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107 経緯


 物が全くない平らで殺風景な広がり。

 そこで三角形を成すように三人が位置取って向かい合い、一点が口火を切る。


「さてさて、二人とも落ち着いたところですし、どうして”ああ”なったのか聞かせてもらいますよ、センお兄さん

?」


 ニコニコした表情を形作っているが目が笑っていないシルムに、その傍で何の話かと目を瞬かせるクランヌ。

 指しているのは、スティーの匂いが付いていた件。

 全くの不本意だが、誤解を与えたのは事実。

 

 しっかり経緯を述べ、疑いの払拭を目指すと同時に俺はーー心を決める。

 

 

 今いるのは、魔法で作った空間の中。

 宿屋から場所を変えることにして、転移で向かった先は孤児院の裏手。

 そこで発現させた。訓練するときと同様の光景。

 

 事情を知らないまま戻っては弊害が生じるため、脅威が去ったことを伝え、気持ちを落ち着かせる時間を挟むことに。


 移動にあたり俺がラントとメイア、シルムがクランヌと、分担して意識が戻ってない三人を抱えた。

 通常と比べて、失神中の人を運ぶのは大変。

 

 起きている時は、自然と抱える側の動作に合わせ力を分散、運ばれやすいよう釣り合いを取る。

 意識が無いとその前提が欠け、体重は変わってないが困難になり、意外と移動させられなかったりする。

 本来は人手か道具が必要なところだけど…魔法等で差異は関係なく、シルムは身体強化で自分より身長の高いクランヌを、平然と持ち上げていた。


 生み出した空間に入り床に慎重に横たえた後、まずクランヌを起こしにかかった。

 眠らせる効果が切れかけていたのか、シルムが揺すりつつ数回呼びかけると、身じろぎ覚醒。

 いつもは起床直後に弱く朦朧としているクランヌだが、素早く体を起こし周囲を見回した。


 キビキビだったのは快眠には程遠い、物騒な中で不覚にも意識を喪失したからだろう。

 見慣れた景色と俺たちの姿を前に、おおよそ察したクランヌは「無事、終えたのですね…」と肩の力を抜き、思う所があってか瞑目。


 続いてラントとメイアはほぼ同時に目覚め、最初はぼーっとしていたが怯え狼狽え始め。

 そこへシルムが優しく微笑みかけ、穏やかに「もう、大丈夫だから」と告げると次第に落ち着きを見せ、解放の反動でメイアは泣き出してしまった。

 

 話を聞けば、近道をしようと人気の少ない路を通ったところ、いきなり後ろから誰かに口を塞がれ気を失ったらしい。

 シルムの言い付けで、普段は人の往来が盛んな場所しか行かないが…つい足を踏み入れてしまったそうな。

 その直後の誘拐…誂え向きが過ぎる、誘導されたと思うべきだろう。

 

 次に二人が意識を戻したときには部屋のベッドに寝かされており、逃げようにも何処か不明なうえ、直前の恐怖体験に縛られ動けず、最後には黒衣がやって来て再び眠りに落ちた。 

 メイアの談ではその最中、ぐすぐす弱気になっていたところを、ラントが励ましたり庇ってくれたとのこと。

 

 当人は何も出来なかった落ち込んでいたが、自分も不安な中で他者を気遣う立派な行い。

 シルムが偉い偉いと褒めたらラントも涙腺が緩んでしまい、姉である彼女は静かに慰め続けた。


 その後、緊張の糸が切れて安らかに寝入った二人を運び、話のため俺たちは空間に戻り、今に至る。


「センさんを問い詰めてますけど…どうなさいましたの?」

「それがですね、センお兄さん、女の存在をベーーったり纏わせた状態で帰って来たんですよ!」

「まあ…それは是非とも、事情をお聞かせ頂きたいですわね」


 クランヌは見慣れた優雅な表情と語り口だが、そこには相手に要求を呑ませる迫力がある。

 商談の駆け引きで培われたものか。

 元から包み隠さず明かすけどな。それより問題なのは…避けては通れない話題。


 小さく息を吐いて姿勢を正し、説明する意思を示す。


「まず、二人が意識を落とした後ーー」


 俺には水面下の睡眠が効いておらず、順序は異なるが、シルムたちを宿屋に隔離したことから始める。

 それからポルドの契約相手で、非合法な活動を担う黒衣の集団が現れ、襲い掛かって来た事態へ移る。


「それでこの場にいらっしゃるということは、どうにかなさったのですね」

「怪我は、怪我はありませんか?」

「俺はこの通り無事だよ。でもーー」

 

 感心しているクランヌと、俺の頭から足へと視線を巡らせるシルムに両腕を開いてみせ、気がかりな件に触れる。 


「黒衣たちは殺した、一部取り逃したけど」

「「!」」

「已むおえずとかじゃなく、進んで。必要だと思ったからな」


 殺人の発言をすると二人は目を見開き、場に動揺が走った。

 想定していた反応。

 前提として死への本能的な忌避、加えて各地との交流があり文化が形成されていて、そこかしこで争いを繰り広げてるような殺伐とした世界ではない。


 正義とか正当化する気はないが、戦いとは無縁な人からすれば受け入れ難いだろう。

 似た環境の元の世界がそうだった。あっちには魔物っていう脅威がおらず、そのぶん平和とはいえ。

   

