26 岐路
読んで下さりありがとうございます。
「たまには現状整理をしないとな」
次の日の早朝、型確認の運動と魔弾製作を終わらせ、部屋で一人ごちる。
前の世界然り、この世界然り、異世界に来てからは密のある日々が多く、状況確認をしておかないと大事なことを忘れそうだ。
今日でエストラリカに来て4日目、宿の滞在期間を5日にしたのはさすがに短かすぎたか。
まあ、あの時は方針が固まっていなかったからな…まだ先は長くなるし、延長を頼めるか後で聞かないと。
今の所持金は金貨10枚に銅貨7枚、特に物入りってわけじゃないし、宿代くらいにしか使わないなら当分は持つ。
あと一月ほどお世話になるとしても、料金は金貨2.1枚だから余裕はある。
(こうしてみるとナーゲヴォルフを取引できてラッキーだった)
最初に金貨を確保できたお陰で順調にここまで来れている、本当だったら門のところで詰まっていたかも。
勝手に恩義を感じてるだけだが、ロアンさんに関わる機会があったら商会に貢献するとしよう。
とりあえずティキアから断られなければ、生活していく上での懸念は無い。
革袋は中身はほとんど変わってないので、確認するだけでいいとして、課題があるのは魔弾の方。
あらゆる状況に対応するため、多種多様な魔弾をストックしてある。
それはもう記憶に収まらない飽和状態に達しており、定期的に一覧が書き記してあるメモを見たりするのは必須。
今は使用した分の補給しかやってないため、そろそろ先を見据えて別のにも着手しようと考えている。
なので、一度見直して調えなければならない、魔弾は『時間遅延』のように攻撃以外でも役立つのだから。
「延長?それなら構わないぜ」
「あ、いいのか。以外とあっさりしてるな」
一階降りてきて食堂、「今日は遅かったな」とぼやきながらも待っていてくれたティキアと席を共にしている。
一ヶ月というそれなりに長い期間なので、難色を示される覚悟もあったが、二つ返事で了承が出てちょっと拍子抜け。
「面倒な客だったら断ってるが、その点センは問題無い。それに、いてくれた方がこっちとしても助かる」
「何でティキアが助かるのさ」
「俺はだいたい夜くらいまで家を開けるから、その間リームとレンリィの二人になっちまう。ここは住宅街だし犯罪は起きにくいとは思うが、センがいれば安心できる。正直な話かなり強いだろ、セン?」
したり顔をしてみせるティキア。
俺はいざという時暴漢を退ける、衛兵のような役割として見込まれているようだ。
かなり強い…ね。ティキアくらいなら勘づくのは当然だとは思っていたが、一応理由を聞いてみるか。
「何を根拠に言ってるんだ?」
「経験から来る勘、ってとこか。矛盾してるが、センは一見すると隙だらけなのに、手を出すなと警鐘がガンガン鳴ってる気がしてならねえ」
彼の感性は正しく、言った内容はしっかりと核心を突いている。
違和感があるのは衣類にかけられた『エンチャント』が原因で、要するに俺のせいでそう感じてしまう。
鑑定阻害と魔力隠蔽、錯視などが絡みあい、言ってしまえば霞がかった状態で掴み所が無い。
やっぱり、ティキアにならこの異質さを感じ取れると思っていた。
ギルドで生計を立てるのは生半可な実力では厳しく、彼はそれをこなしているのだから、相当腕が立つのが推測できる。
戦地に身を置いているから、危険を察知するのにも長けているな。
「まあお世話になってるし、もしもの場合があったら対処しとくよ。そこいらの人には遅れをとらないと思うし」
「お前だったら大抵は…いや、それじゃあよろしく頼む」
よし、とりあえず一月は寝床に困らなくなった。
猶予があるうちに色々と段階を進めて、拠点の確保も考慮するとしよう。
それにしても、今日も今日とてシーメーが美味い。
「お待たせ二人とも」
「こんにちは、センお兄さん」
「ごきげんよう、センさん。いきなりで申し訳ないですけど、『伝達』というものを私も使ってみたのですが」
ブレスレットに連絡が来てから、孤児院に向かうと門でシルムとクランヌが待機していた。
朝の仕事を終わらせたクランヌは早めに到着していたらしく、シルムが先んじて、能力の説明を済ませておいてくれた為手間が省けた。
瞬間的に通達するなんて…と半信半疑のクランヌだったが、髪飾りを受け取って試し吃驚。
最近似たような反応を見たばかりで、デジャビュ。
(シルムが暗い理由をご存知ですか?)
