130 来訪
「こちらは最近、出回るようになったお菓子で、カヌボルと言います」
テーブルに載せた小洒落た皿を手で示し、左に座るクランヌが紹介する。
「丸くて小さくて、溝がいっぱい入ってて独特な形ですね」
「黒っぽく硬そうな見た目だが…どんなんだろう」
俺と右に座るシルムは、それを観察しながら感想を口にする。
こんがりと焼き目が付いてるので、焼き菓子ではあるようだが…味とかの想像はつかない。
屋敷の居間。
訓練を終えて場所を移し、今は三人揃って用事から離れ寛ぎの時間。
たまには長めの休息を設けた方がいい。特に商会の仕事で多忙なクランヌ。
単純に心体を休めるというのと、上の立場であるクランヌが働き詰めだと従業員たちが憚りかねない。
商会ではこまめな休憩を唱えているから、率先して取りやすい空気作りに務めないと。
魔力が多くなったことで、転移の仕事も増えたから殊更。
このカヌボルはクランヌの手土産。
交易で新製品や世間では珍しい物が入って来て、俺たちにお裾分け。
「どうぞ、召し上がってお確かめ下さい」
「そうだな、いただくよ」
「クランヌさん、いただきます」
丁寧な仕草のクランヌに薦められ、俺とシルムは一つ手に。
歯を立てるとカリッと表面の食感、次いでしっとり滑らかな中身。
甘い香りと薄らこれは…お酒っぽいな。
「外側と中身の違いが面白いね」
「はいっ。ほろ苦さと甘味の対比に〜食感も。一緒になって他とは違う美味しさがあります」
「その差異がカヌボルの魅力ですわね。味を変えたらまた違った風味が楽しめますわ」
俺たちの感触に上々といった様子でクランヌも口に運ぶ。
確かに、組み合わせを考えて試せるというのも良さの一つ。
そのまま追加で乗せるだけでもいいし。
「ふむ…型に塗って入れて焼いてって感じですかね。今度作ってみましょう。あむ」
シルムが半分になった中身をじっと見て作り方を割り出す。
導き出された答えにゆったり頷くクランヌ。
「流石ですわね、窺った作成手順と合致してます」
「合ってるのか…作るって、もしかして材料も分かってたり?」
「味自体は似たお菓子を知ってますから。そこに手を加えれば行けるかと。感覚なので一回で再現は難しいですけど」
ちょっと食べたくらいで当たりを付けられるだけでも驚きだが…。
クランヌの口振りから見るに、これが初めてのことではなさそう。
数手作りして来た経験が為せる技、ということか。
「まず、普通は自分で作ろうって発想にならないけどな」
「お菓子は種類にもよりますが買うと高いので。あと、みんなの分を用意しようとしたら出費が凄いことに…」
「手間が掛かる物や日持ちしない物は、どうしても値が張ってしまいますから」
「だったら私が作るしかない、となったわけです」
むんと胸を張って経緯を述べる。
我慢とか妥協で済ませず、使命感に駆られるのがシルムらしい。
簡単に言ってるけど、上達まで裏でどれだけ試作を重ねて来たのか…食事を用意して貰っている側として頭が下がる。
「ということでカヌボル習得していっぱい作りますねっ。センお兄さんは渋味がある方がいいですよね」
「ありがたいけど、量は常識の範囲にしてほしい」
それから話題は流れで流行りに関して。
他の食べ物飲み物、お店や場所、道具や日用品ーー
大衆向け世情に明るいクランヌから人気な事情も語られ、分かりやすく勉強になる。
笑顔で溌剌としたシルム、優雅に微笑むクランヌ。
…この穏やかな空気、戻って来たって感じがするな。
最近は一件があってその名残もあって、緊張感が拭いきれてない状態だったし。
肩の力が抜けて今は自然体になってる…はず…なんだけど。
「ああ、お伝えするのが遅れましたが、センさんの浄化水も女性の間で流行ってますわよ」
「それって、ギルドで活動してる人に限らずってこと?」
「ええ、全体的に、ですわ」
「なんで女性たちに受けがいいんだ…?」
汚れやすく身を清めにくい出先でも、容易に洗浄できると売り出した浄化水。
普通はただの水で落とせば済むから、一部の人には必要でも、大半はあったら便利程度なはず。
どんな需要が女性にあるんだろうか?
「浄化水を用いると化粧ノリが良く簡単に落とせて、それから肌への負担がないと評判なのです」
「へー、確かに頑固な汚れもひと拭いで済みますもんね。お肌に優しそうです」
「そういうことか」
美容品として扱ってるから人気があると。
女性らしい気付きというか、観点というか。
「商会の噂も広まり、お陰様で業績も伸びてますわ。センさんに感謝を」
「こちらこそ、販路とか対応してくれて助かってる」
深々と恭しいお辞儀に、俺も姿勢を正して返す。
人気が出れば注目されて、入荷元を探られたりする面倒も起きているだろう。
単に売ってもらってるだけじゃない。
「勿論、取り分に上乗せ致しますので」
「これでさらにお金に余裕ができますねっ」
お金の管理を担っているシルムがにっこりして言う。
やりくり上手だからより安泰ってところだな。
「少々席を外しますわね」
区切りがついたところで、一言断って席を立つクランヌ。
部屋を退出して行き、中には俺とシルムが残る。
…うん。やっぱり俺の思い過ごしかーー
「クランヌさん、何か悩んでるみたいですね」
シルムが元から近い距離を詰め、小声で切り出す。
「…やっぱりそうなの?」
「内容は分かりませんけど、支障が出るような深刻なものではなさそうです」
直前の気のせいが確信に。
最近、クランヌと接していて様子に違和感を覚えることが何度かあった。
いつも通りに見えるんだけど何か…といった感じに漠然と。
重くないにしても悩みがあるなら力になるが、無理に聞き出すのはな…
「クランヌさんなら大抵のことは自分で解決できちゃいますから、もしかすると、どうにも出来ないものかもしれません」
「どうにも出来ないもの?」
「はい。例えば、眼中にない男が言い寄ってくるとか。勝手に寄って来るのは仕方ないじゃないですか」
「う、うん」
言葉に力がこもった例え話に軽く気圧される。
「一応、男の人を連れ立つとか悪い印象にするとか方法はありますけど。簡単じゃないですからね」
「他のことに影響が出るしな。余計なお世話になるかもしれないし、様子見して長引くようなら聞いてみようか」
「そうしましょう」
二人で頷き合い、テーブルのカップに手を伸ばすーーリーンリーン!
部屋にベルの音が響く。
「センお兄さん」
「ああ、誰か来たみたいだな」
緊張した声でやり取りを交わす。
備え付けられているベルは、登録されてない生物などが敷地に入ると自動で鳴るようになっていて、方向も分かる…正面だな。
ここに来るのは子供たちくらいで、その可能性はあるが…微笑ましくない奴の可能性も。
「行ってくる。クランヌと合流して待機してて」
「分かりました」
表情の硬いシルムに見送られ居間を後にし、ローブを被りながら玄関に急ぐ。
さて…いったい誰が何の用で訪ねて来たのか…。
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