1 転移
転移独特の感覚が無くなり、視界が開けてくると、まず目についたのは先まで続く草木の群生。
周囲も同じような光景で、どうやら森の中にいるらしい。
(夜ではないみたいだ)
上を見上げると、葉の隙間から光が見えるので、おそらく朝か昼の時間帯。
生い茂る草木に日のほとんどが遮られているため辺りは薄暗い。
とりあえず自分の状態を確認。
服装は緑のローブと、その下は動きやすいものにしているが特に問題なく、腰につけておいた革袋と短剣もしっかり存在している。
革袋には数日分の食料と野営の物資、貴重品が入っているため、無くなっておらず安心した。
外見では、少ししか入らない革袋に見えるが、能力を使って空間拡張してあるため、移動式の倉庫といっても過言ではないくらい物を収納できる。
重要な生命線で、有る無しでは天と地の差。
続けて、軽く体を動かす……違和感はないな。
異世界に来てから受けた恩恵の身体能力は残っているみたいだ。それに魔力も。
恩恵とはゲートへ徐々に集中するエネルギーを差す。
長い年月をかけて蓄積されたそれは、召喚の際に解放され絶大な力をもたらすそうな。
全て聞いた話だが、実際この身に起きた事象。
何故、こんな仕組みがあるのかはさっぱりだけど。
さて、あとは能力が使えるかどうかの確認を済ますだけ。
一つ目の能力で試すことにするか。
その対象となる物を思い浮かべつつ、能力を発動させる。
『コール』
すると、右手に一丁の拳銃…いわゆるハンドガンが現れる。
シャッ。
重みで分かっていたが、弾装にはしっかりと弾が装填されている。
不発に終わらなかったので、スキルを使うことができるようだ。
この『コール』は、元の世界に実在していた銃と弾を出すことができ、使用時のコストはかからないが、いくつか制限が設けられている。
とはいえ他者の使用や分解が不可と内容は緩く、利便性の方が遥かに高い。
自由に出したり消したりすることが可能なので、ひとまず今はしまっておく。
特に異常はないようなので、これで憂いなく行動ができる。
まずは人のいる場所へ向かい、情報を集めこの世界での立ち回り方を決めなければ。
それ以前に、本当に別の世界へ来れたかどうか。
とりあえず、この森を抜ないとな。
しかし、周囲を見ても木が先の方へ続いており、出口はどの方向にあるのか分からない。
闇雲に動き回っていては時間と体力の無駄になる。
「高いところから見てみるか」
ちょうど近くに他と比べて高め木があるので、枝を足場にして周囲を見渡すことに。
自身の数倍の高さがあるが、身体能力の向上によって魔法の補助がなくても届く。
地面を蹴って跳躍し、太い枝を選んで乗り継いで行く。
頂上へ到達したら幹に手を置いて支えにしながら見渡す。
(あれは…街道?)
ここから距離は相当あるが、右の方に街道らしき砂利道を確認でき、左の方はまだまだ森が続いている。
右に進めばいいことが判明したので、そちらへ向かう。
枝から飛び降り着地の間際、風魔法で落下を緩やかにしながら降り立つ。
よし。前みたいに咄嗟でも魔法の運用が出来ている。
やはりこちらへ来る前と変わりはなさそうだ。
「移動する前に探知魔法を使っておくか」
効果範囲は半径30メートルに設定。
範囲内の反応を感知して位置を把握する魔法で、練度によって効果や消費魔力が変わる。
大きい小さいといったサイズの区別は付くが、それが何かは目視で確認しないと分からない。
今は反応は無いが、これだけ広い森だと前の世界みたいに魔物がいても不思議じゃない。
日が傾く前に早く移動するとしよう。
出口に向かって進んでいると探知魔法に一つの反応が出る。
ちょうど自分の進行方向にあるので、このままだと対面する。
魔物かもしれないが、試しておきたいことがあるので避けて通ることはしない。
「とりあえず近づいて…」
感づかれないように気配を殺しながら、見える場所まで移動して木陰から覗く。
そこにいたのは全長1.5メートルほどはある狼に似た生物がおり、休んでいるのか座り込んでいる。
その大きい体格に見あった牙と爪を有していて、強力な防具でなければ容易く貫いてしまうだろう。
(無害には見えないし、確実に襲いかかってくるだろうな)
しかし、先入観で決めてしまうのも良くない。
姿を晒しても、下手に刺激しなければ攻撃されない可能性がある。
物は試しということで、もしもの場合に反撃できるよう『コール』を使用。
消音器などのアタッチメントが複数付いているハンドガンを2丁出して両手に持つ。
それを後ろ手に隠して、丸腰を装いつつ目前に姿を晒す。
こちらの存在に気づいた狼もどきは素早く立ち上がると、吼えながら飛びかかってくる。
「仕方ない」
左手に持ったハンドガンの照準を頭部に一瞬で合わせ引き金をひく。
秒速数百メートルの弾丸を間近かつ空中にいる狼は抵抗する間も無く、頭部へ直撃を許してしまう。
貫くことに至らなかったが、衝撃で呻いて仰け反り隙が生まれた。
すかさず、次は右手のハンドガンでもう一度頭部を狙い引き金をひく。
二度目はしっかり脳天を撃ち抜き、血を撒き散らしピクリとも動かなくなった。
「Bランクってところか」
前の世界基準の話になるが、魔物はF~SSまで位づけされており、今倒した狼はBランク相当の強さ。
判断の元になっているのはハンドガン。
一発目はCランク用、二発目は当然Bランク用。
両手に持っているハンドガンの種類は一緒だが、威力に違いがある。
これは二つ目の能力である『カスタム』によるもの。
『カスタム』は『コール』で出した銃の強化と改造が行える。
射出する弾の威力を強めたり、アタッチメントを装着したりなど。
魔物の強さに応じた性能の銃をそれぞれ用意してあり、状況によって使い分けている。
わざわざ魔物に合わせて変える理由は、そうしないと不利益になるからだ。
一度、最大まで強化して運用したことがあるのだが、威力が高過ぎて原形を残さず倒してしまい、それどころか射線上の巨大な岩まで粉砕する事態に。
素材が無駄になる上に環境破壊になり兼ねないので、以来、相手に応じて銃を選出している。
「さて」
目的だった試し撃ちが済みデータは取れた。
この森では主に仕留めた方のハンドガンで対処をするとしよう。
この狼が何かの素材として売れるかは不明だが、可能性はあるので革袋の中に入れ、再び出口へ向かい歩みを進める。
更新頑張ります。