Firstチャンネル〜怪異〜
Firstチャンネル〜怪異〜
「…であるからにして…怪異は…」
俺と瞳は化け猫の件の後、自分達の事務所へと戻っていた。
小さなビルの3階に位置する小さな1R。
約30㎡くらいの1室の中心には木製の長机が横にして置いてある。
入口から入ってくると、何かの面接でも始めるかのような…そんな感じの場になってる。
しかしここは探偵事務所。
机の両サイドには、それはそれは、ふわっふわの長いソファーがあるし、周りは黄緑の壁紙になっており以外と落ち着いた部屋となっている。
ちなみに事務所名は『何でも怪異探偵事務所』
なんだろうなこのセンスは…。
誰もが一目見て入りたくなってしまうような名前で仕事をしている。
これだけは言っておく…。
俺が決めた訳ではないからな。
しかし、そんな名前に反し1ヶ月に1件から、多い時は5件くらいの依頼がくる。
まぁ…超怪異事件!!名探偵大活躍!!…なんて事は…そんなない。
イタズラや正直どうでもいい相談が正直多い。それでもここで2年間、数々の事件を解決してきたつもりだ。
その一室で俺は客側、瞳は探偵側のソファーに座り、改めて『怪異』について話し合いをしていた。
「おい、視界がぼやぼやしているぞ。聞いているのか竜二??」
そう言う瞳はきっと俺のぼーっとした視界を見ているのであろう…。
2年前と変わらない白髪、肩まで伸びた髪、窓から吹いてくるちょっとしたビル風でフワフワと靡くアホ毛。
胸と身長は成長というものを知らないのか…??いやまぁ…身長は少しは伸びたか…。
初めて会った時は少女だったが…今は女性と言うべきだと思う。…が、まだ幼さは残っている。
「聞いているのかと言っているのだ。返事くらいしろ」
ズイズイと近づいてくる瞳。すると目隠しを片目だけぐっと下ろした。
「うおおおおい!!!こらぁ!!!!俺を殺す気か!!!!」
慌てて俺は目隠しを下ろし露わになろう瞳の片目を自分の手で押さえつける。
「お前がぼーっとしているのが悪い」
意地悪そうに笑みを浮かべながら言う瞳。
ーー瞳の能力は2年前とは違い、大きく進歩した。
「それでも力の使いどころくらい考えろよ…」
「普通の人間なら今の私の力で軽く5回くらいは精神的に死ぬはずなんだが…。お前はやけにしぶといんだよな…」
それは褒めているのか貶しているのか…。
俺はこれまでに何度か瞳の『瞳』を見た時があった。
綺麗な瑠璃色に輝く瞳。
その中心…綺麗さとは裏腹にドス黒い、まるでブラックホールそのものがその瞳に宿っているかのような瞳孔がある。
その瞳を怪異能力も持たない人間が直視し続ければ精神が崩壊してしまう。
ーー決して起きる事はない…というのが今の現状だ。
まぁ…その状態になるまで直視し続ければ…だけどな。多少なら手加減できるらしい。
過去に瞳はこの力を使い10人以上は未だ植物状態のままだ…。
俺と出会った時に倒した雷の使い手もその一人…。まぁ相手は皆、殺人犯とか能力を消しても抵抗してくる奴らとか、理由はちゃんとある。
それに毎回使うというわけではなく本当にどうしてもって時にちゃんと理解しながら使っているつもりだ。それは俺が保証しよう。
「まぁ…お前は相当に精神が図太いってところだろうか」
瞳はクスクス笑いながら答える。
確かに…俺も瞳を直視すれば精神崩壊を起こし植物状態になってしまう。
だが、どういう訳か1日休めば俺は何事もなかったかのように目覚めるのだ。
俺自身もわかっていない事だらけだが本当に精神が図太いだけで済む話なのだろうか…。
独りでにうんうんと悩みこむ俺に痺れを切らしたのだろう。
「そんな事より!!話を続けるぞ」
続けて瞳が怪異の話に戻る。
呆れた俺はしたかなく聞くことにした。
「知ってると思うが怪異の始まりとは…いわば『噂』だ。『噂』が大きければ大きいほど力は強くなる。私とお前が初めて出会った時、砂を操る怪異、警視庁での犯人グループで火と水、雷を操る怪異…いや、あれはほんの小さな『噂』からなる名もなき怪異だ。例えば…火を操る為には『火を纏えばいい』そんな単純で簡単で、嘘のような話…そんな小さな噂…でもその小さな噂でも広まれば十分な力になる」
確かにあの頃、世間ではMr.マジック・プリンスとか言う胡散臭い奴が火やら水やらを自在に操るマジックショーをよくテレビで披露していた。
種明かしとか言ってそんな事言ってた気もするが…。
ふと瞳の発言に疑問を抱く。
「おい、俺は砂の怪異に会ったことないのだが??」
それは2年前…かつて俺が瞳に初めて会った時の事。
とある廃棄に砂を操る怪異能力の奴が当時少女であった瞳を連れて立てこもったはずだった。だが、実際には犯人に会うことはなく、あったのは砂の山と一人の少女…瞳。
瞳の証言から犯人は仲間を殺し一人で逃げたとかで未だ捕まっていないはずなのだが。
「…あぁ…そっか。あいつは私が殺しちゃったわ」
「おい、聞いてないぞ!!てか殺したって!!」
「だって…あの時はあの時で襲われそうだったし、私だって必死だったのよ。正当防衛というやつよ」
そうか。
こいつのコピーで犯人グループを砂にしたって訳か。
「しかし、人殺しはよくねーぞ」
「貴方…武器も持ってなく、目も見えない少女に対して相手は能力者…。私に死ねと言うのかしら??」
