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108 誼み

 転移でポルドの件を報告へ向かうクランヌを見送り、俺は外泊する旨を伝えに宿屋へ。

 審査を終えて帰って来た時にはまだ高かった陽も沈みつつあり、夜がそこまで迫っている。

 住宅街を進んでいると、買い物や仕事を終えたと思しき人たちがしばしば。


「あ〜、お帰りなさいセンさん〜」

「ただいま戻りました」 


 宿に着くと食堂から姿を現し、迎えてくれたのはティキアの奥さんであるリームさん。

 夕餉などの準備がある中、わざわざ対応してくれたということは…。


「ティキアは、まだ帰ってませんか」

「ええ〜、今日はあの人遅いみたい〜」


 あいつはギルドでの仕事を早目に切り上げ、寄り道せずこの時間帯には帰宅して、店番を務めたりしているのだが…洞窟で遭った魔物襲撃の事後処理で遅れてるんだろう。


 朗らかなリームさんは俺とシルムのごたごたに気付いてないように見える。

 一応、変わったことがなかったか尋ねて様子を…いや。

 聞いた理由を求められたら困るし、ティキアの帰りが遅いのと結び付け、不安にさせかねないから、詮索は控えよう。


「まあ、あの人のことは置いといて〜、一服どうですか〜?」

「待って、実はこのあとーー」


 俺を持て成そうとするのを留め、別のところに泊まり、夜と朝の食事もそちらで済ませる予定を伝える。

 するとリームさんは少し眉尻を下げて言う。

 

「そうなの〜、残念だけど夫にも伝えておくわ〜。ああ返金もしないと〜」

「こっちの都合なうえに部屋を借りたままだから、いいですよ」

「本業だったり満室だったりしたら頂きますけど〜、ご覧の通りのんびり営業だから融通が利くの〜」

「まあまあ。二人には世話になってますから、少額なのもあるけど」

「こういうのはちゃんとしないとダメよ〜。お金は大事なんだから〜」


 一見おっとりとして与し易そうなリームさんだが、ときには自分の主張を押し通そうとする芯の強さを持っている。

 さすが一児の母と言うべきか。


(…普段ならここまで食い下がらないんだけど) 


 明かせないが、騒動にティキアを巻き込んでしまい、無断でこの宿を避難所として使っている。

 世話になっていると告げた言外にはその背景も含んでいて、お詫びも兼ねて懐に収めてもらう。

 ただ、言った通り一日分の微々たる金額なので、近いうちに謝礼を持参しようと思っている。


「確かに。ティキアとの飲みでお酒と肴を無償で頂いてる俺は、追加で払うべきですね」

「ええ〜!? どうしてそうなるの〜?」

「晩酌に付き合わされてるんじゃなく、好きで参加してますから」

「有難い言葉だけど〜…う〜ん、そこまで言うなら〜…センさんって意外と強情なのね〜」

「はは、よく言われます」


 臨機応変、必要となれば主張を曲げず譲らない。

 リームさんも似たようなものだろう、頭に意外が付けられるのも含めて。

 

 

 了承を引き出して孤児院に辿り着いた頃には、薄闇に包まれ街路灯が道を照らす。

 建物の中に入ると賑やかしい音と、加えてそちらから香ばしい匂いが漂って来る。

 

 元気にやってるな…そう感想を持ちながら活気のある方には赴かず別の方、対照的な暗く静まった部屋へ足を向ける。

 音を立てないよう目当てである広間へ行くと、中央に浮かぶ魔法で生み出された淡い光。

 その真下には寝具に横たわっているラントとメイア、そして側で座して控えるシルムの姿。


 壁側の端には積まれた寝具、ボールなどの玩具が入った箱や紙類が収まった棚がある。

 この部屋は子供たちが遊んだり、教養を受けたり、寝たりする居室。


「おかえりなさい、センお兄さん」


 二人を見続けていたシルムだが、気配を抑えて近付いた俺へ自然と挨拶を口にする、もちろん小声で。

 シルムは離れている魔物の位置を特定する鋭い嗅覚の持ち主、それで存在に気付いたんだろう。

 隣に腰を下ろして尋ねる。


「ただいま…調子はどう?」

「二人ともぐっすりですね。仲良しで微笑ましいです」


 目を細め慈愛の眼差しでラントとメイアの中間を見る。

 どちらも横向きになり、求め合うように伸ばされた小ぶりな手と手が重なった状態。

 別々に運び込んで、場を整えたあとに横たえたから、


「無意識に繋いだのか」

「っぽいですね。お互いを想い通じ合ってると思うと、ドキドキしちゃいます」


 短い時間だが苦を共にした二人。

 守ろうとする少年と、頼りにする少女。

 今回の一件を経て、形作られた関係を示唆しているようだった。


「さて、と」


 見守っていたシルムがおもむろに立ち上がる。


「センお兄さん、こっちは任せていいですか?」

「みんなの補助でしょ、行っていいよ」

「はい、それとこの子たちの好物を作って来ます。辛いことがあったときは、美味しいものを食べるのに限りますから」


 あやしかたを心得ている母を思わせる柔和な顔付き。

 気持ちが暗い方に流れるのを防ぐため、食事や娯楽に没頭して気分転換するのは大事。

 過度なのは考えものだが、シルムなら心配不要。 


「ああ、シルムの料理なら効果覿面だろうな」

「それはお嫁さんにしたいってことですか?」

「え」


 どういう飛躍した解釈をしたんだ?

