100 異質
読んで下さりありがとうございます。
「…」
静かになったポルドを見下ろし、向けていた銃を下す。
動かないのを認め、視線を外して踵を返す。
その直前。
「待て待て、俺の存在に気付いてんだろ? アンタ」
ポルドの後方。
幕の垂れている辺りから、焦った様子の若い男の声に呼び止められる。
気になっていたので俺は、従って動きを止め、声のした方向へ目を向ける。
すると何もない空間から忽然と現れる人影。
少し前にも目撃した事象。それは、背後で倒れている奴らが出て来たとき。
その一味であるはずの黒衣が、何故か仕掛けて来ず一人、佇んでいる。
「やっぱり俺に用があったのか」
獣の如く殺意を漲らせる集団の中で唯一、他とは変わった雰囲気の存在を感じ取っていた。
殺気立っておらず、こそこそ潜もうともせず。
むしろ気付けとばかりに、周りの成り行きに構わず主張を続ける、別の思惑を抱いた異質な存在を。
余りにも場違いだったから気のせいかもと思ったが、当人が無視するなと接触を図って来たので正しかったらしい。
「やっぱり、って…思った通りじゃねえか。なのにそのまま行っちまおうとするとは、ひでえヤツだな」
非難の言葉とは裏腹に、語調は軽く明るいもので特に気にしてない様子。
遅れて「ま、いいけど」って構わなさそうに付け足してるし。
声質は少年か青年辺りで、歳はそんなに離れてなさそう。
「ところで、よかったのかよ?」
過程からてっきり、即座に本題をぶつけてくると踏んでいたが、黒衣は顔を椅子の方へ向け、そう投げ掛けてきた。
俺に対する目的とは関係ないはず…そもそも色々と不可解なんだけど、一先ず応じることにする。
「それは…ポルドに、止めを刺さなかったことについてか?」
俺も椅子の方ーー座って力なく首を垂れたポルドに視線を移す。
外傷はなく呼吸を続けているため存命だと分かり、沈黙しているのは失神しただけ。
俺は確かにポルドに銃口を向けて引き金を引いた。しかし奴は生きている…理由は単純、弾丸が発射されなかった為。
ハンドガンは今、上部にあるスライドという部品が定位置から後退したままで、それにより普段は覆われている銃身の外側が一部、露出した状態にある。
これは故障などではなく、ホールドオープンと呼ばれる仕様で、使用者に残弾が尽きたことを知らせる。
ポルドと話してる最中に忍び寄っていた二人を仕留めた際、ちょうど弾を使い切ったことは把握していた。
さっきのは見せかけの脅し、起きのちょっとした銃の変化のみ。
それでも、荒事に不慣れそうなポルドへの一押しには十分だっだようで気を失い、その場を後にしようとした。
最初から撃つつもりは皆無…感情まで偽りとは言わないが。
「それもあるけどよー、尋問は生温かったし放ったまま行こうとしてただろ。随分とお優しいじゃん」
…助言なのか煽られているのか、それ以前に何故、利敵行為のような真似をするのかなどはさておき。
「ポルドは一応でも貴族…強引な手段を取って後に響いたら面倒、だからこのままにしておく…泳がせるのも一つの手ではあるから」
口にはしないが何よりも、この場にはシルムとクランヌが居合わせていた。
こっちは被害者で不可抗力とはいえ、単独ならまだしも、二人に迷惑を掛ける真似は慎まないと。
恐らくポルドは目覚めたら保身に走ると思うけど、失敗したからにはもう上手く行かないだろう。
何らかの干渉があればいいやくらいで、見込みは無いに等しい。
「ふーん、そっか」
自分で聞いて来た割に関心の薄そうな相槌の黒衣。
しかし納得してはいるようなので、今度は俺が尋ねる番。
「今の質問に意味あったのか」
「あるある。俺はアンタに興味を持ったからな、どういうヤツか探るために聞いたのさ」
「…」
何が彼の琴線に触れたのか知らないが、気に入られてしまったみたいだ。
さっきから嫌な予感がしてるので正直、嬉しくない…
「けど、あんな少しの返事で何か分かるか?」
「分かるって。アンタが割り切れるってのと、必要となればーー非情に徹することが出来るヤツってな」
頭の後ろで手を組み、なんてことない風に核心を突いた所感を述べる。
一見、飄々とした印象を受けるがその実、本質を捉えている。
やっぱり他とは違う、厄介な相手だな…この先のことを思うと。
「そういえば…そっちこそよかったのか?」
「あん? 何が?」
「相当な被害と死者まで出てるのに動じてないからさ、仲間じゃないのか」
「仲間ぁ? おいおい、俺たちが普通の集団みたいに、よろしくやってるように思えるか?」
勘弁してくれと言いたげな真に迫った否定。
「そういう質じゃねえって、あいつらは。アンタも身を以て異常だって感じただろうし、分かるだろ?」
そう。
欲望に忠実で、人としての道を大きく逸脱してると思ったから、始末することに決めた。
言われてみれば、和気藹々とした場面は想像がつかないな。
事実を指摘され納得しかけるが。
「でも、その割に連携が取れてたけど」
「あれは連携じゃなくて、ただ順番を決めてあるだけだ。獲物を横取りされたら最悪殺し合いだからな、それを防ぐための措置」
休む間もない怒涛の攻めの背景には、そんな殺伐とした事情があったのか。
ある意味噛み合ってるけど、偶然の産物で現実は違うと。
「まー各々がどうかは知らねえが、一丸となって的な纏まりとは無縁だぜ。一緒にいんのはその方が都合がいいからで、どうなろうと構わねえ」
少しの寄り道の後、俺の質問にそう結論を出す黒衣。
多分、この答えが全てなんだろう。
嘘をつく必要はないし、彼はどうやら周りに対して無頓着な人間のよう。
渦巻いていた疑問がさっぱり消え去る。
あれこれ考えるのは徒労。
「当然そこのおっさんもな。目的の為に連んでたってだけさ」
「目的、ね…」
「そそ、俺個人のな…ってことで」
瞬間、黒衣の纏う雰囲気が一変する。
唐突だが読んでいた展開なので驚きはなく、代わりに溜息をつきたい気分。
「そろそろ、その目的を果たさせてもらおうか」
「もう予想はついてるけど…それって?」
「想像の通りだと思うぜ?」
ニィと笑みを深めていそうな歓喜と。
先程の連中の殺意とは質の異なるーー前から隠し切れず漏れ出ていた、戦意を迸らせて。
「俺と戦ってくれよ」
「断る」
何だかんだで100話です。
今後も更新して行くので、お付き合い下さい。
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