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109 外泊

読んで下さりありがとうございます

 広間から食堂へ移ると、子供たちは「はやくはやく!」と急かしながらも、料理には手を付けず座って待っている。

 手を洗い空いている一角に腰を下ろし、シルムの「みんなお待たせ、召し上がれ!」の合図を皮切りに、一斉に食事へ取り掛かる。


 パン、とろみのあるスープ、きつね色をした揚げ物、煮物に和え物、色彩豊かなサラダ。

 人数が多いため、ほとんどが大皿から取り分けて食べる形式。

 量は十分とはいえ、欲しい料理が被った際に順番で揉めたりしそうなものだが、それは杞憂。


 むしろ年長の子が率先して下の子の分を取り分けており、シルムの教育が行き届いているのを実感する。

 言い聞かせる上で大事なのは、やっぱり褒美と罰とのこと。

 

 みんなの胃袋、そして好物とその逆をも掌握しているシルムからすれば容易。

 駄々をこねたら献立を苦手なもの一色に、反省したら好物で纏める。 

 どちらでも凝った料理にしているらしく、差が顕著なため効果覿面だそうだ。 

 

 そう語ってみせた当の本人は今、俺の皿を自然と手に取り、はきはき等量に盛り付けている。

 

「どうぞ、センお兄さん」

「ありがとう」


 差し出された皿一杯に、上手に乗せられている料理の数々。

 美味しそうな見た目、野菜の割合が多く栄養もありそう。

 誘拐された二人の無聊を慰めるため、シルムは好物を作ったそうだけど、


「揚げ物…それとこの多彩なサラダか?」


 香ばしく綺麗に色付いた衣を纏う塊と、それぞれ細かく均等にカットされ、黄白のソースが掛かった野菜の盛り合わせ。

 条件を踏まえると、この二つに絞られてくる。


「せいか〜い! 言わなくても分かっちゃうなんて、愛ですねっ」

「そうだな。揚げ物は火傷とか火加減の心配があるし、サラダは小さく切り分けるのが大変。他のは子供達でも作り易いよう選別されてて、シルムの思いやりを感じるよ」

「…せいかーい。洞察の優れた、とっても模範的な答えですねっ」


 …なんか前後で温度差を感じるな。

 最初は元気よく拍手していたが、根拠を述べたら感情の乏しい目付きになり、ぱちぱちには空虚さが漂う。

 どっちも言い当てたが、望んだ答えではなかった? どういう違いが…


「まあいいです。この揚げ物は柔らかく程良く脂の乗ったお肉をからっと仕上げました。こっちは10種の野菜に、油と果汁と乾酪などを合わせたソースが添えてあります」


 さっと流したシルムは滑らかに料理の解説をする。

 そこまで気にしてないらしい…ぶり返さずこのまま話に乗ってしまおう。

 

「時間が限られていたのに手が込んでるというか店で出て来そうというか、率直に言ってそそられる」

「ふふー、それはよかったです! お肉は下拵えが済んでて、サラダは切って混ぜて掛ければ完成ですから。最近は作業も早くなりましたし!」

「最近…? 料理の腕が上達したってこと?」

「副産物ですけどね。ご飯の支度中に身体強化の自主訓練をしてて、馴染んで来たので動作が素早くなったんですよ」 

「ほー、訓練の成果が現れてるね」

 

 感覚を掴んだから機敏な作業が可能になったと。

 簡単に言ってるけど…サラダには1センチ角くらいに刻まれた野菜も混じっている。

 大雑把に切るのとは勝手が違い繊細さが必要、つまり細々とした魔力の扱いも求められる。


 普通にやってのけてしまうあたり流石って感じ。

 そんなシルムは頬に手を当て、悩ましげな息を吐く。


「はぁ…私の調理技術とセンお兄さんから教わった力の相乗…これはもう共同作業みたいなものでは」


 過言だと思う。

 支離滅裂な発言への指摘を口に出さず、内心で留めておく。

 成長を実感し、うっとりしているところを妨げるのは気が引けた。


「…かもなー。どっちが二人の好物なんだ?」

 

 代わりに同意して、話題の転換を行う。


「それは…まあ見ての通りです」


 苦笑気味のシルムが顔で示した方を向きーーひと目で納得した。

 俺たちの対面に座るラントとメイアの皿にはそれぞれ、答えが多めに取ってあり一目瞭然。

 前者には揚げ物が、後者にはサラダが。

 

