99 決着
読んで下さりありがとうございます、
ゆったりと静かに壇上へと登り、豪奢な椅子に座すポルドの正面に立つ。
閃爆を放ってから暫し落ち着きがなかったみたいだが、無駄だと悟ってか今は大人しくしている。
「くそ、未だに何も見えんし聞こえん。いつまで続くのだ…いやそれより、奴を始末し終えたのだろうな…?」
俺が立ちはだかってもポルドは憚らず、目を瞑ったままぶつぶつ不満と不安を独り言つ。
そのことから現状も暗闇と無音の中にあり、本音を漏らしているのが分かる。
俺が目の前にいるなんて微塵も思っていない様子。
不運にも囮に選ばれた者の、思わぬ奮闘もあって順調に撃破を重ね、早めにポルドへと至った。
代わりに、閃爆による異常が直るまではもう少し時間がかかる。
命を取るのは簡単だが、聞きたいこともあるし問答無用で撃つことはしない。
でも回復を待つ、なんて悠長な真似はしてられない。
出来るだけ早くシルムたちの下へと向かわねばならず、残党に遠くに行かれては面倒だ。
ということで手を加えて強制的に復帰させる。
方法は簡単、魔弾の影響を取り除く『解消』を用いるだけ。
ポルドも焦れったく思ってるようだし、丁度いいだろう。
もっとも…望んだ結果にはなっておらず、変わり果てた光景が待ってるけど。
多数殺めたハンドガンはそのまま、空いている左手に銃を出して撃つ。
静かに針が飛んで、ポルドにぶつかると音もなく消失。
一見すると、効いているのか分かりにくいがーー
「む…ようやく感覚が戻って来たか…」
ポルドが何処か安堵混じりに呟いてもいるので、しっかり及んでいる。
そして細目を開き、見えているのか怪しいが立ち止まっているこちらを向く。
「おお、既に片を付けておったか。妙な真似をされはしたが、お主らの敵ではなかっただろう」
感心の声を上げ、まるで味方に接するような口振りで、ポルドから賛辞が送られる。
…考えるまでもないけど、俺じゃなくて黒衣たちに対しての発言。
目の前の人間がそうだと勘違いしているらしい。
閃爆を除去したとはいえ具合は瞬時には戻らず、復調が果たされるには少し時間がいる。
まだ視界が不明瞭なんだろうが、自分たちの勝利を疑っていない様子。
ポルドは歪な笑みを浮かべて視線を外す。
「ふっふっふ、邪魔者は消え失せた。これで全て思い通り、に…」
輝かしい未来を思い描こうとして、しかし再度こちらに向き直ると尻すぼみになって凍り付く。
定まった焦点が俺を捉え、小さくなった瞳孔を大きくして目を見開く。
「な、な…」
「やっと気付いたか」
「なぜ貴様が生きておる!?」
恰幅のある図体が椅子の上で仰け反って音を立てる。
もっと早く俺だと分かってもいいと思うが…鮮明でなくても色の判別くらい付くはず。
あっちは黒、こっちは赤で違いは歴然。
返り血、は流石に無理がある。
まあポルドの中で俺もう故人扱いだったから、その所為で受け付けなかったのかも。
「あやつらはーーぐっ!?」
ポルドが慌てて視線を横へ移し、その先に広がる光景にえずき、手で口を抑える。
意気揚々と俺の排除を命じたのに現場の耐性はないのか…よくあることか。
吐くことはなかったようで、息を整えるポルド。
「っはあ…馬鹿な…あやつらが、たった一人に全滅…?」
「見ての通りだ」
一人で、というと語弊があるけど、わざわざ説明をしても仕方ない。
「殺しに長けた腕利きばかりで、あの人数だぞ…」
「そうみたいだな。でもあいつらは倒れ、俺はこうして無事に立っている。それが現実」
「……」
呆然と確認するような口振りに素っ気なく突きつけると、ポルドは深く椅子に座り込み黙する。
しばらく沈黙が続いたが、状況を理解したらしく諦観を湛えて俺を見る。
「…儂を残したのは、用があるからか」
すっかり消沈して、自分が生かされている心当たりを問われる。
「ああ、聞きたいことがいくつか」
「…聞きたければ聞くが良い」
随分と聞き分けがいいな。
反抗的な態度を取っても、何の特にもならないろと察してるのか。
「そうさせてもらう。今回、お前の目的がシルムだったのは本当か?」
「さっき話した通りだ、前々から目を付けておった」
「改めて気分の悪くなる話だな…クランヌも?」
「…そうだ」
「間があったな、別口か。最初の質問の時点でクランヌもとは言ってなかったしな」
異論を挟もうとしていたポルドは、俺が続け様に言うと口を噤む。
周囲から疑惑を持たれているのにも関わらず、露見することなく隠し通せているのは、黒衣含め協力者の存在によるものだと推察はしていた。
力のあるクランヌをも標的とするなら、なおさら手助けは欠かせない。
「その相手は誰だ?」
「……言えん」
「状況、分かってるよな」
無機質な銃口を向けながら脅しを掛ける。
こっちに銃があるかは不明だが、おおよそ何であるかの見当はつくだろう。
ポルドは一瞥するがしかし、静かに首を振る。
「他言すればどうせ命はない。そういう取り決めなのだ」
「だと思った」
悪事に手を染める以上、外部に漏れるようなことがあれば破滅は免れない。
裏切りは許さず、背いた者に待っているのは粛清。
普通に聞き出そうとしても、口を割ることはないな。
まあ、他にも聞いておきたいことはある。
段の下を尻目に、次の質問に移る。
「黒衣たちとは主従関係?」
「あやつらとは利害の一致で組んでいるだけで、上も下もなく同等だ」
「なら、契約書みたいなのもあるよな」
「…ある。儂の方とあやつらとで一枚ずつな。それぞれ互いが記した書面を持っている」
つまり両方揃えるのが理想的。
こっちの確保はできそうだが、もう片方は難儀しそうだ。
「上手くいったら楔を打ち込むって話だったが、具体的には?」
「それも言えん」
「またか。取り決めってやつか」
「違う、口にすること自体が出来んのだ。そうなっておる」
約定とか秘密以前に、話せない強制力が働いている、ということか?
