18 訓練5
読んで下さりありがとうございます
「進捗具合はどう?」
翌日、孤児院に到着して同じようにジャストタイミングで出迎えてくれたシルムと合流、裏で「空間創造」を展開させて「時間遅延」の魔弾を発射し、ダイヤモンドのアクセサリーを手渡す。
昨日はブレスレットを購入した後、真っ直ぐ宿に戻って『エンチャント』の内容を考えて施し、自信の魔法過程を思い出すのに時間を費やした。
そうは言ってもあの頃は無心でこなしていたせいか、記憶も朧気になっており収穫は乏しくかったが。
最初の方はどんどん新しい魔法を覚えていったのもあって割と印象に残り、逆にそれ以降はだんだん・・・まあそんな感じで結構大雑把。
「身体強化の、ですか?自分的には良い感じだと思います。ぎこちなさも抜けて来ましたし」
目の前で軽くステップを踏んでみせるシルム。
おー、前のが嘘だったみたいに自然に動けてて安定感のあるものに仕上がっている。
身体強化の効果域も広がってるし、解散してからの彼女の努力が伺える。
ちょうどいいし成長の程を確認するついでに入れ替えてみるか。
「じゃあ今日は順番を変更して最初に体を動かす訓練で。肉体が疲れてると、それだけ平時より感覚が変わってくるから身に覚えさせておこう。流石に疲弊するほどはやらないけどね」
精神が肉体に影響を及ぼすように、肉体も精神に影響を及ぼす。
いつでも万全の状態で、最大限の力を発揮できるとは限らない。
「あーそうですねー。子供たちと下手に歩調を合わせると疲れがすごくて、その後の家事が手につかなかったりするんですよね」
うん、言われてみると確かに、小さい頃はあんまり疲れを意識したことが無かった気がする。
今では考えられないほど活発に行動を取っていたが、それも無くなって歳を重ねたのだと実感させられるな。
「じゃあ今日も泡に引っ掛からないように躱していく感じですかね?」
「いや、やることはだいたいは一緒だけど、少しだけ変化を加える」
「変化?」
「まあ、見せながら説明するよ」
『コール』でバブルガンを顕現させて、シルムに見えやすいように立ち位置をL字にしてから泡を放出する。
赤く着色された泡の中に時折、なんの色も付いていない無色透明の泡が混じるようになっている。
これはタンク内の液に対する『エンチャント』を一部だけ対象外にすることによって意図的に作りだしている。
「この通り赤色の泡とは別に普通の泡を新しく追加してある。赤の泡は前と変わらず当たらないように回避で、無色の泡は逆に避けずに潰すようにしてくれ」
「ほー、やることは分かりましたけど・・・泡はどのように潰せば?」
「それに関しては自由だから、体ごと当たりに行くだけでもいいし、余裕があるなら手で叩いたりとかしてくれても」
着色はされていないが、ちゃんと濡れないようにスキルを付与してある。
泡を潰す目的は判断力の向上が狙い。
高速で飛来する赤泡を避けることで動体視力を進歩させ、同時に反射で回避行動を取れるようにする。
加えて泡を迎え撃つことで、攻撃・防御に移る判断力を身につけてもらい、シルムには最善を出せるようになってほしいと思っている。
「さっきので気づいてるかもしれないけど、泡のスピード少しだけ上げてあるからね」
「やっぱりそうでしたか・・・昨日のままだと簡単になってしまいますもんね」
「うん。最後の方はだいぶ落ち着いてたみたいだから、ステップアップだよ」
速くしてあると言ってもギリギリ反応、とまでは行ってないように調整してあるから大丈夫・・・なはず。
立ち位置についてもらったことだし、指を3本立て、たたんで開始のカウントダウン。
「ほっ、やっ、はっ・・・」
昨日少しの間だけだが、やった甲斐あって良い具合に躱せてるし、動きを小さめに抑えて、まさにいなしてるって感じだ。