 事前に察してはいたが、順当といえる組み合わせ。

 夢中になって口へ運ぶ姿は色々と雄弁に語っている。

 見ていると、視線に気付いた二人が手を止める


「どうしたのセンにぃ?」

「何でもないよ、邪魔しちゃってごめん」

「ううん。それよりこれ美味しいよ! 食べたら分かるからさ!」


 ラントは次の揚げ物にフォークを刺しながら、にかっと笑みを浮かべて言う。

 

「ああ、頂こうかな」

「…こっちは色んな食感と味が楽しめて、おすすめ」

「そっか。物珍しくて興味あったんだ」


 今度はサラダの咀嚼を済ませたメイアからの推奨。

 すると、自分の好物を推した二人がじっと顔を合わせる。

 おっとこれは…


「これの方が美味しいって! やっぱりお肉だよ、お肉!」

「それも美味しい。けど私は野菜の方が好き。何よりちゃんと摂らないと、ダメ」

「うわ! 知ってるけど…苦手なんだってー!」


 野菜を片手にぐいぐい迫るメイア、体を仰け反らせ逃れようとしているラント。

 不穏な事態に発展するかと思ったけど、対照的な仲の良い光景に肩の力を抜く、


「心配しなくても大丈夫です、よっぽど喧嘩はしませんから。それよりセンお兄さんっ、私たちも負けてられないですよ!」

「うん?」


 謎の対抗意識を燃やしたシルムが、あちら側を真似てサラダを乗せたフォークを差し出して来る。


「いや自分で食べられるからいいよ」

「見せ付けられて引き下がる訳にはいかないでしょう! 私も食べ進めるので大丈夫です」 


 シルムは一度フォークを自分の口へ入れ、再度俺の口元に手を運ぶ。

 もぐもぐしながら俺の目を見て主張を続ける。

 そういう問題じゃないし、いったい何と張り合ってるんだろう…。




(あー…)


 食事とその片付けを終えて、次は入浴の時間。

 女子組が先に済ませており、俺たち男子組は後。 


 板張りの床に木造の大きな浴槽。

 全員が大柄だったら窮屈な規模だが、俺を除き男の子たちは小柄なので余裕がある。


 湯気が漂う中で子供たちは湯船ではしゃぎ、俺は端のほうで半身浴中。

 じわじわと体温が上がって汗ばんで行く過程が心地いい。

 

 くつろぎながら、子供たちの動向に気を配る。

 入る前、にこやかな表情をしたシルムから「おいたが過ぎる子がいたら報告して下さい」と命を受けている。

 風呂上がりで火照った状態だったからか、妖しく嫣然と映った。 


 だだ、皆ちゃんと体を洗ってから浸かり、移動やお湯を掛け合うなどの行為は見受けられるが、文句の声は一つも上がってないので、告げ口は不要だろう。

 みんな節度を守って楽しんでいる、小さいからと侮ってはいけない。


「センおにーの身体すごー!」

「ムキムキだー、かっこいい!」 


 近寄ってきた男の子たちが俺の筋肉を見て色めき立つ。

 普段はローブを身につけており普通の図体なのもあって外見では分かりにくい。

 

「はは、それなりに鍛えてるからな」

「ねえ、触ってもいーい?」

「構わないよ」

「やったー!」


 複数の小ぶりな手が俺の身体をペチペチ。

 触り方がそれぞれ違って少々こそばゆい。 


「カチカチだ!」

「ぼくらと全然ちがうねー」

「それに肌すべすべできれい!」


 …確かに、綺麗な肉体だ。

 自身を見下ろしながら他人事のように感想を抱く。

 自画自賛などではなく、ただそう思っている。そもそも俺は手入れの詳しい方法を知らない。


 これは転移により身体能力などを得たと同時なったもの。

 今は全く面影がないけど、前はあちこちが傷痕があったというのに。

 まっさらなこの姿を目にすると思うところはあるが、子供たちに気味悪い思いをさせずに済んだのはよかった。




「なあ…」

「はい?」

「この状態、やっぱり考え直さない?」

「聞きませーん。ちゃんと約束守って下さい」


 小声で持ちかけた交渉、俺に抱き付いているシルムが同じく小声で容赦なく突っぱねる。

 うーん…取り付く島もないな…

 暗い室内の中、あちこちで寝息が聞こえ、みんなよく寝入ってる。


 入浴を終えて暫くゆっくりした後は、就寝の時間。

 広間に布団をくっつけて敷き、並んで横になり朝を迎える。

 俺とシルムは風呂の片付けやら、朝食の仕込みやらで遅くなったのだが、向かう際にシルムが言い放ったのが約束について。

 

