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その5

  その5


 数日後。少しだけ賑わいの戻った蜻蛉ヶ崎の城下町。町民街も多くの人が行き交い、物売りも忙しそうに働いている。最初とは見違えるくらいの華やかさだ。

 一方、城では今回の立役者である香織が、領主である浅野 由辰(よしたつ)との謁見を拝していた。謁見用の綺麗な着物を着て、殿様の前に平伏している。

「そちの活躍、誠に見事だったぞ。香織殿」

 領主の浅野由辰が、嬉しそうにそういった。歳は五十前後だろうか。落ち着いていて、堅実そうな領主である。

「はい、ありがとうございます」

 そう言って、なおさら平伏する香織。

「それにしても我ながら不甲斐ないことじゃ。突然城に押し入った悪霊たちに為す術なく縛り上げられて、家臣もろとも地下の牢獄に閉じ込められていたのだからな……」

 そう言って、苦笑いする浅野由辰。ひとしきり乾いた笑みを浮かべた後、ふいに表情を改める。

「ただ……そちの父君……大番役の千崎は……」

「……はい」

 すでに話を聞いていたらしく、寂しげな顔で返事をする香織。

「……すまなかった。あの悪霊どもは、悪霊の軍勢を作ろうと画策し、その下準備として多くの領民や臣下たちを殺していたらしい。この世に未練があり、恨みを持って死ねば、それは新しく悪霊を生む種となる。そうして悪霊の数を増やし、いずれは悪霊の一大勢力を築く算段だったのじゃ」

「……」

「そのせいで、何百人もの民や家臣が殺された。そなたの父君も……その中に……」

「……はい」

「そなたの父君を守ってやれず、本当に申し訳なかった……」

 そう言って、頭を下げる。

「そんな……もったいなきお言葉にございます」

 そう言って、気丈に振る舞う香織。もうだいぶ立ち直っているのか、その声に淀みはない。

「しかし、そなたの家のことは心配するな。当主を失い、跡継ぎもない千崎家なれど、お家の存続は認めることにしよう。そなた香織を当主代理とし、さらに、俸給はこれまでの倍とする」

「それでは……」

「正式な相続は、そちが婿をとった後、その夫となる人物に継がせることとなるだろう。はやく良い縁を見つけ、お家の安泰をはかることじゃ」

 そう言って、気遣わしげな表情を見せる。

「……こんなことしか出来んが、納得してくれまいか、香織殿。ほかに何か入り用があれば、なんなりと申してみるがよい。儂に出来ることであれば、なんだって答えてしんぜよう」

 由辰公がそう言うと、香織が顔を上げた。

「では領主様。ひとつだけお願いがございます」

「おう、何じゃ。言うてみよ」

「実は……」

 そう言って、香織がほんの少しだけ微笑んだ。


 蜻蛉ヶ崎の城下町を出て、東に向かう街道の道すがら。町人や商人など、多くの人々が行き交うその街道を、一人の若者が歩いていた。

 あくび混じりに、ブラブラとかったるそうに歩く若者。服はぼろぼろ、長い総髪、言わずと知れた、久城源之助である。

 顔を上げると、突き抜けるように晴れわたった青空が、源之助の視界を覆った。

「うーん。いい天気だ」

 気持ちよさそうにそう言うと、両腕を高く上げて「う~ん……」と大きく背伸びをする。

 そのときだった。

「源之助様!」

 そう言って、突然現れた香織が、後ろからガバッと源之助に抱きついた。……と思う間もなく、源之助の体をスルリと抜けて、そのまま地面にベシャっと転がる。

「あいたたたた……源之助様が悪霊だってこと忘れてました……」

 そう言って立ち上がる香織。鼻を打ったらしく、顔の中央を撫でている。

「――香織? どうしてここに?」

 驚く源之助。よく見ると、香織は旅装束らしきものを身につけていた。それも隣町の大社に行くような格好ではなく、もっと遠くへ旅するための姿である。

「その格好は……?」

「はい。わたくし、源之助様に付いて旅をすることに決めました! 」

「ほう? そうか、なるほど」

 そういって、納得顔で頷く源之助。

「……うん? なに!? ちょっと待て!」

 しばらくしてようやく言葉の意味に気づいたのか、慌ててツッコミを入れる。

「おまえ、お家の存続はどうなった。あれほど武家のあり方にこだわってただろ」

「はい、このたびの活躍が認められて、我が家は今後も存続させていただけることになりました。これも源之助様のおかげです」

 そう言って、ぺこりと頭を下げる。

「ただ、小娘の身で家督を継ぐことは出来ないので、私が婿を取るまで、一時的に領主様の家督預かりということになりました。だからわたくしがいてもいなくても、あまり問題はありません。あとはあの屋敷の管理ですが、また俸禄をいただけることになりましたので、古くから働いてもらっていた奉公人たちに戻ってきてもらいました。私が帰るまで、彼らがあの屋敷を立派に守ってくれることでしょう」

 そう言って、源之助をまっすぐ見つめる。

「だからもう、後顧の憂いはまったくありません。どうか、わたくしを連れて行ってくださいまし!」

 力強いまなざしで、ぐっと目を見つめる香織。その気配に押されたのか、源之助が「うっ……」と体を仰け反らせた。実に嫌そうだ。

「あ、嫌と言われても勝手について行きます。わたくしが見かけによらず頑固なこと、源之助様も知ってらっしゃいますよね!」

 たしかにそうだった。源之助は眉をひそめると、難しそうな顔で人差し指をこめかみに押し当てた。

「……いや、しかし、霊体の俺と違っておまえは生身の人間だ。長旅は大変だぞ色々と。たとえば……あ~……関所越えとか……」

「心配いりません。領主様に頼んで、通行手形を発行していただきました。これがあれば、どこの関所でも自由に通行することができます!」

 そう言って、手形を見せる香織。実に用意周到だ。

「……」

 目をつむって、しばらく考え込む源之助。やがて、「はぁ~」と諦めたようにため息をつくと、チラリと香織のほうに視線を向けた。

「わかった。好きにしろ」

「ありがとうございます!」

 妙にハキハキとした口調で礼を言いながら、満面の笑顔を見せる香織。

「では源之助様。次の街まで私が案内いたします! ついてきて下さい!」

 そう言って、いそいそと先を行く。

「やれやれ……」

 あきれたようにため息をつきながら、香織のあとに続く源之助。

「はしゃぎすぎて転ぶなよ?」

 源之助の声が、晴れ渡る青い空へと遠く溶けていった。


                終劇


これで第1話は終わりです。読んで下さった方、ありがとうございました。

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