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八十三. 1863年、八十八~復讐~

『――――永鳥、さん・・・・・・・・・?』



駕籠の中には―――永鳥が隠されていた。倒れた一本の柱に、両手を括りつけられていた。

『――――――・・・・・・・・・』

・・・・・・紅い布を噛み締める口が徐々に開いてゆく。生きているのか、死んでいるのか判別が難しかった。



パ ンッ



『!!』


右腕に衝撃が走る。古閑の放った手裏剣が彦斎の刀に当り、刀の先が折れたのだ。彦斎が均衡(バランス)を崩して地面に落ちる。跪く形となった。


〈矢張り・・・・・・〉


と、佐々は思った。古閑は彦斎に永鳥を斬らせようとしたのだ。彦斎の無双状態を止めるには、仲間を殺させ、精神的な傷を負わせる事に尽きる。同時に其は古閑自身の彦斎に対する復讐でもあろう。無惨な殺し方をしながらも、仲間内では情の通った一人の人間である事を、古閑はきちんと調べている。


ザク


刀の先が空中を回転して地面に刺さる。



『永鳥さん・・・・・・永鳥さんっ!!』



・・・嘘。永鳥の甥である松村 深蔵が駆け寄ろうとする。併し藩兵が其を阻んだ。彦斎も叉永鳥に手を伸ばそうとするが



『―――彦斎っ!!』



『―――!!』



―――背後から刃を振り下ろされた時、彦斎は後方を漸く(かえりみ)た頃だった。斬ッ!!左胸を裂かれ、彦斎は大きく後ろへ仰け反る。

ヴァッ,と鮮血が空中に噴き上がった。

『・・・あの彦斎が斬られるなんて・・・・・・!』

山田 十郎が色を失った。古閑は天井の殺がれた駕籠から身を乗り出して

『フフーン?・・・少し安心しましたよ。貴方にも血は流れていたんですね』

・・・笑った。駕籠の上から永鳥を覗き込む。

『・・・・・・』

・・・・・・永鳥は動かない。少しいじめすぎたかな、と想う。死んで仕舞っては慶順(よしゆき)さま(韶邦)の御叱りを受ける。だがこの男に限っては、命の期限が定められているし、其は最早短いではないか。

―――其に、之だけ肥後勤皇党(こいつら)には殺されている。


『・・・・・・・・・・・・』

・・・・・・・・・永鳥の口が、微かに閉じて布の瘤を噛み締める。


『まだだ!皮だけだ!』

―――彦斎の背後には用心深く二人いる。彦斎が倒れゆく途中で、もう一本の刀が彦斎の右腕を狙う。半分から先の無い刀が叩き落されて、避け切れなかった一本の指の爪から先が切断された。

『っ・・・!!』

・・・太い血が筆で書いた様な円を描く。身体が円を描いているという事だった。血の滴る右手を地に着き、肘に力を入れて身体の向きを左にずらした。向かって左側の敵の脛を右足で刈る。

『!?』

右腕を使って発条(ばね)の様に身体を跳ね上げ、左足から其の侭鳩尾に突っ込んだ。左側の敵の二刀目を彦斎も受け、片袖が切れる。

『ぐっ!!』

『・・・っ』

・・・だが、地面から離れた右手は既に脇差を抜いている。彦斎は空中で身体を起すと、斬ッ!!と相手の首を飛ばす。その身体を踏み台にし、既に二刀目を構えている相手の横に向かって跳躍した。

『な・・・!』

ストッ。相手の肩の上に乗り、膝で相手の顔を蹴る。相手の背後に着地し、身を翻して後ろから心臓を一突きした。


『はぁっ・・・はぁっ・・・』

『化物・・・だな・・・・・・・・・』


ドサリ・・と身体が崩れ果てる。その先には古閑の姿があった。永鳥の髪を掴んで引き起している。

心臓を貫いた彦斎の刃は古閑の心臓を其の侭向いていた。

『あーあ。てっきり感情の侭に永鳥(このヒト)も殺してくれるかと思っていたのに。・・・まぁ、動揺は誘えたので其は其でいいんですが』

『・・・・・・』

『意外に頭を使っているものですねぇ。其とも、淳二郎先生が(ココ)に居られない事を考えたのかな?』

彦斎は珍しく肩で息をしていた。刀の鍔まで血が伝ってぼとぼとと地面に落ちてゆく。血の色が黒く視える事が可笑しくて、古閑はうっすらと哂った。

『・・・・・・黙れ小僧。その穢らわしい手で永鳥さんに触れるな』

『もー全くつれないなぁ。其に、人殺しの貴方が“穢らわしい”と、そう言いますか?』

ピリッ,と彦斎の空気が殺気立った。大体の場合は相手を一生黙らせて終りだが、永鳥を盾に取られてはそうはいかない。

『―――――・・・・・・』

自分の思想と適わない人間が魔性にしか見えなくなり、その魔性を殺す事に依って魔性の思想を拒否する。司馬御大は彦斎をそう評価しているが、其が如何もこの事らしい。

・・・・・・彦斎の表情が曇った。隙が出来た。


『其に、“立場”というものを貴方は解っているのかなぁ・・・?』



ジャッ!



