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【『オカルト』について 後】

【『オカルト』について 後】



――あ。


「あらら、最後の一本」


――とうとう切れましたね。


「うん、電気がダメってのはほんとなんだね」

「まさか夜の山で明かりをなくすとは思わなかった」

「いっそ提灯でも持ってくればよかったかな」


――すみません。


「まあいいよ」

「別に」

「今夜は月も大きいことだし」






――あの。


「うん?」


――道を。

――わかっているのですか?


「うん」

「まさか適当に歩かないって」

「昼間にね」

「下見しといたんだよ」


――覚えて?


「いや」

「無理無理」

「目印をつけた」

「ほら、あれ」


――?


「近付かないとわかんないかな」

「ほら、これ」


――うわ。

――なんです、これ?

――呪い?


「いやだから目印」

「パンくず」


――鳥も嫌がるでしょうに。


「だからいいんじゃないか」


――まあ、確かに。

――しかし。

――これ、見てるだけで呪われそうですね。

――会長、一周まわって才能があるのでは?


「進路選択の候補に入れておくよ」

「呪い師」






「うわっと!」


――わ。

――大丈夫ですか。

――足は?


「だいじょぶだいじょぶ」

「ちょっと引っ掛けただけ」

「そこ、気をつけなよ」


――はい。

――おっと。


「わっと」

「大丈夫?」


――失礼。

――木に手をかけたら。

――くぼみが。


「どれどれ」

「あ」

「ほんとだね」


――ちょっと驚きました。


「よかったね」

「指折れなくて」


――はい?


「いやさ、こう」

「指がすぽっとハマって」

「躓いて」

「ボキッと」


――それは痛そうだ。


「山には危険がいっぱいだ」

「ところでこれ」

「ちょっと、人の顔っぽく見えるね」






「お」


――看板?

――何ですかね、これ。


「あれ、見たことない?」


――そもそも、この山に入るのが初めてです。

――会長は知っていて?


「うん」

「下見に来たときに」


――なるほど。

――暗くて読めないな。


「大したことは書いてないよ」


――ちなみに、何と?


「この先危険」


――なるほど。

――大したことじゃないですか。


「そう?」

「そうでもないんじゃない?」


――まあ確かに。

――今までもこの先に進んだ人はいるわけだし。

――大したことでもないのかも。


「ほんとにそうかな?」


――どっちなんですか。


「危険と言うからにはそれなりの理由があるものだよ」

「理由がなかったとしても」


――としても?


「この先で危険なことがあれば、その言葉は真実になる」


――怖いことを言わないでください。

――というかそんなのは。

――毎日世界が滅びると言い続ければ。

――いつかは当たるとか。

――そういう話でしょう。


「まあね」

「だけどまあ」

「まぐれ当たりを運命と呼ぶことも」

「ある」

「かも」






――あ。

――そういえば。


「何?」


――結局。

――会長はオカルトのことを。

――何だと思っているのですか?


「ああ」

「そういえば、お楽しみとか言ってたっけ」

「聞きたい?」


――ええ。

――できれば。


「認知」


――認知?


「認識でも何でもいいよ」

「主観」

「主観的観測者」

「それの発する混乱」

「それがオカルト」


――というのは。

――つまり?


「たとえばさ」

「目の前に幽霊がいたとする」

「……マジでいるかも」


――確かに、いてもおかしくなさそうではありますね。


「それを俺たちふたりが見たとする」


――はい。


「オカルトだろ?」


――オカルトですね。


「しかしさらにたとえば、君が知っていたとする」

「自分がしょっちゅうありもしない幻覚を見る人間だと」


――それは。

――なんとも、とんでもない私ですね。


「そう?」

「眠いときとか、よく幻覚見えたりしない?」

「金縛りとかは?」

「ない?」


――ええ。

――あまり。


「そう」

「君って」

「ちょっと変わってるね」

「まあいいや」

「君が実際にどうかってのは関係なくて」

「たとえばの話だからね」

「で、そんなとき」

「目の前に立っている幽霊を、オカルトだと思う?」


――いえ。

――幻覚だと。

――そう思うでしょうね。


「うん」

「そういうこと」


――つまり。

――目の前の事象に対する、その他の説明不能の認識が。

――オカルトだと?