「さあ、一緒に寝ましょうセンお兄さん。訓練のときと同じように!」

「ん? 訓練と同じってまさか…」

「勿論、くっついてですっ」

「待ってくれ、みんなの前でそれはーー」

「もう決定事項でーす。忘れちゃったんですか?」

「…ごめん、心当たりない」

「もー、私がいるときの睡眠は同衾だって約束したじゃないですか。誰も訓練の時間のみとは言ってませんから」

「…ああ、約束したな。約束したが…普通他にも適用されるとは思わないだろう」

「限定しておくべきでしたね。ということで行きますよ」


 そうして碌に説得できず連れて行かれた。

 寝転んだシルムは、可愛らしい寝衣に髪を下ろし異なる装い。

 いつもとは無防備な印象で、上手く言えないがよろしくない気がする。夜通しなのもある。 


「どうしても駄目か?」

「どうしてもです…それにみんなと、センお兄さんと過ごせるか私も不安だったんですから…傍にいたいんです」


 明るく気丈だったシルムが視線を落とし、不安に震える声で吐露する。

 宿屋でいち早く目が覚めたシルムは俺の消息が分からない中、帰還を信じて待ってくれた、待たせてしまった。

 新たに立派な一面を見て抜けていたが、縋るような姿は華奢で年相応。 


 約束という前提に事実を突き付けられてしまっては、毎度のこと以上に邪険に出来ない。


「…気が利かないな、俺」

「そんなことありません。今日もいっぱい助けてもらって…蟠りはありますが、全員で明日を迎えられるのはセンお兄さんのお陰です」


 ぎゅっと力が込められ、シルムの安堵が伝わってくる。

 攫われたことを知ったとき大きく取り乱していたからな。

 比例してると考えると納得の強さ。


「俺も悲しませずに済んでよかったよ。みんなのこと他人とは思えないから」

「ふふ、今ではだいぶ打ち解けてますもんね。もうセンお兄さんも一員みたいなものでしょう」

  

 一員か…

 最初は大人である俺を警戒してたけど訓練で通うたび少しずつ関わりを持つようになり、今日も風呂を含め触れ合い距離を縮めた。

 温かみのある面々に受け入れられるのは嬉しい。

 

 同時にーーしっかり者の姉のもと、すくすく真っ直ぐ育って行く様は、眩しくもあってーー


「あのとき言ったこと、一切気を使ってませんので」


 真剣な眼差しのシルムに突如そう告げられ、思考が途切れる。


「…え?」

「センお兄さんが手を掛けたことについてです。偽りのない本心なので」


 人を殺した話をすると、シルムは俺が残酷な人間ではないと答えた。

 言葉通り抵抗を覚えていならしく、普段と変わらない距離で接してきている。

 本音を語ったのは理解したけど… 


「でもどうして、このタイミングで…?」

「気にしてたみたいなので、いま一度言っておこうかと。あんまり考え過ぎないで下さい」


 前なのか現在を指してるのか、どちらとも取れる。

 まあ見透かされて見かねて、口にしたんだろう…。


「といっても、優しいセンお兄さんには難しいですよね。とりあえず覚えておいてもらって、そろそろ寝ましょう。夜更かしは肌に悪いといいますし」


 シルムは立て続けに言って瞼を閉じ、眠りにつく準備へ移る。

 …そして楽観できないのも読まれていると。

 動揺が残っているだろうに、気を遣わせてしまった。


 つべこべ考えるのはやめて、言われた通り眠ってしまおう。

 

「そうするか…おやすみ」

「おやすみなさい」


 心を無に目を瞑る。

 忙しい一日だったからか、一段と早く意識が落ちていった。




「私、もっと強くなります。それであなたを煩わせるものを、排除しますからね」


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