15 訓練4
読んでくださりありがとうございます
あの後すぐ眠り落ちて、覚醒したのは決めた通りの時間。
この世界と時刻合わせはしていないが、自分の中で同期を済ませてあるので、持ち合わせていえう懐中時計での確認。
目覚ましという文明の利器に頼らずとも起床することには慣れたものだ。
隣から「すぅ…すぅ…」とリズムの良い寝息が聞こえる。
どうやらぐっすりと寝ているみたいだな。
そんなところを起こすのは気乗りしないが、このままだと埒があかないし、本人から遠慮なく起こせと言われたので、しっかりと努めるとしよう。
「シルム、すまないが時間だ」
……反応がない、声量が足らなかったか?
おーいなど複数回呼び掛け続けても起きなかったので、寝顔を見るつもりはなかったが、横に目をやるとシルムは少々だらし…幸せそうな表情で熟睡中だった。
このことは黙っておくとして、肩を揺すってみると効果があり、少しもぞもぞと動いてから体を起こし「んーっ」と伸びをしている。
眠りは深い方だけど、目がしっかり開いてるから寝起きは良さそうだな。
「おはよう。ぐっすりだったね」
「おはようございます。そんな寝込むつもりはなかったのですが…適度にふかふかであっという間に意識が沈み込んで行きました」
寝袋から距離をおき「この寝具は人をダメにしそうです」と戦々恐々している。
そんな大げさな…とも言えない。
たしか、貴重で高品質な動物の毛をふんだんに取り入れた一級品で、瞬く間に安眠に誘って意志が弱いと虜になってしまうから取り扱いにご注意、と説明されたのだったか。
シルムはその洗礼を受けたが彼女は気丈夫だし、心配はいらないだろう。
「まあ深い眠りは睡眠の質が高い証拠だから浸からなきゃ大丈夫。時間も少ないし今日最後の訓練…無属性と身動きの両方をやっていこう」
無属性魔法は初期から「身体強化」を使え破格ではあるが、常に魔力を消費し続け、最初の内は強化できる部分が限られており、上級属性の例に漏れずかなりの時間と労力を必要とする。
そして体内に及び、目視で確認できる変化は起こらないので、またしても感覚を頼りにしてもらうことになる。
残念なことに身体強化は個人専用で他人に掛けることは不可能なので、似た魔法を代用することで補う。
「体を動かしながら魔法…ちょっと厳しいですね」
シルムの言ったことは最もで、ある程度熟練した魔法ならまだしも、不慣れであれば意識を割かねばならず、怠ると粗が出てまともに機能しない。
身に覚えがあるからこそ出た言葉なのであろう。
「それは織り込み済みだからまずは小さな動きで慣らすとして、今から使う魔法の感覚を覚えてくれ」
範囲と効果時間を設定し発動。
上空から神聖な光が降り注ぎ、それを浴びたシルムを包み込み光輝を放つ。
変化を感じたのか、確かめるように身体を動かしている。
「身体が軽くなって、力は有り余るような…」
光属性の支援魔法「ディネクティオ」。
一定時間味方のステータスを向上させ、状態異常に耐性を得る。
耐性はおまけになるが、身体強化と同じような役割を担うため代用としては十分。
重複はしないので試すのは効果時間を終えてからになる。
「その感覚を忘れないようにな。持続時間は長めに取ってあるから焦らなくていいよ」
「…切れたみたいです」
軽い運動と身体強化のことについて説明をして数分、ディネクティの効果が消失したようだ。
「じゃあ、さっき言ったけど最初は一部だけだから、やりやすそうな箇所に掛けてみて」
「んー、掛けやすそう…日頃よく使う手、ですかね」
手を動かすと脳を刺激して活性化させるらしいし、ちょうどいいチョイスだ。
「巡り、発揚せよ」
雰囲気が真剣なものになり、少し間をおいて詠唱をし終えると、手の部分に魔力が集中しているのが感知できたので、成功したようだ。
手をグーパーと開閉させて、魔法の感触を確かめている。
「やっぱり、いつもみたいに早く閉じたり開いたりできないですね」
「そればかりはな。慣らしながらでいいから、調整に付き合ってもらいたい」
『コール』で一つの銃を出す。
それは簡易な造りで液体を入れるタンクを備え、放出する部分は半円状になっている銃…バブルガンと言う、泡を出す玩具である。
「随分と可愛らしい物ですけど、調整にどのような関係が?」
「今から地面に向かって撃つから、速いか遅いか判断して欲しい」
シルムの了承を得て、少し離れた地面目掛けてトリガーを引く。
赤い色をした泡が撃ち出され、真っ直ぐ飛んで行って着弾すると、泡は弾けその地点はペンキを塗ったかのように着色する。
しかし、数秒が立つと何も無かったように元の色に戻る。
「どう?」
「泡…なんですね。結構速いです」
「そっか、じゃあ遅くして…」
玩具ではあるが『カスタム』は適用されるので、シルムの意見を参考に泡の速度を調整し、最終的に少し速めの状態にした。
「結局、それは何に使うんですか?」
「ああ、動体視力を鍛えるのが主な目的だけど、目で追えるだけでは意味がないから、泡に当たらないように回避してもらう」
「ふむふむ。回避ってことはつまり、泡は攻撃のようなもので、着色してあるのは確認しやすくする為、ということですか」
「そうそう。さっき見てたから分かるとは思うけど、当たっても色は一時的に付くだけだし、特殊な加工を施してあるから濡れることもない」
特殊な加工というのは『エンチャント』のことで、バブルガンには「着色」「コーティング」「時限」の3つを付与してある。
「着色」によって普通の泡を赤色に変え、「コーティング」で表面を覆うような形にしてあるので、体内に入ったり服などが水気を含む心配がない。
