31 進展
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対象に向かい高速かつ物量で押し寄せる球体。
渦中の人物はそれらの位置を確認し、着弾の早い球体に合わせ行動を取る。
次に支障が無いよう、バランスを保った丁寧な動きで対処している。
そんな中でも唐突に混じる標的の存在を見逃さず、体の部位を使ってきっちり潰す。
この短期間で泡の速度は段階を増し、それに伴ってシルムの反応速度も当初と比べ格段に早くなった。
動きに安定感が出てきて、体勢を崩して倒れそうになるのがほぼ無くなってきた。
「私は目で追うのやっとですのに・・・あの子の捌きは見事ですわ」
俺と横並びに立ったクランヌが、感嘆したように声を出した。
彼女が言うように、間断なく迫る泡を正確に処理し続けており、クランヌに気づいてニコッと笑い手を振る余裕もある。
後半に入りシルムは泡を使った訓練、入れ替わりでクランヌが魔法のループ鍛練に移行。
事前にそろそろ魔力が切れると連絡があったので、クランヌがこちらに来たのは魔力補充が目的だろう。
「数日前は今のクランヌと同じ状態だったと思うよ。今ではその面影を全く感じないが」
「それだけ急速に成長しているということですか。シルムの能力が発揮されている証拠ですわね」
「そうだな。それに素質が高いっていうのもあるし、もしかしたらスキルブーストが役に立ってるかも」
シルムの成長具合を見るに、スキルブーストが及んでいる可能性は高い。
だとすると、物事を経験した際に得られる成果は他の人より一線を画す。
「スキルブースト・・・そういえば、私の髪飾りにも付けて下さったのでしたわね」
「一応だけどね。能力によっては効果が無い場合もあるから。ちょうどいいし、今試してみたらどうだ?」
「たしかに、試すなら今が好機ですわ」
スキルブーストを自身に掛けてみたことはあるが、3つの能力に何ら変化はなかった。
まあ元から振り切っているようなものだし、これ以上強化してどうするという感じはある。
バブルガンを扱っていて、ここが定位置で動けないため、空いている片方の手を差し出す。
クランヌが俺の手を取ったのを確認し、魔力供給で瞬時にフルチャージ。
以前は杖を介して供給していたが、シルムとは普通に行っている姿を見たクランヌから「私も同じようにしていただいて結構ですわ」と話があったので、今はそのようにしている。
彼女は杖を用いることに、何か恩恵があると思っていたらしい。
身体的接触が嫌かと考えての配慮だったが、余計な気遣いみたいだ。
「では、行って参ります」
数秒後、何度か転移したクランヌから髪飾りを預かり、違いを感じるか存分に試してもらう。
すると、転移で隣に戻って来たと思ったら突然、髪飾りを持った俺の手が両手で握られた。
こういう危険の無い咄嗟の事態には慣れていないから、驚いてバブルガンの照準がブレた。
それに、俺も一応男なのでドキッとしたのもある。
「おおっ?いきなりどうしたんだ」
「ごめんなさい、興奮のあまりつい。だって、あると無いでは差がとても顕著なんですのよ?こんな素晴らしいものいただいてよろしいのかしら・・・」
クランヌが冷静さを欠いてしまうほど、表れた違いは明確だったのだろう。
彼女的には、換算したら大層価値のあるものと感じるだろうけど、俺としては付け損にならなくて良かった程度だ。
だから特に気負わず使ってもらいたいが・・・言っても納得しなさそうだし、対価を要求するのがいいかな。
無償で提供されることに、落ち着かない人だっているだろう。
「気になるなら、返礼代わりにいい家を紹介してくれないか?いつか活動拠点が欲しいと思っててな」
「それでもかなりお釣りが来ますけれど、センさんはそれでいいんですの?・・・分かりました。候補を可能な限り用意しておきますわ」
次は逆に、彼女からみたら容易いのかもしれないが、俺からすればこの世界で家探しのノウハウは持ち得てないため、顔の広いつてを頼れるのは相当助かる。
彼女に任せておけば間違いないし、備えて金銭の確保をしておかないと。
とは言っても、基本シルムに頑張って貰うことになってしまうのだが。
「最後に、お願いを一つ聞いて欲しいのですけど」
本来の目的を済ませた去り際、クランヌからの頼み事を持ちかけられる。
「やれる範囲のことなら受けるけど、内容は?」
「シルムが行っている泡を用いた訓練に興味が湧いたので、私の方にも組み込んでいただきたいのですわ」
食い入るように見ていたのは、そういう感情を抱いたのも理由か。
うーん、あれは身体強化を馴染ませるのと、対応力の向上が主になってるから、魔力量を増加させるには効率的じゃない。
だったら、クランヌ用に調整すればいいだけの話だ。
「変更点が出てくるけど、それでいいなら考えとくよ」
「構いませんわ。お手数おかげしますが、感謝いたします」
軽い足取りで元の位置に戻っていく彼女を見て、内容考えておかねばと思ったが、それは訓練のあと追々。
そろそろシルムには、意識してもらわないといけない段階に来ている。
自分が踏み出そうとしている場所は、死と隣合わせの世界。
いきなり過ぎるとピンと来ないだろうから、だんだんと刺激を加えて行くとしようか。




