【身代わり】
【ハムスターソース】
ご想像にお任せします。
【体内に卵を宿した生物 VS 物理攻撃 ―最後の戦い―】
ご想像にお任せします。
↑みたいに不快なタイトルを大量に生産する方針でいこうと思ったが、書いてる途中で自分自身気分が悪くなってきたし、そもそもそんな大量に思いつくわけもなかったので、以下、普通に書く。
【身代わり】
ゴスロリを着て街を闊歩しているせいかそういうのの専門家だと思われて困る。
突然「助けてください!」とか知らない人が駆け寄ってくると、俺が助けてくれという気分になる。ゴスロリを着てるやつが全員黒魔術の使い手だと思ったら大間違いだし、そもそもどういう頭をしていればそんな発想が浮かぶんだ。
別に幽霊を信じていようが超能力を信奉していようが口からプラズマを吐こうが俺に関わりのないところでやってくれればどうでもいいんだが、何でか知らんがそういうのばっかりよいよい寄ってくる。年中ハロウィンみたいな生活だ。
今回はそんな駆け込み「助けてください!」事案の中で特に印象に残ったひとつを抜粋し、脚色し、歪曲してここに記す。
昼下がりだった。俺はたまたまキャンパスで同期のKと顔を合わせ、ちょうどふたりとも昼食がまだだったので、一緒に食べるかという話になった。と言ってもKの方は午後からも予定があるようで、なら学食か、と中央広場の方にとりあえず向かうことにした。
すると突然スカートの裾をつかまれる。
「助けてください!」
振り向いて見た声の主は、ブレザーを着た中高生だった。ここでは高校生としておこう。ちなみにスカートを穿いていた。
なぜ大学キャンパス内に高校生がいるのか、不思議に思うかもしれないが月大では日常茶飯事で不思議でも何でもない。修学旅行なんだかキャンパス見学なんだか、それとも近隣中高の生徒たちが学食に食べに来ているのか、定かではないが常にキャンパスには中高生がたむろしている。
はっきり言ってしまうと、この時点でめんどくせえ、と俺は思っていた。写真撮ってくださーい、とかそういう頼みですらめんどくさい。道案内が許容範囲ギリギリだ。だから振り払って食事に行こうと思ったのだが、同行者がそれを許さなかった。
「何かあったのかな?」
爽やかな笑顔で話を進めようとするK。おい、と咎めると「人を助けたい」とキラキラした笑顔で言った。断言するがこれは明らかに純粋な善意からくる行動ではない。「自分より弱っちい人間の望みを叶えて優越感に浸りたい」というのが本音だと思う。そういうやつだ。
「わた、わたしたち、修学旅行で来たんですけど」
そんなやりとりをしている間に女生徒は話を始めてしまった。ちなみにこのとき時刻は13時を過ぎており、俺はさっさと済ませて食事がしたかった。
話を聞いてみると大したことではなかった。本当に大したことではなかった。
中央広場のあたりで記念撮影したら心霊写真が撮れてしまったと、たったそれだけの話だった。
高校生にもなって心霊写真ごときで泣くなよ、と思った。
かなり見慣れていたからというのもある。前年度のオカ研活動内容は適当にふらふら歩いて適当に写真を撮ってみたいな感じで、まあどいつもこいつも無意味が大好きなのでろくろくまともな写真は集まらなかったが、なぜか半分くらいが怪しい写真だった。おそらくアルバム丸ごとオカルト番組に送り付ければ24時間特集が組める。写真上だけで確認できる謎の顔面や白い手が世に溢れている。
そのときも例に漏れず、空中浮遊する誰のものでもない老人の顔が写真に映っていた。食傷気味だったのと空腹だったのもあり、投げやりに、
「ただのコラージュだろ」
と言うと、もっと泣かれた。「なんでそんなこと言うの」とかそういう声が嗚咽に紛れて聞こえてきた気がする。ゴスロリを着ているだけでただでさえ注目されるというのに、中央広場のど真ん中で女生徒を泣かせているとものすごい量の視線が集まる。なんでこんなことするの。Kは隣でにやにやと笑っている。
仕方ないから、丸め込もうと思った。
「撮影モードが悪いだけだ」
