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二十. 1861年、江戸~再会~

「1861年、江戸」



・・・・・・とはいえ、この万延元年という年は全体的に充電期間であるというか、各々が来たるべき戦いに備えて文に武に、修行に暮れている時期である。或いは、水面下で色々と探っている時期である。

肥後の事を書きすぎて作者自身が色々と忘れているので思い出し序でに列挙してみると、久坂は一度長州へ帰り、吉田 稔麿は脱藩し江戸へ向かい、桂・周布・大村 益次郎は江戸残留、高杉は試撃行で中部・北関東へ行っている。

なので、ぶっちゃけそんな書きたいと思うほど面白そうな出来事が見当らない。

久坂は長州で和宮降嫁に対する抗議文や阻止計画の作成に掛っていたが、人の頭脳労働ほど書いていてぱっとしないものも無かろう。よって、結局年が明けてからしか特に書く事は無い。

稔麿の脱藩ののち暫くして、久坂は再び江戸へ上った。長州に居ても特にする事無い・・・といった事は忘れて貰って、江戸に居た方が情報を得易く、行動も早い。

和宮に関する変化といえば、文久元年4月19日(1861年5月28日)、内親王の宣下(せんげ)を受け、公武合体の重みが増すと同時に愈々(いよいよ)徳川家降嫁の期日が具体的に決りつつあった。



久坂が江戸入りしたのは之より二月(ふたつき)程前、江戸では桜が花開く頃である。そのせいか、江戸の町全体が何処と無く浮れている様にも見える。

「長州では多分満開の時期だなー」

久坂が長閑(のどか)な声で言った。ん~まさに、春のうららの隅田川。一句できた。

船頭と小舟が川岸のあちこちに点在し、すーいすいと川の中央に幾つか流れてゆく。大盛況の様だ。

「くーぉらぁーー!!松田ーーー!!!」

松田も元気に追い駆けられている。

(お、元気なんだな。松田さん)

最早其は合図。

(さて・・・)

久坂はよっと橋を飛び越え、土手へ下りる。この橋が架けられている為か基本渡し舟は無いが、桜の名所故か春の季節に限っては至る処に何処からとも無く遣って来る。桜の花弁が風に吹かれて船上に届き、隅田川の水面に浮んで波紋をつくるさまが、趣があって人気なのだそうだ。身も蓋も無い本音をいうと、桜のつくる波紋なぞ小舟の流れる波紋で掻き消えるだろと久坂は思っている訳だが。

橋の真下はまだ肌寒い。江戸の春は西の者にとってはどうも寒く、陽の当らぬ処は上着が欲しい。まぁ、逆に西には春が無い、という言い方も出来るかも知れないが。

橋の真下で寝転ぶ人物も、襟巻(マフラー)がまだ手離せない様であった。御郷(おさと)が知れる。松田と違って御郷が知れても特に問題は無い人物だが。

「―――やぁ、久坂」

橋の下に居た人物が、寝転んだ侭声を掛けてきた。久坂はにっと笑い

「―――お久し振りです」

と、笠を外して挨拶を交す。最早数年と慣れ親しんだ、完全に信頼している者の声である。

「永鳥さん」

―――永鳥 三平が起き上がり、顔に掛った襟巻を払った。

「元気そうで何よりだよ」

「永鳥さんと松田さんもお変り無さそうで」

「松田、ね(笑)」

永鳥はとてもいい笑顔で返す。この男は良い意味でも悪い意味でも松田いびりをしている時が一番生き生きしている気がする。

「ところで、松田から色々事情は聞いたよ。お前が送った文の御蔭で隠れ処を一つ失くしたともね」

「あ、やっぱりそうなりましたか?」

久坂は、自分は自分で松田で遊んでいた事実が永鳥にばれて気まずい気持ちになった。他人のおもちゃを勝手に使った様な罪悪感だ。永鳥は自分のおもちゃを勝手に使われて怒る程子供ではなかったが(当然である)

「宛名の点では変名を教えていなかった重助が悪いけど、重助も肥後勤皇党(オレたち)の組織の下で動く人間だからね。肥後の足を引っ張る様な事になったら、流石の久坂でも許さないかな」

