105 従者
読んで下さりありがとうございます。
黒衣と一触即発の空気が満ち行く中に突如、割り込んで来た謎の妙齢の女性。
馴染みのある気配は前の世界で単身、最後までしつこく付きまとって来た追手のもの。
この場に居るということはつまり、俺と同じく世界を渡っているーー。
会うことはないと心の中で別れを告げたのに、まさか覆されるなんて。
前の世界との決別は成功していると断言できる。
あちらでは不本意ではあれ端の方まで足を運んだ身、景色を見ればすぐ違いが分かるし、色々と調べたから間違いない。
渡った方法は不明だけど、とりあえず俺の所在を掴む、後を追う術があるのは確実。
それで、こちら側に来てまで俺に会いたかった、か。
放っておいてくれればいいのに…想像より遥かに、上の連中は執念深いらしい。
独断専行ではないはず。追手たちは私情を挟まず命令に忠実みたいだし。
組織に詳しいわけではないけど相対してみれば分かる、彼らの動きは酷く機械的で意思を感じない。
俺に抵抗され妨害に遭っても何の感情の発露も起こさず、実力行使の際は殺意を覚えず凪いでいて、人型の無機物を相手にしているような錯覚を感じる。
戻れる保証がないのに追って来てる辺りも、自意識のなさを窺わせる。
善悪に関わらず、ただただ与えられた役割に準じる傀儡。
(でもさっき…気のせいだとは思うが)
会いたかったという発言に、何だか実感が滲んでいたような…。
本人は横を向いていて、無表情でその横顔からは読み取れない。
個人的な願望があるとは考えにくいし、やっぱり思い過ごしかな。
派遣されたとして、後顧の憂いを絶つために寄越したんだろうか?
だとすると黒衣に攻撃を仕掛けるのは変だから連れ帰るのが目的、くらいしか思い浮かばないけど。
だいたいの見当はつけられた、現状をどうにかしないとな。
黒衣との戦いが大事になりそうな直前の乱入は正直よかったが、第三者の登場でややこしくなったのも事実。
決着をつけようにも目の前の来訪者を放置できない、逆もまた同じ。
二転三転、今日は変化が目まぐるしい。
まあ…対応に迫られるのは慣れてる。
「センさまぁ? アンタの名前か? ってことはお仲間かよ」
滞ったなか、大仰に話の口火を切る黒衣。
様、なんて敬称付きで呼ばれてたら身内と解釈するのは納得。
「いや、むしろ」
「違う。仲間じゃない」
追手で敵だと説明しようとすると当人から否定が入り、黒衣とは真っ直ぐ向き合う。
俺が説明するよりあちらが話した方が説得力がある、そう判断して任せるも、予想だにしない言葉が後に続く。
「私はセンさまの忠実な従者、名はスティー」
「…え?」
俺の従者…? 急に何を言い出すんだ?
そんな取り交わしの覚えもなければ、拒んでも散々追い回してくれたじゃないか。
「なんだ、仕えがいるってんなら、どっかのお偉いさんなのか」
「ちょっと待った。俺は普通の身分だし、従者なんて雇ってない。そもそも顔を見たのは初めてなくらいだ」
「はあ? だったらこの女はいったい何を言ってるんだ?」
「俺が聞きたいよ。どんな意図があってあんな出任せを…従者を自称するなら答えてくれ、スティー」
呼びかけた途端、ばっと勢いよくスティーは俺の方を振り向き、また顔を背ける。
挙動に疑問を感じながらも返答を待つ……何も言わない。
もう一度声を掛けようとすると、身体が小刻み震えだして、
「センさまが私の名前を呼んだセンさまが私の名前を口にしたセンさまがーー」
相変わらずの表情のまま、事実であることを確認するように捲し立てる。
俺に名前を呼ばれたのがよっぽど衝撃的らしいが、何が琴線に触れたんだろう。
「なあ…大丈夫なのかこれ。一応知り合いではあるんだろ?」
異様な光景を前に黒衣は顔を引き攣らせ、言外に”アンタが対応しろよ、俺は関わりたくない”と告げている。
知り合い…因縁があるのは認めるけど…まあ闖入者が舞い込んだ原因には違いない。
しかし結果から言うと、咎める必要はなかった。
「…後回し? …話を進めろ? …わかった」
今度も独り言ではあったが、誰かに注意されているような素振り…実際、代わりに言ってくれた存在がいるんだろう、そのお陰で落ち着いた。
懸念なのはその影の存在、姿も気配もないのに状況を把握、指示も行っている。
仲間がいて連携が取れるとなると、奇襲など警戒しておかないと。
「さっきのは適切ではなかった。正しくはセンさまの従者、になる予定。どんな命令でも聞き入れる。そう、どんな命令でも」
何故か従順であることを二回続け、心なしか誇らしげ。
どういうことだ…? 始末でも連れ帰るでもなく俺に仕え、しかも言う通りにするなんて。
近くで監視に当たる、とかならまだ分かるが…偽りを口にしたりしない人種だ、離反を言い付けたら本当に従うだろう。
上の連中がそんな不利益でしかない命を下すとは思えない…想像する背景が異なるのかも。
「先走って勝手に言ってたのかよ…んで、未来の従者はなんで俺らの戦いに水を差したんだ?」
「センさまには他に為すべきことがある。そろそろ向かった方がいい…みたいだから。私はその補助に推参した」
…どこまで分かってる?