「…まぁ…正当防衛…か…」
諦めて納得する。
確かに自分もその状況なら何とか生き延びる為に出来ることは相手を殺してでもするかもしれない。
「…お前って…さ…」
俺はちょっとした興味…いや、瞳の冷淡な態度から聞いてしまったのだろう。
「人を…殺しても何も思わないのか??」
多分、一番言ってはならない発言だろう。
言ってしまった後に、俺は何を言ってるんだと後悔する。
ーー自分への後悔。
ーーパートナーである瞳の心境を疑ってしまう後悔。
でも…しかしだ…。
俺は殺しをした事がない。
当然だろう。例え能力者といっても同じ人間、平然と殺しをやってのける奴らが信じられないのだ。
これまでに俺の人生は殺される瞬間を沢山見てきた。
斬殺、撲殺、絞殺、刺殺、殴殺、毒殺、薬殺、轢殺、爆殺、鏖殺、圧殺、焼殺、抉殺、誅殺、溺殺、射殺、銃殺
だからと言って慣れるものでもない。
ーー本当は恐ろしい。
ーー本当は怖い。
多くの人が死んだ時は身体中の震えが止まらなくなったりする。
それをこいつは…瞳は…まるで俺よりも遥かに…見ている…いや違う、まるで…。
「体験してるわよ…。ずっと…ずっとね…」
瞳がまた俺の考えを先読みする。
「体験…してる…??」
「そうよ。体験してる。だって私の視界は常に、誰かのチャンネルに自動的にアクセスするようになってる。だからあの時は犯人グループが私を見るチャンネルしかなかった。当然ながら犯人を殺すという事は、視界的に自分を殺す感覚になるの…。私という存在が目の前にいて、私が私を殺す…。この能力を手にしてからずっとその光景を見てきた…」
それでも瞳は顔色一つ変えず…口調も冷淡としたまま答える。
ーー次元が違った。
少し前まで便利だなぁ…。なんて思ってた瞳の怪異能力に恐怖を覚えた。
「…殺した後は…どうなるんだ…??」
「真っ暗闇よ。何も見えない。自分がどこにいて、どういう状態で、どういう状況になったのか…わからなくなるわ」
「そう…か…」
「…話が長引いたわね。戻すわよ」
再び、強引に話を戻す。
…いや、戻して正解だろう。
俺は瞳の持つ怪異能力を知らなさすぎたーー。
「…例えば怪異能力を得たいと、大勢が『噂』を実行すれば全員手に入る訳ではない。その『噂』を誰よりも信じる者が手に入れやすいとされているらしいわ。そしてその力も所詮『噂』の怪異…『噂』が無くなれば当然使えなくなるし、例え一人だけで『噂』を信仰しても力を失うのは時間の問題という話よ」
つまり変な話、『噂』一つあれば量産可能な能力があるって事か。
「その程度の能力なら私の瞳で取れるんだけども…強大な怪異能力は取ることはできない…」
それは昔から言い伝えられている怪異物語。化け猫やドッペルゲンガーとかの事だろうか…??
…いや、化け猫は瞳が余裕で能力消してたしなぁ…。
「ちなみに先日片付けた怪異は化け猫ではなく『脅し猫』だったわ」
「え??初耳だぜ。そうだったのか」
「化け猫は通称『猫又』と言われ尾が二本になるのが特徴で、鎌倉の時代から言い伝えられているのは残虐的に殺し、喰らう人間を恨み怨んだ猫が人間を殺すために得ることができる、強力な殺意を源にする力よ」
怪異にも数々の種類が存在する。
能力として得られる怪異があれば、呪いとして憑かれる怪異もある。
勿論似たような怪異と遭遇する事もあるだろうし、まだ解明すらされていない新種の怪異だってきっとある。
「脅し猫は江戸の時代から始まったと言われる怪異ね。『窮鼠猫を噛む』って言葉知っているかしら??」
「…あぁ」
猫の天敵である鼠が追い詰められると死を決して天敵である猫に立ち向かう。要は弱肉強食の理論を覆す行動…といったところか。
「窮鼠猫を噛むの猫バージョンが『脅し猫』と考えていいわ。当時猫は食用にもなってたみたいだし、自身を守る為、大きくなり人を脅した。そんなところね」
「結局その『脅し猫』とやらは強力な怪異ではなかったから取れたって解釈していいのか??」
「そうね。私だって取れる怪異と取れない怪異はまだわからないのよ」
へぇ〜と適当な返答をする。
俺には怪異についてわからん事だらけだ。
瞳は俺に会う前に自身の力や怪異について教えてくれた師がいたらしい…。
新しく能力を、消すのか取るのか分からんが、その能力も師から与えられた…とか。
ごく稀だが瞳と師は俺のいない間に接触をしているらしい。
俺はまだあった事もない、そろそろ紹介の一つしてくれてもいいと思うのだが…。
「怪異の物語は大抵、存在したのか不確かよ…。でも人は実在すると信じ込むと無いはずの存在を作り出してしまう。それが人から人へと語り継がれ…いつしか、本当に実在した物語として残る。そこから生まれる力は想像を絶するし、ちょっとやそっとじゃ怪異としての力を失う事はないわ…。あら…??」
瞳は急に黙り込み暫く静かな空気が流れる。
「…私達の事務所を見てる人がいるわ…どうやら…お客さんね」
そう言うと瞳は立ち上がりせっせとお茶の支度を始めた。
「ほら、もう来るわよ。ドアを開けてあげなさいよ」
「……わーったよ…」
やれやれと座っていたソファーから立ち上がる。
「さてさて…今回のお客さんはどんな怪異をもって来るのやら…」
そして俺は出入口のドアノブへ手をかけた。