30 起床
読んで下さりありがとうございます。
「そろそろ時間だし戻るとするか」
取り出した懐中時計でどれだけ時間が経ったのか確認すると、予定の時間間近だったので中に戻る。
そう、俺は仮眠を取らず外で時間を潰して待つことにした。
男女は歳を取ったら席を同じうせずという言葉があるように、年頃の女性と、それも隔てなしに寝るのは好ましいことではないだろう。
加えて、一人だけ地べたに寝そべっている絵面は、二人に気を使わせそうだと思ったのもある。
あの寝袋ならあっという間に就眠してしまうだろうから、そんな考え杞憂に終わりそうだが。
空間内に入り近づいて行くと、繰り返される二人分の寝息が、徐々に聞こえてくる。
(うんうん、しっかりと熟睡出来てるみたいで何よりだ)
シルムの寝顔はいつも通りといったところで、彼女の沽券に関わるため詳細は省くが、こちらの頬が緩むような良い表情とだけ言っておく。
対するクランヌの方だが・・・どのような寝顔かは窺い知れない。
寝返りを打ってあちら側を向いているから、という訳ではなくて、顔を覆うものによって遮られている。
実は俺がここを立ち去ろうとした寸前、クランヌから話を持ちかけられていた。
その内容は彼女の現状が物語っているが、異性に寝顔を晒すことに抵抗があるとのこと。
寝ている時はどうしても無防備になってしまうので、女性であるクランヌからしたら、それは恥ずかしいことなのだろう。
解決案として出したのが、取り付け可能で顔を隠せるほど大きいフードの使用。
それによって彼女の寝顔は、不躾な視線から守られている。
この一件で今更になってしまうが、シルムは平気なのかと思い聞いてみたら
「みんなと同じ部屋で寝てるので、そんなに意識したことは無いですね。それに、センお兄さんなら大丈夫ですから」
という答えが返って来た。
俺としては嬉しい反面、その信用の根拠は何処から生じてるのか心配になる。
まだ出会って数日なのに、そんな簡単に人を信じていたら騙されそうだ。
まあ、今のところそういう気配は無いし、姉分のクランヌがいるから気にかける必要は無いのかもしれんが。
おっと、考え込んでいる場合じゃ無かった。
そろそろ二人には起きてもらわないとな。
「おーい、仮眠の時間はここまでだ。後半に入るから起きてくれー」
パンパンと手を打ち合わせて音を出しながら、二人に向かい呼び掛け続ける。
少しすると動きが見られ、パッと素早く先に起き上がったのはシルム。
「どうも、おはようございます」
「おはよう。相変わらず、感心するくらいの寝起きの良さだ」
「えへへ、ありがとうございます」
流石、みんなの面倒を見ている年長者だから、睡眠の誘惑に負けずしっかりしている。
さて、シルムは起床したがクランヌは先ほどから動く気配を感じない。
深い眠りに就いているところすまないが・・・
「シルム、クランヌを起こしてくれないか。寝袋仕舞うのは俺がやるから」
「はーい、お願いしますね。クランヌさーん、再開するので起きてください」
片付けをしながら横目で観察すると、両手でゆさゆさと揺さぶって起こしにかかっている。
直後、その甲斐あって徐にではあるが身を起こすクランヌ。
それはいいけど、覚醒しきれていないのか目つきが寝惚け眼になっている。
「クランヌさん、おはようございます」
「おはよう、ぼんやりしてるみたいだけど大丈夫か?」
「ふぁぁ、もう朝ですのね。今から着替えますのでしばしお待ちを・・・」
「ちょっ!?センお兄さんいますからっ」
朦朧とした様子で言葉を発すると、衣服に手をかけ始めた。
まずい!と素早く目を瞑りつつ体を背けたが、シミ一つなく引き締まった白いお腹が垣間見えてしまった。
身体補正により、格段に変化した目の良さが仇となったか・・・今のは極力忘れるように努力しよう。
「俺は外に出とくから、悪いが後は任せた」
「任されましたが、数分ほど時間くださいっ。クランヌさーん、ここはお家じゃありませんよっ」
シルムの必死さを背中に感じながら、男の俺が出る幕はないので早々に立ち去る。
この一時だけは立場が逆転して、シルムの方がお姉ちゃんのようだった。
また外で待機することになるとは、なんだか振り出しに戻された気分。
「ごきげんよう、センさん」
「ああうん、ごきげんようクランヌ」
一分ほど経過してから空間の中に入ると、いつもの凛とした佇まいのクランヌが出迎え。
まるで幻覚でも見ていたのかと思うほどの変容っぷりである。
「どうやらご迷惑をお掛けしたみたいですわね」
「俺は何もせず外に行ったからなあ。礼ならシルムに」
「そうですわね。改めて、助かりましたわシルム」
「いえいえ、新しい一面が知れて良かったです!」
ついでに寝袋を片してくれていたらしく、畳んだ状態のものを受けとり、革袋に収納しようとするとクランヌからストップが掛かる。
「目が覚めるのが遅かったのは、きっとその寝袋が原因ですわ。いつもはここまで酷くない・・・はずですわ」
だんだん歯切れが悪くなって、怪しさが拭い切れていない。
寝心地が抜群なのは理解しているが、彼女は元から起き抜けに弱いのではなかろうか。
「仕事で色々試用することがありますけれど、今まで体験した中で一番でしたわ。これの出所なら、お聞きしても構わないでしょう?」
うーん、厄介な質問をされてしまったな。
前の世界で調達したから、堂々と返答することは無理だ。
購入したときのことを多少ぼかして話すしかない。
「あー、放浪してた頃に会った旅商人から買ったんだが、場所とか商人のことは記憶に無いな。たしか限定販売だったから、たぶんもう手に入らないだろう」
「そうなんですの?でしたら契約は望めませんわね・・・間違いなく需要ありますのに」
いつか、本当のことを話す機会が来たのなら、その時はしっかり謝罪をするとしよう。
それまでは、嘘つきでいさせてもらう。




