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八十. 1863年、八十八~接触~

―――宮部 鼎蔵、河上 彦斎、轟 武兵衛の三人は同時に刀を抜いた。




三人が同時に剣を抜く。たんっ・と宮部が足を強く踏み込んだ。その一瞬の間に、両脇に居た河上 彦斎と轟 武兵衛の姿が消えた。

踏み込んだ後に一呼吸あるかと思いきや、即座に藩兵から血が噴き出した。後ろに倒れ、ビクビクと身体を痙攣させる。

『・・・・・・やれやれ』

返り血が自身の処に跳ねてきて、宮部は心底嫌そうな顔をした。斬る事に対する抵抗と謂うよりは、単純に血を嫌悪している様である。

『着物が汚れるから嫌なのだが・・・斯ういうのは』

血の染みを抜こうとするかの様に軽く血の飛んだ着物を絞る。汚らわしいといったところか。宮部の雰囲気が一瞬にして険悪になる。


『おのれ宮部、おぬしも藩に逆らうか!』

宮部が刃を向けた事は藩にとっても意外らしく、藩兵は少したじろいだ。その上思っていたより(はや)い。抜いた刀を只突いただけ―――・・・


構えも無く、刀を只持っただけ。・・・・・・片手で。


『・・・・・・私“も”?』


ザオッ!! 轟が藩兵の背後から、最前列一列の首を一気に刎ねる。首は全て宮部の方向に飛んでゆき、門扉にぶつかり、着物だけでなく宮部の頬も汚す。轟が構わず藩兵の集団の上に着陸し、数人を下敷にし、一回転して周囲を辻風の如く一掃した。更に首や胴体が()び、司令塔(あたま)を失った肉体がばらばらと崩れ落ちた。最前列の躯に新たな躯が折り重なる。



『私“が”、首謀者ですよ』



宮部が頬に跳ねた血を指で拭き取る・・・視界はかなり拓けており、最も近くで其を聞いていたのは味方の轟 武兵衛である。

『何をお喋りしている、宮部』

ニィ・・・と轟が哂う。

『・・・いえ、流石に8年前の事となるとあれを知らぬ者も増えたなと思いましてね』

ジャ、と藩兵が銃を構える。轟はフ・・・・と鼻で哂って藩兵の方を振り返った。

『だとよ』

・・・御丁寧に話を振って遣る。だが、轟の背後で血が噴き出した。今度は彦斎に拠る奇襲である。藩兵は銃の引鉄を引く只其だけの事もせず次々と兇刃に斃れてゆく。

宮部はずぅ・と摺り足で一歩進み

『我が藩ながら情けなくなってきますよ。・・・・・・8年前の抗争も忘れ』

たんっ・と逆の足を強く踏み込んだ。その頃には刃が心の臓を突き貫けている。周囲の藩兵が宮部に銃を向けようとするも、轟が薙ぎ掃い、彦斎が首を刎ね・・・宮部自身がもう片方の手で、弾が放たれず冷え切った銃の鉄部分を掴んで止めた。


『―――こんな西洋文明に頼り切るとは』


・・・屍と化した躯から抜いた刃で其の侭別の者の首を刎ねる。実に無駄の無い動きであった。取り上げた銃を路傍に投げ棄て刀を流れる様に左から右へ持ち替えると、更に隣の藩兵を瞬時に薙いだ。

『フ・・・・何を今更』

轟は顎を引いて背後の藩兵に向き直った。細川に“鍛われて”いるだけに逃げる者はいなかったが、口だけと思われていた宮部の反逆、黒稲荷の再来、黒稲荷を超えた化物(けもの)に彼等は震え上がっている。幾ら性能の良い銃を仕入れていても、否性能が良いからこそ使用者に大きく影響される。詰り、照準が合わない。

合わせている間に人が死ぬ。

『―――如何やら、最も未練が大きいのはおぬしらしいな、宮部』

『まさか』

宮部と轟が背中合わせに立つ。同時に刀を一振りすれば、宮部の相手は一人死に、轟の相手は5人吹っ飛んだ。

『私が惑えば、その為に天誅を下してきた彦斎やあなたは如何なります。あなたなんて、行き掛り上脱藩になって仕舞った様なものでしょう』

『フン、くだらん心配を』

勇猛果敢な者は使い手を択ぶ銃を手放し刀に切り替える。其こそ愚というものであった。が、銃を抱えて死ぬよりは刀を抱えて死にたかろう。

宮部の背後に刃が降り懸る。宮部が腰元に空いた方の手を伸ばす。轟が斬ッ!!と上段から両手で刀を振り下ろし、宮部の背後に迫る敵を頭から股下まで真っ二つにした。

―――宮部が盛大に血飛沫を受ける。


河上(あのでし)も俺も、()りたい事を遣っているだけだ。其に、地元に残れば永鳥と同じになっていた。故郷が無いのは俺も同じだ』



ズ ドン ッ !