両側から分銅鎖が飛んでくる。彦斎ははっとし、辛うじて躱した。が、樹上より放たれた第三の鎖には気づく余裕が無かった。

上空(うえ)・・・・・・!〉

鎖が遂に彦斎を捕える。(おもり)が千切れた指の先に触れ、彦斎は痛みの余りに刀を手放した。着地したが鎖は手首の位置まで巻きつき、殆ど身動きを取る事が出来ない。

『彦斎っ!!』

『フフ。つーかまえた』

古閑が永鳥の顔を掴む。ぷにぷにと唇を指で触れて(あそ)んだ。・・・するすると、永鳥が後ろ手で抱いている柱が少しずつ滑り落ちてゆく。




『「兵法」か・・・・・・』

佐々は思わず感嘆の声を上げる。古閑は彦斎について可也(かなり)研究している。

彦斎は確かに剣だけの人間ではない。人斬りにしては頭脳派の一面もある。併し、剣の人間である事に変りは無い。

或る意味で今日ほど弱い彦斎を見た事が無い。


『・・・不様な姿だな、淳二』


―――扉が開き、佐々一門である国友 半右衛門が中に入って来た。淳二郎は特に驚かない。自分も彦斎の事は言えないなと、苦笑する心持でいる。

『まさか惣四があの駕籠の中に潜んでいるとは思いませんでしたからね。あの駕籠に永鳥さんが居ると思ったものですが。私は』

『お前ならそう考えると思って探索方(そうし)にしたのだ』

『なるほど』

淳二郎は肯いた。淳二郎も今、両腕を格子に繋がれており動けない。肥後藩の諜報機関を侮る勿れ、か。淳二郎の場合は一族の情報網だが。

見事に弱点を突かれたり、逆手に取られたりしている。

『淳二』

『はい?』

淳二郎は外の景色から国友に視線を戻す。

ぴよ。

「!」

国友が至極真面目な顔でころんころんと黄色くて丸いお菓子を入れた箱を揺らしてきた。淳二郎の目つきの悪い表情が崩れる。

『・・・食うか?京やの限定品。食いたいなら食わせて遣る』

『は?まさか私にツッコミをしろと』

似た様な顔の造りをしているくせに全く似ていない。表情筋の動かし方のせいか。

『京菓子を食う機会は今日で最後だろうからな』

・・・・・・。淳二郎は僅かに眼を見開いた。・・・そうですね。戴きましょう。少し間を置いて淳二郎は答えた。その言葉に感傷は無い。




・・・・・・彦斎はいつに無く疲弊している。

『・・・・・・』

彦斎の右手から頻りと血が落ちている。彦斎自身、己から之程血が流れ出るのを初めて見た。

『怪我をすると、貴方でも痛がるものなんですね?』

・・・古閑は永鳥を引き摺った侭前へ進み、落ちている―――恐らく、彦斎の指を―――・・・踏み(にじ)った。彦斎の眼が見開かれる。




『あの古閑という青年―――・・・出来ますね』

佐々の方は茶菓子を食べながら観賞会へと興じている。はむはむと半右衛門の手から菓子を食べつつ、言った。

『そうだろう?』

半右衛門は答えた。




『古閑・・・!人斬り彦斎は捕えた。もう、ここで―――・・・』


『いいえ』



古閑は相変らず貼りつけた笑みで彦斎に近づく。ちら・・・と背後にめくばせをすると、人質の一人一人に刃が宛がわれた。

『!!』



『―――今、此処で訊問もして仕舞いましょう』



古閑が永鳥の顎を持ち上げ、(おもむろ)に出した短刀を頸に突きつける。


『・・・斯ういう性格の人はね、自分が甚振られるよりも仲間が苦しむ姿を見せた方が、すらすら答えてくれるんですよ』

『貴様―――!!』


―――河上 彦斎にしてみれば、仲間を大量に捲き込んで得体の知れぬ相手から脅されている情況で、解せなかったに違い無い。

幾ら藩の探索方と名乗ろうが、探索方の汚れた()り口に出会うのは初めてだし、古閑 富次と言われても殺した姓に古閑など在ないから、古閑が何処の縁者なのかも判らない。


『おキツネさん―――・・・いや、河上 彦斎さん』


彦斎が古閑を睨む。だが其は虚勢にさえ映った。相手は自分を知り尽しているが、自分は相手の事をまるで知らない。その事に対する恐怖が、今の彦斎からは滲み出ている。

―――剣を持たぬ彦斎など、只の見た目通りの男に過ぎぬ。人斬りの本体は―――・・・血塗られた刀の方。以前にも暴いた男が在った。


彦斎を、“稲荷(かみ)”から只の“人間”にして仕舞う


『我々のする質問に、一問ずつ淀み無く答えていってください。若し、考える様なそぶりやだんまりを決め込む様だったら、一問につき一人ずつ、人質の首を飛ばしていきますよ。

―――(かつ)て貴方が、我々の同志に為された様に』




―――こちらも、万事休すの情況であった。


「・・・・・・」


・・・・・・松田と吉村が崖を背にして立っている。残りの肥後人三人の姿は視えなかった。

「・・・・・・久し振りだな、護順(もりゆき)!」

松田が明るい声で言った。辺りは緑に覆われていた。緑を背景に、浮び上がる様にして、白い像と黒い影が松田等の前には在った。


「その名で呼ぶでないわ」


・・・黒い鎧をカシャンと鳴り響かせて、手綱を引き、座高ほどの丈のある兜を被る武将は白馬の足を彼等の前で止めた。

遂に天誅組(かれら)は諸藩の兵に囲まれる。



「名などお主の居らぬ間に疾うに変えておる。今や藩主ぞ、重助。名は、慶順(よしゆき)になった」



慶順は韶邦(よしくに)の藩主名で、護順は元服前の名前である。『慶順』は徳川第12代将軍・家慶より偏諱を授与されて得た。幕府が朝敵となった際に『慶』の字を返上する事となり、本来の『韶邦』に戻る。


「・・・ああ、そうだったな」

松田は肩よりずり落ちる吉村の腕を支えつつ言った。・・・・・・。懐かしむ様に笑う。併し、彼は其でも肥後に帰る気は無かった。



「―――随分言うのが遅れたが、藩主就任、おめでとう。慶順」

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