140 商談
読んで下さりありがとうございます。
「ご機嫌よう。本日の商談、よろしくお願いします」
「こちらこそクランヌさん。いやあ今日もお美しい」
丁寧に一礼するクランヌの対面で、若い男性が浮ついた様子で迎える。
服装はまともだけど、態度と気合いの入っている髪型から軽薄な印象。
それぞれ護衛としてクランヌの方には俺が、あちらには厳つい男が控える。
商談には護衛を伴わないことが多い、仮にも一緒に仕事をするかもしれない相手だからな。
ただクランヌの場合、立場と能力が貴重なのもあって、外部の人間と会うときなど護衛は前提だとか。
「さて、早速商談にーー」
「ああその前に」
互いに応接用の椅子に座り、クランヌが本題に入ろうとしたが相手に遮られ。
「クランヌさん、僕と食事に行って頂けませんか?」
最初と同じ調子のまま希望を申し出る…誘うのは勝手だが、今言うことか?
「御免なさい、お受け出来ませんわ」
やんわりから引き締め、きっぱり断りを入れる。
突き放す冷たさはなく、意思を一貫する芯の強さが窺える。
一考する素振りも見せず敢えなく拒まれて若い男は一瞬笑顔を崩し、貼り付けたようなものへと変える。
「理由を伺っても?」
「ええ。当分、私は事業に尽力したく思っております。ですので、ご期待されてることには添えられませんわ」
「そのことは耳にしてます。ですが…少し前に隣の護衛のように、素性の分からない誰かと歩いていたと聞きましたよ? それに親しげに呼ばれていたとか」
態度には出してないけど、内容は方便ではないかと物言いたげ。
身に覚えのある話。誰かっていうのは俺のことだろう。
親密に振る舞っていたのはクランヌに特定の相手がいることを仄めかす狙いだった。
噂されているなら目論見通り。
その上で言い寄って来ていると。
「事実ですわ。私事ですので詳細は伏せさせて頂いておりますが」
全く動じることなく認め、表明した仕事への姿勢に嘘偽りがないことを示す。
言葉だけではなく成果として、クランヌは事業拡大を進めている。
だから非難される謂れはーーそもそも、いい人がいても頑張っている人は普通にいるしな。
「…商会のためと言うなら、悪くない話だと思いますが」
おいおい…食い下がるのもそうだが、釣るのは悪手だろう。
既に仮面は剥がれ、不満が漏れてしまっている。
もはや商談を行える雰囲気じゃないし、そっちもお流れになりそう…。
「それでも、私の返事に変わりはございません」
「……お高く止まりやがってーー…なんだ?」
呟き不穏な空気を醸し出したので、俺は大きく踏み出して存在を主張。
あちらは険しい顔をして、護衛は得物に手を伸ばし構える。
対する俺は丸腰に無言のまま徐々に圧を強める。
すると相手は怯み身体を引かせ、見計らいクランヌが動く。
「今回の商談、取り止めでよろしいでしょうか」
「ふ、ふん。こっちから願い下げだ」
「承知しました…では、失礼致しますわ」
了承を得たクランヌは俺の手を取り、挨拶を済ませたのち転移でその場から去った。
景色が変わり屋敷の居間。
空いている方の手でフードを外して話し掛ける。
「大変だったな」
「私は平気ですわ。それよりも、センさんを巻き込んでしまい申し訳ありません」
「護衛だから当然。お節介かと思ったけどね」
「いえ、お陰で順調に区切りを付けられたので助かりましたわ」
「ならよかった」
クランヌはもう片方の手も添えて俺に微笑む。
何故、俺がクランヌの護衛を担っているのかというと。
戦闘部門にアベルさんの商会からは正体不明の選手が出る…その情報の信憑性を高めるため、敵を更に触発するため、一時的に護衛という形で表に出ている。
午前中が空いているので、その時間帯の取引や商談に同行。
空いてるっていうか…屋敷の家事をしようとするとシルムが無言のままニコニコするんだよな…。