「うん」

「科学でも何でも」

「一般に、隠されたものでない知識によって」

「説明不能であること」

「それがオカルト」

「だと」

「俺は思ってる」


――なるほど。

――ん?

――あ。

――やっぱり違います。

――思いません。


「うん?」


――幻覚だと、です。

――だって、見たのはふたりで、でしょう?

――ひとりの幻覚では。

――説明がつきません。


「ああ」

「だから」

「主観的な話なんだよ」


――?


「別に俺が同じように幻覚を見てようが」

「君を気遣って、見てもないものを見たと言っていようが」

「それは君にはわからないわけ」

「だから」

「他者なんていうのは」

「知識と同じで」

「ただの説明要素なわけ」


――それはつまり。

――主観的観測者以外に。

――意識は存在しないと?


「いや別に」

「他者の意識の実在不在の話じゃないんだけど」

「ただ語り手にはそれを観測する力がないって話で」

「しまったな」

「ふたりで、なんて言うんじゃなかった」

「なんで言っちゃったんだろ」

「ふたりだからかな?」


――ええ。

――私も、よくわからなくなってきました。

――そもそも、他者との認識の共有によって、夢の中だという可能性を否定するなら。

――それはオカルトだと言うことですよね。


「いや、だから」

「俺が言いたいのは、認識の共有自体が主観的には不能だっていうことで」

「ん?」

「夢の中?」

「そんな話してたっけ?」


――あれ。

――ああ、幻覚って話だったんでしたっけ。

――あれ。

――私、今。

――夢の中なんて、言いました?


「言ったよ」

「ううん」

「やっぱり」

「夜中に話しても」

「いいことなんか、ひとつもないね」

「眠いし」

「ふわふわするし」


――ええ。

――私も。

――だいぶ、ぼうっとしてきました。


「そろそろ幻覚が見えるかもよ」


――勘弁してください。






「うっひょう!」


――わ。

――なんですか。

――びっくりするなあ。


「いやいや」

「びっくりしたのは俺だよ」

「ここ」

「これ」


――なんですか?


「水たまりになってるんだよ」


――え?

――雨なんて降りましたっけ。


「さあ」

「びっくりしたなあ」

「暗くて全然見えないし」


――これだけ暗いと。

――足元の見えないところも、出てきてしまいますね。


「暗いと困るな」

「ライトを点けよう」

「なんつって」

「わはは」


――。

――そうですね。

――もうありませんが。


「わはは」


――。

――――。


「そういえば」

「暗闇の鏡に何が映るかって」

「考えたことある?」


――何も。

――映らないでしょう。

――光がないのですから。


「確かに」

「でも」

「ほんとにそう?」


――それはそうでしょう。

――そういう風に、できているんですから。


「どうかな」

「案外」

「見たこともないような」

「怪物が」

「映ってるかもしれないよ」


――だとしても。

――見えませんから。

――あ。

――これ。

――さっきの話に似てますね。


「まあ」

「俺はいつも同じことを考えて」

「同じ話ばかりしてるからね」


――そう言われると。

――私も。

――そんなことばかりしてるような気がしてきました。


「て」

「立ち止まっちゃってるや」

「早く行こう」

「あれ」

「でも」


――なんです?


「池かも」

「これ」


――ええ?

――下見は?


「したんだけど」

「あれ」

「迷った?」


――え。

――どうするんです?


「ふふ」

「どうしようもない」

「ま」

「とりあえず」

「歩こっか」






「おー」


――おお。

――眩しくてよく見えないのですが。

――なんですか、これ?


「なんだろね」

「近付いて見てみる?」

「たぶん危ないと思うけど」


――危ない?


「いやほら」

「明るさが全然違うからさ」

「これ見た後に山道に戻ったら」

「間違いなく、何も見えなくなってるだろうね」


――早く言ってください。

――もうだいぶ見てしまいました。


「ならいっそ開き直ってみれば?」

「俺はずっと目を瞑ってるから」

「片方が見えてれば何とかなるでしょ」


――ですか。

――では遠慮なく。


「で」

「それ何?」

「苔?」

「虫?」


――いえ。

――どちらでも、ないような。

――硬い。


「硬い虫もいるけど」


――そういう感触では。

――石。

――砂?


