染んでいるのだから、同じ方が扱いやすいだろう。


 という訳で仕方ない、一枠使用してしまうが「軽重」の能力を付与して調整を行う。

 「軽重」は重量を変更でき、物によって限度と消費魔力は異なる。

 業物を数本所持しているので、その中からシルムに似合いそうなダガーを選んで『エンチャント』を使用。


「よし、このダガーならいいんじゃないか?」

「あっすごい、ピッタリです。こんな偶然あるんですねっ」

「そうだなー」


 相槌が若干棒読みになってしまったが、調整が上手くいって何より。

 ダガーを持ち歩ける剣帯も取りだし、付け方をやってみせ、抜剣できる状態に。


「始めるにあたって、まずはダガーのことについて考えてみようか。こいつの利点は何だと思う?」

「パッと思い付くのは、軽くて動かしやすい、くらいですね」

「うん、的を射てるいい答えだと思う」


 軽量で携帯しやすく、スペースをあまり取らないので移動面で優秀。

 高い筋力を必要とせず、取り回しの良さを活かした対応力も売り。

 とはいえ、いい面しか見ないのは盲目が過ぎるので、逆もしっかりと抑えておく。


「だったら欠点はどうかな?」

「えーと・・・やっぱり、リーチが短いので間合いを詰めないと弱い、という所でしょうか」

「合ってるけど、攻撃力が低いのも難点だね」


 片手で扱う上、人より膂力の高い魔物が多いため、真っ向から打ち合ったり、敵の攻撃をまともに受けるのは非現実的。

 

「だから基本になるのは、躱す、弾く、受け流すといった技術かな」

「こうして話を聞いてみると、難しそうですね・・・」

「極めようって訳じゃないから、そんなに気負わないで。シルムがギルドで活動するようになっても、だいたい同行するつもりだから、出番無いかもしれないし」


 依頼に付いて行くとは言っても、厳しい状況に陥ったときのアシスト役だ。

 いくら彼女が逸材だろうと、一人で戦い抜くなんて荒唐無稽。

 突出した実力か能力を有していれば、話は変わってくるが。

 それと、シルムに対する下手な勧誘へのお目付け役も兼ねている。

 

「あれっ?私に付き添うとなると、センお兄さんの目的と矛盾しちゃいますよ。目立つの嫌なんですよね?」

「そこは変装をするなりして素性を隠すから結局、注目が集まるのはシルムだけになると思う」


 『エンチャント』を施した装備で身を固めれば、隠蔽は万全・・・のはずだけど、前の世界では通用しないやつが一人だけいた。

 今となってはもう知る術は無いが、あれは何が要因だったのだろう。




「じゃあ、ダガーを使ってみよう。包丁と違って戦闘用だから切れ味は抜群。扱いには気をつけて」

「はい。調子に乗らないようにします」


 俺の声から剣呑さを感じ取ったようで、真剣な態度に変わった。

 場にほどよい緊張感が漂っている、これなら訓練に取り組むのに丁度いい。


「こうやって抜剣するんだけど、最初の内は見ながらゆっくり抜こう」

「分かりました・・・・・・ふぇっ!?」


 そんな張り詰めた空気は、少女の可愛らしい声で霧散してしまった。

 驚いた原因はシルムの視線の先、鞘から抜かれ全貌があらわになったダガー。

 薄紅の刀身に紋様が描かれており、小さなリングや石を使って装飾が施されている。

 武器よりもインテリアという表現がしっくりくるかもしれない。


「これ・・・使っても大丈夫なんですか?」

「間違いなく武器として一級品だから、安心して使ってくれ」


 持っていた素材を見た鍛冶屋が「良質な剣を打てる」と言ったので、作ってもらい、試し切りをしたら言った通りの業物。

 せっかく打ってもらったのに、ほとんど銃で戦闘を済ませてしまうので、宝の持ち腐れだった。

 候補とはいえ使い手が出来て、このダガーも嬉しいだろう。


「ほら、気を引き締め直して始めるよ」

「はーい、ごめんなさい。よろしくお願いします」

「よろしく。まず、ダガーの戦い方を教えるよ。基本、急所狙いで致命傷を負わせようにする。人で例えると首とか心臓だね」


 刃渡りが短く小さいので、ただ切っていても深手を負わせるには力不足。


「無闇に切っても駄目ということですね」

「そうそう。だから的確に弱点を攻撃する練習をしようと思う。さあ、構えて」

「・・・もしかして、センお兄さん相手に練習を?」


 シルムからの問いに、そうだと頷く。

 魔法で作り出したゴーレムを利用する手もあるけれど、生身と比べると数段劣ってしまう。

 中途半端に実力がつかないよう、直々に訓練を行う。


「俺が取るのは防御行動だけだし、ちゃんと自衛するから遠慮なくどうぞ」

「でも・・・」


 やっぱり、人に刃物を向けることに抵抗があるか、まあ普通はそうだろうな。

 だが、感覚を掴んでもらうには対人戦が適している。

 ここは少々強引に行くとするか。


「シルム、すまない」

「何を・・・っ!?」


 軽く殺気を当てると、顔を険悪なものへと歪めたシルムが驚異のスピードで、剣を突き立てんとこちらに迫る。

 萎縮せず、しっかりと防衛本能が働いているのは感心。

 瞬時に懐に入り込む素晴らしい踏み込みだ、泡の回避で培った足さばきの影響だろうか。

 

 そうこう考えている間にも距離は縮み、正気を取り戻した様子のシルムは、惨状を予感したのか目を瞑る。

考えごとは後回しにして、ひとまず対処を済ませよう。

 真っ直ぐ鋭い突きに対し、横からダガーを振って刃の部分をキィンと弾いてずらし、一応シルムの手首を掴んでおく。

 

 目を開いた彼女は無事を確認するとホッとした表情に。

 と思いきや、みるみるうちに膨れっ面に変化した。

 あ、これは完全に怒ってる。


「ごめん、荒っぽい方法だったな」

「そうですよ・・・あんな無理矢理・・・」

「本当にすまない。でも、正確な突きで良かったよ。ついでに弾き方は何となく伝わったかな?」

「・・・・・・」


 話かけたが、そっぽ向いて黙りこくってしまう。

 ふむ、どうやら大変なことを仕出かしたようだ。

 シルムの言ったよう、強制的に行動を起こさせたのだから、気分を害するのは当然か・・・。

 どうしたものかと参っている俺を一瞥すると、固く閉ざした口をようやく開いた。


「一つ、私の言うことを聞いてくれるなら、水に流します」


 ぐっ・・・どんな要求が来るか怖いところだが、背に腹は代えられん。


「俺の出来る範囲であれば、いいよ」

「では、後日お願いしますねっ」


 了承した途端、怒っていたのが嘘のように、けろっとするシルム。

 寧ろどこか嬉しそうにも見え、変わりように言葉を失ってしまう。


「元はと言えば躊躇したことが原因なので、私も反省してます。でも、約束は約束ですから」


 つまり内心は冷静そのもので、事が有利に運ぶよう図ったのか・・・。

 怒らせるのは危険だと感じたのに、一度気を抜いたらこのざまである。

 「どうしようかな~」と悩む少女に対し、戦慄を覚える一幕であった。


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