だから自分の部屋の掃除と、目に付いた簡単なものだけに留めてる。
「仕事のとき、ああいう誘いを受けること多いの?」
「多少、ございますわ」
「やっぱりそうか」
慣れた対応だったし日頃の人気ぶりを見れば思い及ぶ。
誘いを捩じ込んで来るのは、直接言える機会が限られている、直面して気持ちが逸ったなどの要因もあるんだろう。
まあ惹かれる気持ちは理解は出来る。
元が良さが抜きん出ていて、行き届いた手入れにより洗練され神秘的。
それだけでも耳目を集めるが、淑やかで全く嫌みのない振る舞い。
接すれば引き込まれるーー高価な宝石などよりも遥かに。
しかし、クランヌは同じ一人の人間。
各々都合があるように、クランヌにも為すべきこと、したいことがある。
それを無視して一方的っていうのはな…特に最近は事件に巻き込まれ、活動を控え目にしてるのに。
「困りものだな」
「…その、お誘いを受けること自体は構いません。ですが…商談がふいになってしまうのは残念に思います」
「ああ…」
商談は商会の利益になると見込んで場を設けている。
期待したものが話もせずに流れてしまう、相手が同じ商人というのも虚しさの一因かも。
せめて割り切ってくれたら…
「クランヌなら十分知ってると思うが、色んな人がいるからな。その中で分かり合える人を大事にしたいよな」
「大事に…ええ、仰る通りですわね…次の商談も、どうぞお付き合い下さいませ」
「勿論」
「ご機嫌よう、本日はよろしくお願いします」
「これはご丁寧に。こちらこそ…聞いた通りお若くお綺麗ですな」
「ありがとうございます」
今度の商談相手は細目に薄毛の中年男性。
目を更に細めた笑みを浮かべクランヌを褒める…似たような流れ。
「それに…ふむ」
男性は上から下へと視線を移動させクランヌの全身を見て頷く。
「これはこれは。さぞ、言い寄られることが多いでしょう」
「度々、ございますわ」
「それに商談のとき、好意の申し出があったりするのでは?」
維持していた笑みから嫌らしさのある顔で質問をぶつける男性。
はっきり言ってかなり不躾な言動…でもこの人…。
「ええ。ですが、判断には含めませんので全て辞退させて頂いております」
気を悪くした素振りを見せることなく、普段の調子のままクランヌは答えた。
すると、男性は不快な雰囲気を霧散させ、深々と頭を下げる。
「申し訳ないクランヌさん。貴女を試させて頂きました」
「頭を上げて下さい。私は気にしておりませんので」
「ご配慮、感謝します…! 無論、詫びはさせて頂きますので」
「では、お言葉に甘えて」
それから男性はすっかり人当たりのいい態度で、順調に話は纏まり無事契約が交わされた。
「試されることは?」
屋敷に戻ってまたクランヌに尋ねる。
「そうですわね。皆様と比べて若輩者ですから」
こっちも珍しいことじゃないと。
誰と手を組むかは商い、延いては生活に関わってくる。
知識や技量があっても簡単に動じるようでは、付け込まれたり発揮できなかったりしてしまう。
経た年数を考えたら、対応力が問われるのも仕方なくはあるが…
俺の様子を見てクランヌがふふっと笑う。
「約束は果たして下さいましたし、私は納得してますので。純粋な商談が出来なかったのは心残りですけれど」
「そっか…クランヌはどう判断してるの? ああゆう真似はしないでしょ」
「私は直感、でしょうか」
「…曖昧だね」
「勿論、事前情報や会話は踏まえてですが、最終的には」
「それで、望む結果にならなかったら?」
「反省して非を詫びまして、次に活かしますわ」
腐らずに事実を受け入れて挽回するーーこの責任感の強さがあるからこそ、ということか。
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