32 浄化水
読んで下さりありがとうございます。
「今日はチーズタルトにしてみました!」
「おー、相変わらず綺麗に作るな」
円形に象られたそのお菓子は、表面はクリームのような淡黄色。
器の役割であるタルト部分は厚く、きれいな茶色の焼き色が付いている。
中心に向かって複数の切れ込みが入っており、口にしやすいサイズかつ、手づかみでも食べられるようになっている。
上品な食べ方なんて性に合わないから、俺はこのままいただこうかな。
間食を兼ねた休憩時間がやってきて、建物に向かって行った二人は皿や茶器などを持って来た。
早速、昨日交わした契約を履行してくれたクランヌは、一級品のリーフを用意したらしく、訓練のお礼だそうで代金は結構とのこと。
後学のために値段はどれほどか聞いてみたが、現実を思い知らされクランヌへの感謝の念が増すだけの結果に。
チャーにもピンからキリまであるということだな。
「今日はセンさんがまだ召し上がっていない、ミルクチャーに適したリーフをご用意しましたわ。それで、ミルクチャーに相性のいいお菓子をシルムに用意してもらいましたの」
「クランヌさん曰く、バターなどを使った濃厚なお菓子との組み合わせがいいそうなので、たっぷり入れてありますからねー」
「ふーん、そういうものなのか」
「そういうものですわ。チャーは基本的に同じような風味のお菓子との相性が良いのですよ」
風味ってことは、味とか香りが似ているものと合わせるのがいいのか。
じゃあ果物を用いたお菓子には、フルーティーなチャーが向いてるのかな。
間食のときに紅茶を飲むのは前からあったけど、相性なんて気にする機会なんて無かったし勉強になる。
小皿に取り分けたチーズタルトをシルムから受けとり礼を一つ。
さてそれじゃあ・・・とその前に、革袋から液体の入った容器を取り出し、それを手のひらに数滴垂らして両手にのばす。
「センお兄さんそれは?」
「浄化水だよ。これを馴染ませた部分を清潔にできるんだ」
元はただの水で『エンチャント』により「浄化」が付与してある。
言ってしまえば消毒用アルコールだが、体への害は一切なく汚れも落とすので使い勝手は抜群。
「へー、これがあれば手洗い楽に済みそうですね」
「うん、それに食べ物とかに付いても何の影響もないから使い勝手いいし。そうだ、シルムは料理の機会多いだろうから、よかったら使ってくれ」
「もらっていいんですか?」
「子供たちへのプレゼントも兼ねてね。これから手伝ってくれること多くなるだろうし、ちょうどいいだろう」
そう言うと遠慮がちだったシルムの態度は和いで、嬉しそうにはにかみ差し出した容器を受け取った。
食中毒は割と身近な感染症な上、ここみたいな大所帯となると被害も馬鹿にならないから、対策はしっかりしないと。
話も済んだことだしそろそろ、なんて考えいてたら、トントンと肩を叩かれた。
その方向を見ると湯気立つカップを片手に、笑顔をしたクランヌがいた。
しかしその表情は含みのあるもので、これは何かあるなと瞬時に悟った。
「ありがと」
渡されたカップの中を覗くと、中にはクランヌの薦めるミルクチャー。
ミルクを混ぜてこの香色になっている訳だが、合う茶葉を選んでるだけあって香りが負けていない。
「それで、何か言いたいことがあるんだろう?」
「いえ、ただ浄化水というものに興味を惹かれまして・・・こちらで取り扱えたりできないかと」
「なるほど、欲しいなら提供するけど」
「やはり無理・・・って、よろしいんですの?てっきりまた駄目だと思いましたわ」
これまで商売上の話は軒並み断ってきたから、拍子抜けしてしまうのも無理はない。
今回に関しては、仮に普及したとしても均衡を崩すことはないだろうし、何よりこちらの負担が軽微。
水は手に入れるのは容易で、魔力消費は知れており、かかるコストは入れ物の用意くらいだ。
しかし問題点が一つ。
「このままじゃ渡せないから、人専用に調整したやつで構わないならね」
「えーと、今と何が変わるのでしょう?」
「現状だと万能すぎるから、悪用されないよう少しいじる。とりあえず説明するよ」
浄化水は浄化と銘打ってるだけあり、多方面にその力を発揮する。
それは人や物、環境にだって利用できてしまう。
簡単な話、汚染されている水源等に用いるだけで解決が可能なのだ。
そんな浄化水が出回ったりしたら、有害な物質が出る前提で物事をされかねない。
人は歯止めが無くなったら、何仕出かしても不思議じゃないのだ。
「私、結構なものを頂いてたんですね」
「身内贔屓ってのもあるけど、シルムのことは信用してるからな。とまあこういう理由から、人にだけ効能があるようにするけど、どうだ?」
「元々、そちらの用途で考えていたので何の問題もありませんわ」
「よし。詳細を決めたいところだけど、少し待ってくれ」
このまま話が続くと、チーズタルトとミルクチャーをゆっくり堪能出来なくなってしまう。
せっかく二人が用意してくれたんだし、ひとまず食べることに専念したい。




