2 行商人
「ようやく森から抜けられた」
あれから体感で一時間近く歩き続け、街道のある開けたところに出ることができた。
日はまだ高い位置にあり、薄暗い森にいたからか陽光が眩しく感じる。
森の道中では狼みたいな魔物の他に、角のついた兎や巨体でゴリラのような魔物など複数遭遇。
戦闘に至ったが全てワントリガーで済んだ。
これは決して相手が脆弱なわけではなく、はっきり言って改造されたハンドガンがおかしい。
本来は仲間と連携して隙を作り、強力な魔法などで仕留めるような相手。
それをあっさりと一撃でなんて、改めて自分の得た能力の異常さを実感した。
しかし、これからは人前で扱うのは厳禁。
身の振り方に細心の注意を払わないと。
ちなみに扱ったのは最初に選定したハンドガン一丁のみ。
経験上、同じ区域に生息している魔物の強さは同等である場合が多いから、これ一つで事足りると思っていた。
実力差が大きいと淘汰されてしまうからだ。
森から抜けたので探知魔法を切りハンドガンを全弾装填してからしまう。
銃は以前の状態を引き継ぐので忘れず補充しておく。
細かい手入れは不要で便利だが、少し寂しく感じてしまう。
元の世界ではよく弄っていたから、その名残だろうか…。
さて、日がまだ高いのはいいが、次の問題は街道をどの方向に進むか。
周囲には人通りも建物も道標になる目印も無い。
となると勘で動くか、楽をするなら魔法で移動するのも手ではある。
(…たまには気ままに行くかな)
前の世界では追われの身で、いろいろと隠蔽してようやく歩き回れたので、変装もせず外で動くのは久しぶり。
今はゆっくりとこの自由を噛み締めるとしよう。
それで進行方向は…森を右に抜けて来たので、その流れで右方向に進むことにする。
あまり代わり映えのしない風景を観賞しながら、街道に沿って歩いているが、未だに街も人も発見できずにいる。
行く道はところどころ起伏があり、今は坂を上っている。
春風のような心地よい風が吹いていて、喧しさもなくのんびりできるのは良いが、こうも人と会わないと少し不安を覚える。
しかし坂を上りきるとそれを打ち消すように、遠方から数台の馬車がこちらに向かって進んで来ている。
距離があるため判別しにくいが、物資らしきものを積んでいるので行商人かもしれない。
(もしかしたら…)
商人なら森で倒した魔物を買い取ってくれる見込みがある。
経験上、場所によっては通行料が発生するので、路銀は確保しておくに越したことはない。
ただ、このまま接触するのは不味い。
空間拡張が一般的か分からない以上、明らかにサイズが違うものを出すと目を付けられてしまうかも。
その点を考慮して確実な手法で行く。
来た道を少し戻り街道脇の木のもとへ。
周囲を確認してから革袋の中から大きめの袋と、最初に倒した狼みたいな魔物を取り出す。
大袋を開けて中に魔物をしまい口を閉じ、それを肩掛けにする。
これで対面するのに懸念はなくなった、さっそく向かうとしよう。
馬車に近づいて来ると、御者台には人のよさそうな中年の男性と防具で身を固めた青年が並んでいる。
御者をしている男性が商人で、隣の青年は護衛だろうか。
若いけど発している気が研ぎ澄まされている。相当な手練れだな。
距離がある程度縮まって来たところで、男性に向かって話かける。
「すみませんが、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか」
こちらの呼び掛けに応じると同時に、後続の馬車に合図を出して停止しててくれた。
よかった、言葉がちゃんと通じている…前の世界でも言語は自然と順応していたが、こちらでも同じようだ。
まあ、まだ別の世界に来たかも分からないが…成功した前提で進めよう。
特に嫌がった素振りを見せず、笑顔で対応してくれる男性に感謝しつつ本題に入る。
「これ、買い取っていただけますか?」
肩がけにして持ち運んでいた大袋を地面に置いて中身を取り出し、袋を敷物に見立て狼みたいな魔物を乗せる。
「おお、これはナーゲヴォルフではありませんか! 蒼然の森にお一人で入ったのですか?」
男性がこちらを探るような視線を向けてくる。
狼もどきの正式な名称はナーゲヴォルフか。
蒼然の森…俺が抜けてきた森のことだろうか?
反応を見るからに実力を要する場所なのかもしれないな…一人だったことは黙っておくべきだろう。
人から覚えられるのが億劫なくらいで行かなければ。
「いえ、臨時で他のパーティに組ませてもらいまして。その人達とは別れたので今は一人ですが」
「なるほど。しかし損傷が頭部のみで保存状態が良好なのは素晴らしい。これならほぼ全体を素材として扱えます。魔石も問題ないみたいですし…色をつけて金貨12枚といったところですね。いかがでしょう?」
通貨については当然無知だが、金貨と聞くと高額に感じる。
前の世界でも流通していて価値は上の方だったのもある。
とりあえず資金を手に入れるのが大事なので、このまま交換してしまうか。
相場に関しては触れなくてもいいだろう。
商売は利益を追求する上で信頼が肝要と聞く。
足元を見て不利益になることはしない筈。
「その条件でお願いします」
「ありがとうございます。こちらが金貨になります」
ナーゲヴォルフと引き換えに金貨を受け取る。くすみは一切なく陽光に反射して煌めいている。
一枚摘まんで裏表の確認…見たことのない図柄だ。
知っているものじゃなくて少しホッとした。
枚数はちゃんと12枚あるな、革袋の中にしまっておこう。
「申し遅れましたが、私はロアン商会を運営しているロアンです」
「私はセンと言います」
差し出された手を取り握手する。
「センさんですね。この度はありがとうございました」
「いえ、引き止めてしまって申し訳ないです」
「とんでもない! こんな綺麗な状態のナーゲヴォルフは中々お目にかかれないので、出会えたのは幸運でした。といっても待たせてばかりもいられないので、そろそろ私は行きます。また機会があれば是非ロアン商会に」
「ええ、そのときはお願いします」
宣伝を忘れないあたり、ちゃっかりしている。流石商人。
ご機嫌なロアンさんに対し苦笑混じりに返す。
御者台に戻り、移動を再開したロアンさんと会釈を交わし別れる。
今から行商に向かうみたいだし、彼らが来た方向に人が生活を営む拠点があるに違いない。
適当に行き先を選んだけど、こうして金銭は手に入り街に着く確信を得られた。
幸先のいいスタート、付きが回ってきた気がする。
そのお陰か少し軽くなった足取りで先へ進む。