・・・彦斎が上空から降って来て、遺体を踏み荒す。彼等の背後に居た兵は叉二列程朽ち果てる。彦斎は立ち上がり、にこ、と宮部に微笑んだ。

三人とも全身がもう真紅だ。

『七十・・・・と謂ったところか』

轟は死体から武器を剥ぎ取りながら言った。といっても銃には見向きもしない。飽く迄刀であった。

『効率が悪いぞ、宮部。お前、十は殺したのか?』

『あなた達化物(けもの)と同じ感覚で人数を割り振られても困りますよ・・・私は極めて善良な一般市民です』

極めて善良な、か・・・・と轟が呟く。藩から見れば充分“悪い子”だがな。その証拠に、腰を抜かして戦力にならない者を抜いても藩兵二百は下らない。




『ぬおおおおおおおおおおおおお!!』



『おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!』




―――轟と彦斎が愈々(いよいよ)本格的に“開拓”し始める。寺町門は彼等の手に拠り、嘗ての羅城門の如き(おぞ)ましい光景に近づいてゆく。


「うおお・・・やっぱり心配する程でもなかった」


その最中、久坂の命を受けて山口が羅城門に降り立った。彼等のつくった細い道を駆けて行き、宮部が戦う相手の急所目掛けて苦無を飛ばす。ひぐ、と蟇蛙(ひきがえる)の様な声を上げて相手は斃れた。宮部は即座に刀を持ち替え、背後の道より来る影に刃を向けた。だがすぐに山口と気づく。

「―――山口君!?」

「久坂先生より伝言です」

・・・山口は飛び道具で掩護しながら囁く。彼は応援に就かず、すぐにこの羅城門を去る心算であった。

鷹司(たかつかさ) 輔煕(すけひろ)さまの御邸へ行き、長州藩御親兵と合流してください。現在、外構九門は内側からも全て閉鎖されていますが、堺町御門の東にある御邸に続く裏門だけは今も無事の様です。其方へ向かってください」

「!?久坂君が御所に来ているのか!?」

「ええ、其については後程。とにかく今は一刻も早く合流してください。私は同行できませんが」

言うだけ言うと煙の様に消える。ぽかんとして宮部は死体のみがつくる路地を見つめる。背後から叉敵が来ていたが、山口が置き土産をして去った様で、宮部が振り返る前に眉間を射貫かれて倒れた。

『轟さん!彦斎!堺町御門だ!!』

宮部が刀を翳して叫んだ。剣の動きに敏感な人斬り達は即座に宮部を注視する。行け!!と轟が刀を振り上げて呶鳴った。


『轟さん!?』



『背中を護って遣る。案内(あない)しろ宮部。内と外のどちらの道から行く』



轟が視線で彦斎に指示を与える。彦斎は刀を一閃させると駆け出し、宮部の後に続いた。追う兵を轟が蹴散してゆく。


『外を回る。門内にはもう入れぬらしい。鷹司卿の御邸に皆居る様だ。其処へ向かう』


宮部と彦斎が寺町門を離れる。轟の網を通過した藩兵を彦斎が退治し、前から来る敵を宮部が掃った。宮部の剣は他藩の者相手にこそ有効に作用する。

取り締りをしている薩摩の兵か。ジゲン流特有の苛烈な一の太刀が来るも難無く躱す。敵が中村 半次郎ほどの強者でなかった事も大きいが、地域的な理由で類似した剣術が肥後には伝わっている。故にジゲン流一の太刀への耐性を自然と身に着けている者が多いのだ。



斬!!



