120 餞別
読んで下さりありがとうございます。
「はい、手土産」
「おおありがとなセン。中身は…おっ、これはーー」
夜。
宿に顔を出した俺は受付にいたティキアと食堂に向かい、持参した布に入った物を机上に置く。
中のものは縦長で丸く、上の方は細くなっている形状。
ティキアは外観と感触で何なのか見当がついたらしく、期待に声を弾ませる。
それから取り出して視認すると顔を綻ばせる。
「やっぱり酒か! まあグラスだけ用意を頼まれたしな」
宿に来たときに言って用意してもらった。
「ってこれ、年代物じゃねえか!? しかも高級なやつ!」
ふと、貼られている紙に目を通したティキアが驚愕に染まり身体を大きく引かせる。
道端でばったり高名な存在に出会したような反応。
年代物…? あんまり詳しくないけど、長い年月をかけて熟成させた蒸留酒をそう呼ぶんだっけ。
物によっては相当な価値があるみたいだけど。
「年代物で高級なのか」
「何で持ってきたセンが知らないんだ」
「知人に世話になった宿へ贈り物を、って話したら譲ってくれて、お酒が入ってるとしか聞いてない」
「おいおい譲ってくれてって…これ金貨50枚はするぞ…」
「え?」
これ一本で金貨50枚?
ティキアの宿は30日で約金貨2枚だから…3年近く泊まれる値段。
動揺する俺の姿にティキアは察して平静に。
「本当に知らないのか」
「言った通り細かいことは何も…一応飲み頃とは言ってた」
「あー…年代物はすぐ飲まず日を置いた方がいいらしいな。そうしないと味が落ち着かないとか」
「詳しいじゃん」
「センは頼まないけど、酒も扱ってるからその過程でな。実物をこうして手にするとは思わんかったが…」
手にしたボトルを恐る恐るまじまじと見つめるティキア。
相談した相手は交易を生業とし物品に詳しいクランヌ。
伝達で連絡を取り了承を得て、贈り物の候補を絞るため質疑応答が開始。
まず『お相手は女性でしょうか?』という問い(何で性別で聞かなかったんだ?)
男性でギルドの審査役、魔物の襲撃に巻き込んでしまった人物でもあると伝えた。
『まあ…見事に偶然が重なりましたわね。それは相応のお礼を致しませんと』
俺はこの返事…意気込みとしか捉えてなかったけど、今思えば示唆してたのか?
それから年代や好みを答えてお酒に決まり、浄化水の納品と魔力供給をついでに済ませ倉庫でクランヌから受け取った。
そのときのは様子は平素と変わらず優雅、無償で差し上げると言われ普通に貰ってしまったけど…まさかそんな大層な代物だったとは。
どうせ代金については押し問答になるって流さずに触れておくべきだった…見越されたか。
「易々と渡しちまうとは、どんな人か気になるが…センとの関係はもっと気になるな?」
「想像にお任せするよ。まあこの年代物もらってよ、もう返そうとしても受け付けないと思う」
クランヌとは取引やら訓練やら、他にも関わりがあって親しい間柄だけど、執拗に探られると面倒なので促す。
何より肴にされるのが面白くないし。
「お茶目な感じか。せっかくだから頂いたちまおうぜ」
言ってティキアは席を立ち端にある布を取ってボトルの下に敷く。
「それは?」
「丁寧に開ける必要があるから滑らないようにな……っと」
ボトルのコルクに半透明の黄色い螺旋状…万化の能力で器具を形作り、慎重だが慣れた手つきで引き上げて開栓。
流石の要領、それに道具として利用できるのも便利。
「おお…すげえ芳醇な香りだ…センもほら」
ボトルの口がこちらに向けられ倣って鼻を寄せると、少し近付いただけで果物を始めとした複雑な匂い。
この時点でモノが違うのが分かる。
それからティキアがゆっくりとグラスに注ぐ。
「で、すぐ飲まずにちょっと時間をおく」
「手間がかかるんだね」
「まあな。ちゃんと頂かないと勿体ないし、失礼だからな」
ティキアは席に座り直し、ボトルと液体に目を向けながら言う。
「世話になった宿へか…センはこれを手切れに、別のところへ鞍替えか」
「何その言い方、もう酔ってる?」
「まだ一口も飲んでないっての」
今日が宿泊期間の最後。
当分は誘拐されたラントたちの傍に身を寄せ、クランヌに家を探すのを頼んでもいる。
居心地のいい空間だけど…延長はしない。
そこに、さっきとは別の食欲をそそる匂いが漂う。
料理を乗せたお盆を持って現れたのは、ティキアの奥さんであるリームさん。
「センさんがいなくなると寂しくなるわね〜」
「リームさん、お世話になりました」
「こちらこそ〜。夫の相手をしてくれてありがとう〜」
「おい、何だ人を手のかかるやつみたいに」
二人分の配膳を済ませると、抗議に構わず裏へ戻っていく。
やれやれと首を振る姿、この短期間で見慣れた光景。
「遠くに行くのか?」
「こっちには残る。だから偶に顔を出そうかな」
「そうか。いつでも来てくれていいぜ」
短く言葉を交わした後、どちらともなく口を閉ざす。
食事に手を付けるでもなく場に沈黙が降りる。
ティキアが俺を直視して。
「…困ってることがあるなら言えよ?」
その様子が、以前素性を隠した俺に、知り合いか尋ねてきた時のと被る。
正体に勘付いてるなら、何らかの渦中にあると思うのも当然か。
あんな目に遭ったのに、とんだお人好しだな…。
「ーー心配いらない。ティキアの力を借りずとも」
答えはあのときと同じ、ティキアとは飲み交わす仲でいたい。
(それにもう、助けてもらってるしな)
襲撃に関してもそうだが、新しい土地で活動する俺を温かく迎えてくれて、安らげる空間を提供してくれた。
それは逃亡生活で乱れていた俺の気持ちを癒し、落ち着かせる一助になった。
これだけでも十分過ぎるくらい、この閑静家宿には世話になっている。
だから事実を否定はしないけど、好意は断らせてくれ。
俺の答えにティキアは口元を緩める。
「センがそう言うなら平気だな。飯にするか!」
「ああ」
他愛のない会話をしながら、区切りのひと時を過ごした。
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