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八十五. 1863年、八十八~佐々の誇り~

『ーーーっ・・・ーーーーーっ・・・・・・』


彦斎の罪が次々と暴かれてゆく。訊問された被害者の名には、彦斎自身が手に掛けていない者も在る。

だが「()った」と言うしか無い。結局、望む答えを言わなければ仲間は殺される。真実など求められてはいないのだと彦斎は自得している。“真実”などというものは、“生者”に拠って“つくられて”ゆくもの―――

『ーーーー・・・』

其に、肥後勤皇党の業には変り無い。あのきじうまの仮面をつけた日から、すべての罪は同じ仮面で素顔を隠す者達の間で共有されている。

故に、「遣った」も同然だ―――

『・・・ハイ。お疲れさまです、彦斎さん』

古閑が永鳥の首に突きつける短刀を握る手を緩めた。

『不思議ですよ。こんなに(よわ)い男が之だけ人を殺せるなんて』

・・・・・・彦斎はもう、荒い息を上げている。




『――――・・・なかなかに・・・・・・酷い・・・・・・』


佐々は顔を引きつらせて笑った。古閑の非道さには全く畏れ入る。生きながらにして人を屍にする術を持つ様だ。或いは、人を想うが侭に操る力、屈服させる力と謂うのか。

心理的にそういった情態にもってゆくとは。行使する(おぞ)ましさに身震いする程だ。

『・・・善くもここ迄遣る人を見つけてきましたね』

方法があっても普通の人間はここ迄しないであろう。併し、彦斎の様な殺人鬼には之位非道でなければ止められぬやも知れない。


『“腕力(ちから)”を翳す者ほど、得てして“精神(こころ)”は脆いものだ』

『―――そうですね』

『だが、古閑も平常ではない』

『・・・・・・』


淳二郎は半右衛門を見下ろす。・・・古閑にとって彦斎は仇である。当然といえば当然だが、そんな情緒的な話題を佐々はしない。


『―――行き過ぎている』

『――――』


・・・矢張りそう想うか、と淳二郎は想った。善い悪いを語る気は無い。只、古閑の明らかな短所が浮彫にされているのは確かだ。



『・・・淳二。俺は、古閑は非常に有用な人材だと思っている』



・・・・・・コツン、と佐々の頭が壁に当った。縄が軋む音がする。思わず両手に、力を入れていた。



『――――何を言いたいのです・・・・・・?』




『・・・之で貴方の死罪は確定だ。でもね彦斎さん、別に貴方が生きようと死のうと、其は僕には如何だっていいんです』

『・・・・・・?』

『貴方が(ここ)に居残ろうとも肥後に帰る事になっても、僕は如何でもいい。言ったでしょう、貴方に呪いをかけたんだって』




『古閑は相手を追い詰めすぎる嫌いがある。今回は其が顕著に出ている。探索方は別に、誰かと勝負している訳ではない。・・・俺が何を言いたいのかわかるか』

・・・・・・。淳二郎は後ろに寄り掛った。答えを探させる。感情に触れない。歴年の佐々式教育法である。

『・・・そこだけが欠点だ。探索方は藩が必要とする情報を引き出す為にのみ最低限(こちら)の情報を語ればよいのであって、べらべらと手の内を明かすものではない。河上君(いなり)を仕留めた様でいて、河上君(いなり)を持て余している様だ』

そう言って、態々(わざわざ)別棟より持って来た急須で煎れた宇治茶を飲んだ。古閑を余程見込んでいるらしい。いつぞやの教育者の顔だった。

『相手と同じ土俵に立つ必要は無い。勝負は隙を狙うものであり、同時に隙を作るものでもある。あんなに隙のある古閑は初めてだ』

半右衛門はぼやいた。彦斎に対する怨み故か。勝負で優劣が決って仕舞えば、そこから更なる怨みが生れる。

『そんな勝負で失うには惜しい人材だよ』

・・・・・・半右衛門は湯呑を置いた。水分を含んで、声はしっとりとしている。




『僕が肥後勤皇党に加盟する時に変名で使った緒方 小太郎(しょうたろう)―――・・・貴方は先刻、緒方 小太郎を城下で殺害したって言っていたけれど、本当に彼を殺せているのかなぁ?』



古閑の言っている事がよく呑み込めず、彦斎は只立ち尽す。之から何を言いたいのかもよく判らない。

只、怪談等の幽霊話より遙かに恐ろしい。


『貴方が緒方の家を襲撃したあの日・・・実は、僕の兄さんが其処に居たんです。名を膽次(たんじ)と云いまして、小太郎にとてもよく似ていたなぁ』



・・・・・・生霊の、話だ。



『だからね?彦斎さんが当初殺そうとしていた人数と、当時緒方(あの)家に居た人数は違うんだ。どうせ皆殺しにするんだから殺した人数なんて数えていないのかも知れないけれど・・・・・・標的を逃した可能性が有るんですよ―――?』


彦斎は雷に打たれた様に動かなくなった。視線も只一点のみを見つめていた。瞬きもせず。


・・・・・・逃した――――?