確かにこれ以上、長引かせるのは望ましくない。
聖域は健在とはいえ、シルムたちを放置したままで、宿を無断使用中。
もう目を覚ましている、リームさんが異変に気付く、この目で無事を確認したいーー。
そう考えが頭の片隅に残っている。
「だから戦闘の続きをするなら、私が相手になる」
「まーいいかな。もう熱が冷めちまったし、それなりに楽しめた。あのまま続けてたら行くとこまで行くとこだったしなー。丁度いいだろ」
臨戦態勢を取るスティーに、黒衣は腕を広げ軽い調子で応じる。
取り決めを余裕で無視する勢いだったからな…乱入は黒衣にいいクールダウンになったらしい。
「そう。じゃあ用事は済んだ?」
「済むには済んだけどよ…不完全燃焼な部分もあるんだよなー。てことで、埋め合わせにちょっとした頼み聞いてくれねえか?」
「…私に命令していいのはセンさまだけ」
スティーは解こうとしていた構えを戻し、鋭い気迫を発する。
「早まんなって、大した内容じゃねえ。そのセン様を頑なに見ようとしないのは、従者志望としてどうなんだと思ってよ。情報は惜しまず出すから、セン様見てくれよ」
その点は俺も気になっていた。
黒衣とは面と向き合って遣り取りするのに、俺のときは明後日の方を向いた状態。
指摘するのは控えたけど、あからさまに不自然。
「それは…センさまに迷惑がかかる」
やっぱり何か理由があるのか躊躇い、こちらを一瞥する。
「俺は構わない。他に無理な事情が断ってくれていい、可能なら俺からも頼む」
迷惑なんて、今更だ。
腰を据えられず転々とする羽目になって、ジロジロと視線を感じ落ち着かない日々を過ごした。
確たる証拠が手に入るなら、多少の上乗せは受け入れよう。
「センさまが言うなら…抑え込む? …うん、任せる」
あっちにとって主である俺の希望と、不穏な言葉が聞こえたが謎の者の助言があったらしく、頷き意を決するスティー。
そこからの行動は早く、真っ直ぐ俺の方を見て。
菫を思わせる色の瞳と視線がぶつかる。
沈黙が降りる中、瞬きせず見つめ合うーー
「え」
最中、スティーの姿が消え。
俺の背中に回される両腕と、密着する人影。
見ればスティが俺に抱き着いている。
動きは見逃さず目で追えていたが、既視感のある光景に反応が遅れた。
肢体から体温と男の俺とは異なる、服の素材が薄いのもあるだろう、柔らかな感触が伝わってくる。
突然の行動に疑問を浮かべていると。
「センさまセンさまセンさまセンさまセンさま」
すりすり、さわさわ。
俺の上半身をスティーの頬と両手が無遠慮に行き交い、好き勝手に触られる。
……まさか、迷惑とはこのことか?
「あー…何か色々と察したわ。なんつーか…頑張れ」
一端でもあるんだから、そんな簡単に済まさないでくれ。
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