でも、当たりに行くのが慣れていないから、そっちの方は反応が鈍くなってしまっている。
あ、間違えて無色の泡を避けようとしてすかさず、反転したがその拍子に無理な体勢をして倒れそうだったので、瞬時に接近して支える。
「ありがとうございます・・・でもちょっと、センお兄さんやらしくないですか?」
「え、ごめん触りどころ悪かった?」
触る場所は考慮して腕あたりを持って支えているのだが・・・
「いえ、そこでは無くてですね、泡のことですよ、泡の。連続だったり交互だったり、変則的で調子が狂っちゃいます」
「あぁそういうこと・・・パターン読めたら準備できて容易になるから、不規則なのは仕方ない」
「まあそうなんですけど、何かこう、弄ばれてるみたいで」
「・・・外ではそういうこと言わないでくれよ?」
さっきのもそうだが人聞きが悪いことを言われるとヒヤヒヤものだ。
社会的に終わりかねないので頼むよ、切実に。
「何とかなるものですね」
行動の切り替えに苦戦しながらも、挫けることなくひたすら訓練を続けた結果、惑わされずにほぼ完璧なまでに上達。
あんまり長引かせては後に響くので、ここを一区切りとするか。
「何とかって言うより、途中で投げ出さなかったシルムの努力が実を結んだんだよ」
「はいっ!お陰様で、考えて動く癖が多少は付きました」
「その癖は是非とも残してほしいな。味を占めて偏りが出来ると、代わりに考えなくなって成長が止まってしまうから」
多くの相手に通用するからといって、その強力な手段ばかりに依存していると、柔軟な対応力や戦術が身に付かず、自ら伸びしろを狭めてしまうことになる。
それは非常にもったいないことだ、戦法はいくらあっても困らないのだから。
軽く休憩を挟んでから魔法の訓練に移り、昨日習得したものも交えつつ、練度上げに勤しむ運びとなった。
中級魔法だけあっていくら魔力を補充できるといっても、そう易々と使えるようにはならず、これといった進展もなく長めの休憩に入ることに。
「一回外に行ってもいいですか?」
「ん、分かった。今開く」
「空間創造」の入り口を出現させて、シルムと一緒に魔法の空間外に出る。
外に用事は無いが、あの中で待っていると通常の10倍待つ羽目になってしまう。
「では、行って来ますね」
たったったっと、小走りで駆けていくシルム。
待つこと数分、戻ってきたシルムの両手には厚紙で作られた箱が存在していた。
「それ、どうしたの?」
「用意すると言っていたお菓子です。時間がもったいなのでとりあえず入りましょう」
忘れていたけど、そういえば作ってきてくれるという話だったな。
急かされるように空間内に入って、適当な位置に座りこむ。
「はい、今日はアイスパイになります」
箱を開けるそこには、四角い厚めのパイ生地乗せられた真っ白なアイスクリームと、添えられている取ってが付いた金属製の小瓶と手拭き。
焼き色が綺麗に付いていて見映えのいい仕上がり。
「これは酸味のあるリンゴソースです。溶けてしまわない内にどうぞ召し上がって下さい」
小瓶の中身はリンゴソースだったようで、それを回しかけ、手拭きを渡してくれた。
「ありがとう。それじゃあいただきます・・・・・・これ、凄く美味しいよ」
「良かった~!自信作なんですっ、そのアイスパイ」
多層になっているパイ生地はサクサクして芳醇な香り。
口当たりのいい甘いアイスと、酸味のあるリンゴソースが絶妙に調和した、爽やかさのある甘酸っぱい味わい。
こういうさっぱり系は飽きが来ないから、美味しさも手伝ってあっという間に完食してしまう。
「ごちそうさま。掛け値なしに、良かった」
「お粗末さまです。気に入ってもらえたようで何よりです」
あー、唯一心残りだったのは果実水しか持っていなかったことだ。
スイーツに合うような飲み物があれば、さらに楽しめたに違いない、訓練のあと探しておこう。




