たとえばこれが非現実だとして
ごくごくありきたりな日常。
朝起きて支度をして、家を出てスクバに乗って。
学校でいつものように授業を受けて、クラスメートと挨拶を交わして、お昼を食べて、友人と会話をして、さようならをして。
いつものように部活にいって、時々コンビニに寄って週末はバイトに行く。
それが私の日常だった。
テスト前はなんだかんだで机に向かったり、たまには高校生らしくはしゃいだり、バイトでやらかしてへこんだりしたりそうやって毎日を送っていた。
家のことは面倒くさかったけれどやりたいことがあってそれを叶える為なら多少の犠牲は構わなくて。
今の生活がつまらないだとか辛いだとか嘆くクラスメートがいるのだけれど、お前の頭の中お花畑なの?普通の生活ができてて、都合のいい彼氏もいてこれ以上何を望むの?ねえ?
当たり前の日常を送れることほど幸せなことはないだろうに。一体どこまでいけばその器は満たされるのか。
けれども僅かに、ほんの僅かに望む私がいるのだ。
経験したことのない非日常を。
「そう思っていた時期が私にもありました」
誰も居ない白が埋め尽くす空間で私は呟いた。
あまりの白さに圧迫感を感じつつも現実では有り得ない展開から、これは夢だと自己完結する。
夢にしてはやけに意識がはっきりしていて頬をつねってみても痛かったけど夢だろう。
「さて寝るか」
「起こした矢先に寝ようとすんのやめてくんないかな!?」
やたら白いというか白でしかない空間に声が響く。
咄嗟に辺りを見舞わしてみたものの姿は見つからずまたしても夢という結論にたどり着いた為、まあいいかとその場に仰向けに寝転んだ。のだが、どうしよう見なかったことにしたい。
「やあ」
幻聴、だろうか。いや幻聴であってほしい。
「ちょっと無視しないでよ」
「おやすみ。出来れば二度と話しかけてこないで」
「おやすみー……って違うから。起きて、ねえお願いだから起きて」
うるせーなぁおい。
ううんと仕方なく体を起こすと目の前に青年が立っていた。黒いシャツに黒のズボン。顔立ちは日本人だが無駄に整っている。年は大学生か。うーん知らない人。ストーカーかな。夢にしてはリアルだなぁと思いつつ青年に耳を傾ける。
「やあ、やっと起きてくれたね」
「ぐっもーにん?」
「はい、おはよう」
ふへーおはようございますとペコッと頭を下げると青年は人の良さそうな笑みを浮かべる。うん全く記憶に無い。こんなストーカーいた?新入り?うん?
というかここは何処だ。呑気にしている場合ではないと我に返る。
「君だけの為の世界だよ」
どうかな、と青年が微笑む。発言がちょぉっと痛い。あれまじでストーカーかよ。というか初対面にして監禁ルート?あっちゃー……どうするよ、私。
「先ずは落ち着いて話を聞いてくれないかな」
いつの間にか現れたテーブルセットとティーセットに一瞬驚いたものの取り乱すほどではない。丸いテーブルの上にはミルクティーが注がれたティーカップとワンホールの苺タルト。
まさかの初対面にして好物知られてるっていうね。ストーカーの執念嘗めてたわ。
「お味はどう?」
めっちゃ美味しいです。この状況じゃなければこの上なく喜んでるよ間違いなく。とは言わずに無言で食す私。
「うーん……悶々と考えるのはいいけど、喋ってくれるかい?」
「おかわりある?」
「君が望むなら直ぐに用意するよ」
痛い。発言が一々痛い。新種のストーカー?
与えられた苺タルトを咀嚼しながら思案する。こいつは一体何なんだ。
「まあまあ座ってよ。君が冷静なのは俺達としては嬉しいけど喋ってくれなきゃ始まんないし」
「そんなことよりおかわり」
「そしたら話聞いてくれるかい?」
おかわりを請求するとストーカーは困り顔で此方を見つめてきた。そんな顔でこっち見んなし。このイケメンが。
「いひおぅきいてあげまふ」
「それは助かるよ。さあどうぞ」
「ふぁああいあふがとうござひまふ。おふぁなしくだふぁい」
一応おかわりをくれたのだからと咀嚼しつつ一言お礼を言ってどうぞお話くださいと付け加えた。
「ありがとう」
なにそんなに話聞いてもらいたかったのこわ。微笑むストーカー。ちくしょうイケメンめカッコいいなおい。
せめてその見目麗しい容姿だけでも目の保養にし目に刻みつけるべく私は大人しく青年に目をむける。
はあああああああイケメンつよいわさいこう。そんな邪な思考を知ってか知らずか青年は言いづらそうに、どこか申し訳なさそうにそのやけに整った顔をくしゃくしゃに歪ませてはっきりと口にしたのである。
「単刀直入に言おう、君は死んだ」
ああ、そう、へえそうなんだ。咄嗟に口から零れたのは曖昧な言葉たち。なんとも言い難い感情が背筋を駆け抜けていく。
「ふーん。へえ、そうなのやっぱり死んだんだ」
でもどうしてだか後頭部を殴打されたようなという表現には衝撃には程遠かった。
why?わたしが、どうして?そんな感情は一切沸いてこない。 驚きすらなかった。私が取り乱すとでも思っていたのか青年は申し訳なさそうな顔から困惑の表情に染まっていく。
「ふーんって君、状況判って…………」
「判ってる。判ってるよ馬鹿にすんな」
あんだけ吹っ飛んだんだぞ。激なんかじゃおさまらないほど痛かったんだぞ。あれで夢オチでしたなんて展開だったらむしろゆるさねえわ。言葉では表現しがたい痛みを思い出して咄嗟に背中を擦る。
「そう、だよね。流石にあんな死にかたじゃあ判らない筈ないよね。君には本当に申し訳ないことをしてしまった」
「細かい事情は知らないけどね。でもなんでお兄さんが謝るのさ」
その顔じゃまるでお兄さんが私を殺したみたいじゃあないか。
俯き気味にぽつりとぽつりと申し訳なさそうに言葉を発する唇にはじんわりと血が滲んでいる。
「違うんだ朱」
細かいことはわからなかった。
でもただ、その微妙な表情の変化から何か事情があることだけは汲み取れた。青年は困ったように、そして申し訳なさそうに、そしてまたどこか許しを乞うように言葉を紡いでいく。
「違うんだよ、殺したみたいじゃあないんだ」
僕が殺したんだ。この手で殺してしまったんだ君のことを。
徐々に薄れていく言葉は後半聞こえなかったがただはっきりとその唇はその言葉を口にしたのだった。
「へーそうなんだ。で、なに」
「へーそうなんだって……君は本当に状況がわかってるのかい」
お前は正気かとでも言いたいのだろうか。ワントーン声が低くなる。失礼だな、正気ですよ。超正気。なんて目で私を見るんだこいつは。
ま、そんなことはどうでもいいかと淡々と流し黙々と食べ進めた結果空になった皿を突き出して私は一言青年にそう言った。
「そんなことよりお代わりはよ」
信じられないといった顔で青年は私を見た。