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110 遭遇

読んで下さりありがとうございます。


 目を覚ますと薄明るく広い天井、背中には最近とは異なる布団の感触。

 覚醒と同時に意識は鮮明で、孤児院に外泊してみんなと雑魚寝したのも分かってる。

 上体を起こし見回すと、ちらほら所定の位置からずれてるけど、早朝なのもありみんな静かに眠っている。


 そんな中で俺の隣、寄り添って寝ていたシルムの姿だけはなく、一足先に起きている。

 大所帯なここでは朝食の準備を始めとして家事の作業量が多いため、朝早くないと間に合わない。

 俺も寝床からそっと抜け出し、まずラントとメイアの様子を窺いに。


(…心配いらなそうだな)


 二人は数センチだけ空けて身を寄せ合い、穏やかな寝顔。

 この状況は偶然かもしれないが…夢見が良さそうだし、過保護なのは却って邪魔かもな。

 視線を外し離れ、他の子供たちのずれている上掛けを戻しつつ、静かに広間から出る。

 


 移動して食堂の台所に顔を出すと、複数の食材を前に軽快に動いているシルム。

 気配に感付いていたのか、声を掛けるまでもなくピタッと手を止めてこちらに振り向く。


「センお兄さん、おはようございます!」

「おはよう」


 シルムが太陽のように眩しい笑顔で朝を告げる。

 就寝時のくつろいだ格好から身支度が整えられ、銅褐色の目はぱっちりと開き、既に一日を始める準備万全の状態。


「朝から元気に、しっかり決まってて凄いな」

「へへ、始めが肝心ですからねっ。そういうセンお兄さんもバッチリじゃないですか」

「昨日ごたついてたけど夜はのんびり出来て、途中で起きずに済んでぐっすりだったからな」


 シルムの料理と賑やかさで英気が養われて、一応は異変に備えていたが…何事もなく時間が過ぎ、起きたら朝になっていた。

 十分な休息が取れたので調子と寝覚めが良好。

 それと…俺は寝惚けてられない立場、境遇にいたから自ずと意識がはっきりする体に適応したのもある。


 要因を思い浮かべていると、何故だかシルムがぽっと頬を染めて目を逸らす。

 

「そ、そうですか…ぐっすり眠れましたか」

「顔赤くなってるけど…シルムはあんまり休めなかった?」

「いえいえ! 私も堪能したのでこの通り元気です、心身共に!」


 首を勢いよく振り、胸の前で握り拳つくって活力が満ちているのを訴える。

 言葉が妙で引っかかるけど、空元気ではなさそうな感じ。

 

「好調なのは分かった。でも、本当に手伝わなくていいのか?」

「気遣いと一緒に作業は嬉しいですけど…きのう言ったようにいつもしてる事ですし、お客さんが一人二人増えてもそう変わらないので、センお兄さんは日課に励んで下さい」

 

 早朝は一人で作業と聞き、護衛が役目とはいえ何もせずにいるのは憚られ昨晩、手伝いを申し出て…結果はこの通り。

 これまで単身でやって来たんだから誇張抜きの朝飯前なんだろけど…


 あの子たちに早起きさせるのは酷、ちゃんと眠らせてあげたいという慈愛のもと、一手に引き受けているシルム。

 母を想起させる相変わらずの思いやりと献身ぶりに尊敬する一方で、気がかりな点がある。

 

 シルムは子供たちのため日夜、世話を焼き店の手伝いに奔走。

 俺からの提案でギルド活動を始めたのもその一環で、将来を見据えて必要な物を買い与える為。 

 立派な行いの甲斐あって健やかに過ごせ、それ自体はいいこと。


 しかし周りに時間を割いてばかりで、シルムが主体でしたいこと、願望を持ってるんだろうか。

 選択の連続の中、基準はあった方が決めやすい。

 今はみんなに掛かり切りで忙しいけど、落ち着いたときに困らないかなーー 

 

「もしもーし、センお兄さん?」


 シルムが返事をせずにいる俺を下から覗き込む。

 …まあ今は目の前のことに集中するべきか、余裕が出来てから模索したっていいんだ。

 気にしすぎるとお節介になり兼ねない。


「ごめん考え事してた…そうするよ。何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「はーい、行ってらっしゃい」


 

 シルムに送られ裏手に造った空間内。

 流れに沿って身体を動かし射撃訓練をやって行き、今日は途中で切り上げる。

 床に胡座をかいて背筋を伸ばし、手は足に置いて両目を瞑る。


 定期的にやっている瞑想の姿勢。

 とにかく無心になって気を整える。

 場所によっては音や匂いに意識を傾けるのも方法の一つ、魔法で雨を降らすこともできるけど、今回は呼吸を意識。


 腹式呼吸、吸うのは短く吐くのは長くを繰り返し。

 続けていると頭の中にぽつぽつと考えが浮かんでくるが触れず、そのまま没頭ーー


 

