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124 入浴

読んでくださりありがとうございます。

ちゃぷ…ざーー


「はぁ…」


 風呂桶でお湯を掬い体に掛け、肌に伝わる温度に小さく吐息が盛れる。

 行水は浸かるのとは違った心地よさがあるな…。

 腰掛けに座りながらしみじみと思う。  


 旅館かと錯覚する規模の浴槽には湯が張ってあり湯気を立てている。

 沸かしたのは数時間前だけど、冷めることなく温度は保たれたまま。

 これは構造とか道具によるものじゃなくて『恒温』を付与して保温する状態に変えた。

 

 熱湯や冷水を加えても変動しないため随時、浄化水を入れ嵩増しと清めを行って常に入浴できる状態に。

 屋敷を変改するにあたって一番に着手した。

 習慣だったのもあるけど単に風呂好きだから必需。


 いつでも入れるようにするのは、この量を毎度沸かすのは負担になるし、顔を出す面々が好きに使えるように。

 みんな使うか分からないが、空間のやつを施してスティーもゆっくり入れる、

 湯加減が俺基準なのは目を瞑ってもらう。

 

 とりあえず今日は、あとに一人控えてるから長湯しない程度にーーガチャ。


(ん?)

「お背中流しまーす」

 

 後ろで扉が開き、響くシルムの声。


「シルム、何で入って…しかもその格好」


 顔を向けるとシルムは綿織物一枚の姿、すぐに視線を逸らす。

 大きめのを纏っているとはいえ腕と膝から下が晒されていて、体型が浮き彫りになってる。

 控えてるのは他でもないシルムで屋敷には俺たちだけ、危うい状況が重なっている。


「なんでって、いま言ったこととお風呂を頂きにですけど」

「前者はまだ分かるけど後者は…」

「もー、センお兄さんがいつでもいいって言ったんじゃないですか。私、しつこく確認取りましたよね?」

「…それはそう。でも普通、入って来るなんて考慮しないから」

 

 夜になって訪れたシルムは、牛酪と薄力粉と牛乳で作ったソースを具材に合わせ、焼き上げた料理を振る舞ってくれた。

 晩飯を頂いて食休みの際、風呂の概要を話して好きなときに入って構わないと伝えた。

 

 そのとき『いつでも? いつでもですか? いつでもですよね?』と念を押され、単にシルムも風呂好きとしか捉えてなかったが、そんな意図があったとは。


「ダメですよー、おかしいなって思って差し止めないと」

「いや、シルムの解釈が独特なんだよ」

「甘いです、その認識はお菓子よりも甘いですよセンお兄さん。絡め取られたちゃいますよ」

「豪語するなあ」


 シルムの余裕そうな表情が思い浮かぶ。

 同じ受け取り方をする人に心当たりでもあるんだろうか。


「もしかして、俺に風呂を先に勧めたのもこのため?」

「いえ、それは伝えた理由通りですよ。毎回はやらないので」


 その言い方だと時々は来るつもりか?

 理由とは風呂の準備をした人が先に入るべきというもの。

 ならせめてお湯を綺麗にしておくと返すと、割と強めに二度手間、勿体無いと言われもした。

 

