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八十四. 1863年、八十八~決断~

病人はいつだって足手纏いにしかならないのか



『・・・ん?』

・・・・・・古閑が顎を押えている為、凡てが丸々相手に伝わっていた。か細い息遣い、肺を血が満たす様な息苦しさ、込み上げる咳と吐き気、如何する体力ももう残っていない事。

『・・・フフ、口をもごもごさせている。面白いなぁ』

全部が相手に筒抜けている。

『まだ生きているみたいだから大丈夫ですよ』



・・・・・・屈辱だ。



屈辱だ



屈辱だ――――・・・



「――――・・・ゴホ・・・」

竹志田の顔が真っ蒼だ。吉村は中津が背負い、竹志田には内田が肩を貸している。・・・正直、相当な負担だった。

包囲の規模が拡がり、叉、強固になりつつある。



―――松田が主に動いていた。中津の長梢子棍と自身の梢子棍を片手ずつに握って戻って来る。着物に血が滲んでいる。

「!」

「松田さん!その血は―――・・・!」

「しっ!」

松田が心配性の中津を制する。少しばかりしくじってな。片肌を脱いですぐさま自身で応急処置をする。

「てか、何でそんな軽装なんスか。武力蜂起に着流し参加とか」

内田が彼の服装を指摘する。鎖帷子(かたびら)でも着込んでいれば防げた怪我かも知れないのに。中津も同様に着流しである。

「変装でもせねば幕吏が欝陶しい。特に最近は。其に、俺は元々武力蜂起を止めに来たんだが!?」

「まぁまぁ」

中津が(なだ)める。松田は寺田屋事件以降何気に本作屈指の着流しキャラになっているのだが、変装時に着流しだと碌な目に遭わないというジンクスがこの頃位から俄かに活気づく様になる。まぁ、単純に襲われた時に身を護る術が無いからだろうが。

「して・・・周囲の様子は?」

「ああ」

松田が袖を通し、衿を整える。



「彦太郎・・・十津川へ行く道は如何やら閉された様だぞ」



ぬう。中津が険しい表情をする。最も身軽な松田が怪我を負う、という事は、自分はともかく内田は捕まる可能性が高い。


(しか)も、細川にこちらの動きを読まれている様だ。藩兵の動きを見ていたが、如何も韶邦(あのおとこ)は俺の存在も・・・或いは俺の存在から動きを把握しているらしい。申し訳無い事をしたな」


松田は暗い顔をした。まるで自分の影が行なった行為を詫びるかの様である。・・・・・・何処までもあの男は自分について回る。

「俺とは之から行動を別にした方がいい。彦太郎は此の侭お前達と居ても問題は無いから、俺が攪乱している間に、細川の包囲を掻い潜ってなるべく遠くに逃げろ」

「ばとて」

中津は困った。この状況で松田が抜けると非常に苦しい。其に、松田よりも吉村の方が天誅組の首謀者として諸藩に知れ亘っている事であろう。松田と別行動を取ったとしても、吉村を連れていては動きは恐らく読まれている。

其に―――・・・


「―――ゴホッ、ゴホ!はっ・・・」


「―――――・・・・・・はっ・・・は・・・」


・・・吉村と竹志田の容体は先程から芳しくない。十津川へ下れないとなると、果して体力がもつか如何か。

「内田さ・・・・下ろしてください・・・・・・」

突如、竹志田が内田に向かって言った。松田と中津も彼等を見る。内田は疑問に思いつつも、ゆっくりと腰を屈め、竹志田を下ろした。

「・・・大丈夫や?熊雄」

「・・・・・・・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」

竹志田は坐り込み、暫く(うずくま)る。肩が激しく上下していたのが、徐々に落ち着いてゆく。ほ・・・と内田が息を吐いた矢先



グイッ



「!!」

「「!?」」


松田が竹志田の腕を掴み、其の侭上に引き上げる。掲げられた右腕を見ると、その手には短刀が握られていた。

「熊雄、てめえ・・・何をしようとした」

「・・・・・・」

竹志田は黙っている。だが一目瞭然だった。松田が取り上げた短刀を見て、内田と中津は絶句する。

・・・・・・腕を放された竹志田はその場に崩れ、地面に爪を立てて啜り泣き始めた。


「だって・・・・・・っ・・・!俺の身体は・・・・・・・・・」


ゴホ、ゲホッ!・・・涙と一緒に黒い血が地面を濡らす。

「情け・・・・ない・・・・・・死に場処を探しとっただけやった・・・・・・足手纏いになる前に・・・・・・でも、結局足手纏いだ・・・・・・!」



「泣くな!!」



松田が怒鳴る。



「てめえの命にどう始末をつけるのか・・・其に口を挿む心算(つもり)は無い!だが、そんな理由で命を捨てるのはやめろ!お前・・・其が吉村に何を言っているのか解っているのか!てめえの命の扱いは自由だ!でも、其に他人の命を捲き込むんじゃない!!」



