27 模擬戦
読んで下さりありがとうございます。
「気を取り直してやっていこうか」
修練に入る前に悩みを除くことができたので、これで心起きなく始められるな。
段取り通りシルムは3属性の魔法ローテーション、クランヌは実戦形式による魔力の底上げ。
休憩を適宜挟みつつ、後半は入れ替わる形で進行させていく。
「注意点だけど、まずはシルムね。巻き込まれないよう距離をとって近づかないように。もし危害が及びそうだったらカバーするけどね。だから、的を用意して欲しいとかの要望があったら遠慮なく『伝達』を利用してくれ」
「はーい、わかりました」
本当は俺が持っている魔法耐性ありのローブを着てもらった方が安全。
しかし、俺とシルムでは体格や身長差が大きいため、ブカブカな上に丈が余って地面に着いてしまうだろう。
それ以前に、野郎が着用している服を貸すというのも考えものだ。
「クランヌには模擬戦に関しての話だな。基本的に自衛はするけど攻撃せず、徐々に間合いを詰めて行くから、全力でそれを妨害していく流れで頼む」
「為すべきことは承知しましたけど・・・全力というのは、そのままの意味で受け取って構わないのかしら?」
「ああ、手加減抜きでこっちを殺すつもりでーーーというのは冗談で、倒してやるくらいの強い気持ちで臨んでもらいたい。気持ち一つで身の入り方も変わってくるからね」
表現が直球すぎて過剰な緊張感をクランヌに齎してしまいそうだったので、即撤回して誤魔化す形に。
それくらい真剣に取り組んでほしいという思いであったが、殺伐な印象を与えかねない言い回しは不味かったな。
「ですが人に対しての魔法行使は初めてですので、急所を外すなどの器用な芸当は出来ませんわよ?」
「自衛はしっかりこなすから大丈夫。このローブ魔法耐性あるし、魔装で対処する術もあるから」
「ああ、魔装ですか・・・あまり良い思い出はありませんわね」
魔装は無属性の中級魔法で、魔力を身に纏うことにより徒手空拳でも対魔法を可能とする。
属性の得意不得意が無いため力量次第であらゆる魔法を迎え撃てる。
魔装について知っているなら手間が省けて助かるが、その関連で苦い記憶があるようだ。
「何かあったのか?」
「以前に仕事上でお話を聞いたことがありまして、その際辟易するほど長々と自慢話を聞かされたのですわ」
「それは・・・災難だったな」
話を無理矢理打ち切って機嫌を損ねようものなら、よくない風説を立てられ仕事に響いて来るかもしれない。
「でもその人が自慢したように、中々お目にかかれないのは事実ではある。そういうわけで俺との模擬戦を基準にしない方がいいよ」
「それでしたらご安心を。センさんのことは少し前から格別だと認識を改めましたので」
まあ、あれだけ連続で常軌を逸したものを見せられたら当然の反応。
色々と知識を有しているクランヌからしたら異常なことばかりだろうし。
それでもこちらに対する態度が変わっていないのが幸いだ。
「よし、好きなタイミングで始めてくれ」
今の立ち位置は俺とクランヌが約100メートル距離を開けて相対し、彼女の向こう側にシルムがいる。
これなら魔法の余波を受けるのはほぼゼロで、シルムからの要求があっても向きを変えずに対応できる。
「それでは挨拶程度に・・・」
クランヌが魔法を発動するのを見て、俺もおもむろに動き出す。
展開されて行くのは鋭い切っ先を持った氷が複数。
水属性初級魔法「アイスニードル」か、無詠唱で数も多め・・・練度はそこそこあるようだし、気を引き締めていくか。
かなり速度が出ているがこちらに来るまで時間があるので、斜めに連続ステップを踏んで全回避。
「流石に躱されますわね。でしたらこれはいかがなさいます?」
続けて無詠唱から繰り出されたのは、通った面を一時的に凍らせながら標的めがけて地を駆ける「アイスヴェーク」
誘導が強いので下手な回避行動は意味をなさず、引っかかると忽ち足から氷漬けになってしまう。
だが飛び越えてしまえば不発に終わるので、ここは軽くジャンプをして・・・
(いや待て、これは消滅させた方がいい!)
到達する手前で小さく屈んで飛ぶ振りをしてみせ、そのままバネを利用して前へ大きく踏み込み、足に魔装を纏わせ魔法を潰す。
「あら残念、ご存知ですのね」
「やっぱり何か仕込みがあったか」
「アイスヴェーク」はただ攻撃するだけが取り柄ではなく、他の魔法の起点として扱かえる。
飛んで空中に浮いていたら、派生した魔法にさらされていただろう。
攻めあぐねているクランヌは手段を考えているようだが、その間にも俺は遠慮なく距離を詰める。
あと60メートルくらいになった所で、不可視の攻撃が襲いかかってきた。
(クランヌも2属性以上持ちか)
この感じは風属性魔法「ウィンドスラッシュ」に間違いない。
風による斬撃なので目に見えだけでもかなりの脅威。
しかし目視は無理でも感覚だけで正確に把握できるーーーそれを示すために真っ向から立ち向かい、前進しながら一つ一つ打ち消していく。
「でたらめなことを・・・」
「もう少しで辿り着いてしまうんだ、驚いてる場合じゃないぞ」
全ての魔法を無力化されて追い詰められた状況、そろそろ勝負を仕掛けてくる頃合いのはず。
止まらずに出方を窺っていると、彼女は俺の行く手を阻むように設置型の魔法を多数用意すると、何かを口ずさみ始めた。
あくまでこれは足止めであり、本命は詠唱の中身という訳か。
罠の配置的に合間を縫って行けば引っかからず進めるが・・・これは確実にこちらを誘っているな。
もちろんそんなの気にせず突っ込む、仮に罠だとしてもどんなものか興味がある。
避けつつもテンポよく立ち回り、地雷原を抜けてクランヌの前に躍り出る。
すると、待ち構えていた彼女は優雅に微笑むと魔法を発動させる。
「氷の牙を突き立てなさい!」
「グラキエスファングか!」
どんな魔法か判断した俺は来た道を遡るように後退を開始。
直後、ほんの少し前にいた地点から鋭利で大きい氷柱が生え、俺を貫こうと続けざまに第二第三の氷柱が出現する。
また地雷の密集地帯に戻って来てしまったが、魔法に対して鋭敏なお陰で確認しなくても動ける。
密集地帯の中間辺りまで来てようやく追撃が止んだ。
せっかく近距離まで詰めたのにだいぶ下がってしまった。
でも、大技は使わせたし後一歩で
ーーーピシッ、ピシッ、ピシッ
ん?ひとりでに氷柱にひびが入り始めた・・・その時を同じくして感じる魔力の高まり。
「まだ終わりではありませんわ。吹き荒ぶ烈刃の嵐!」
(これは・・・不味いな)
暴風が発生した瞬間、パリィンと氷が砕けその風に無数の破片が乗って俺に迫る。
実質二重魔法による広範囲攻撃に加えて四面楚歌の状態。
魔装を全身に纏ってごり押しの正面突破でもするか?・・・いや、魔装抜きでこの包囲網を抜ける方法がある。
今回はその択を採用し、ついでに終止符を打たせてもらう。




