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その3

  その3


 街中の小さな術道場で、数人の子供たちが一心不乱に剣の稽古に励んでいた。道場に響く、威勢の良いかけ声。みんなそれぞれ十歳くらいの男の子たちだ。

 稽古が終わり、上半身裸になって汗を拭く子供たち。厳しい稽古から解放され、屈託のない会話が交わされていく。

「やっぱりこの中じゃ源之助が一番強えぇよなー」

「そりゃそうだよ。だってお師匠様の息子なんだぜ?」

「師匠も刀一本でお殿様に取り立てられた、凄腕の剣士だもんな~」

「やっぱり血かな~」

 褒め称える子供たちに、「へへへっ」と照れたような笑顔を見せる黒髪の少年。幼少時代の源之助だ。

「おまえ、このまま道場継ぐんだろ? なんてったって強いもんな!」

 そう友達に言われて、源之助が子供らしい笑顔を作る。

「もちろんさ。がんばって修行して、おれは日本一の剣士になるんだ!」


 時は移り、同じ剣術道場の中。十三歳の源之助が、稽古着姿で正座している。

 そんな源之助の正面に座っているのは、この剣術道場の師を務める、源之助の父親だ。道場の上座に座り、源之助と向かい合っている。

「源之助、よく聞け。今は(いくさ)の世の中だ。剣術を磨き、戦場にて手柄を立てること。それが我々剣に生きる者たちの生き方だ」

「はい」

「おまえには儂以上に天武の才がある。その力を磨き続ければ、いつの日か必ず、日本一の剣術家になれるだろう。儂はそうなることを期待している。剣の道に精進し、励めよ、源之助」

「はい、父上。いつか父上の道場を、日本一の道場に育てて見せます」

「うむ。頼もしい子だ」

 父親が、満足そうに微笑んだ。源之助も剣に生きる人間として、精悍な表情で一礼した。


 さらに時は移り行き、九城邸、正門前。

 土砂降りの中、二頭の馬が止まっている。

 馬に乗っているのは、二人の鎧武者。ひとりは十七歳になった源之助。そしてもう一人は、源之助の父親だ。

「……これも大殿様の(めい)とあっては仕方ない。留守は頼むぞ」

 見送りの妻と娘にそう言い残して、馬首を巡らす父親。どうやらこれから(いくさ)に出るらしい。

「母上……それに、千代。必ず手柄を立てて戻ってくる。だから、そんなに心配そうな顔をするな。源之助は、大丈夫だから」

 そう優しく説きながら、妹の頭を撫でてやる源之助。土砂降りの中に消え去る二人の後ろ姿を、妹と母親が不安げな顔で見送っていた。


 ――戦場跡。

 数々の死体が横たわる戦場に、源之助の姿もあった。すでに合戦は終わっていて、生き残った者はその多くが引き上げている。残っているのは死体と、源之助のように致命傷を受けて動けない者だけだ。

「父上……」

 自分の腹に深々と突き刺さった槍を見ながら、苦痛に顔をゆがめる源之助。明らかに致命傷で、息も絶え絶えである。

(戦場に、剣術の腕などものの役にも立たなかったか……)

 苦痛の中、激しい戦場の戦いを思い出す。

(鉄砲の撃ち合いから始まり、弓矢、槍、そして乱戦……剣術の出番など、最後の最後だった。そういう俺も、結局は槍にやられた……)

 自嘲気味に笑って、手を見る源之助。自分の血で、真っ赤に染まっている。

(なぜ天はこの源之助に剣術の才を与えておきながら、このような時代に産み落とされたのか……。個人の剣技など芥のごとく散ってしまう、この戦乱の時代に……)

 どんよりとした空からは、雨粒がぱらぱらと落ちている。

(天よ。お恨み申します……)


 香織邸の客間。「うっ……」と呻いて目を覚ます源之助。思わず脇腹に手を当てるが、もちろん血など出ていない。しばらくジッと手のひらを見つめていたが、そのうちむっくりと起き上がった。

「しょんべん、しょんべん」

 などと言いながら、月明かりが照らす外廊下を歩いていく。そのまま厠に向かって歩いていると、その途中、障子戸の開け放たれた部屋の前を通過した。

「ん?」

 何気なく中を見る。そこには布団が綺麗にたたんであり、その横には、香織のものと思われる着物もたたんで置いてあった。香織が居なくなっていることに、いまさらながら気づく源之助。

