22 二人
読んで下さりありがとうございます。
私も訓練に参加させてほしいーーー
予想だにしていなかったクランヌからの要求は、衝撃的で思考を巡らせるには十分すぎる内容だった。
彼女と訓練を結びつける要素が、全くと言えるほど見当がつかない。
主観的な意見になるが、戦いの心得があるわけでは無さそうだし、自身の実力向上が目的とは考えにくい。
そうなると訓練は彼女にとって建前で、急に現れた俺がシルムに害をもたらさないか監視するのが目的。
それとも純粋に興味が湧いたのか、ただ自衛手段の一つでも身に付けるつもりなのか…。
こうしていくつか予想を立ててみたが、所詮憶測にしかならないので、クランヌから話を聞く必要がある。
正当な理由も知らずに、軽々しく頷くことはできない。
「さすがに二つ返事でいいとは言えないから、どういう心積もりなのか教えてくれ」
「ええ、それは勿論。シルムはご存知ですから、退屈かもしれませんけれど…」
「いえ、私のことはお構い無く」
「ありがとう。それではまず最初に、私は『転移』の能力を保持しています」
ほう。『転移』とはこれまたレアなものを。
シルムの『成長促進』ほどでは無いが、なかなかお目にかかることが叶わない能力。
魔法でも転移を使うことは出来るが、無属性であることに加え上級なので習得自体が困難。
それに転移魔法まで至ったとしても、連続で使用なんてすればあっという間に魔力が枯渇するのが普通。
その点能力の『転移』は優秀で、魔法よりも低いコストで運用が可能な上、詠唱は不必要で練度も関係なし。
なのでスキルの枠が無駄なんてことはなく、日常的に役立つ有意性の高い能力と言える。
「それで、その『転移』を用いた交易を生業としているのですけれど…困ったことがあるのですわ」
「困ったこと?」
「はい。私の元にいらっしゃる方々の依頼は特殊ですわ。例えば主要人物や貴重品、早急に必要な物資などの転移ですわね。それでここエストラリカにおいて『転移』の能力が確認されているのは私だけなのです」
たしか、エストラリカは交易の要所で多くの人や物が集まって、取引の橋渡し役も担っている…だったか。
そうなると取り扱う量は必然的に増し、訳ありの依頼に対応できるのはクランヌ。
「つまり、件数が多すぎて対処が追い付かないってことか」
「お察しの通りですわ。私以外にも魔法で転移を行う方は在しますが、多用はできないので…」
転移は距離が遠くなったり質量が大きくなると、それだけ魔力消費も増加する。
もう一つデメリットがあって、転移する際は強制的に自分も同伴することになり、何かを届ける場合は往復分の魔力も考慮しなければならない。
「安全を確保したいとおっしゃって、待機する方も日に日に増す一方ですわ」
「不確定要素が多い分、『転移』の需要は高いだろうな」
魔物、賊、天災…旅の道中には何が待ち受けているか分からないが、瞬時に移動してしまえばそれらを無視できてしまう。
「この現状を打開すべく、センさんの訓練に交えていただきたいのですわ。目的は魔力量を増やすこと。先ほど聞いた話では、魔力の向上が見込めそうですもの」
「なるほど…」
能力を使用しても魔力量に変化は起こらない。
魔法使うことが条件になるが、『転移』に魔力を割いているクランヌにはその余裕は無い。
「当然、ただとは申しません。センさんからの頼みごとですが、つてを活かして良いものを私がご用意いたしますわ」
これはかなり魅力的な提案ではあるな、交易で知識は豊富だろうし、出費も彼女が負担してくれる。
良い返事をしたいところだが…過去の経験が、品位の高い人間と関わるの躊躇わせる。
会ったばかりのクランヌを完全に信用するのは無理だし、どうしたものかーーー
「私からもお願いします。クランヌさんに暗い表情はしてほしくないんです」
「シルム…」
真剣な面持ちで見詰めてくるシルムから、強い意志が伝わってくる。
……そうだな、あの頃と今では現状が違うのだから、見極めるのは後の方でも大丈夫だろう。
過去に振り回されてばかりもいられない。
「分かった。けど、過度な期待はしないでくれよ」
「ええ!ありがたく存じますわ!」
「良かったですねっ、クランヌさん」
「シルムのお陰ですわ」
わいわいと喜びをわかち合う二人を見てると、こっちまで綻んでしまうな。
さて、はからずも二人目のメンバーが出来たことだし、色々考えて準備しておかないと。




