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101 刺客

読んで下さりありがとうございます。

「おーし…って、断んのかよ……え、戦ってくんねえの?」

「今答えた通りだよ。逆にどうして受け入れると思ったの」

「マジかー…乗ってくれる流れだったじゃん」

「…どこが?」


 闘う気満々で期待を募らせていた黒衣は、俺のつれない態度に不満を露わにする。

 迎合するような振る舞いをした覚えはないけど…。


「俺の存在に気付いてただろ? それに、何を望んでんのかもよ」

「薄々とはまあ…他には?」

「これだけだが。で、俺の意を汲んでアンタは、無視せず立ち止まってくれたんじゃ」

「おいおい…ちょっと強引じゃないか?」

「そうか?」


 まさか…呼び止めに応じただけで、挑戦を受け取った扱いにされているとは。

 

 彼は戦闘に参加せず引っ込んでいながらも、うずうず戦いたそうな気配を滲み出しており、俺がそれを察していると疑っていない。

 様子を観察する中で、そう判断したんだろう。

 実際、俺は彼の闘争心を悟っており、挑まれそうな予感はあったのは事実。


 相手にした場合の流れを読める、その上で無視しなかった。

 だからーー根回しは済んでいて、戦ってくれるって?

 うーん…流石にこじつけとしか言いようがない。

 

「期待させて悪いけど、俺にそのつもりはなかった。それよりも…戦いたいなら途中で混じってこればよかっただろう」


 先程までは黒衣らの殲滅とポルドに用…留まる理由があり、降り掛かる火の粉は払わざるを得なかった。

 状況を利用すれば都合に関わらず目的を果たせたのに、わざわざ意思の確認を取って来ている。

 まあ筋を通そうとしている分、邪険にはあしらえない側面はある。


「いやー、今日の仕事はあいつらの役目で本当は俺、見物に来ただけだからなー。出しゃばるのを控えてたんだよ」


 同じ所属なのに割り振りは一人別か、納得といえば納得。

 正直、何で一緒にいるのか疑問なくらい、あの中では浮いてるし。都合がいいかららしいが…。

 それで、横入りすると揉め事に発展するから大人しくしていたと。


「足を運んだのは気まぐれだったが正解だぜ。んで、心置きなくアンタと張り合う為に、一段落つくのを待ってたわけ」

「俺としては、そのまま帰ってくれて一向に構わなかったのに…最初から対象には含んでなかったし」

「つくづく冷てーな…頼むから勝負してくれ。思い込んだのは悪いが、身体が出来上がっちまってる。生殺しはキツいぜ」

 

 闘志を持て余すように、両手の開閉を繰り返しながら懇願される。

 自分の所為だと理解しながらも、よっぽど戦いたいらしい。


「…どうして俺にこだわる?」

「んなもん、アンタが強いからに決まってるだろ。アンタ知らなさそうだけどこの格好、裏では有名なんだぜ? 纏ってるのは腕利きの残虐な殺し屋集団だって」


 顔まで覆う黒の外衣を摘み、まるで他人事な口振りで言う。

 いや…本当に他人事だと思ってそう。


「俺も相手したことあるけど、そこそこ楽しめた。あいつらは手加減なんて知らねえし」

「実力を把握してる、容赦ない連中に俺が打ち勝ったから興味が湧いたのか?」

「軽々と片付けてたじゃねえか。正直に言えよーー相手にならなかったって。あんなの見せられたら昂っちまう」

「…そんなの知ったことか。結果的に噛み合っただけ」

「謙遜すんなって」


 本心なんだけど…これは、いくら異論を挟んでも聞き入れそうにないな…。

 相手にならなかった、か…読みが当たったという意味では、そう豪語出来るのかもしれないけど、俺はそうは思わない。


 さっき戦った黒衣ら、腕利きであったのは確か。

 普段とは身体の勝手が違うはずなのに、偽物とはいえ位置を捉え、急所と死角を突く技量。

 不測の事態が起きても素早く判断し行動に移していた。


 もし、奴らが攻撃一辺倒ではなかったら、連携を取って来ていたらーー。


 評価こそすれ、軽んじる気はない。

 敵は敵。脅かしかねない存在として相対するのみ。

 俺が教わった内の一つ。


「てか、理屈とか抜きにして俺には分かるんだよ。アンタは今まで会ってきたのとは格が違うって」

「どう思おうと勝手だけど、こっちには戦う理由がない。そっちの言う心置きがあるし」

「心置きってぇと、さっきの女と子供か? ならそれを出汁にしてーーウソ、ウソだって!」


 揶揄い混じりだった為に出任せの思い付きだと察したが、言っていい冗談と悪い冗談がある。

 言葉は相変わらずなものの、軽々しさを潜め反省しているようなので溜飲を下げる。


「キレさせるのは洒落になんなそうだな…」

「…ともかく、諦めてくれ。応じたのは個人的な興味と、何か有益な情報が得られると思ったからでーー」

「情報、それだ」


 こちらの発言に反応を示し、パチンと指を鳴らす黒衣。

 勧告に耳を貸す気はないのか。


「情報が欲しいならそう言ってくれよ。自分で言うのもアレだけど俺、信頼されてねーけど警戒もされてねえから、知ってること話せるんよな」


 そっちこそ戦ってくれるなんて都合よく解釈せず、最初から持ち出してたら早かったが。

 さっき仕事だと口にしてたのに、相手を売るような真似をして許されるのか。

 組んでいて連んでるけど、雁字搦めほどではなく割と自由…独立してるということか?