「時限」は設定した時間に到達すると、付与させたものを消失させる。
実際に確認するためにローブの裾にいくつか泡を出して、色が消えてから裾に触れてもらう。
「本当に湿っけひとつない…不思議です。」
「さて、躱す訓練をするとは言ったものの、身体強化そんなに馴染んでないだろうし今回は目で追うだけにしようか?」
「激しい動きは厳しいので、一回一回間を開けていただければ」
「分かった。なら少しやってみよう」
「あ、その前に魔力補充お願いします。結構消費したので」
魔力供給を済ませ、床に向かって撃った時と同じ距離…15メートルほどシルムとのスペースを開ける。
「では、いつでもどうぞ」
位置に付いた彼女の準備は万端。
そんな彼女は一点を食い入るように見ていて、視線の先はバブルガンの泡を出す部分。
目の付け所がいいな。これなら泡の弾道…はおかしいか、泡の軌跡を事前に予測できる。
とは言っても残念なことに、狙いを定めることは少なく流し撃ちが基本だ。
最初は…肩辺りを狙ってみるとするか。
撃つ合図の代わりにバブルガンをしっかりと構え、そのまま横に振り払い、その際にトリガーを引く。
突然のことに反応が遅れたシルムだったが、すんでのところで体を横にして避けようとする。
しかし、少しだけ引っ掛かてしまい肩の一部が赤くなっている。
かすってしまったとはいえ、よく反応出来たな。
「…もしかして、私の考えバレバレでした?」
「うん。着眼点はいいけど流石に露骨だったな。さっきのようにいきなり攻撃してくることはよくあるから油断しないようにね」
「はい。足をすくわれないよう心得ておきます」
そうして仕切り直し、シルムの要望通り間を置おきながら、体の色んな箇所に対して泡を放っていく。
ギリギリな時もあるが、気を引き締めた影響か、当たることなく上手い具合に回避を続けている。
そして徐々にではあるが、順応してきたのかしっかりと見極め、焦ることなく躱すことも増えてきた。
しかし、事は起こるべくして起こる。
一つ、シルムは回避の訓練を今日始めたばかり。
二つ、彼女は多忙故に確保できる時間が限られていて、運動する機会が少ないとのこと。
三つ、慣れない身体強化と平行して行っているので、いつもより制限がかかり不自由。
そんな状態で動くと、どうなるのかを予測するのは難しくない。
「あっ!」
飛来する泡を軽いステップで避けようとしていたシルムだったが、その際にバランスを崩して地面に向かって倒そうになり、思わず目を瞑る。
「大丈夫か?」
倒れ込みそうになったのを見るや否や、持ち前の身体能力で即座に駆けつけ、触れる部位に注意を払い支える。
一応空間内の床は衝撃を軽くようにしてはあるが、そういう問題ではないな。
「助かりましたー。やっぱり違和感ありますね」
「でも凄いなシルムは。さっきの時もそうだけど、ちゃんと身体強化を維持できてる」
身体強化のような継続型の魔法は、使い主の力量がものを言い、焦りなどで気が動転して集中が乱れると解除してしまうことが多いが、シルムはあの状況になっても切らさないでいた。
「えへへ、魔法は絶対解かないって決めてましたから」
「そっか。直後のことで嫌かもしれないけど、あとちょっと頑張って欲しい」
「私は、大丈夫ですよ。転びそうになるのはいい気はしませんが、経験しておいて損はないと思いますし」
「…相変わらず聡い子だ。安心してと言うのもおかしいけど、すぐフォローに入るよ」
シルムはここでの経験が後に役立つと理解しているようだ。
場によって地形は異なり、不慣れな環境であれば足を取られる可能性も考えられ、そこに敵などの要素が追加されると、動揺もより一層増すことになる。
事前に混乱の種を一つでも潰しておけば、対処のしやすさも格段に変わる…といちいち説明する必要もない。
俺としては非常に助かる、本当。
「お疲れ様、今日の訓練はこれで終わり。残りの時間はゆっくりしてて」
あれから何度か転びそうになったしたものの、最後の方には余裕を持って泡を交わすことが可能になっていた。
体をそれなりに動かして、いきなり解散するのはあれなので、空間魔法終了まで30分ほどの猶予を残して切り上げとする。
「はい、お疲れ様です。最後にもう一回、魔力補充してもらっていいですか?自主練しておきたいので」
「それは構わないけど…」
前にも言ったがこの件は急ぎではないので、時間外にやらなくてもいいというのは彼女も承知しているはずだが…。
言いたげな俺のことを察したのか、口を開くシルム。
「感覚を忘れない内にやっておきたいという私の我が儘なので、センお兄さんは気にしないでください」
「それなら、邪魔するのは野暮だな。そうだ、ネックレス回収するよ」
「あっ…はい…」
手渡されたダイヤモンドのネックレス、相当気に入っていたようで、別れるのが惜しいようだ。
俺は特にこのネックレスに思い入れはないし、手放すことに抵抗は感じないが、今プレゼントはできない。
「これ素人目でも分かるくらい高価なものだし、付いてるスキルも異色。他人に目を付けられたら面倒なことになる。だからシルムが所持しても安心できるくらい成長したら、その時に正式にプレゼントするよ」
「え?いいんですか?」
「うん。元から最初に協力してくれた人に渡すつもりだったから」
少しうつむき気味だったけど、今では凄く嬉しそうで魅力されそうな可愛らしい笑顔を湛えている。
そんなに喜んでくれるなら、渡す身としては気持ちがいいし、ネックレスとしても身に付けられるのは本望であろう。
時間まで感想や明日のことについて話をして、今日の訓練は終了した。