―――二の太刀が来る前に逆袈裟に斬って捨てた。



「――――」

・・・無事に辿り着けそうだという事だけを確認し、山口は逸早く鷹司邸へ戻る。山口の暗躍に目を向ける者は殆ど在ないが―――




―――堺町門―――・・・




(・・・・・・・・・何やってんねんアイツ?)

―――白いだんだら模様を袖口に(かたど)った、浅葱色の羽織。額には鉢金。長い前髪の下に隠したつり上がった双眸は空を見上げ、なかなか奥に通して貰えず薩会と一触即発になっている自分の所属隊を遠巻に遣り過していた。

(・・・んな派手に動いとったら・・・・・・)

この男的には山口の動きは派手らしい。視線を戻すと、彼と同じ羽織を纏う恰幅のよい男が鉄扇で会津藩兵の突きつける槍の先を煽いでからかっている。会津藩兵が逆上し、堺町門は再び久坂等と薩摩藩兵の時の様な殺伐とした空気に包まれるも、山口と同じ役として(いくさ)奉行が駆けつける。彼等が交渉している折、宮部 鼎蔵と河上 彦斎が角を曲って堺町門の通りに出て来た。


(・・・・・・)


山口を知るらしきこの男は彼等を見て見ぬ振りをする。併し、この男の隣に居る別の男が彼等の動きを見ていた。


「・・・!?」


―――宮部が刀を振るっている。



(あの(わざ)・・・・・・)



宮部と彦斎が堺町門より手前で消える。直後、軍奉行より沙汰があり、彼等の方は蛤御門へ移動となった。其処から御所内に入り、内構六門の内最も格式の高い建礼門を警固する。

「・・・・・・尾形はん?行きまっせ」

男が男に声を掛ける。彼等は各々小隊を率いており、片方の列だけ少し出遅れていた。・・・声を掛けられた方の男は

「・・・ああ」

と、肯く。バサリと羽織が音を立て、だんだら模様が風を切る。




宮部と彦斎が久坂等と遂に合流する。鷹司邸には九門の出入を禁じられた急進派公卿(三条 実美・三条西 季知(すえとも)・東久世 通禧(みちとみ)・錦小路 頼徳・壬生 基修(もとおさ)・四条 隆謌(たかうた)・澤 宣嘉(のぶよし)のいわゆる七卿)や真木和泉が既に着いていた。長州藩兵の他に長州藩支藩である清末藩や岩国藩の兵、藩を挙げて尊皇の意識高い因幡藩の御親兵や土佐浪士等も集結し、邸内は人で溢れ返っていた。


「彦斎!―――宮部さんっ!?」

久坂が玄関まで赴く。彼等の着物は血が滴り落ち、部屋を汚す為に室内に入る事が出来なかった。宮部が潔癖な程に血振いをして刀を納めると、襷を解いて羽織を脱いだ。脱いだ羽織の裏で全身の血を拭って漸くましな状態となる。

「―――っ!・・・怪我は」

「心配は要らぬ」

―――・・・羽織が重く、ボロ雑巾の様になっている。・・・全て返り血だ、と言った。怪我ではない、その血は他人のものなのに、恐らく怪我と言われる以上に喪失感が大きかった。

「何という顔をしている」

宮部は久坂を叱咤激励する。

「7年前(あのとき)に言っただろう、天誅を遣っていると」

ぱさり・・・と緋の羽織を地面に落す。刀を一本、左から右の腰元に移し不思議な差し方をした。久坂は呆然と其を見ている。




「・・・・・・」

・・・・・・男は切れ長の静かな眼で建礼門を見上げ。




「・・・・・・フーフフ」

・・・・・・叉別の男は壬生に聳える藩邸の門を見上げ、静かな声で笑った。




「私は元々綺麗じゃないぞ。今回で何も失ってはいない。其どころか、鷹司邸(ここ)に来る迄にも何人に背を護られた事か。私は逆に大切なものを手に入れていた事に気づいた。・・・他人の心配をしている場合ではないぞ。長州藩には絶対に生き残って貰わねばならぬ」


―――久坂には決断の刻が容赦無く迫っている。宮部と彦斎の背後に新たな足音が聞えてくる。其も複数どころでない。数十数百とも謂える足音が軍隊の如く足並を揃えて遣って来る。宮部と彦斎が振り返って両端に身を引くと、間に長州藩士の軍団が割り込んだ。



