106 帰還
読んで下さりありがとうございます。
面を向かい合わせると何故か、俺にピッタリ張り付いて来た前の世界の追手、スティー。
危害を加えることはせず、取り憑かれたか如く一心不乱に全身で俺に触れ、成すがままの最中。
俺より数センチだけ低い長身なのだが、調整のためにわざわざ屈んでまでいる。
何がそこまでスティーを駆り立てるのか、原因も目的も不明。
ごそごそ動く度に各部へ伝わる感触に、ほんのりと爽やかで甘い香木を思わせる香り。
それに気まずさと軽い息苦しさ覚えつつ、迷惑をかけていいと言った手前、突き放すのは不誠実にあたる。
ベタベタされるだけならまあ…この調子だと用心してた騙し討ちはなさそうだし…ある意味不穏だけど。
そう内心で落着をつけ、気を紛らわすために意識を外へ。
黒衣の衝突事故を始めに、目立つ玄関ホールでどたばた騒いでいるが、一向にポルドの身内は現れない。
流石にもう新手の出現は度外視でいいとして、必要なのは奴を確実に糾弾できる証拠ーーその提供を名乗り出た主の方を見る。
異様な光景を前に、黒衣は身体を引いてうわあと苦笑を浮かべ、布の穴から垣間見える口の端を引き攣らせている。
俺が見ていることに気付くと、フッと穏やかに微笑み、親指を立てた。
……分かってる。
黒衣にとっては他人事で、言い出したのはあちらだが、スティーの不思議な挙動の解明に賛同した以上、とやかく言えないのも分かってるさ。
諦念を覚えつつ、味覚を除いた四感へ伝わる刺激を遠いものに感じていると、
「はっ」
不意にそれらの感触が消え、俺から離れる気配。
起きたことはスティーがピタリと動きを止め、大きく後ろに飛んで距離を取り。
その後、俺から顔を背け似たような状況に回帰した。
正気を取り戻した、のか?
焦がれていたものに有り付けたような狂乱ぶりが嘘みたく、がらっと切り替わったな…もしかして、またまた外部の働きかけ?
事前に「抑え込む」って口にしてたのが俺自身を、ではなくてスティーの衝動を、だとしたらしっくりくる流れ。
少しすれば満足すると高を括っていたら、落ち着くどころかだんだん勢いを増して終わるか怪しかったし、静まってよかった。
「ごめんなさい、センさま。センさまに図々しい振る舞いを働いて」
顔を逸らしているスティーは、視界から外れる間だけこちらに向かって頭を下げ、また横向きに戻すという不便そうな一連の動作で詫びる。
暴走してはいたけど、スティーには一切の非はない。
迷惑を掛けると前もって警告してくれて、躊躇ってるところへ情報欲しさに要求したんだから、感謝こそすれ非難などしない。
「謝らないで。むしろ俺の方が無理に頼んだんだし、ありがたく思ってる」
「でも、センさまは女に寄り付かれるのは不快でしょ。だから…」
……そのことも知ってるのか。
それで、俺に嫌な思いをさせたと気に病んでいると。
前の世界で好意の欠片もなく、ただ栄達のため取り入ろうと擦り寄って来た者たち。
そういうことへの欲が希薄な側からすれば、利用価値として近付かれても煩わしいだけ。
何度も同じ目に遭えば、流石に嫌気が差すというもの。
しかし、言い寄られたのは一因に過ぎず、苦手意識の本質は別にある。
というのも中には心から望んでおらず、立場や成り行きで義務的に関与する人もいて、それにはまだ同情の余地があった。
問題は、私腹を肥やすことしか頭にない自分本位の連中。
野心塗れの内心と乖離した外面を貼り付け、平然と美辞麗句を並べるーー
そんな歪さが、女性への不信感などを俺に植え付けた。
元々、人の悪意に触れる機会があったため悪意には敏感。
異世界に来て力を得て以降、より鋭敏となったみたいで、取り繕われても察せられる。
その点、スティーに身近なシルムとクランヌからは、禍々しい思惑は伝わって来ていない。
女性でも相手次第で抱く印象は変わってくる。
当時の記憶が過ぎりはしたが、気分を害すほどではなかった。
「大したことないから気にしなくていいよ。それより感謝の念の方が強い」
「…嫌われなくてよかった。センさまの役に立てたなら本望、それに役得」
スティーは言葉だけで安堵と喜びを表現する。
表情といい声色といい相変わらずだが、再開する前の滅私ぶりと比べて、人っぽさが出て来ているような…?
