七十一. 1863年、下関~七百年後の壇ノ浦~
「1863年、下関」
「―――何?清河さんが殺された?」
古高 俊太郎の切り盛りする枡屋に、情報収集を兼ねた休息に来ていた宮部 鼎蔵は、齎された情報にすぐに休息の時間を失った。
清河 八郎暗殺。この出来事を切っ掛けに佐幕の全盛時代が訪れると思うと、この男を失った事に因る損失は矢張り大きかったと謂えるだろう。
「―――何があったのだ」
宮部は奥の部屋へ入ると鋭い表情で即、訊いた。眼が光っている。いつもの古高なればその貌に怯えるだろうが、宮部がこの表情をした時は古高自身もその余裕が無い事が多い。
「殺されたのはえっ・・・江戸でだそうです」
「江戸―――?」
清河が殺されたのは4月13日の事だという。浪士組を連れて来て以来京に留まっていたと宮部は思っていたが、清河は江戸に戻ったらしい。
「・・・下手人は?」
「わわっ、判りませぬ」
と、古高は答えた。153年経った今では歴史に興味を持つ者であれば誰もが判るが、当時彼等には判らなかったろう。だが、宮部と古高の両氏には其は其ほど重要な事項ではない。
「其よりも・・・」
もっと重要な事がある。古高は鋭敏に其を捉えていた。古高にしては清河の死も然して悲しまず薄情な気もするが、不思議と皆がそうなのだ。清河の才は惜しむべくしても、涙を流す者がいない。清河とはその点、死しても湿っぽい感情と無縁の才子であった。
―――其よりも。
「清河さんが京に残された一部の浪士組の方達が、会津藩預りとなっていた事が判りましたっ・・・名を“壬生浪士組”」
「―――壬生?」
宮部は声を険しくした。
「彼等は八木家へ居直る気でいるのか」
宮部は浪士組の一部が壬生の八木 源之丞邸や前川 荘司邸を屯所としている事を知っている。之は当然の事で、肥後熊本藩邸が壬生寺や八木家、前川邸と目と鼻の先に在るからだ。当時は周辺に田園しか無かったというから、両者ともよく見えたであろう。
浪士組隊士と知らぬ間に擦れ違っていても別に不思議ではない。
「・・・・・・会津藩預りとなられては、全く以て厄介でしかないな」
「お気をつけてくだされっ、最近では隊士募集等で人員を増やしているそうですので・・・」
「君もな」
としか、宮部は言えない。互いに新選組とは宿命的な二人である。
「―――まぁ、会津はともかく肥後は特に反幕を掲げている訳ではない。会津と肥後が敵対する事は無いし、若しそうなれば肥後藩が志士を守ってくれようぞ」
―――清河はまさに、刺客と謂える置き土産を彼等に遺して冥土へ逝った。
「・・・・・・」
長州本国が攘夷の熱が真骨頂に達している頃、京では清河暗殺の報せが届き、三大人斬りの一人・田中 新兵衛が自刃、京都御親兵は土佐が容堂への政権交代に依り人員を一新して配備、薩摩と水戸が罷免させられ会津が台頭する等、政変の前兆と呼べる出来事が続いていた。併し、福岡の平野 国臣、久留米の真木和泉が釈放される等、西国にはまだ動きの視えぬ藩が在る。
―――思い返してもみれば、この時の肥後藩も底意が視えなかったであろう。
宮部は御親兵総監に任ぜられ、全国諸藩より集結した御親兵3000人の頂点に立った。之について、藩主に大変慶ばれた。
『―――我が子よ』
藩主・細川 韶邦は京を出る直前、宮部にわざわざ会いに御所まで来られた。長州藩主世子・毛利 定広と一緒に居り、若くして領民を束ねる者同士、馬が合う様であった。
『之ぞ武士の鑑。武士の忠誠を示す動き、見事である』
藩士同士が反目し合う中で、藩主のみがこの藩は違う。逆に謂えば、異質でなければ藩主といえどあの難治の国では定着する前に芽を摘まれ、細川の230年統治は在り得なかった。
不思議な一族である。関ヶ原の時代、京よりふらりと遣って来て、初めは豊後を治めていた。肥後に転封されてからは領民を“我が子”と呼んで、細川にとって同僚に過ぎなかった加藤 清正を領民と共に祀り、神道の地である事を大事にして盛んに神社を建立し自ら参る等、結構な溺愛ぶりと謂える。一方で、本来の故郷である筈の京の人々から「牛若さん」と歓迎されても見向きもしない。
『・・・・・・;』