「香織……まさか……」  

 源之助の顔が、険しく歪んだ。


 街の中央にそびえる、蜻蛉ヶ崎城。

 その天守閣では、どんよりと暗い街の雰囲気とは対照的に、飲めや歌えのドンチャン騒ぎが起こっていた。

 騒ぎの中にいるのは、人相の悪いヤクザ者たちと、体が半透明で輪郭の定まらない「悪霊」たちである。あるものは半ドクロ、あるものは半ミイラといった外見をしていて、服装はボロ布だったり、足軽鎧だったりと様々だ。

 そんな中、大広間の上座――本来なら城の城主が座るべき場所に、ひとりの悪霊が座っていた。

 他の悪霊どもとは明らかに違う、ひときわ大きくて、より人間らしい顔をした悪霊である。豪奢な身なり、周りにかしずく女たち――。彼こそがこの辺一帯の悪霊を支配している、悪霊の総大将。九魔獣吾郎実篤(さねあつ)である。

 そしてさらにその横、部屋の隅には、いかにもサムライサムライした悪霊が胡座をかいて座っていた。総大将、九魔獣吾郎の護衛を務める、悪霊用心棒だ。

 ゾンビ顔やドクロ顔など、個性に乏しい悪霊たちが跋扈するこの中で、この二人だけは明らかに別格の様相を呈していた。喧噪とは裏腹に、不機嫌そうな顔で酒を喰らう九魔獣吾郎。そこに、ひとりの雑魚ゾンビが近づいてきた。

「大将~~。もっと呑んでくださいよぉ!」

 そう言って獣吾郎に酒を注ぐ雑魚ゾンビ。

「せっかくこの世に甦ったのでゲスから、充分楽しみましょうや!」

 すると九魔獣吾郎、雑魚ゾンビに注がれた酒を無言のままに飲み干すと、空の杯を見つめて不機嫌そうに呟いた。

「満たされねえ……」

「はい? なにか言ったでゲスか? 大将」

「満たされねえって言ってんだ!」

 そう言って空になった杯を投げつける。雑魚ゾンビのゾンビ顔にスコーンと杯が当たり、雑魚ゾンビが「うひゃー」と言ってひっくり返った。

「儂は二〇〇年前、浅野家との勢力争いに敗れた敗残の将――九魔家の当主だ。こんな酒など……」

 そう言って、拳をぎゅっと握る。

「儂は復讐のために蘇ったのだ。浅野に妻子を殺されたあの日、あの日の屈辱はいまでも忘れん! あのとき、儂は誓ったのだ! いつの日にかこの世に蘇り、浅野家に復讐し、そして浅野が作ったこの土地を、草木一本生えない不毛の地に変えてやろうとな」

 血走った目でそう訴えると、ひっくり返っている雑魚ゾンビに、キッと鋭い視線を向ける。

「この乾いた心を満たすには、酒じゃ足りん! 例の計画はどうなってる!」

 するとさっきまでひっくり返っていた雑魚ゾンビが、何事もなかったかのようにむっくりと起き上がった。

「へぇ。港南町から新たに連れてきた町民どもも、これまでと同じように地下の牢獄に閉じ込めておりヤす。これで……もうすぐ予定の人数に達するかと」

 悪霊ゾンビが、ゾンビ顔でにやりと笑った。笑いながらスススと近寄って、悪霊大将に酌をする。

「もうすぐでゲスよ。我らの悲願……我ら悪霊が、この国を支配する時代が来るでゲス」

「ふふふ。我が野望の達成まであと少し……。やはり儂を心より陶酔させるのは、酒じゃのうて、血と殺戮よな……」

 そう言って、悪霊大将は注がれた酒を再びぐいっと飲み干した。


 一方そのころ、城の一角ではすでに騒ぎと混乱が拡大しつつあった。霊刀白刃丸を背中に背負い、打刀を振るう香織が、悪霊やヤクザ者たちが行き交う廊下を一気に駆け抜けていく。