 二人から距離を置かれるかもしれないけど…まあ仕方ない。

 誰も喋らず暫し沈黙が続き……クランヌが重々しく口を開く。


「私は…如何様にも評価できませんわ。悪行は然るべき場で罪に問い、然るべき罰を執り行うのが道理…ですが」

「人の所業をたびたび聞き及び、明らかになっていない事件や、今回のポルド伯のように力を持つ、影響のある存在も悪事を働いて、隠蔽のため他にもーー」


 端正な顔に浮かぶ、実感と悔しさを伴った深刻な表情の述懐。 


「こうした実態を鑑みると、形式通りに…というのは難儀だと、理解できておりますわ」

「…儘ならないな」 


 礼節を重んじるクランヌからすれば、複雑な心境だろう。

 悪事の横行、厳正に裁こうにも闇に紛れ、かといって私刑は危うく、しかし放置も出来ない。

 無理が通れば道理が引っ込む…当事者になった以上、今までようにはいられない。


「私は当然の報いだと思います」


 横から冷たい言葉が放たれ、顔を向けると何の感情も宿していないシルム。


「シルム?」

「あんなに小さい子を…家族を攫って脅迫に利用して、あまつさえ、怖がらせて泣かせて。外道に加担する外道には相応しい末路です」


 一切の温情を持ち合わせず、無慈悲に罪状を告げる執行者を思わせる。

 誘拐されたと知ったときの取り乱しぶり等から分かる、家族想いのシルムにとってそれだけ許し難い犯行。

 苛烈だがこれも真理…恨みを買えばいつか自分の身に返って来る。 


 独白に言葉を出せずにいると、


「なーんて! あの子たちへの負担とか万が一のことを考えたら、口を衝いて出ちゃいました」


 シルムは表情と声音、そして空気を明るいものへ切り替える。


「難しいことは分かりませんけど、センお兄さんが簡単に人を傷付けたりしないのは知ってますよ。もしそうなら好き勝手に振る舞って、無関心でいるはずです」


 行為の是非は別として、俺が残酷な人間ではないと思ってくれている。

 前置きしたように非難されても受け入れるつもりだが、信じて貰えるのは素直に喜ばしい。


「ありがとう」

「いえ…感想を言いましたけど、元はといえば狙いは私で、センお兄さんは巻き込まれた立場ですし」

「原因は第三者の思惑ですが…詰まる所そうなりますわね。遅ればせながら、センさんに謝辞を…助けて頂きありがとうございます」

「ありがとうございますっ、センお兄さん!」

「…どういたしまして」


 一礼する二人には含みがなく、純然と感謝を示している。

 想定していた強い抵抗はなかった。

 拗れずに済みそうな雰囲気に、安堵を覚える…が。


 しかし人殺しは人殺し。

 間違っても盲信などしないよう、重みを忘れずに弁えなければならない。


 脱線したが報告の続き。

 黒衣を片付けてポルドへ至り、真相には迫れなかったがいくつか情報を引き出せた。

 協力相手がおり、ポルドではない誰かがクランヌを狙っていることと、黒衣との契約書の存在について。


「私も標的に…改めて助かりました」

「ああ、大した情報は持ち帰れなかったが」

「無事なだけでも儲け物ですわ。しかし…書面で正式な取り交わし、それも対等な…ですか」


 ポルドが組んだのは完全に自分の意志であると理解してか、クランヌは静かに目を伏せた。

 

 それからポルドは生かして放置してきたと伝える。

 仮に逃げられても弁明がなければ、クランヌとシルムの主張が確定するに等しく、表立った活動は不可能。

 話したときシルムがぽつりと呟いた「生き地獄という言葉がありますし」が印象強い。


 宿屋へ向かおうとした矢先、呼び止められた展開へ。

 一人の黒衣が現れ、戦いを持ち掛けられた。

 一部始終をずっと傍観していて、あの連中のなかで異質な存在。 


 いちど断ったが、契約書の所在を教えると言われ受けることに。


「信頼できますの?その方」

「どうだろう。過度な期待はしてない」

「それで対価を得るために組み付いたと」

「…普通に戦っただけだぞ。まずそいつは男だし」

「ということは、もうお一方いらっしゃいますの?」

「そう」

 

 黒衣と戦いを繰り広げ、激化しそうな手前で割り入ってきた一つの影。

 その正体はーー


「はい〜!? センお兄さんの元追手で、いきなり従者宣言〜!? 何ですかその欲情豹変尾行女は!」

「耳を疑ってしまう話ですわね…」


 随分な言いようだな…怪しさの塊なのは認めるが。


「しかも密着して来たんですよね!?」

「いや、それは成り行きで…」

「どんな成り行きですかっ」


 床を両手でバンと叩くシルムに、悠然と真っ直ぐ見つめてくるクランヌ。

 ついでに最後まで話し切ってしまおう。


 影…スティーがずっと俺から顔を背けていたこと。

 疑問に思った黒衣…ロクスが戦闘の代わりに見るよう命じ、躊躇っていたところへ俺も促したこと。

 結果、ベタベタとされたこと…俺を視界に入れると抑えが利かず、そうなってしまうとか。


 スティーから解放され、ロクスが契約書の受け渡しの認めーー


「で、信用できるかの判断も含めて、二人に任せて戻って来た」

「意識を失っている間に、色々とありましたのね」


 クランヌは苦笑を浮かべているが、シルムは険しい表情で口を引き結んでいる。


「元追手らしいですけど…最初からセンお兄さんをそういう目で見てたのでは?」

「俺は以前とは違うと思ったけど」

「へー…肩を持つんですね」

「肩を持つというより、感じた事実を述べてるだけなんだが…とにかく、これで以上だ」


 じーっと懐疑的なシルムの視線を受けつつも話を着地させる。


「承知しました…そのお二方は今はさておいて。私は報告など対応に向かいます、ラントとメイア…まだ不安でしょうからシルムは側にいてあげて下さい。可能であればセンさんも」


 適切に飛ばされる指示に、俺たちは首肯する。


「ああ、そうするよ」 

「はい。目を掛けておきませんと、ね」

「お願いしますわね」


 まとまって一段落…だが。

 シルムとスティーの対面に、一悶着の予感がした。

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