腹芸は慣れてそうだが、嘘は付いてないように思う。
「じゃあ…魔物の襲撃を仕組んだのもお前か」
「ああ。食い止めるためと、あわよくば始末させるつもりだった。シルムを除いてな」
「ティキアも標的だった?」
「ティキア? 誰だそれは」
「居合わせのは偶然か…やっぱり悪いことをしたな…」
ティキアは責任を感じてたみたいだけど、危険な目に遭ったのはとばっちり。
詳細を伝えられないから、詫び用がないな…。
「あの洞窟で覚えのない黒い線みたいなの見たけど、あれは?」
「何…?」
大人しく応じるだけだったポルドが、唯一この質問には強く反応を示す。
「貴様、あれが見えたのか」
「だから問い掛けてるんだ」
「そう、か…ふっ、そうか…」
なんか自嘲の笑みを浮かべて一人で納得している。
「質問に答えてほしいんだけど」
「…それも、楔と同じようなものだ。儂に話せることはない」
「厄介だな…」
結局、正体は分からず仕舞い、大した情報も得られなかった。
正直、早々に解決したかったんだが。
とりあえず、両方とも似たものということは、調査に引っ掛からない超常の何かだと、念頭に置いておくくらい。
「さて…」
知りたいことは大体聞けた。
根掘り葉掘り行きたいところだが、ポルドばかりを相手には出来ない。
「ま、待て!」
不穏な流れを感じ取ってか、ポルドが流石に焦った様子で手を突き出す。
「もういいのか? 内容にもよるが、正直に話すぞ」
「要らない。そんなに慌ててどうした、不都合なことでもあるのか?」
「い、いや、貴様が今から何をするつもりなのかと…」
「先を急ごうと思ってな。別れの時間だ」
「っ! 頼む、待ってくれ!」
「命乞いは聞かないって言い出したのはそっちだろ」
「命乞いではない! と、取引をしないか? お主の力と儂の予測の力が合わされば、敵なしのはずだ」
予測…ポルドが持っている能力か?
「先が読める…の割には、ボロボロみたいだけど」
「それは! …何故かお主は含まれておらず…だが、幾らでもやり用はある!」
「なるほど」
ローブに掛けてある認識阻害などのお陰で、弾かれていたのかもな。
その俺がシルムたちと関わりを持ってから誤算が生じ始め、排除に乗り出した。
上手く行っていたのは事実ではある。
パン!
「ひっ!」
鳴り響く銃声に怯えた声を上げるポルド。
「へえ、取引を持ちかける相手にこの態度か」
振り返らず発砲し、背後からどさっと二つの物音。
その元は、得物を手に気配を殺して近寄って来ていた黒衣の二人。
終わったと思わせて潜伏を続け、機会を窺っていたようだ。
奇襲が失敗に終わったのと、倒れる姿を間近にしてポルドは泡を食って弁明する。
「わ、儂が命じたのではないぞ! そやつらが勝手に…」
「そっちからは見えてたよな? 止めることは出来た筈だ…こんな真似されちゃ、交渉決裂だな。どのみち受け入れる気はなかったが」
フード越しから冷たい視線を送り、脅威だと明確となった銃を向けて告げる。
もう挽回の余地はないと悟ってか項垂れるポルド。
「…貴様さえ」
その下がった頭から聞こえてくる、絞り出したような怨嗟の声。
ポルドが面を上げ、激情を宿した眼光が
「貴様さえいなければ万事円満に行っていたのだ! シルムを手に入れ思うがままに! 貴様さえーー」
「ーーそれはこっちの台詞だ」
ポルドが見せる傲慢な自信。
あれは今までの実績によって培われたもの。
それらを成し遂げた要因は奴が持ち出した予測の能力で、相応の力を秘めていることが分かる。
同時にそれは選択肢が多岐に渡ることを意味する…が、その中でポルドはよりによって、平然と人を陥れる道を選んだ。
世の為人の為とは言わない、俺も放棄した身。
だが…お前が別の道を選んでいればーー
「お前ら力ある者が、真っ当であればーー」
自然とグリップを握る手に力が入り。
万感の思いを込め、引き金を絞る。
新年の挨拶には遅いかも知れませんが。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
あまり遅くなり過ぎないようにしますね。
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