「く、くせ者だぁ!!」

「出遭え出遭えぇ!!」

 突然の侵入者に狼狽し、右往左往する雑魚ゾンビやヤクザ者たち。応援を呼ぶ叫び声が交錯する中、走り込んできた香織が刀を一閃させる。

「ぐっ……女のくせに強えぇ……」

 香織の刀捌きに、ドサドサと倒れていくヤクザ者たち。悪霊たちはびびっているのか、柱の奥から遠巻きに見ているだけだ。

「これでも武家の娘――。一通りの武芸は身についています! さあ刀の錆になりたくなければ、道を開けなさい!」

 気合いのこもった一喝に、雑魚ゾンビや雑魚ガイコツたちが思わず道を譲った。その中を、香織が足を止めることなく走り抜けていく。

(混乱しているいまが好機。このまま天守の大広間を急襲して、油断している大将の首をこの背中の白刃丸で討ち取れば、あとは何とかなる。源之助様の力を借りずとも、きっとわたしだけの力で……!)

 混乱する敵の中を、全速力で駆け抜ける香織。背中に背負った霊刀白刃丸が、長刀らしいずっしりとした重みを香織の肩に乗せていた。


 天守閣、大広間。

「せやああぁぁっ!」

 香織が、気合いと共に打刀を振り下ろした。ヤクザ者の一人がその勢いで吹っ飛び、それに巻き込まれた雑魚ゾンビも吹っ飛び、天守閣のふすまをぶち破って部屋の中に転がり込む。宴会の女たちが「ひぃぃぃ……!」と引きつったように叫び、這々の体で部屋の外へと逃げ出していった。

「……」

 しかし、さすがに悪霊の総大将は冷静だった。乱入してきた香織を一睨みすると、剛胆にも慌てることなく酒を煽る。 

「大将首……やっと見つけた……」

 そうつぶやくと、香織は手にしていた打刀を床に捨て、代わりに背中の長刀を握りこんだ。鞘ごと背中から外し、目の前でスラリと抜き放つ。

 キンっ……と音がして、その長い刀身があらわになった。

 長い鞘を投げ捨て、両手で柄をぐっと握る香織。

 大太刀を遙かに超える長刀――霊刀白刃丸だ。

(――霊刀白刃丸。その力をここに示せ!)

 キッと前をにらむと、酒を喰らう大将首めがけ、突進していく。

「せやああぁぁ!!」

 刀を振りかぶり、一気に振り下ろす。

「悪霊――退っ散!!」


 しかし、返ってきたのは悪霊の断末魔ではなく、「ギンッ!」という堅い金属音だった。大将首の横に控えていた用心棒が、水平に刀を薙いで香織の斬撃を防いだのだ。

「なっ!?」

 突然の横やりに驚く香織。用心棒がそのまま刀を振るい、香織の白刃丸をキンッと弾く。

 刀を弾かれて、後ろによろめく香織。

(防がれた! でもこの霊刀の力をもってすれば――)

 そう思い直し、冷静に刀を構え直す香織。今度は用心棒のほうへと狙いを定め、再び斬りかかっていく。

「やああぁぁぁぁ!」

 しかし、香織の渾身の斬撃は、再び失敗に終わった。

 用心棒の額めがけて振り下ろした香織の一撃は、悪霊の半透明の体を通過し、スカッと虚しく宙を擦り抜けたのである。

「!!」

 空振りした自分の剣筋に、一瞬驚いた表情を浮かべる香織。大振りした勢いでバランスを崩し、ズシャッと派手に転倒する。

「――やれやれ」

 そう言って、面倒くさそうにのっそりと立ち上がる九魔獣吾郎。痛そうに顔をしかめる香織の首を正面から掴み上げ、そのままグイッと上に持ち上げた。

「ぐぅ……」

 苦しそうにもがく香織。その手から霊刀白刃丸がこぼれ、床に転げ落ちる。

「儂ら悪霊はな、普通の刀なんぞ効かないんだよ。そんなことも知らなかったのか? お嬢さんよ」

 そう言って、余裕の表情で諭す九魔獣吾郎。獣のように長く伸びた爪が、香織の首筋に深く食い込んでいく。

「そんな……これは霊刀白刃丸……悪霊に対抗するための……唯一の刀……」

「あん?」

 足下に転がった長刀を、興味なさそうに見下ろす獣吾郎。やがて、ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「誰かに騙されたようだな」

