紫套の呪術師と祝福されし将軍様
日々読み専として楽しませて頂いております。なろう様と投稿者の皆様へ感謝を。
呪術。呪う術と書いて呪術。
さて、アナタはこの『呪う』を何と読んだだろう?
それが『のろう』であれば50点だ。一般に呪術とは負を振り撒く外法と思われているが、正しくは『まじなう術』。日々を素敵に彩る『おまじない』から、武器に力を込める『付呪』、そして勿論森羅万象の根幹を揺るがす『呪い』まで。
正しく用いれば正しく報う。祝福と表裏一体の術、呪術とはまさに因果応報の体言者なのだ。
──『リジア呪術教本、序文より抜粋』
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「では、代金として銀貨2枚。確かにいただきました。次は異なるご用件での御利用を願います。」
凄い『ご利用ありがとうございました』の挨拶だけど、誰だって呪いの操作なんか頼みたくないからこれでいい。
『活力減退の呪い』を受けていた厳ついオジサン──今回は『二度寝をすると半刻以内に起きてしまう、幸せを妨害する呪い』に付け替えた──は、「気をつけよう」と苦笑しながら席を立った。
なんだその呪い、と思うかもしれない。事実、最初同席していたオジサンと同じパーティーの弓師の少年には目を剥かれた。
解呪は疲れるのだ。簡単な呪いでも料金として銀貨5枚は貰わないと割に合わない。
銀貨5枚は決して安くはない。なので冒険者ギルドで商売する時は呪いの上書きで対応するのだ。
今日の稼ぎは銀貨4枚と銅貨5枚。気分は良い。呪いの操作だけでなく、久しぶりに『おまじない』を頼まれたから。
気分は良かった。二人の身なりの良いイケメンが相談席にやってくるまでは。
「ここに腕の良い呪術師が居ると聞いた。お前が紫套の呪術師だな?」
──あ、コレきっとめんどくさい奴だ。
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目の前の相談席には精悍な印象を与える黒髪のイケメン。身なりはよく、胸には幾つかの徽章。恐らく、軍属のエリート貴族。
もう一人は切れ長の碧眼が怜悧な印象を与える銀髪のイケメン。こちらも身なりはよいが席に着かず後ろに控えている。
イケメンオーラで目がやられそうである。この場に従姉が居たなら「乙女ゲーか!?イケメンマストダイ、ノーマーシィ」とか訳の分からない事を言い出してるかもしれない。
現にギルドカウンターのお姉様がたの視線が熱い。面倒事の匂いしかしない。
私は人並みに、平和に生きたい…呪われた身には過ぎた願いではあるけれど。
「この御方はアードレイ伯の三男にして国防の軍神との誉れ高きライハルト様である。」
あー、うん。聞いたことある。黒髪の鬼神、国防の軍神。先の国境防衛戦で名を上げ、しかも婚約者も居ないとされる、伯爵様の三男坊。今をときめく乙女達のヒーロー様である。
…で、そんな御仁が呪術師に何の御用なのだろうか。
「おい、呪術師。貴様、何時まで無礼を働く気だ?いい加減にフードを取れ。」
銀髪イケメンが威圧を飛ばしてくる。フード取って帰っちゃダメかな、駄目だよねえ…。
「フードを取れば呪いを振り撒きますゆえ、ご容赦願います」と答えれば、銀髪イケメンの目がつり上がる。
いや、嘘だけど。取っただけじゃ呪いは出ないけど。
「良い。此方はお願いする立場だし、何とかしたいと思っているのはお前だろう?」
軍神様のフォローが光る。こりゃ人気出るわ。見た目良し、地位良し、性格良しだ。
何で婚約者とか浮いた話がないのだろうか。こんな優良物件、社交界の華達がほっとかないと思うんですが。
「貴様にはライハルト様の呪いを解いて貰う。この方はどうやら人に愛を囁けない呪いにかかっているらしい、と言うところまでは手の者で分かっている。
だが、呪いを解くまでは至らなかった。三男故に子がなせずともよいとライハルト様は仰っておられるが、ライハルト様であれば新しく家を興すことすら出来るだろう。その時になっては遅いのだ。」
ほうほう、なるほど。素っ気なくしか出来ないから婚約者もできないのか?
どれ、呪いを看てみますかね?
──これめんどくさい。果てしなくめんどくさい。でも説明しないとねぇ…
「呪いを看させて頂きました。結論から申しますと、こちらは解除しないのが正解でございます。」
銀髪イケメンの片眉がつり上がる。威圧感が凄いが何も言って来ないので続ける。
「ライハルト様にかけられているモノは呪いではなく、戦女神からの祝福にございます。好機を得やすくなり、矢を避け、戦勝に導くモノ。それもかなり強力な祝福にございます。代償はご承知でございましょう。」
銀髪イケメンはがっくりと肩を落とし、軍神様はそれをポンポン叩いて慰めている。
凄く「以上です」と言いたいけれど、まだ言わなきゃいけないことは残っている。
「ですが──戦女神に奏上し、代償を変更していただく方法もまだ「本当か!?」」
銀髪イケメン、浮き沈み激しいなぁ。
「金貨の用意がある、やってくれ頼む!」
必死だ。席の軍神様に目を遣ると、鷹揚に頷いた。契約成立である。
どっこいしょ、と携帯祭壇を取り出す。これのお陰で教会やら聖地やら儀式の地やらに行かなくて済むのだが…
「何というか、あまり神聖な感じがしないな?」
「呪術師ですので。あまりに神聖な物にしてしまうと荒ぶる神に嫌われてしまいます。」
ふーん、そんなものかーと気楽な軍神様。本当に御本人はどうでもいいんだなぁ。
さて、始めよう。かしこみかしこみ…
『ハーイ☆こちら戦女神よー☆』
『あーもしもし、戦女神様。こちらのイケメン様が女の子に興味がもてないってことで従者が嘆いてるんです。どうにかなりませんか?』
『えー!?戦勝の祝福よ!?約束されし勝利のなんちゃらよ!?私が祝福したイケメンなんだから私だけを見てくれないと嫌よ!
旦那は娘っこばかりに加護を渡して感謝されてるのに私は何で許されないのよ!』
うわめんどくさい。そして戦神様、浮気に見える行為は慎んでいただきたい。
『女神様。偉い人は言いました。』
『何よ。』
『イケメンは世の宝であると!そのイケメンの系譜が途絶えて良いものでしょうか、いやないでしょう?』
『それはそうだけれど、私だってチヤホヤされたいのよ!』
『分かります。ですので、定周期での神殿への礼拝と、戦の前の祈り。そして死後に傍にお召しになるというのは?』
未来を売り渡している気がするが、現世利益最優先である。
『…その子の領地に私の神殿がないから、新しく建立すること。
本当に気に入った相手だけ、愛せるようにするわ。政略結婚とか許可しないし、恋人も私への祈りを捧げないと駄目なんだからね!』
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──王国歴187年。世に軍神と謳われたアードレイ伯爵家の三男、ライハルトはその戦果を持って新たに家を興すことを許されると、本人が建立した戦女神の神殿にてジルダス侯爵令嬢アンリエッタとの婚礼を執り行った。
時にライハルト22歳、アンリエッタ6歳のことであった。
ある呪術師は「本人はロリコンだったか」と呟いたと伝えられている。
20160302 ご指摘頂いた脱字を修正しました。