「いきなり聞かせろはどうかと思ってな、質問に答えたのもその一環…それで、例えば?」

「アンタがおっさんに聞いてた、取り交わされた契約書の場所ーー気になるだろ?」


 これとない重要で強力な手札を切って来たな…。

 物証が確保出来れば後々有利、中身も相まって魅力的ではあるが。


「そうだけど、対価に戦えってことでしょ」

「とーぜん!」

「やっぱり…でも先にやるべき事がある、後でいいか?」

「ダメダメ。さっきも言ったがもう戦う身体になってんだ、今しか取引に応じねーぞ」

「そうか、ならいい」

「はあ!?」


 通る自信でもあったのか、俺があっさり断念すると素っ頓狂な声を上げる黒衣。

 

「優先順位は下の方だし、それにーーもしかしたら当人が案内してくれるかも」

「当人…? …あいつらの場所が分かってるのか?」

「ちょっとした仕込みをね。南の方……これは蒼然の森あたりか」 


 世界を渡って初めて足を付け、流れでネヴィマプリスを倒した始まりの地。


 距離は遠いが確かに感じられる、集まった複数の反応。

 先程まで留まり続けていたが今は離れていくように移動している。

 助けに来ないなら、ポルドを見限ったと推測すべきだろう。


「……」


 俺の独り言に多弁だった黒衣が黙り込む、合ってそうだ。


 用いたのは『共鳴』の魔弾。

 弾丸を撃ち込んだ対象と同様の魔力を持つ者の現在位置を、知ることが可能。

 条件としては存在が希薄でないこと…幻影や残留する魔法などに撃っても機能しない。


 しかし、身代わりを用意した奴らは本物との酷似が仇となり、本体の場所がこちらに筒抜け。

 撤退の選択をしたなら、拠点など腰を落ち着けられる場所で整理をするはず。

 そこを叩けば殲滅という目標と同時に、収穫を得られる見込み。


「というわけで、俺はそろそろーー……」

「?」

 

 悠々と去ろうとしたが直後、予想外の事態に停止。

 今度は引き止めるのを諦めていた黒衣は、動きを止めた俺に怪訝そうな気配。

 困ったことになった、まさかーー


(反応が一斉に消失するなんて…) 




 少し前。


 日の遮られた静寂に包まれた森、密度のある木々を縫って駆ける一団。

 視界の悪さに障害物の多さを物とせず、迷いなく密やかな足取り。


 蒼然の森。

 広大で強い魔物が徘徊、不用意に踏み入って帰らなかった者も多く、近付く人間は限られている。

 裏で活動する立場からすると、身を潜めたり移動するのには適していて、今日も安全な所から仕事を片付ける…はずだったが。

 

 熟練の移動に対し、黒衣たちの内心は酷く荒れている。

 

 発端は邪魔な敵の始末を度々頼んでくる、協力関係にあるポルドからの依頼。

 最近、正体不明の何者かに活動を妨げられ思うようにいかん、誘い出すから排除しろと。

 未知数ではあったが、破格の報酬、幾人も葬って来た自負から引き受けた。


 全員が動員されることになり、誰もが過剰だと馬鹿にしながらも余裕だと予感。

 しかし蓋を開けてみれば、大敗を喫していた。


 何も出来ずに一方的にやられ、次々と本体に戻されて行き、後に残っていた者からは否定。

 程なくして全滅の報告が上がり、戻るのは得策ではないと意見が一致、今に至る。


 無事だったのは分身ーー仮の肉体を作り出し、意識を移すことで活動可能ーーなどの能力持ちと、本体の見張り役たち。

 大きく人数を削られ、獲物にいいようにやられ怒りに満ちているが、今は退く。

 戦闘内容に、シルムという娘が発したセン…恐らく赤ローブの奴に繋がるワードを持ち帰る。


 不本意な撤退の中、全員が心の中で同様の誓いを立てる。

 立て直して近い内、あの忌々しい獲物に刃を突き立て、この手に感触を刻みつけるとーー


「これ?」


 そんな先を急ぐ道中、少女の声と発した者が現れ、一行は足を止める。

 すらっとした長い体躯に紫紺のスーツを纏い、首から口元に掛けてブラウンの布を巻き、一つに結んだ紫の髪と紫の瞳。

 端正だと思われる顔立ちだが、無機質な瞳が冷たい印象を与える。


 黒衣たちは逡巡する。

 この立ちはだかっている少女、只者ではない。偶然居合わせたわけではないだろう。

 それどころか自分たちが目的まである。


「うん、わかった」


 また言葉を発して相槌を打っているが、周囲には誰もおらず、こちらを見据えてくる。

 流れからして赤ローブの仲間と見るのが妥当、そして目標だと定めようだ。 

  

 奴の遣いであるなら、戦わず散開が無難。

 しかし誰もその選択はせず、互いに意思を察して得物を手にする。

 

 位置を特定されてる以上、逃げても結果は同じ。

 各個撃破されるくらいなら応戦するべき。

 何よりもーー消化不良で燻っていた不満をここで晴らす。


 ダッ!!

 

 地を蹴って加速。

 一部は慣れた環境を利用して周り込み包囲。

 四方から少女に凶人が殺到する。


 しかし、結果は振るうことなく。

 

 構えている黒衣たちの身体に複数の線が走る。

 直後、ボトボト生々しい音が立て続けに発生。

 入れ替わるように先へと進む少女は一瞥もせずに呟く。


「障害、排除完了…待ってて、センさま」 

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