 幾許か時間が経ちふと、空間内に二つの気配が生じて中断を余儀なくされる。


「失礼します、センさま」

「はー、空間を作ることまで出来んのか」

 

 誰なのか疑問に思う前に、最近耳にした声。

 見やれば俺から目線を外しているスティーに、どことなく覇気のないロクス。

 スティーは出発前と同じ格好、ロクスは綺麗な黒衣に変わっていて顔を出した状態。


 戦いの最中に一部見えていたが、やっぱり顔立ちが若いものの、裏側で生きているだけあって飄々とした佇まいに風格が備わっている。

 スティーの方は無表情で凪いでおり、不思議な雰囲気を帯び只者じゃない印象。


 …そういえば、待ち合わせ場所を決めずに別れたけど、当たり前のように合流してるな。

 毎回のように位置を突き止められて、ロクスとの戦闘にも駆け付けてたから、把握する術があると自然に流していた。

 まあ問題なかった? からいいとして、戻って来たということは…


「契約書を手に入れたのか?」

「うん。ほら、センさまに渡して。私は近寄れないから」

「へいへい、人使いが荒れぇな…約束のモンだ」


 ボサボサの髪をかきつつ足を進め、懐から出した厚手の紙をこちらに差し出す。

 目を通すと同盟を結ぶ文言と、署名欄にはポルドの名前と捺印。

 

「もう一枚はあっちが持ってるが、それだけで十分詰んでる。裏の相手と契約はご法度だからなあ、もうあのおっさんは終わりだぜ」


 一応は協力関係にあった当事者が言うなら、破滅は免れないんだろう。

 手に入れたことを伝達でクランヌに送っておこう。

 しかし、ロクスの軽口にも調子が乗っていないような。

 

「この紙は何処にあったんだ?」 

「広大な森を抜けた先にある町の邸宅」 

「蒼然の森のことな。おっさんから貸し出された家で、拠点に使ってたのさ。各地に別荘持ってるらしいぜ? 自分のじゃないのも含まれてるみてえだが」


 ポルドは地主でいくつも土地を持っているという話だったな。

 家宅を探れば情報になりそうだが…それには場所を知る必要があるし、然るべきところに任せる他ないな。

 それで、蒼然の森を抜けた先の町って言ってたが、


「普通に行ったら半日はかかりそうだけど」

「そう、そうなんだよ!」


 ロクスが強い同調を示しカッと目を見開く。


「オレはのんびり行くつもりだったのにこの女が急かしやがって、夜に着いてそのまま戻ろうとする始末…門閉じてるしセン様は寝てるっつーの」

「センさまの為に身を粉にして働くのは当然」

「セン様どうこうは聞き飽きたわ! 説得できたと思ったら深夜に叩き起こしやがって、置いてけばよかっただろ」

「従順なフリして裏切るかもしれないから、って言った」

「あーそうだったな。ったく、嫌味の一つも通じやしねえ…」


 一切悪いと思ってないスティーの様子に、仕方なく溜飲を下げている。

 俺が眠っている間、あっちでは色々とあったらしい。

 迅速にとか命令したわけではないけど、強行軍まがいのさせたことを申し訳なく感じる…


「まあ助かったよロクス、スティー。本当に持ってきてくれるなんて。二人ともありがとう」

「そういう決まりだったからな。果たしただけだ。何ならまた戦ってくれていいぜ? 丁度ここなら暴れられそうだと思ってたところだ」

「鬱憤溜まってるのは分かるけど勘弁してくれ。普通に崩壊するから」


 にやっと暗い笑みを浮かべるロクスを宥める中、スティーが静かなことに気付く。

 引っ掛かって彼女の方に目を向けると、体をプルプル震えさせた既視感のある光景。

 これはまさか…


「センさまに褒められるのは感激だけど、そんな素直に言われると自分を抑えられなくなる…」

「っておい! せっかく俺があれこれ気を回してたのに、これじゃあ台無しーー」


 スティーが今にも解き放されそうになっている手前、新たに一つの気配。


「センお兄さん! ご飯で…」

「あん?」

「…」


 朝食ができたことを伝えに渦中へ入って来た笑顔のシルムが固まり、第三者の登場に関心がそちらへ向く。

 まずロクスとの対面、特に何事もなくシルムの視線がスティーの方へと移り、


「むっ…」

「ん…」


 敵対心を露わに睨み合いを始める両者。

 …一悶着あるのは察していたこと、納得の事態。

 シルムの現れによりスティーが落ち着きを取り戻している…助かった気はしないけど。


 無言で瞬きもせず互いに鋭い眼光を飛ばし続け、口を挟むのを躊躇われる一触即発の空気。


「…しょうもない予感がするから、一休みしとくわ」


 小声でちゃっかり、横になって我関せずの体勢を取るロクス。

 …どうなるんだ、これ。

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