「あれ」

「もしかして」

「あんまり見えてない?」


――はい。

――ちょっとこの光は。

――強すぎます。


「そう」


――行きましょうか。


「もういいの?」


――ええ。

――何だかよくわかりませんでしたし。

――まあ。

――気になると言えば、気になりますが。

――ちょっと、異様な光景ですし。


「まあ確かに」

「変わった光景だよね」

「でも」

「それを言うなら」

「空が青いのだって」

「変に思えてくるな」


――そうですか?

――まあ、言われてみれば。

――そもそも、色の存在自体が。

――え。


「ん?」


――あの。

――これって。

――現実にあっていい、光景なんですか?


「さあ」

「あっていいのかは」

「知らないよ」

「ただ」

「あるよね」


――ありますか。


「今あるでしょ」

「目の前に」


――ありますね。


「うん」


――ありますね。


「あるよ」

「うん」

「行こうか」


――はい。






――それにしても。

――随分と、歩いているような気がしますね。


「そうだね」

「だから」

「そろそろ着くんじゃない?」

「頂上」


――ですか。


「うん」

「うん?」


――いえ。

――何だか。

――永遠に辿り着かないような気がして。


「そんなわけないって」

「永遠なんて」

「世界に許されてないよ」


――それは。

――どういう意味で?


「え?」

「さあ……?」


――さあ……?


「いや」

「知らないしね」

「わっぷ」


――どうしました?


「蜘蛛の糸」

「うわー」

「前後交代しない?」


――道がわかりません。


「だよね」

「あ、でも」

「俺ももうわかんないや」

「交代しない?」


――…………。


「あ、いや」

「別に嫌ならいいよ」

「ごめんごめん」


――すみません。


「いーのいーの」

「前を歩いて道を作るのが」

「先輩の役目だからね」

「あ」

「今」

「いいこと言ったんじゃない?」


――はい。


「ふへへ」

「でしょ」

「わっぷ」


――大丈夫ですか?


「うわー」

「大丈夫だよ」

「でも」

「うわ」

「髪にも」


――やっぱり、私が。


「いーよいーよ」

「もうこんだけくっついたら」

「諦めもついた」

「わはは」

「ところでさ」


――はい?


「蜘蛛の巣にかかるってことは」

「ここ」

「下見のときには通ってないってことだよね」


――大丈夫なんですか?


「うん」

「平気だよ」

「辿り着くところはひとつ」

「山の頂上はひとつなんだから」

「だよね?」


――え。

――はい。

――たぶん。


「…………」


――………。






――あの。


「言いたいことはわかる」


――寒い。

――ですよね。


「俺たちはひょっとすると」

「高山に」

「登っていたのかも」


――ちょっと。

――我慢のきかないくらいの寒さですね。

――これだけ歩いてるのに。

――歯の根が。


「夏はいいかもね」

「この行事さ」

「夏にやったら?」


――私の一存では。

――何とも。


「うん」

「知ってた」

「さむー」


――ええ。

――寒い。

――寒い、ですね。


「寒すぎて」

「寒い以外のことが」

「考えられない」

「すると」


――すると?


「人は」

「どうなる?」


――いえ。

――知りませんが。


「人はね」

「寒がる」


――はあ。

――そうですね。


「そうなんだよ」

「そうなんだけど」

「遭難じゃなかったみたいだね」

「わはは」

「着いた」


――え。

――ここが?


「うん」

「頂上だ」


――ええっと。

――あ。

――これが、門ですか。


「目的達成?」

「後は帰るだけ?」


――いえ。

――これを。


「何それ」


――さあ。

――中身は知りませんが。

――ただこれを。

――中に。

――置いて来いと。


「へえ」

「それ」

「俺も一緒に入っていいの?」


――特に何も言われていませんので。

――大丈夫なのではないかと。


「そっか」

「よかった」

「あ」

「そういえばさ」


――はい。


「大丈夫なの?」


――え?