俺はさりげなくその心霊写真の映るデジカメを取り上げて、何か操作しているふりをした。実際のところは機械音痴なのでメニューらしきものを開いたり閉じたりするだけだったが、その間にここは日当たりがいいから感光がなんちゃらとかそれらしく適当なことを並べ立てた。
これで直ったはずだ、と何をしたわけでもないデジカメを返した。信用ならなそうな顔で高校生たちはそのデジカメを見つめていた。何よりである。この程度のもので安心するようではとても生きていくのは難しい。この程度のもので不安になったりしなければもっと良いのだが。
「あの」
一番冷静を保っていそうな感じの生徒が、そのデジカメを再び渡してきた。
何でも、不安なので一度同じところを撮って確かめてみてほしいとのことだった。図々しい。図々しいが人生を上手くやるタイプの人間だろう。このあたりで成功体験の増加に寄与してその路線でひとりの成功者を生み出すのも悪くない選択かもしれない。溜息をつきながらそれを受け取ると、すみません、とその子は頭を下げた。図々しいが礼儀は正しい子だったと思う。だから若干ここから自分がしたことについて心苦しい気持ちにもなるが、よく考えてみれば俺には一切この話の解決に尽力すべき理由はなく、ゆえに何の責任も負うところではない。
撮った場所というのは普通に講堂の前だった。あまりにも普通すぎる選択だ。観光客が10人来たとして、9人が同じ場所で写真を撮るだろう。が、別に面白かろうがつまらなかろうがどうでもよかった。
はい、チーズ、と虚空に語りかけてシャッターを切った。はい終わり、とデジカメを返そうとして、いやその前に中身を確認しなよ、と腹立たしいことにKがまともなことを言って、代わりにデジカメを受け取る。
メモリを確認した。
顔が14個に増えていた。
ひい、とかひぎゃあ、とか、あまり日常生活で聞くことのない声が高校生たちから上がった。ちなみにKはと言うと爆笑(誤用)していて、俺も釣られて笑ってしまっていた。たぶん傍から見ると最悪の構図だったのではないかと思う。
よほどツボにハマったらしく、笑いすぎで目に涙を浮かべながらKは携帯で講堂前の写真を撮り始めた。1枚や2枚ではない。100枚単位で連写していた。俺もやろうかと思ったが、それは最低の行いに思えたので、いたたまれない気持ちで沈みゆく高校生たちの気分を見つめていた。せっかくの修学旅行なのに。貴重な体験と言えば貴重な体験かもしれないが。
「あれ?」
とKが声を上げた。なんだよ、と聞くと、写らない、と答えた。携帯を覗き込む。何の変哲もない講堂だけが写っていた。
ほほう、と試しに自分の携帯で撮ってみる。夥しい数の同一の顔が写る。特に怪奇現象でなかったとしても純粋に気味悪くなる絵面だった。
ほほう、とKは俺の携帯を覗き込み、怯え続ける高校生たちに、「自分で撮ってごらん」と促した。当然ながら高校生たちは渋っていたものの、言葉巧みに言いくるめられ、結局まずは先ほどの一番冷静を保っていた子から写真を撮ることになった。
答え、写らない。
ほんの少し気分が上向いたらしく、デジカメがどんどん手渡されていき、次々に講堂の写真が撮られていく。
誰の写真にも、その顔は写らない。全員終わって、Kが俺にもう一度携帯で写真を撮るよう促した。
しかたないので撮った。
もはや顔以外のものが写っていなかった。
声ならぬ叫びを上げた高校生たちに、しかしKは心底良い笑顔で親指をグッと立てて、
「問題解決!」
と。
高校生たちはしばし呆然としていたが、そのうち意味を理解したのか顔がパッと明るくなり、ありがとうございます!と言い残して立ち去っていった。
立ち去っていった。
薄情にも。
ほんのり期待を込めてもう一度シャッターを切った。もはや写らないということはなかった。
「おい」
とKに声をかけた。「良いことをすると気分がいいね」とKは言った。
ふざけんな。
以上、つい最近あった出来事である。
余談だが、俺は心霊現象や怪奇現象の一切を、心の底からは決して信じないことにしている。
その理由は……、ご想像にお任せします。
(文:ゴス川ロリ太郎)