「そもそも、どうして背中を流そうって?」

「お手伝い先で労をねぎらう行為って聞いたので」

「…それ、家族とかそういう関係の話だよな」

「私たち、何度も同衾した仲じゃないですかっ」 

「親しいのは認める。でも混浴は流石に…というか丸め込もうとしてるけど、普通に不用心だから」

「不用心? センお兄さんは私に危険なことをするつもりなんですか?」 

「しないけどさ」

「でしょうねー。知ってましたー」


 途端につまらなさそうになるシルム、そこは安堵するところなんじゃ。

 でも一緒に寝るのが当たり前になってる時点で、危険どうこうって説得しても重みがないのは言えてる…。


「安全ってことで、いいですよね?」

「…今回だけね」

「考えておきます、では」


 シルムは曖昧に答えると動き、待っていると後ろで椅子が置かれ、ぬちゃぬちゃと泡立てる音。

 クランヌの用意してくれた石鹸は花の心地いい香りがする。


「センお兄さんの体…すー…ふー…」

「シルム?」

「はっ…ああ、取り掛かります」


 不穏な感じがして名前を呼ぶと、我に返った様子で俺の背中に手を添える。

 …手拭い持ってたのに、まあいいけど。

 俺と比べて小さく柔らかい手に撫でられ行く。


 うーん、これは…。


「どうですか?」

「はっきり言って落ち着かないかな。してもらったことないし」


 人にされて、させている違和感に素直には楽しめない。 

 仲間と風呂に入る機会は多かったけど、こういったノリは一度もなかった。


「つまり私が初めて至ったと…くふふ」


 妙に達成感を覚えているシルム、大袈裟な。


「そういうシルムは慣れてるな、子供たちにしてたり?」

「はい。よく洗ってあげてます」


 優しく迷いのない手付き。

 慕われてるシルムのことだからさぞ、せがまれるんだろうな。

 

「相変わらず綺麗な肌ですねー、やっぱり怪我もなさそう」

「相変わらず? やっぱり?」


 まるで俺の素肌を見慣れているような発言に思わず繰り返し。

 これまで、シルムの前で服を脱いだ記憶はないが。


「ああいえ、変態の手先とロクスさんと戦ってからも素振りがいつも通りだったので大丈夫そう。でもセンお兄さんのことだから我慢してるかもって」


 シルムは少し慌てて自身の内心を明かす。

 戦闘の場に居合わせてなかったから、負傷してないか心配だったんだな。

 安心させるために一つ、表明しておこう。


「教える立場だし戦い慣れてる。そう簡単に遅れを取るつもりはないよ」


 あれ? でも相変わらずっていうのは…

 

「そうですよねっ。良かった良かった! センお兄さんが無理してなくて」


 明るく声を上げて締めくくるシルム。

 何だか誤魔化されているような。


「シルムの方こそ、最近張り切ってるけど無理してないよな?」

「確かめますか? 私の体」

「…今の発言は軽率だったって認めるよ」




「はー、やっぱりいいですね」

「うん、浸かると落ち着くな」


 背中を流してもらった後、互いに背を向けて体を洗い浴槽の中へ。

 近すぎず遠すぎず、会話ができる程度の間隔を空けた状態。

 見ないようにしてる俺に配慮してのこと、それは別のところに回して欲しいが。


「あっちでもよく入ってたんだよね?」


 やっぱりという発言から察せられるが、孤児院では入浴は普通のことでシルムのお気に入りでもある。

 大きめの浴槽でお湯を沸かすのは費用面で難しいのだが。 


「そうですね、院長のお陰でかなりの頻度で入れてます」

「院長か。話を聞く限り立派な人なんだろうな」

「いっぱいの書類を片付けながら、折衝に行ったり寄付を募ったり、他の困ってる子たちを助けたりと凄い人です」

 

 尊敬と自慢をあらわに嬉しそうに語る。

 精力的に動き回っているのであまり顔を出せてないみたいだが、健やかに過ごせているのはその人の頑張りがあってこそ。


「でも忙殺されてるのを見兼ねて、世話を名乗り出るシルムも凄いよ」

「えへへ、ありがとうございます。その役目も落ち着きそうですけど…」


 寂しげな呟き。

 今後はシルムもこの屋敷で過ごすのが基本になる。

 

 少しずつ面倒を見るのを減らして行って、シルム姉は好きにして欲しいーー子供たちが全員で決め、そう告げられたそうだ。

 

「私は苦に思ってませんけどね。あの子たちは気にするみたいなので」

「シルムは新しくギルド活動も初めたし、みんなも任せっぱなしな自分が許せないんだよ。汲み取って上げよう」

「はい、こう言ってますが私も…センお兄さんに恩返ししないと気が済みませんからっ。精一杯お世話しますので、そのつもりで!」


 力強い宣言が浴室に響く。

 この流れでこの期に及んで断るような真似はしないが。 


「お世話になる、今回みたいなのは除いて」

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