「いやほら」

「山が駄目って」

「そういう話だったじゃん」


――その。

――正直言うと。

――あまり。


「だと思った」

「息切れすごいし」

「動悸は?」


――かなり。


「そう」

「無理しないでね」

「俺が前歩くよ」

「ちゃちゃっと終わらせよう」


――ありがとうございます。


「任せておきなさい」






「結構軋むね」

「床板、腐ってたりして」

「しかも」

「中に入っちゃったから」

「月の光もないし」

「何も見えないし」

「いやほんと」

「何にも見えないね」


――ええ。

――あの。


「ん?」

「手、繋ぐ?」


――いや。

――それは。


「肩でも裾でも」

「持ってていいよ」

「危ないし」

「ていうか」

「ヤバそうだったら」

「引っ張って」


――はい。


「うん」

「おわ」


――え。


「いや」

「早速今」

「床板踏み抜きそうになった」


――やっぱり。

――私ひとりで。


「いや大丈夫」

「ただ」

「君も気をつけてね」


――はい。


「うん」

「もっと奥?」

「結構深いね」


――ですね。

――どういう構造になっているんでしょう。


「うーん」

「そんなに広い感じには」

「見えなかったんだけどな」


――外からは。

――結構小さく見えましたよね。


「うん」

「どこまで続くんだろ」


――ええ。

――どこまで続くんでしょう。


「もっと奥?」


――ええ。


「もっと先?」


――はい。


「もっと」

「もっと」

「もっともっともっともっと」

「もっと?」

「あ」

「あれ?」


――あ。

――あれ。

――っぽいですね。


「だよね」

「これ」

「だ」

「やったね」

「ゴール」


――はい。

――あとは。

――帰るだけ、ですね。


「うん」

「じゃあ特に用もないことだし」

「さっさと」

「ん?」

「どうかした?」


――いえ。

――たぶん、ここに置くんだと思うんですが。

――この箱は。

――何かな、と。


「箱?」

「うん」

「箱だね」

「え」

「気になるの?」


――あ、いえ。

――ただ、特に聞かされてなかったものですから。

――だからその。

――もしかして、この中に。

――これを。

――入れるのではないかと。


「ああ」

「そういうことね」

「じゃあ開けよっか」


――え。


「え」

「ダメ?」


――いえ。

――いいと。

――思うんですが。

――ただ、その。

――お気をつけて。


「うん」

「よいせ」

「お?」

「うーん?」


――。

――――。

――何ですか。

――これ。


「何でしょう」

「ひょっとすると」


――すると?


「小さな神様」

「知らない生き物」

「妖怪」

「妖精」

「お化け」

「幽霊」

「さあ」

「何でしょう?」


――と。

――言われても。

――私には。

――さっぱり。


「うんうん」

「そうかそうか」

「ところで」

「顔色が悪いんじゃない?」


――はい。

――ちょっとこれを見たら。

――気分が。

――あれ。

――私の顔。

――見えてます?

――暗いのに?


「そんなこと言うなら」

「おおっと」

「それは別に良くて」

「もしかして君が駄目って言っていたのは」

「これなんじゃない?」


――言われれば。

――そんな気も。


「してきたろう」

「そうだろうそうだろう」


――あの。

――会長。

――何を?


「うん?」

「うん」

「君はこの」

「箱の中身が何だかわからなくて」

「持って来たものの中身を知らなくて」

「それを置いてくる以外のことは言い聞かされていない」

「だよね?」


――え。

――はい。

――そうですが。


「そうかそうか」

「それなら」

「食べてしまおう」


――な。

――え。

――何を。


「いただきます」


――あ。

――。


「ごちそうさま」


――――。

――え?

――会長。

――何を?


「さて」

「君は」

「何かを感じた」

「何かを見た」

「けれど、それが何かはわからなかった」

「そうだね?」


――――はい。


「そしてそれは今」

「すっかり俺が食べてしまった」

「そうだね?」


――――はい。


「だから」

「君がこれから」

「この真相を知ることはない」

「不可能だ」

「とすると」

「これがオカルトだったのか」

「それすらもわからない」


――。


「だからね」

「語り手になる君が観測できなかったということは」

「つまりね」

「うん」

「ああ」

「そういうこと」


――。

――――。

――――――。


「」

「」

「」

「帰ろっか」


――はい。

――あの。

――会長。


「ん?」


――あれは結局。

――何だったのです?


「え?」

「そう来るか」

「うん」

「でも」

「なるほど」

「うん」


――あの。


「うん」

「だからね」

「つまりさ」


――つまり?


「きっとね」




 そんなもの、初めからなかったんだよ。




(『前』文:私)

(『後』文:私)

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