―――――・・・・・・ 竹志田ははっと顔を上げる。吉村は眼を大きくして松田を見た。

・・・・・・ふっ・・・。照れくさそうに微笑んだ。



「其に・・・言った筈だ。お前達を無闇矢鱈に死なせはせんと。人の命に老いも若いも強いも弱いも無い。命は皆平等で独立したものだ。幕府(たにん)の都合で奪われてなるものか。だから俺は、幕府(いま)の社会を変える為に志士でいるんだ!!」



松田が竹志田の腕を引き上げ、内田の肩に回す。


他人に殺される位なら自分で命を絶つ。だが、自分が死ぬ事で他人を助ける気は無い。人の命は、そう遣って取り替えの出来るものではない―――



(松陰・・・―――雲浜先生――――・・・)



まだ、生きねばならない


「・・・ばとて、此の侭では全員が捕まります」

・・・中津が畏れ多そうながら冷静に意見する。松田は中津を見た。中津も真直ぐな眼で松田を見返す。

「あぁたが離れても同じです、松田さん」

中津は最早憚らず言った。

「あぁたが肥後藩に捕まって、細川の射程外で(おい)達四人が殺されるのが関の山ですよ」

「・・・・・・」

松田も其は解っている。併し、其以外の方法となるとどう転んでも吉村を売り渡す事になる。あの男に力が有ると謂えど―――・・・

「肥後という土地は・・・・・・は・・・肥後者にとってはそんなに生き難いものなんだな・・・・・・」

「・・・・・・吉村?」

松田は余裕の無い声で訊いた。吉村は虚ろな眼をしつつ微笑っていた。故郷の夢の続きを見る。


「土佐の土地も・・・・・・土佐者にとってはずっと生き難い場処だった・・・・・・260年・・・260年ずっと・・・・・・!長宗我部侍(オレたち)がずっと前にその土地に住んでいたのに・・・・・・郷土を全然愛せなかった・・・・・・」


「・・・・・・・・・」

松田は黙って聴いていた。(いず)れにしても此の侭では失血で死んで仕舞う。一刻も早い整った設備での治療が必要であった。



「でも・・・・・・武市先生や間崎先生・・・龍馬さんに平井・・・那須さん・・・中岡・・・・・・北添 佶摩・・・・・・土佐勤皇党の人々に逢って、あの土地には素晴しい人が沢山居た、土佐も捨てたものじゃない、って・・・愛着が湧いてきたんだよなぁ・・・・・・」



「吉村・・・・・・」



「・・・・・・・・・逢いたい、よなぁ・・・・・・・・・」



・・・・・・。松田は微笑んだ。「ああ」肯いた。韶邦(よしくに)と容堂の遣り取り次第だが、吉村の提案が最も全員助かる見込がある。


「・・・・・・肥後も・・・・・・赤穂浪士の死を見届けたり・・・・・・水戸浪士をギリギリまで匿っていたんだろ・・・・・・・・・」

「・・・・・・ああ」

「いい面があるじゃないか・・・・・・・・・」

吉村は眠る様な声で呟いた。・・・・・・松田は瞼を伏せて肯く。良くも悪くもあの男は真直ぐなのだ。時勢を意に介さず。解っているさ。

「お前の事もきちんと治療してくれるさ。・・・其に、土佐の容堂公の事は余りにも有名だ。あの男の事だから、少なくとも傷が完全に癒える迄お前の身柄の引き渡しには応じないだろう。浪士の意見を尊重する奴だから、安心して過せ」




「・・・・・・吉村を頼む。慶順(よしゆき)

―――松田が韶邦に吉村の保護を依頼する。

・・・・・・。韶邦が馬を降り、自ら吉村を引き取りに向かう。当然ながら、藩主自らがこの様な事をするなんて在り得ない。吉村は感激して、一筋の涙を落した。

松田も吉村を連れて、韶邦の許へ歩み寄る。


「―――藩主たる我に向かって、何という口の利き方よ」


・・・・・・韶邦が吉村を抱き留める。太陽の熱を吸収する黒の鎧を着込んでいる所為か、温もりが矢鱈と熱かった。


「・・・なれどまあよい。この者の身柄については承知した」




「!」

毛利 定広公や吉田 稔麿といった攘夷親征の長州者達が韶邦に追い着く。韶邦や肥後の兵を刺激しない様に、森の陰に潜んで彼等の動きを見ていた。

「あれは―――・・・松田君!?」

「―――と、土佐の吉村 寅太郎さんです。吉村さんは確か、天誅組の一員だった筈・・・右京殿は一体何を・・・」

稔麿が訝しむ。松田と藩主の関係は意外にも良好そうに見えた。振舞を見ていると、韶邦公は志士側の味方である。

稔麿は混乱した。


「・・・・・・!?」


―――松田が吉村を引き渡して韶邦から離れる。日頃の彼からは想像の出来ぬ諦観し切った表情(かお)が其処には在った。


部分的にしか視えない。が、その口は「時代が、違えば」と、確実に動いた。



「え――――?」

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