先頭は家老・益田 右衛門介。そして、桂 小五郎。



「桂さん!?」

桂の武装に久坂は顔を蒼くした。戦場というのは全く人の心を狂わせる。穏健派で通っていた桂 小五郎が、黒の陣羽織に陣笠を被り白鉢巻を締めて戦意を露わにしているのだ。


・・・この八月十八日の政変に限り、桂は「開戦」を主張したのだと云う。


「・・・・・・珍しいな」

之には宮部も不安になる。桂も叉、宮部の血を浴びた姿に激しく動揺した。其が更に、桂の開戦への決意を強くした様だった。

「・・・・・・幾ら私でも、友人がこんな姿になって黙っていられるものか・・・・・・」

「桂さん・・・・・・?」

久坂は力の弱い声で訊いた。桂を逆上させる程の何かが藩邸で起きたのだろうか。今此処で起きている以上にまだ何かあるのか。

「・・・・・・宮部さん、河上さん」

鷹司邸に無事に辿り着いたからといって、彼等の安全が確保された訳では決してない。轟も未だ到着していないのだ。

併し其でも合流した二人の無事に僅かながら安堵した久坂の甘さを、猶も厳しい現実が彼の友人を用いて断ずる。



「佐々さんが―――・・・」



「「「――――!!」」」



―――長州藩集中砲火の裏側で、肥後人狩りが行なわれている。長州藩という後ろ盾が力を失うのを見計らっていたのだろうか。

水戸、薩摩、土佐とは違う、一人一人に予め張り巡らされていた糸が今となって回収される様な周到性を感じる。



「なっ・・・!」



過保護で(こま)やかな細川の糸は、一人一人の“個人”を手繰り寄せる。粛清とは少し違う様に思えた。我が子を迎えに訪れたかの様だ。

―――・・・併し、決して逃しはしない。掌から零れた些細なものでも必ず(ほだ)す執着心めいたものに、久坂はぞっとさせられる。



「・・・河上さん、古閑(こが) 富次(ふうじ)という男があなたを名指しで言っていたが、何か因縁でもあるのか」



「――――」


桂の訊問する口調に、久坂はぎょっとした。まるで佐々等が囚われたこの状況を彦斎が招いたと言いたげな、責めた態度に見えた。


「彦斎!!」


彦斎が外に飛び出した。

―――行って仕舞った。肥後藩邸に向かったのだろう。幾ら腕利きとはいえ、自ら捕まりに行く様なものだ。

・・・・・・無事に合流できたのに。

彦斎が出て往ったのを機に、辺りは一気に主戦論で盛り上がる。行動する者が現れた事で、自重の空気が消えたのだ。

・・・・・・之では全てが壊れて仕舞う。



バンッ!!



―――引戸を蹴り壊す音がした。その前より鷹司邸は(ひしめ)き合う兵達の武器で傷ついていた。公卿の邸などもう関係無い。

轟 武兵衛が男を一人俵形に担ぎ、三人の男を連れて邸内に入って来た。


「宮部」


轟が担いだ人間を宮部に抛り投げる。縄目が未だ解けておらず、気を失った侭であった。宮部が慌てて抱き止めて、背中を壁に着いた。

「―――!春蔵―――」

「救出できたのは之だけだ。途中で見つかったものでな」

轟が口から流れる血を拭いつつ言った。この化物(けもの)は鷹司邸に合流する途中で藩に囚われた御親兵の部下達を助けに寄っていたらしい。―――宮部の弟・春蔵に加屋 霽堅(はるかた)、富永 守国、藤村 紫朗。若き彼等がこの八月十八日、御親兵に出動していた。

「轟さん!怪我は―――・・・」

「こんなものは怪我の内に入らぬわ。其より久坂、河上が鷹司邸(ここ)を出て往くのを見たが・・・・何処へ行った」

轟はすぐに事情を訊く。そして、フ・・・・因縁か・・・・と呟いた。流石に心配かと思いきや、さして気にしていない様だった。

寧ろ、この状況にありながら愉しげですらある。


「手並を拝見といくか・・・・扨て、何人連れて帰れるか」


・・・・・・久坂は心が徐々に落ち着きを取り戻してゆくのを自覚した。轟は自身の弟子に全幅の信頼を置いている。

心配すべきは自分達(こちら)の方だ。久坂は桂と向き合った。

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