“我が子”と言われた時、宮部は苦笑したくなった。何せ一回り以上年下で、背も自分ほどは無い。如何にも風流人でもある。
ここ迄書くと総じて良い殿さまである。之ほど領民を大事にした政治を行なう大大名も珍しかろう。
・・・只、脱藩者・松田 重助は細川を肯定した事が無い。肥後人が声高に倒幕を叫ぶ事は無いが、重助だけは倒幕の意思が明確であった。
―――重助は確か、韶邦の教育係だった。
過去に何かあったのだろうが、その事に関しては宮部も知らない。
(・・・・・・永鳥君から返事が来ないな)
古高が茶を取りに下がった後も、宮部はひとり考え込んでいた。横井 小楠は“士道忘却”の罪にて身柄を拘束されているという。
横井は尊皇開国である。其だけ聞けば、韶邦は充分勤皇党の味方だが。
(――――・・・)
文久3(1863)年6月―――・・・
長門国赤馬関壇ノ浦(現・山口県下関市)。赤馬関を縮めて「馬関」と呼ぶ。壇ノ浦の戦いの舞台にもなり、現在は関門海峡と呼ばれるこの場処は、この時、外国軍艦に阻まれていた。
「・・・・・・」
猶、ここでの主役は久坂 玄瑞と河上 彦斎である為、世間的に有名な奇兵隊などは露ほどしか出てこない。謂わば裏の物語である。
久坂と彦斎は長州藩軍艦『庚申丸』の帆船上に居た。目の前には米国軍艦・ワイオミング号の黒い影が見える。
「―――なしてあぁたが僕と一緒に居ると!?」
彦斎は心底不思議な顔をして玄瑞に尋ねる。玄瑞は久々に通常のユルイ笑顔を浮べると
「お前が長州の船に乗っている事の方が余程不思議な事だと思うぞ?」
と、言った。彦斎が長州側の船に居るのは、藩主世子・毛利 定広から藩主・細川 韶邦に正式に許可を取っている。
「―――光明寺党は?」
「お前・・・ホント個人主義だな。あれは高杉に遣ったよ。奇兵隊なんていう面白い名前に変えて、今は陸上で待機している」
ふぅん? 彦斎はよく解らないが取り敢えず納得の返事をした。どこまでも他人に興味も期待も持たないスタンスを貫き徹す様だ。
其でも、自分以外に誰も居ないのに(砲撃部隊は居るが)塾生一人で来ている事が矢張り不思議は不思議らしく
「京に居る山口さんや佐倉さんに指示はせんでいいと?」
と、訊いた。
「もう文は送ってある」
「はぁ~・・・抜け目ん無かね、あた」
彦斎は呆れ返る。・・・妙な空気が二人の間に漂った。・・・・・・。二人は互いから眼を逸らし、少しの間、沈黙した。
「お、あれか」
ん?ワイオミング側とも下関側とも異なる第三の方角に、軍艦が在る。長州藩の別の船が其方へ向かっており、その先に在る大きくて立派な其を玄瑞は指差した。
「―――・・・あぁ」
彦斎は叉も呆れる。ありゃ肥後藩の軍艦である。姫島に陣を布いており、軍艦も大砲も(国内では)最新式であった。
(わさもん)
彦斎が口をあんぐりさせていると、玄瑞が
「肥後は牛若さまが直接指揮を執られるのか。すげぇな」
と、感心した様に呟いた。玄瑞の方が余程彼等の藩を見ている。藩主・細川 韶邦が高い頭身の兜を被って船上に出て来ていた。
その兜の奇抜さたるや。
戦国武将もまっつぁおな、ゴキブリの触角をイメージさせる兜。而も、触角の長さが上半身の高さ程あり、ぶっちゃけ其もゴキブリと似ている。更に、具足も真黒で光沢を放っており、最早ゴキブリを意識してデザインされたとしか思えない。藩祖忠興の兜も掃き掃除が出来そうな異彩を放っているので、恵まれた容姿から残念なセンスという転落ぶりは、まさに忠興の生れ変りと謂えよう。
「お前んとこの藩主、すげぇな」
「ああ、すごかろ」
本人は殆ど出てきていないのに発揮される多面性。細川 韶邦という人がもう既に掴めない。
「―――・・・そろそろか」
―――久坂が風で顔に張りつく髪を掻き上げながら言った。彦斎は醒めた表情で
「まだ」
と、答える。
「だが、之以上近づくと危険だぜ」
久坂も冷静な表情に戻って返した。彦斎は意外な顔をした。久坂には何らかの策が有るものと思っていたのだろう。
「・・・?あた、何の為にこの船に乗っとっと?」
「お前、考える事全部放棄して俺に押しつけようとしてるだろ」
彦斎はにぃ、と笑った。遣れ遣れと久坂は溜息を吐く。・・・・・・まぁ、思ったより気にしてなさそうでよかった。