「……え?」

「これは霊刀なんかじゃねえ。ただの古い、長いだけの刀だ」

「そ……そんな……」

「霊刀ってのはな、もっと一目見てわかるもんなんだよ。俺たち悪霊と同じでな」

 そういって、首を掴む手にさらに力を込める。ぐっと首が絞まり、香織の顔が苦しそうに歪んでいく。

「誰だか知らないが、女だてらに一人で殴り込みとは見上げた根性だ。だが無謀だったな」

 獣吾郎の顔が、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。


 そのときである。

「ちょっと待ったぁぁ!」

 そう叫んで、新たな人影が座の中に割って入ってきた。勢いよく飛び込んできたついでに、直線上にいた雑魚ゾンビのひとりを蹴り倒す。「ぐぼぶめら!」と奇妙な叫び声を上げて吹き飛ぶ雑魚ゾンビ。その雑魚ゾンビを足蹴にして、新たなる闖入者は格好良く仁王立ちになった。ぼろぼろの着物、長い総髪。言わずと知れた、久城源之助である。

 首を締め上げられながらも、横目で源之助の姿を確認する香織。苦しそうな笑顔を見せる。

「源之助……様」

「おう、助けに来たぜお嬢様」

 そう言って、キメ顔を作る。

 かと思うと、いきなり目を吊り上げてガーガーと文句を言い始める源之助。

「おい香織! 一人で殴り込みはやめろってあれほど言ったじゃねえか!」

「ス……スミマ……」

「しかもその日の夜とは! 舌の根も乾かぬうちにとはこのことだ!」

「スミマセン……」

 助ける気があるのか無いのか、首絞められている香織に文句言いまくる源之助。

「ま、それでもその根性には恐れ入った」

 そう言って表情を改める。

「あとは俺に任せてくれ。悪霊は、俺が退治する」

「……ほう?」

 すると、大見得を切ってみせる源之助に興味を覚えたのか、九魔獣吾郎がゆっくりと顔を向けた。手の力が緩み、香織の体が滑り落ちてドサリと床に転がる。

「俺たち悪霊を退治するとは面白い」

 そう言って、源之助に向き直る獣吾郎。しかし頭の中では、また違う考えを巡らせていた。

(あやつ……いま、生身で悪霊を蹴り倒しおったか……? ということは、おそらく悪霊に触れるための特殊な霊具……護符なり宝珠なりを持っているに違いない)

 そんなことを考えながら、胡乱な目で源之助を見やる。

(となれば、まずは様子見――)

 そう冷静に判断すると、九魔獣吾郎は横に控える用心棒にふいっとあごを向けた。

「承知……」

 悪霊用心棒が、そう言ってスッと前に進み出た。


 音もなく、自然な所作でスッと前に出る悪霊用心棒。スラリと腰に差した刀を抜き、中段の構えを取る。

「若造……。抵抗する暇もないまま斬られては格好がつくまい。得物を取れ……」

 そう言って、床に転がっている刀をあごで示す。

「親切にどうも。だが俺はこれで充分だ」

 源之助、そう言うと、腰に差してあった例の白鞘の短刀を見せつけた。

「……。おぬしがそれでいいというのなら、それ以上は言うまい。ただ……」

 用心棒、じり、じり、と間合いを詰める。

「その強がりを後悔しながら死ねい!」

 鋭く言葉を浴びせながら、用心棒が一気に間合いを詰めた。目にもとまらぬ速さで刀を振り上げ、頭上から必殺の一撃を振り下ろす。突風のような、恐るべき勢いと速さだ。

しかし、一方の源之助も同じタイミングで動いていた。スッと前へ踏み出すと、半身になり、擦れ違うように用心棒の初撃をかわす。そのとき、源之助の右手がわずかに動いたように見えた。

「!!」

 次の瞬間、用心棒の体は、胴から真っ二つに切り裂かれていた。

「!!」

「!!」

 驚きの表情を見せる獣吾郎と香織。

「ば、ばかな……」

 用心棒の上半身が呻く。しかしそれ以上なにも言えないまま、悪霊用心棒の体はまるで煙のように空気中に四散し、そのまま溶けるかのように消えてしまっていた。

「ふぅ……」

 その場にいた誰もが驚愕し、空気が凍り付く中、一仕事終えたようなため息をついて刀を戻す源之助。いつの間に抜いて、いつの間に戻したのか、例の短刀を、カチリ、と鞘に封じる。

