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その4

  その4


 かつての戦場跡地。

 死んだときと全く同じ、うずくまった格好で、源之助はゆっくりと目を覚ました。どうもハッキリしない意識をそのままに、ぼんやりとした目で周囲を見渡していく。

 そこはまさしく、源之助が死んだ戦場そのものだった。ただ、記憶にある風景とは少しだけ違っていた。木の位置や岩山などの地形はそのままだが、そこいらじゅうに転がっていたはずの痛々しい死体の山は、どこに片付けたのか綺麗さっぱりなくなっている。あたりは青々とした草原が広がっていて、ピンと伸びた多年草が、乾いた風を受けてサワサワと優しげになびいていた。

 しばらく呆然としていると、いつの間にか、目の前に一人の坊さんが立っていることに気がついた。周囲ののどかな風景にはまるで似つかわしくない、不思議な雰囲気をまとった坊さんである。一目で上級とわかる質の良い袈裟を身につけ、虚無僧の傘を頭からすっぽりとかぶっている。

「ここは……?」

「ここは、おまえの死した場所だ」

 坊さんが、傘の奥からくぐもった声を出した。僧兵を思わせる立派な体つきからみても、案外若い坊主なのかもしれない。

「死んだ……? しかし……」

 そう言って周囲を見渡したあと、改めて目の前の坊さんに視線を戻す。

「おまえは……誰だ?」

「儂は法力と申す者。訳あって、悪霊退治をして回っている」

「悪霊退治……だと?」

 聞き返す源之助に、坊主はゆっくりと頷いた。 

「わが信心の力を持って、そなたを現在に蘇らせた。いまは……そう、おまえが死してから、約百年ほど経った世界だ」

「百年……?」

 そう呟いて、不思議そうに自分の手を見つめる。

「わかるか?」

「ああ、なんとなく……な。だがなぜだ。なぜこの俺……久城源之助を蘇らせた?」

「別にそなたのことを知っていて蘇らせたわけではない。ただ儂の求める強い執着と遺恨、そして強い剣気がこの場所に溜まっていたからな。この場所で降霊術をかけてみたまでよ」

「……」

不審そうに法力を見つめる源之助。

「しかしこうも見込み通りの悪霊が出てくるとはな。運がいい」

「?」

「源之助……と言ったな。貴様にこの刀をくれてやろう」

「……なんだ、これは」

「この刀は霊刀白刃丸。悪霊を斬ることが出来る、現存する唯一の霊刀だ」

 そう言って、白鞘の短刀を突き出す。

「そなたにこれから試練をやる。この世にはびこる悪霊を九十九体倒し、その魂魄を霊刀白刃丸に封じるのだ。いま、世の中は復活せし悪霊どもの怨念で満ちあふれている。それら悪霊どもを霊刀白刃丸で斬り伏せ、この世に再び秩序を回復させるのだ」

「なぜ俺がそんなことを……」

 眉をひそめ、困惑した表情を浮かべる源之助。それに対し、法力はハッキリと、しかも端的に答えた。

「世直しだ」

「……」

「ふふ。何をバカな――そう言いたそうな顔をしているな」

「……いや」

 源之助は躊躇い(ためらい)ながらも首を横に振った。この怪しげな坊さんの言葉からは、なにやら有無を言わせぬ不思議な魅力が感じられる。

「この刀で悪霊退治――か。俺が断ったらどうする?」

「断ったら、か? ふふ。そのときは貴様が馬鹿をみるだけのことよ」

 そう言って、法力は傘の奥でにやりと笑った。

「悪霊を九十九体倒したときの報酬を教えてやろう。おまえが九十九体の悪霊を倒し、任務を成し遂げたとき、そのときおまえは、この世に人間として蘇ることが出来るのだ。元の体を取り戻し、文字通り人生をやり直せる」

「人生を……もう一度……?」

 信じられない。そう呟きながら法力の顔を伺う源之助。しかしその顔は傘の奥に隠れ、法力の表情を読むことは出来なかった。

「……」

 目を伏せ、しばらく考える源之助。

「わかった。やろう」

 やがて源之助は小さく頷くと、差し出された霊刀白刃丸に手を伸ばした。

「ただ勘違いするな。悪霊退治は受けてやる。だが……」

「だが?」

「……だが、俺はもう生き返らなくてもいい」

 目を伏せながら、源之助は静かにそう言った。


「まったく。冗談じゃないぜ!」

 舌打ち混じりに毒づきながら、夜の城下町を移動する一人の人間がいた。城の悪霊退治から数時間後、月明かりもない、カンテラの灯だけが照らす真っ暗な街角を、大きなリアカーを引きながら小走りで走り抜けていく。その額には汗がにじみ、呼吸は荒い。どうやら相当焦っている様子だ。