 俺は単に、シルムの手作りであれば一層喜んでくれると褒めただけなのだが…。


「冗談ですっ。でも申し訳ないです…センお兄さんに振る舞って言ったのに時間が…」

「作ってもらう立場だし、二人を落ち着かせるのが最優先なんだから、気にしなくていい」

「助かります…後日、必ず埋め合わせしますから」

「楽しみにしてる」


 シルムは俺に会釈を返し、密やかに広間を去る。

 静寂に包まれる、うっすらと明るい空間。

 俺は座ったままの状態で目を瞑る。


 ようやく一息か…。

 立て続けに問題が起きて休む暇がなかったから、流石に少し疲れた。

 反応できる程度の意識は残しつつ、暫くゆっくりしよう……




「センにぃ?」


 幾許か時間が過ぎ、幼い声に呼びかけられ目を開ける。

 未だ上の光は残ったままで、体を起こしているのは短髪の少年、ラント。

 いかにも起床したばかりといった様子で、普段は活発な眼がぼんやりしている。


「起きたか。分かりにくいけど、ここはいつもみんなが寝てる部屋。気分は悪くない?」

「うん…平気だよ…おれたちのこと、センにぃが助けてくれたんだよね?」

「そうだけど、よくわかったな」

「さっき起きたときセンにぃがいたからさ、そうかなーって。ありがとね」

「どういたしまして。シルムとクランヌも駆け付けてくれたから、ちゃんとお礼言うんだぞ?」

「わかった」 


 素直に頷くラント、会話を続ける内にすっかり目が覚めたようだけど…浮かない顔でいる。

 恐い目に遭ったから元気が出ないのは仕方ないが、別のことを気にしているように思える。


「何か悩みがあるのか?」

「えっ……うん。シルねぇは偉いって言ってくれたけど…特に何もしてないのに、褒められていいのかなってさ…」

「ラントは自分も攫われたにも関わらず、メイアを励ましたりしたんだろう?」

「不安がってたから、おれがどうにかしなきゃって思って」


 ラントは隣のメイアに視線を移して述べる。


「普通はさ、危険に直面したら他人を気遣う余裕なんてないんだよ。年齢とかに関わらず」


 話していると、自ずと浮かび上がって来る光景。

 突然の災厄に見舞われ逃げ惑う者、事態を呑み込めず呆然とする者、自身の境遇を嘆く者ーー

 冷静に対処すべき、頭では分かっていても実行に移すのは難しい。


「それって、センにぃみたいに大きい人でも?」

「ああ。でも言った通りそれは当たり前のことで、にも関わらずラントはメイアを元気付けようとした。立派な行いをしたんだ」

「そう、かな」

「メイアも言ってたじゃないか、庇ってくれたってーーなあ、メイア?」

「え?」


 違う相手への呼びかけに目を丸くするラント。

 眠っているはずの第三者はピクっと反応を示し、ゆっくりと体を起こすミディアムヘアの少女、メイア。

 こちら目がぱっちり開いている。


「センお兄、気付いてたの?」

「気配で少し前に起きたの分かってた。それで、話聞いてただろう。どう思ってる?」

 

 メイアは視線を移してラントをじっと見つめ、向けられてた当人は落ち着かない様子。

 どう言葉にするか考えている素振りを見せ、 


「知らない人に捕まって、気付いたら知らない場所にいて、ちゃんと家に帰れるのか怖くて仕方なくて、泣いちゃったけど…」


 一拍おいて、繋がれた手をぎゅっとするメイア。


「ラントがそばにいなかったら、声を掛けてくれなかったら、心が持たなかったので、感謝してます…それに、かっこよかった、よ?」

「そ、そっかそっか! 役に立ててよかった!」

 

 頬を赤らめ上目遣いで告げられ、ラントも同じく紅潮させ大きく頷く。

 目を合わせたり逸らしたり、気まずくもいい雰囲気。

 …邪魔せずに俺は退散すべきなんだろうが、まだ話は済んでないんだよな。


「とまあ、ラントは見事に人助けしたわけだが。シルムとか俺がいるときは自分でどうにかしようとせず、言いに来るんだぞ。調子に乗ったら駄目だからなー?」

「わかってるって!」

「あっ、起きてる」


 照れ隠しにラントが強く言ったところで、前掛けをしたシルムがやって来た。 


「ちょうどご飯できたよー。みんな待ってるから行こ、布団はそのままでいいから」

「「うん!」」

「走らないの! もう…」


 仲良く返事をして、手を繋いで駆け出すラントとメイア。

 呆れて叱りながらも、しょうがないなあとシルムは笑みを浮かべた。

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