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三十七. 1862年、薩長土肥~天誅の火蓋~

文久2(1862)年に、すべてが始動する。



―――薩摩。4月16日島津 久光上京。4月23日寺田屋事件発生。有馬 新七等尊攘過激派粛清され、加担した筑後の真木和泉、筑前の平野 国臣幽閉さる。

―――長州。3月、久坂 玄瑞兵庫警衛藩兵に任命され、謹慎解除。上京す。御楯組結成。

―――土佐。3月24日坂本 龍馬脱藩。5月6日、吉田 東洋暗殺。武市 瑞山等土佐勤皇党が藩政を握る。

そして―――・・・


―――ざしゅっ!


―――唇を真赤な鮮血が濡らし、その舌は、唇の下にあるほくろごと舐め取る様に、力を籠めて一周する。斬った首は平 将門の首の如く東に向かって天高く飛び上がり、数間離れた処にぽとりと墜ちた。

ざ・・・

・・・・・・落ちた首のすぐ側には、通行していた童の小さな足が着地し、足踏みした。

「手柄ばい!以蔵どん!!」

田中 新兵衛が興奮した様に叫んだ。円い眼元が非常に無邪気な男である。言ってみれば南方系の、西郷と共通した造形である。子供の様なその明るい瞳を見ると、体格的にはそう見えても、とても京都中を恐怖で震え上がらせている人斬り新兵衛だとは疑えないであろう。

そして―――人斬り以蔵。

以蔵は着地し、尻尾の様に跳ねる後ろ髪を本間 精一郎の首から背けた。そして、特徴的な下まつげが縁どる銀色の眼が、目撃者である小柄な人物に向けられる。


左目の下の泣きぼくろが揺れた。


以蔵、二度目の天誅活動である。

以蔵は刃を目撃者に向けた。併しその姿貌(すがたかたち)を見て、剣を握る両手が鈍った。新兵衛が「以蔵どん?斬らんどか?」と不思議がる。

「―――遂に()ったとね。岡田しゃん」

(・・・肥後訛り?)

薩摩の人斬り新兵衛には、隣国の方言(ことば)がすぐに特定できた。併しながら、既に人斬りとして名を馳せている二人と違い、この男は京では無名に等しい。其どころか、この日に初めて京の地にこの男は足を踏み入れた。

「・・・おまんも(ここ)で天誅活動始めるがや」

「―――まさか。京には下見に来ただけね」

女の様に柔かい声をした男は併し、飛んで来た首には一切驚く様子も無く、代りに弧を描いている眉を脱力した様にハの字に下げ、

「・・・あたは相も変らず獣が喰い散した(ごた)る殺し方するね。暗殺は陰でこそこそするもんよ。何人斬ったっちゃ、人斬り(ぼくら)は英雄にはなれんばい」

しゃんと片付けて来た時よりも美しゅうしとってね、と言って男は生首を跨いだ。壬生村は何処か教えちはいよ以蔵。

―――人斬り彦斎。幕末の三大人斬りが初めて揃った日であった。尊攘過激派に拠る天誅活動が、最も盛んな年となった。




閑話休題(それはさておき)、1862年の年表に戻る。




―――肥後。この年、薩長土肥の肥前は江藤 新平が脱藩したが、其だけでまだ時機を窺っている。水戸が壊して長州が創り上げたと云うのなら、肥後も叉壊そうとし肥前が創り上げた。と表すのは、少しばかり大袈裟かも知れない。

1862年1月。宮部、上京し清河 八郎と再会す。決裂したかに見えた肥後勤皇党と清河であったが、再度話し合いの末、手を組む事となる。11月、藩主の弟・長岡 護美上京。其に先駆け、河上 彦斎、坊主職を放免さる。



―――熊本県と福岡県の境、三池藩岩本番所―――



「脱藩者ばい!!」

ぴたりと彦斎は歩行を止め、自分がつい今通り過ぎた国境を振り返った。岩本番所は脱藩者が最も流れ込み易い番所でもある。彦斎はスラリと剣を抜いて、刃を己の方に捻り、突進し自身に攻撃しようとする脱藩者に向けて(はな)った。

ド ッ

「・・・・・・・・・」

・・・危なかよ

口から泡を吹き、脱藩者はその場に崩れる。

久坂が入国した時と同じ状況である。今度は自分が追い剥ぎに遭う通行人の立場になり其を()なしていると

「河上しゃん!!」

手傷を負いながらも脱藩者を追って来た番所の役人の叫びが聞えると同時に、野盗などとは比較にならない鋭い気が通り過ぎるのを彦斎は感じた。着地した鋭い気は止る事無く走り去るが、鼻頭まで長い前髪の間から一瞬だけ見せた仄暗い瞳が放つ狂気に、ゾクリと背筋の震える想いがした。

「!」

(二刀遣い―――・・・)

「河上しゃん!大丈夫ばいな!?」

役人が流血でぶら下がる腕を押えて彦斎の許に駆け寄る。明らかに無傷の彦斎よりもこの役人の方が大丈夫ではなかったが、表情は彦斎の方が余裕が消えている。

「・・・?河上しゃん・・・?」

「―――私は大丈夫ですね」

・・・彦斎は少し低い、素っ気無い声で返答した。併し日頃の彦斎を知らない役人はその言葉を真に受けて

「其は良かったです」

と、安心した笑みを浮べる。更には、流れる血の量ほどは深手を負っていないのか、役人は頻りに周囲に目を配らせ

「こん浪人達は、皆河上しゃんが倒したとですか?」

と、感心した。―――・・・ 彦斎は、刃を反して柄を握る手に力を籠めた。

「―――まさか!私にそぎゃん力があるち思いいですか?私が来た時には、もう倒れとったですよ―――」

彦斎は柄を握る手を上げた。

「あはは!確かにそぎゃんですな!其にしても、休暇早々、災難たいね」

「本当ですよー。・・・・・・」

ちん、

と刀を納める。


・・・・・・その光景を、視ていた人物が在る。

荒らされた番所の裏の樹の影で、始終淡い笑みを浮べていた。鼻歌がいつ漏れ出てもおかしくない様な、隠れる気が有るのか無いのか。真直ぐに長い前髪、そこより垣間見える狂気を含んだ瞳。背丈も、体つきも、少年の幼さを残す面影も野盗に乗じて脱藩した男とそっくりであったが、気配が無い事と打刀を二本は持っていない事、着物、細い眉は吊り上がり、切れ長の目尻が垂れ下がっている点、機嫌の良さそうな笑みを絶やさない点で異なっている。

・・・・・・男の持つ切紙(メモ)には、佐々 淳二郎、松田 重助、山田 十郎、轟 武兵衛、松村 大成等、肥後勤皇党員の名が記されており、河上 彦斎の名も挙げられていた。男はその切紙を己が口許に当てると、・・・フーフフ、と不気味な哂い声を漏らした。


「―――殺し殺し。殺すがよかよ。・・・もっと殺して、()ーよ尻尾ば出しちはいよ」

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