「こ、これはどういうことだ」

 一部始終を見ていた九魔獣吾郎が、青ざめた顔で後ずさった。後ずさりながら源之助を見る。すると、源之助が腰に差している、白鞘の短刀に目が行った。

 白鞘の短刀。束の先に付いた鈴が、チリン、と涼しげな音を立てている。

「ま、まさか、その短刀は……」

 そう言いながら、九魔獣吾郎は頭の中で思考を巡らせていた。

(あの鈴はまさか……。いや、違う……噂に聞く霊刀白刃丸は、大太刀を遙かに超える長刀……あれはどう見ても短刀でしかない……)

「これか?」

 源之助、不敵に笑うと、白鞘の短刀を見せつけるかのように、鞘ごとゆっくりと引き抜いてみせた。目の前にかざし、親指で鯉口を切る。カチリ、と音がして、白い刀身が少しだけあらわになった。

 ――すると次の瞬間、その白い刀身が、まるで青白い炎に包まれたかのように変化していた。刀身の輪郭がぼやけ、青白い霊気を陽炎のように揺らめかせ始める。

「!!」

「!!」

 驚く獣吾郎と香織。

 それと同時に、源之助の体も半透明に変化していた。体が青白く光り、刀と同じように霊気をほとばしらせている。

「話に聞いたことはないか? ここ最近、世の悪霊どもを次々と切り捌いているという、伝説の霊刀の話だ――」

 そう言いながら、ゆっくりと刀身を引き抜いていく源之助。しかし、短刀用の短い鞘に収まっているにも関わらず、その刀身は鞘の長さを超えてもまだ先端が見えない。

 さらに引き抜いていく源之助。最終的に、その刀は一メートル以上の長さになってその全容を表した。

 青白く光る霊気の長刀。そしてそれを構える、悪霊と化した源之助。

 その姿を、驚愕の表情で九魔獣吾郎が見つめていた。

「大太刀を遙かに超える長刀――。そして霊力を込めた鈴――」

 苦しそうにあえぐ香織も、顔をゆがめながらその長い刀身を見つめている。

「これが……これが本物の……」

「そう、これが、悪霊が使う悪霊殺しの一振り――霊刀白刃丸だ」

 二人の台詞を、源之助が引き継いだ。


 青白く光る霊刀白刃丸を構え、その切っ先を九魔獣吾郎に向ける源之助。源之助が回り込むようにジリッと横に向けて動き、それに併せて悪霊大将も円を描くように動く。

 やがてうまい具合に倒れた香織と悪霊大将の間に割って入った源之助が、後ろで倒れ込んでいる香織に声をかけた。

「香織……大丈夫か?」

「は、はい……」

「まったく……お嬢様のくせに無茶しやがる」

「申し訳ありません」

 香織、苦しそうにしながらも、困ったような笑顔を向けた。

「源之助様も……実は悪霊だったのですね?」

「ああ、黙っていてすまなかった。どうも言い出せなくてな……」

「いえ……気になさらないでください。それより、あの悪霊の大将をなんとかしなければ……」

「ああ、わかってる」

 そう言って、正面の九魔獣吾郎に意識を集中する源之助。霊体となった源之助の殺気が、見えない突風となって悪霊の大将に突き刺さる。

 そんな源之助を、鬼のような形相で睨み付ける九魔獣吾郎。

「貴様……貴様、悪霊のくせに、人間に組するというのか」

「……」

 そんな九魔獣吾郎を、無言で見つめる源之助。

「貴様も悪霊であるなら、この世に深い恨みと執着、未練があって蘇ったのだろう! それなのに、なぜ人間に味方する! 悪霊として蘇ったからには、晴らしたい恨みが、復讐したい人間がいるはずではないか!」

 怒りの形相で、源之助に訴えかける獣吾郎。思うところがあるのか無いのか、源之助はじっと黙って聞いている。

「儂は二〇〇年前の戦国乱世の時代、浅野家との勢力争いで敗れた九魔家の当主だ! 戦国の世といえど、一族郎党皆殺しにされた恨みは今でも忘れん! その恨みを晴らし、憎き浅野家を滅亡せしめるために、儂は蘇った!」