「悪霊商法で一財産築こうってときによ。とんだ邪魔が入ったもんだ」

 ぶつぶつ言いながら暗闇の中を走る男。急な曲がり角を直角に曲がり、城下町を東に抜ける大通りへ出ると、そのまま街の出口に向かって一直線に走っていく。

「うん?」

 そのとき、道の先に人影が立っていることに気がついた。訝しげな顔をして止まる男。やがて月を覆い隠していた雲が晴れ、街に月明かりが差し込んだ。

 道の真ん中でリアカーの男を待ち伏せていたのは、霊体となった源之助だった。霊刀白刃丸をその手に携え(たずさえ)、鬼のような表情を浮かべている。

「ひっ!」

 小さく叫んでリアカーの男がひっくり返った。リアカーを引いていた中年の男――それは香織に偽りの霊刀を売りつけた張本人。あの村田屋の主人だった。

「……悪霊の総大将、九魔獣吾郎をこの世に呼び出したのは、お前か。村田屋」

 そう言って、源之助がゆっくりと歩き出す。霊体に、鬼の形相。あまりの恐ろしさに腰を抜かしたのか、村田屋がひっくり返ったまま後ずさっていく。

「ば、化け物! ち、ち、近寄るな!」

「質問に答えろ。村田屋」

「……。そ、そうだ。あいつを呼び出したのは私だ! で、でもどうして解った!?」

 そう問われて、リアカーの幌の中身をチラリと見る源之助。中にはお(ふだ)や仮面など、店に並べてあったインチキ霊具が山と積まれている。

「貴様の店に置いてあった商品の数々。あれはすべて偽物だったが、その実、現存する本物の霊具を真似た精巧な模造品だった。あれは本物を知る人間、霊具や悪霊に詳しい人間でしか成し得ない仕事。それでピンと来たのさ」

「……」

「村田屋。貴様、自分の作ったインチキ霊具を売るために、わざと九魔の魂を降霊して悪霊に仕立て上げたな? 悪霊がこの町にはびこれば、インチキ霊具も飛ぶように売れる……」

「くっ……」

「汚い野郎だ」

 源之助、そう言って霊刀白刃丸の切っ先を村田屋に向ける。

「ま、まて!」

 慌てて止めようとする村田屋の主人。

「わ、私が悪かった! 謝る! だから見逃してくれ! な?」

「……」

「よ、よし、分かった。この町で儲けた金の半分をおまえにやろう! それで、それでいいだろう?」

 しかし、話を聞いているのか聞いていないのか、刀を構えたままさらに近寄っていく源之助。

「いや、待て。ちょっと待て。よし、こういうのはどうだ? この町で稼いだ金のほかに、今後三年間の売り上げ金も、半分おまえにやると約束しよう。そうすればおまえは、何もしないでどんどん金が入るぞ! どうだ? これなら文句あるまい!」

「……罪もない人々に争いの種を蒔いておいて、言いたいことはそれだけか?」

「……ひぃ」

 へたり込む村田屋の目前で、源之助が仁王立ちになった。恐ろしく冷たい目で村田屋を見下ろすと、霊刀白刃丸を静かに振り上げる。

「や、やめろ! やめてくれ!!」

 必至に懇願する村田屋の主人。しかしもうすでに聞く耳もないのか、動きを止めない源之助。

 村田屋の表情が恐怖に染まる。

 見下ろす源之助の瞳が、冷たい光を放った。

 ズシャッ!

 無言のまま、源之助が霊刀白刃丸を振り下ろした。

 悪党・村田屋の主人が頭から一刀両断にされ――

 月明かりの照らす乾いた地面に、ガックリと力無く崩れ落ちていった。


「……」

 ……と思いきや、口から泡を吹いてその場に昏倒する村田屋の主人。霊刀白刃丸で一刀両断にされたと思いきや、斬られていなかったらしい。

 昏倒する村田屋の傍らに立ち、刀を鞘に戻す源之助。戻すと同時に、霊体だった源之助の体も元の姿に戻る。

「命拾いしたな」

 昏倒する村田屋を見下ろしながら、源之助がそう吐き捨てた。

「霊刀白刃丸は霊気の刀……しかしその本体は、単なる刃引きの短刀にすぎない」

 そういって、くるりと踵を返す源之助。

「人間は、斬れないのさ」

 そう言い残すと、人知れず夜の闇へと消えていくのだった。



「――悪霊退治は受けてやる。だが……俺はもう、生き返らなくてもいい」

 霊刀白刃丸を受け取った源之助。依頼人である法力にそう言い放った。

「……ほう?」

 興味深そうに首をかしげる法力。その仕草が、「なぜだ?」と源之助に問うている。

「俺が恨んでいるとすれば、乱世そのものだ。人の夢や希望、人生を根こそぎ奪っていく戦乱の時代――。悪霊どもが世を乱し、人々に争いの種を蒔いているのであれば、俺がそいつらを斬って世を改める。それが出来れば不足はない」

 そういって、空を見上げる。

「刀一本で身を起こそうと、剣技を高めるためだけに生きてきた。だがすでに、時代は剣の時代ではなくなっていた……。俺はもう、どう生きていけば良いのか分からなくなってしまった。生き方を見失った以上、この世に未練はない」

 なにか吹っ切れたかのように、目をつむって淡々と語る源之助。それを見下ろしながら、法力が語りかける。

「ふふふ。そうか……。しかし結論を先に出すものではないぞ、源之助」

 そう言って、傘の中で楽しそうに微笑む。

「おまえが死した時代より百年。この世は天下太平の世の中だ。時代が違えばものの見方も変わる。儂の依頼を遂行しながら、世の移り変わりをじっくりと見つめてからでも遅くはあるまい。人間として蘇るも良し、再び眠りにつくのも良し。己が望むものが何か、ゆっくり見定めてみろ、源之助」

「……」

 わかった、と、硬い表情で答え、改めて刀を腰に差す源之助。どこか狐に摘まれたような顔をしながら遠ざかっていく若者の背中を、法力がどこか楽しそうな表情で見送っていた。

「ふふふ。生き返らせてやろうというこちらの条件を無下にされたのは始めてだな。まったく、面白い奴が掴まったもんだ」

 そう呟くと、法力もまた、どこかへと歩き去って行くのだった。


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