「なるほどなー。セン様を見続けるとああなっちまうのか」
落ち着いたのを見計らい、一歩引いて傍観を決め込んでいた黒衣が歩み寄って話に混じる。
それから同情の色を浮かべ続ける。
「アンタも難儀だなー。厄介なのに目を付けられて」
…これは突っ込み待ちというやつか? もしくは自覚がないのか。
顔合わせて早々に、戦いを吹っ掛けて来るのも大概だと思う。
「そんなことより。そっちの要求は聞き入れたのだから、対価を忘れないで」
「わーってるよ。もう完全に戦意は削がれたし、これ以上ごねたらヤバそうだ」
「懸命な判断。センさまに無礼を働かせておいて、冗談は済まさない」
「それも俺の所為になんのかよ」
黒衣は妥当とも理不尽とも言える扱いを受けながらも、協力的な姿勢を示す。
決着は別の形になってしまったが、こちらもどうにか区切りがついた。
「ところでどうするんだ? 情報を渡すのは構わねーけど、セン様は別の用があるんだろ?」
「あるのは確かだが…その様付けやめてくれ、面白がってるだろ」
揶揄い混じりの発声、最初から引っ掛かっていて聞き流してたけど、止めなさそうなので口を挟む。
するとスティーがコクコク頷いて賛同。
「どうしても呼びたいなら敬意を払うべき」
いや、そこの改善は要らないが…様呼びされても落ち着かないし。
本当はスティーにも変えて欲しくはある…でも秘めておいた方が無難だと勘が囁いている…。
「へいへい、普通にセンって呼ばさせてもらうぜ。この際、俺の名前も明かしておくかー」
「俺はロクス。もう察してると思うが日々、強いヤツとの戦いを求めてる」
右肘を曲げ手のひら上にした格好で、あっさりと自己紹介をする黒衣の男、ロクス。
強者と戦いたい…まあだろうな、という感想。
他には無頓着なのに、あれだけ食い下がられるとな。
「で、移動するから時間食うけどどうする? 何なら後回しでもいいが」
皆を借りている宿屋の一室に隔離してから、随分時間が経っている。
睡眠がいつまで継続するか不明で、既に目を覚ましているかもしれない。
脅威から遠ざけはしたものの、状況の説明がなければ不安なまま。
伝達を使おうにも、ラントかメイアが先に起きていたら無意味だし、ちゃんと姿を見せておいた方がいい。
後で情報を貰える保証はないけど、そもそも博打。
どちらを優先すべきか…考えるまでもない。
「その為に私がいる」
意向を告げようとすると、スティーが先んじて前に出て第三の選択肢を提示する。
「こっちは未来の従者である私が引き受ける。センさまは急いで向かうのが得策」
「だ、そうだが?」
横目でロクスがこちらを窺う。
スティーが俺の代わりに? それなら確かに同時に進行させられる。
俺に手を掛けようとせず、恭順な態度。
ただ、追手としての前科やここに至った経緯、なぜ俺に関することを知っているのかなどを踏まえると、疑心は残る。
いや……それを言い出したらロクスと、今回の取引にも一部、当てはまるか。
考えたらスティーの提案は悪くないかもしれない。
そもそも駄目元なんだし、言葉より成果を出してもらった方が処遇を決める判断に繋がる。
悪い方向に転がっても、無駄にはならない。
「決めた、そっちはスティーに任せる」
「仰せのままに」
目を瞑り承知するスティー…うん? 何か身体がぷるぷるして…
「…頼りにされて嬉しいけど、抑えが利かなくなりそう」
「は!? さっきみたいなのは勘弁だぜ! 発症する前にさっさと行ってくれ」
「ああ、後は頼んだ」
今にも爆発しそうなスティーを前に、ロクスからも急ぐよう催促。
半ば勢いで転移を発動、二人を残してその場を去った。
見慣れた一室。
『聖域』で覆われた、がたいが良くても寝られるよう備えられた大きいベッドに、横になっている四人。
子供混じりでも流石に窮屈そうな中、枕に顔を埋めている少女の姿ーー
「ううセンお兄さん…すーはー……!?」
不安に揺れる声を漏らすシルムが、俺の気配に気付き勢いよく振り向く。
すると顔をくしゃりと歪め、聖域を出て飛び込んで来る。
「ぐすっ、よかった…! 目が覚めたら私たちだけで…センお兄さんなら無事だと思ってましたけど…!」
俺の胸に顔を埋め、嗚咽で震えている身体を迎え入れる。
…起きてるのはシルムだけみたいだ。
起こしても混乱させるだけだから一人で待ってたのか…心細かっただろう。
「ごめん、遅くなった」
「いいんです。戻って来てくれた、それだけで…」
より安堵させる為に、片手で頭を優しく撫でる。
暗い気持ちにさせてしまったが、長引かせず正解。
それに、俺も皆の無事な姿を見れてよかったーー
「ーーセンお兄さんから女の匂いがする」
シルムがピタリと動きを止め、寒気のする平坦な声で言う。
「すんすん…私の知らない、それに随分と濃い香り」
顔を上げ、涙ぐむシルムの眼が映すのは、虚無。
しまった…心配していた相手が興じていたとあれば、全くの誤解だが怒って当然。
黒衣の発案で連鎖が起きている。許可を出した以上は恨み言は吐けない。
「何であの状況から、べったり雌の匂いが付く展開になるんですか? 説明してくださいよ、ねえ」
「ちゃんと経緯を話すから。とりあえず場所を移させてくれ、頼む」
聖域の中であればドタバタを遮断できるが、外部なので伝わっている恐れがある。
どうにか宥めつつ誘導、一斉に転移を行い。
一先ずではあるが、ようやく帰ることが叶った。
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