「・・・策は有る。待ってろ」
久坂はそう言い残し、船縁から離れて船長室へ行った。
「剛蔵さん」
ぴた、と庚申丸が停まる。
「・・・・・・」
「な・・・何じゃ」
之迄進んでいた船が動きを停めた事に、庚申丸でも少なからぬ動揺が起る。だが、目前のワイオミング号、更に対岸の癸亥丸にはもっと動揺が波紋の如く大きく拡がる。癸亥丸がどう出るかが久坂にとっても読めぬところではあった。
(What・・・)
ワイオミング号艦長・デヴィッド=マクドゥガル中佐は少々勘ぐった。併し、少々である。米国海軍の眼で見れば、徳川国長州県の船なんぞ英国旧式の船を切った張ったした玩具に過ぎぬ。列強諸国にとって之は戦争ではなく、身の程を知らぬ未開の地の原住民を懲らしめるに過ぎなかった。平伏すれば其でよいのである。この慢心が、いつの時代も米国人を大胆で大雑把な行動に駆り立てている。
―――悠々と、ワイオミング号は庚申丸と癸亥丸の間を泳いでゆく。
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
庚申丸の乗組員達は、不安げな表情でワイオミング号の船縁が此方へ迫って来るのを見ている。何せ、構えていないのだ。
構えず只立っていろという指示が庚申丸の部隊には出ている。
「大丈夫なのですか・・・・・・!?」
部隊の一人が近くに居る彦斎に保障を求める。彦斎はワイオミング号に視線を宛てた侭
「おぬし―――久坂を信じよ」
と、言った。
「え!?」
「皆が久坂を信ずれば、この戦は勝つね」
・・・・・・彦斎が鯉口を寛げ始める。ワイオミング号の乗組員が注意深く観察している。
ワイオミング号と庚申丸が益々接近する。ワイオミング号の乗組員の一人が彦斎に眼を留める。彦斎は気づき、視線を合わせてきた。
〈サムライ・・・・・・〉
ドオオォンン!!!!
「!?」
―――癸亥丸が砲撃を開始する。・・・矢張り癸亥丸は発砲してきたか・・・・・・と久坂は強風を受けながら思った。対岸に居る癸亥丸には当然ながら久坂の策は伝わっていない。瀬戸内海に入れまいとしたのだろう。
ワイオミング号は愕き、船体が庚申丸の方へ大きく揺れた。次に壇ノ浦砲台が砲撃する。ワイオミング号は慌てて周防灘に発砲する。はっと先程の乗組員が右舷を振り返ると、サムライが乗り込んでいた。
斬ッ!!
「Au・・・ッ!」
―――一刀の下に斬り伏せられる。乗組員が銃を構える。何名かが発砲するも照準が合わない。彦斎が直前で地を這う蝮蛇の如く身を屈めたからである。中島 名左衛門暗殺の時と同じく夷狄の足首を数名一気に斬り払う。
「伏せろ!!」
久坂が叫ぶ。流れ弾が庚申丸に飛んで来る。乗組員は手当り次第に撃った。長州側のみならず、自軍の船体の床にも銃弾の穴が開いた。
「!!」
な・・・居ない!?ワイオミングの乗組員はたじろいだ。たった今まで床を這っていたのに。冷静な何人かが弾を装填するも、アメリカ海兵隊と謂えど持つ銃は前装式で次の一発を放つのに時間が掛った。而も銃そのものが南北戦争の影響で慢性的な不足状態にある。
〈何処だ・・・!?〉
―――彦斎は上に居た。反応の早い何人かは銃口を上に向ける。手当り次第といっても流石に腕より高い位置には発砲していなかった。併し、弾は放たれず、彦斎も叉斬らず、帆を張っていた糸が切れ、彦斎よりも早い速度でバサリと帆が彼等に向かって落ちて来る。彼等は為す術も無い侭帆に包れ、只その下でもがくしか無かった。
ザクッ!
・・・上から突き刺す。
愕いたのは、左舷の砲撃隊である。
〈何・・・〉
マクドゥガル中佐も蓄えた白髭を鼻息で震わせた。
だぁん、だぁん!!
対岸の砲台が容赦無く砲撃を浴びせる。
「一旦、船を離せ、剛蔵さん」
右舷で舵を取る松島 剛蔵艦長に久坂は言った。松島は愕いて久坂を見る。
「だが、河上さんが」
「アイツは陸上戦は得意だ」
「陸上はそうでも、此処は海上だぞ!?」
「泳がねぇ限り、アイツにとっては海上も陸上と変らねぇよ」
玄瑞は徐々に軍艦の形を崩してゆくワイオミング号を見つめつつ言う。ワイオミング号の船上では、彦斎に拠る殺戮が始っていた。
「―――彦斎を、信じろ」




