103 頑丈
読んで下さりありがとうございます。
(派手にやったな…)
俺の横を、音を置き去りにして通過した黒衣。
その進行方向にあった壁へ激突、ぶち破って大きい穴をあけ、破片が散らばっている。
穴から部屋の中が窺える……無いとは思うが、奇抜な作戦かもしれないので距離を置いて。
応接室なのか、中央に上質なテーブルと複数の椅子…一部、残骸になってるけど。
視線でその先を辿れば、備品の無残な姿と更に穿たれた穴があり、入口が新たに二つ開通した状態。
最初の轟音の後も、顔を顰めそうになる嫌な音が何度かしてたから、この光景は予期できた。
直前まで奴がいた、戦闘の開始地点に目を向けると、床が深く抉られた納得が行く跡。
さっきのは突撃というより、飛行物体が突っ込んで来た表現するのが適してるかも。
「いやー、今のは我ながら肝が冷えたわ」
この短時間で妙に馴染んだ、計りかねる緊張感の欠落した声が耳朶を打つ。
視線を向ければ自らがあけた口を潜り、散乱した破片を越えつつ歩いてくる黒衣の姿。
(自滅までは想定してなかったけど…怪我すらなさそうだ)
この屋敷は頑丈な造りで壁も厚く、破壊するほど強烈にぶつかったとなれば、相応の反動が降りかかっている筈なんだが…ピンピンとしている。
しかし服の方は被害を受けており、ところどころ裂けたり破けたりで見え隠れした状態。
それは顔の方にも及びーー黒黒とボサっとした髪に楽しげに輝く金色の瞳、持ち上がった口端。
一部だが容姿が露わになっていて、若々しくシルムと同い年くらいか?
声の音調が合わさると、より少年のような印象…それにそぐわない、物騒な提案を持ち掛けられたのが現状だけど。
案の定、さっきのは意表を突くための仕業ではなく、近くに来ると足を止め、黒衣はひとまず対話の姿勢。
「…そんな肝が冷える一撃を俺に噛まそうとしたのか…しつこいけど、言ったこと覚えてる?」
俺は堅牢な城門などと違い生身の人間。
真っ向から受けていたら悲惨な結末を迎えかねず、取り決めに反する軽率な行動。
自覚があるのか黒衣は目線を下に落とす。
「覚えてる、これでも遵守する方なんだぜ? けど初めての感覚に舞い上がってつい…それにアンタ相手なら大丈夫かなって…」
「そんな漠然とした根拠で踏み切らないでくれ」
矛先を向けられた側からしたら堪ったものではない…それはさておき。
初めの感覚ってことは、さっきのは制御が出来なかった結果なのか?
如何にも戦い慣れしていそうなのに…妙だな。
「次からはちゃんと抑えるから、怒らないでくれよ。な? な?」
中止されても仕方ないと思っているのか、必死に戦闘の続きを所望する黒衣。
ここで情報を餌に要求を押し通さないあたり、会ったばかりだけど突き放せない。対価抜きにしても。
反省してるし、釘を刺しておけば大丈夫…だと思う。
「言ったからには守ってくれよ? …今更だけど、俺を殺す気はないんだな」
「おー、命を取るのは主義じゃねーからな。戦えればそれで満足よ。つっても事故はあるし手を差し伸べたりしねーけど」
「あいつらと同じ格好してるのに?」
続行するのが決まり、上機嫌さを乗せた言葉は説得力がある。
だが発言と矛盾する恰好…黒尽くめは殺し屋の印らしく、誤解を招いて当然。
「この方が都合がいいからな。相手が危険ならだと分かれば、全力でかかって来てくれるだろ?」
なんてことなく明瞭に種を明かし「ボロボロだから補修しねえと」と服を確認する黒衣。
己の闘争の為、態と印象を与える、か…何だかんだやっぱり、裏の住人なんだな。
再び向かい合って仕切り直す俺と黒衣。
既に場は整っており、一触即発の状態。
「さっきのがあーだとすると…これくらい、か!」
ブツブツ言った後、また先手を打って勢い良く躍り出る黒衣。
加減され最初には劣るが、十分な速さで床を踏みながら迫る。
ただ、こちらはこちらで静観せず『コール』で両手にハンドガンを携え、黒衣へ発砲。
「! っとと」
斜めに動いて躱した黒衣だったが、まだ感覚が馴染んでないのか、その拍子にたたらを踏んでしまう。
すかさず俺は銃口を合わせ複数の部位に二発ずつ、計四発をお見舞いする。
「痛っ! ……く、ねえ?」
直撃を許した黒衣は、当たった箇所の一つである腕を押さえ顔を歪ませるが、すぐにキョトンとしたものに変わる。
そんな反応をしてしまうのも無理はない。
弾が当たったにも関わらず、外傷どころか服に穴すら生じてないんだから。
「やっぱ何ともない。どうなってる…?」
手をどかし、全身を見下ろして呆然と呟く。
何ともない…体に変化が起きてなかったら、そう感じるのも自然。
でも俺の仕掛けた攻撃は肉体を蝕んでいるはず。
撃った弾は『睡眠』と『麻痺』
名前通りの単純だが強力な魔弾。
着弾と同時に気体となり、空気を吸う際は勿論、皮膚に触れても影響を及ぼす。
奴が仕出かした一幕で頑丈なのと、動きが覚束ないのは把握出来ていた。
なので正直に殴り合いはせず、この択をを取って早期決着を狙わせてもらった。
不満に思われるかもしれないが、俺には戦いを楽しむ趣味はない。
「よく分からんが…不発に終わったみてーだな?」
無事であることが分かり、黒衣は不敵な笑みを浮かべる。
……確かにおかしい。
利き目は比較的早く現れ、そろそろ目に見えた異変が起きてもいい頃。
一発だけでも魔物や人体に効果があるのは追手などで実験済。
無論、個体差はあるから二発ずつ撃ったのだが…違和感すらないようだ。
(まさか…)
予感を覚えつつ、佇んでいる黒衣に追加で弾を送る。
「げっ…ふっ、ほっ、のわっ」
反復横跳びの要領で弾幕を縫おうとしているが、大半は当たってしまっている。
撃つのを止めると、黒衣も足を止めて同じようにキョロキョロ身体の具合を見る。
そして、やはり健在であることを認めると、余裕のある表情に。
「おいおい、あいつらと同様に強力なの入れてくれて構わねーぜ?」
「…やったらダメだろ」
「そうだった。ってか、その武器バンバン鳴ってたのに随分大人しいな」
「普段はこっちが主流なんだよ」
「へえ」
予想通り、効果無しか…会話しながらも経過を見てそう判断を下す。
頑丈な上に耐性もあるとは…それに。
「さて、今度はこっちの番だ!」
床を蹴って黒衣が接近、俺の腹部めがけ繰り出される唸る拳。
横に飛んで逃れ、無意味なのは理解してるがハンドガンで牽制。
「へへっ」
よろけつつも今度は躱してみせ、得意気な黒衣。
うん…この短時間で確実に、動きに鋭さが生まれ加速して来ている。
反復横跳び、後半の方は安定しつつあったし。
序盤の内に倒せれば良かったが…とはいえ相手がこうも丈夫だと…。
設けられた条件下では、極端な真似できないからな。
「ふう…」
「んー? 攻撃が通じなくてお困りか?」
「いやーー」
厄介ではあれ、まだ動きにムラは残っているし他にも遣り様はある。
余裕綽々でいる黒衣に思い知らせてやるとしよう。
『コール』
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