続けて「空間創造」と「時間遅延」に驚いてもらい、訓練を開始しようとした手前、早速『伝達』を利用してクランヌからの問いかけ。
(理由は知らないけど、昨日誰かの従者っぽい人から封筒みたいなのを受け取ってから、様子が変わった気がする)
(封筒…なるほど、理解しましたわ)
思い当たる節があったのか、少々気が立った様子でシルムに向かっていく。
「シルム、あなた招待状渡されたのでしょう?」
「…! どうしてそのことを?」
「今、彼から教えていただいのですわ。前にも申しましたけど、自己犠牲はよしなさい」
自己犠牲、あんまり穏やかじゃないワードが出てきたな。
話を聞いて察したシルムはチラッと、ブレスレットに目をやり、戸惑った様子で口を開く
「でも…約束されるんですよっ、未来が」
「それは上辺のものに過ぎません。絶対後悔しますわ。不安なら私を頼りなさい。それに…今は彼がついているでしょう?」
優しく諭すように問いかけると、自分の出番終わったとばかりに一歩引いて目配せをしてくる。
どうやら俺は発言を求められているようだ。蚊帳の外で置いてきぼりなのだが…凛としたクランヌが気を立てているのは、きっと、クランヌを思い遣ってのこと。
だとしたらクランヌを信じて、後押しすればいい。
「事情はよく知らないけどさ、俺とシルムは一蓮托生なんだろう? 困ってたら力になるし、信じてほしい」
言葉を受けて、うつむき気味だったシルムは、意を決したのを示すように顔を上げた。
「そうですよね。自分は偽ってたら幸せにはなれませんね。私、もう迷いません。キッパリと断ることにします!」
彼女に影響を与えたのかは不明だが、憑き物が落ちた顔になったことだし、いい方向に転がったと見ていいだろう。
クランヌは「手間のかかる子ですわね」と言いながらも満足してるし、よかったよかった。
「この際ですから、センさんに説明しておきますわ」
「いいのか?」
「はい。センお兄さんに混乱させてしまいましたし、事情を知っておいてください」
シルムに無理をしている様子は見受けられないな。
クランヌに目配せをすると、一つ頷き話を続ける。
「シルムの置かれている状況ですが、ポルドという貴族の方から言い寄られていまして。孤児院の資金援助をする代価として、こちらへ出向くようにと。封筒もその方からでしょう」
「はい、返事の催促でした。そろそろ話を無かったことにするとも書いてありました」
昨日の馬車と従者はその貴族からの遣いってことか。
「どうしてそんな経緯に?」
当事者であるシルムに質問を投げかけるも、首を傾げる。
「直接会ってないので私もよく分かってないんですが、クランヌさんの予想では私の容姿が目当てらしいです」
「その根拠なのですけれど、まずポルドついてお話しします。彼はエストラリカに複数の土地を所有する地主で、その土地を貸し与える事業などをなさっているのですが、黒い噂があるのですわ。その内容ですけれどーー」
クランヌ曰く、自身の所有地を利用した違法な取引や、不当な手段で女性を我がものとしているなど。
伝手からたびたびポルドの悪行を耳にしているらしい。
証拠が出ておらずあくまで噂なのだが…
「それは随分ときな臭い話だな。確かに、外見狙いってのもあながち間違ってなさそうだ」
シルムがお洒落した姿は見たことないけど、顔は整っていて愛嬌があって可愛いからな。
「ええ。ですからシルムに駄目だと言い聞かせてましたけど、孤児院を引き合いに出されたせいで難航していましたの。解決したのはセンさんのお陰ですわ」
「あはは…心配をおかけして申し訳ないです。ちゃんとお断りの返事を突き付けますから、安心してください」
それで潔く相手が諦めるか怪しいな。
噂が本当か調査したいところだが…やめておいた方がいいだろう。
相手の規模が分からないし、力が通用するかどうか。
それにもし足がついてしまったら、二人に危険が及ぶかもしれない。
今は警戒をしながら様子見が妥当だろう。