 そう言って、源之助に呼びかける。

「源之助、おまえも儂の元に来い! 儂は今、この地で新たな軍勢を作ろうとしている! 悪霊の軍勢だ! 考えてもみろ。悪霊は人間を殺せるが、人間は悪霊を殺すことは出来ん。唯一の対抗手段である霊具ですら、数が限られている。ならば霊具でも対抗できない圧倒的な兵力を集め、悪霊の軍勢を組織すれば、人間は我らに対抗する(すべ)を失うことになる。我が勢力は無敵の軍団となって、永遠にこの世を支配することになるのだ!」

「そ、そんな……」

 悪霊大将・九魔獣吾郎の壮大な計画を知り、顔を青くする香織。

「どうだ源之助! 浅野の領地を奪還するのはほんの手始めに過ぎん。ゆくゆくは全国――そしていずれは大陸へ。我が軍勢は、いずれこの世のすべてを席巻するだろう! 共に来い! 源之助よ! 世界をこの手で掴み取ろうぞ!!」

 そう言って、無骨な手を差しのべる悪霊大将。しかしそれまで静かに話を聞いていた源之助は、ゆっくり顔を上げると、まるで吐き捨てるかのように目の前の敵に向かって呟いた。

「くだらん」

「なに……?」

 九魔獣吾郎が、ぴくりと眉を動かす。

「何が大陸だ。そんなものに興味はない」

「……儂の野望が下らんと申すか源之助! 男児一介、この世に生を受けたからには、親を殺し、女を囲い、国を奪うべきだろう! それなくして何の生だというのか!」

「この時代錯誤が……。いまは乱世などではない。いまは天下太平の世。(いくさ)の時代なんぞ、とうに終わってるんだ」

 源之助が吐き捨てるようにそういうと、九魔獣吾郎は、ふん、とあざ笑うかのように口元を歪めた。

「ふん、何が太平だ。この世に真の太平など在りはしない! あるのは(いくさ)の世か、もしくはその狭間の時代だけよ! 今がその狭間の時代というのであれば、儂自らこの世に戦乱をもたらして、世の中に本来の姿というものを思い起こさせてやろうぞ」

「……度し難いな。おまえは」

 そう言うと、源之助がゆらりと前に出た。前に出て、抜き放っていた霊刀白刃丸をゆっくりと構える。

 一方、獣吾郎も忌々しそうに顔を歪めていた。相手を籠絡するのは無理と悟ったのか、チッと舌打ちを鳴らして相手を睨み付ける。

「言っても分からぬか愚か者め……」

 そう吐き捨てると、後ろに下がって床の間の大刀を取り上げた。霊刀白刃丸をも超える、長大にして巨大な刀である。いや刀と言うよりも、むしろ大鉈(なた)に近い形状だ。

「かつて熊殺しの獣吾郎と恐れられた儂の斬撃――身をもって体験するがいい」

 そう言って、巨大な大鉈(なた)を右肩に担ぐように構える。

 にらみ合う二人。じり、じりっと間合いが詰まっていく。

「ぬうううん!」

 悪霊大将が、その巨体を生かした強力(ごうりき)で一気に大鉈(なた)を振り下ろした。唸りを上げて、大鉈(なた)が源之助の頭上に降りかかる。

 源之助、その目をキッと強めると、手にした霊刀白刃丸を一閃させた。

「……!」

 二人の激突に、目をつむって震える香織。数秒経ち、場に沈黙が訪れたところで、おそるおそる目を開いていく。

 すれ違い、互いに背を向けた状態で立つ源之助と九魔獣吾郎。やがて獣吾郎の目尻がわなわなと震え始めると、その巨大な体が、ぐらりと傾いた。

「こ、こんな小僧に……」

 悪霊の軍勢を組織し、国を乗っ取ろうとした悪霊の総大将が、そんな一言を残してその場に崩れ落ちた。

 ズズン……と床を鳴らしながら沈む九魔獣吾郎。やがてあの用心棒と同じように空気中に四散し、まるで溶けるかのように呆気なく消えていった。

「源之助様!」

 そう言って、香織がよろめく足で源之助の所へと駆け寄った。霊体の源之助が、手を伸ばして香織の体を受け止める。

「よかった……よかったです!」

 源之助にしっかりとしがみつく香織。源之助、少し照れながらも、その頭をぽんぽんと撫でてやった。 


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