『・・・・・・小太郎に似た“首”がね、まだ見つかっていないんですよ。其とね、面白い事に、京に来てから義兄(にい)さんによく似た“面影(かげ)”を視るんだ。其も貴方の近くにね・・・?』

残念ながら、僕は話し掛けられないんだけどね・・・ 古閑は永鳥の首を抱しめる。クス・・・と能面の様に眼を細めて微笑んだ。

『だから別に、貴方が何処に居ようと構わないんですよ。貴方も、貴方を動かしている勤皇党も、いつだって、何処でだって、緒方 小太郎が見ていますから―――!』


『・・・―――――!』




『・・・兄上・・・・・・?』

淳二郎は怪訝な声で言った。半右衛門が仕度を終える。京菓子の残りを淳二郎の口に突っ込むと、ぽん、と淳二郎の頭を軽く叩いた。子供の頃以来である。

・・・・・・淳二郎は眼を見開いた。


『・・・いいか淳二。お前は個人である前に戦国以来続く佐々の家系の者なのだ。お前は宮部さんや永鳥さんとは違う。土着(とち)で生きるのではなく、主君(ひと)に生きるのが我等佐々だ。・・・少し手荒な真似をしたが、其を解ってくれる日が来れば連れ帰らせた意味もあるというものだ』


半右衛門はひとり満足げに言うと、扉を開けて出て往く。格子に固定された淳二郎を残した侭。



『最後にお前と茶菓子を食いながら語らう事が出来て、良かったよ』



淳二郎は抵抗する事を忘れていた。淳二郎の居る部屋は、急激に静寂に包まれた。




『・・・・・・・・・?』

古閑ははたと瞳を大きくした。ばっ!と永鳥を手放そうとする。だが永鳥の身体が古閑から離れる事は無かった。



こん



竹の柱が地面に落ちる。柱に巻かれていた縄が宙に散った。

縛めの解けた永鳥が古閑に頭突きし、古閑の腰にある刀を鞘(ぐる)み奪い取った。



『・・・な・・・・・・っ』


古閑は激痛で光を失う。応戦できないでいる間に永鳥は鞘の口から抜き、古閑の刀で古閑自身を斬りつけた。



斬!!



『・・・・・・・・・・・・!』


・・・永鳥は大きくよろめいた。自身の口の中に指を入れ、猿轡を外した。外した途端、辛口で毒舌な、八つ橋にすら包まれていない生の永鳥節が飛び出す。

『黙っていれば、散々気持ち悪い事しやがって・・・!』

だがすぐに黙り込み、激しく咳き込んだ。之迄息を潜めていた分堰を切り、止らない。咳を措いた侭引き摺る様に脚を動かし、振り向いた。



『―――やあ、彦斎・・・』



永鳥は掠れた声で言った。


『不様だなあ・・・・・・』


永鳥は渾身の力を振り絞って彦斎を縛める鎖を切る。彦斎が自由になると、入れ違う様に永鳥が倒れた。彦斎が急いで抱き留める。


『永鳥さん―――っ!!永鳥さん!!』


彦斎が叫ぶ。抱え起そうと近づく彦斎の胸を、とん、と永鳥は押した。

『野郎の胸は、懲り懲りだ・・・・・・』

血を吐きながら冗談を言う。呆然と自身を見る彦斎に

『とど・・・めを、させ』



―――古閑の刀を渡す。彦斎が受け取ると、永鳥の腕はふっつりと地面に落ちる。刀の鞘がすぐ側に落ちている。



『古閑を殺して・・・・・・刀を自分の物にして仕舞え・・・・・・お前が倹約(けち)して使っている物より、遙かに持ちがいいよ・・・・・・』



・・・古閑は急所を受け、未だ動けないでいる。肩を押えて同じ場処に留まっていた。

・・・・・・彦斎が古閑の刀を持って、立ち上がる。


・・・・・・・・・。永鳥は俯せに地面に横たわり、か細い息を上げている。指一本、自分の意思で動かす事さえ、侭ならぬ。


―――古閑を殺したら脇目も振らず、人質(わかもの)の許に突っ走れ。

人質の側に居る藩役人など、お前には然したる脅威にもならない筈だろう?

5年前の天誅なんて、人質とされている勤皇党の若者達の殆どに関りの無い事だ

ならば、過去の汚い部分は老害となっている自分がもっていくべきだろう

・・・自分は、もういい




『――――ぁぁぁあああああああっ!!』




彦斎が古閑に向かって突っ込んでいく。・・・古閑は取り乱す様子も無く、自嘲する様に口角を上げ、自身の刀に血を吸われるのを待っていた。

突きが古閑の心の臓に放たれる。グッ。併し、直前で何かに突き飛ばされ、古閑は後ろに倒れる。



『!?』



古閑は急いで起き上がり、前を仰ぎ見た。―――彦斎が眼を剥く。



遠くでその光景を見ていた佐々は、手首から先が蒼くなる程に己の腕を引っ張った。顔色も変らぬ程蒼白(あお)い。

・・・・・・佐々の縛めは解けない。

『―――あ』




彦斎の刃は其の侭、古閑が元居た処を寸分の狂い無く刺し貫いた。




『兄上ええぇぇぇ――――――・・・っ!!』




ズ ドン ッ !!

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