確り釘を刺された。久坂はひやひやした顔で笑い返した。おふざけも程々に、という事だろう。

藩の垣根を越えて親身で色々と世話を焼いてくれる宮部や松田とは、永鳥はタイプ的に違う。肥後人の気質・体質としては永鳥の方が珍しい様であるが。

「其はいいとして、早速行こうか。久坂に見せたいものがあるんだ」

永鳥が橋の下を漕いでくぐる小舟を指さした。船頭しか乗っていない、客の居ない舟である。永鳥はその舟に乗ろうと誘う。

「男二人で花見ですか」

久坂がおちゃらけた調子で言うと

「ははは、久坂は恐ろしい事を言うね」

結構ガチな感じで返される。永鳥はこの時もとてもいい笑顔をしていた。全く心の底が読めない。

「とにかく乗り込もう。この後も色々と予定がある。其に、久坂も夜には長州藩邸に入るんだろう?」

永鳥が船頭に合図を送り、舟が漕いで遣って来る。乗りなよ。永鳥が先に久坂を乗せ、前に落ちかかった襟巻をバサリと後ろへ抛って舟に乗り込んだ。

「そうですが、なら橋を渡った方が早かったんじゃないんですか?その方が金も掛らないし」

久坂がへらへらしながら奥へ詰める。永鳥は対抗する様ににこにこ笑顔の侭

「橋だと重助が向う岸に行けないんだよ。渡った先で捕まるからね。其に、お前に見せたいものがあると言っただろう?」

久坂は前者に関しては予測済であった様だが、後者についてはえ?と問う。

「・・・坂」

背後で櫂を漕ぐ船頭が久坂に話し掛ける。急に背中に声を掛けられ、久坂は愕いて振り返った。よく知っている声でもある。

「・・・・・・久坂」

船頭が笠を上げて素顔を露わにした。―――その貌は吉田 稔麿。岩国で脱藩を見送って以来、半年ぶりの再会となる。

「無事だったのか。お前―――」

「ああ―――松田さんが捜してくれて、暫く匿って貰っていた。俺は今、一時的に岩間 水之允という名に変えて生活している」

「―――何をするにも先ずお金という事で、期間限定()の仕事を紹介したんだ。松田の移動の事も考えてね」

再会の感慨を噛みしめる二人を、永鳥は穏かな瞳で見つめつつ言った。二人の再会を彼自身も祝福している様にも見える。

「長州の者とはまだ顔を合わせられずにいるが、松田さん・永鳥さんの伝手を利用させて貰って同志を増やしているところだ。もう少し経てば、活動を始める事も出来る」

「用意周到じゃねぇか。俺も負けてられねぇな」

歯切れ良く吹っ切れた様子の吉田の口振りに、久坂は安堵する。・・・あ。と、久坂は思い出した様に言った。

「・・・あ、そうだ。吉田、喜べ。お前の脱藩の件、そうせい候の情けで家族に対しては不問になったぞ。ふさは無事だ」

「―――。・・・そうか」

―――稔麿は目を見開いた後、・・・静かな声で一言だけ呟いた。以降、家族について何も言わないが、その表情は僅かに和らいでいた。

「・・・久坂、お前と俺は対岸に渡ったら築地に抜ける。築地に店を予約していて、皆其処に集まる事になっているんだ」

再会の喜びもそこそこに、対岸が近づくのを見計らって永鳥が次なる計画を確認する。永鳥も内面は意外と情緒深いのかも知れない。

「吉田は重助を対岸まで運んだ後、其処へ向かう事になっていたね」

「はい」

稔麿が神妙な面持ちで答える。稔麿と永鳥の間では既に大方の打ち合わせはされている様だ。稔麿の表情は少しばかり深刻でもある。稔麿の表情の深刻さが久坂は少し気になったが、程無くして舟が岸に辿り着く。

「・・・では、久坂。後でな」

「―――ああ。気をつけて来いよ」

永鳥と久坂が舟を下りた。稔麿は律儀に

「―――永鳥さん、久坂を如何かお願いします」

と、頭を下げる事を忘れない。永鳥はくすくす笑いながら

「大丈夫。誰もお前達を取って食う事なんてしやしないさ。桂にも、俺と重助から既に話はつけてある」

と、稔麿の初々しさを愉しんでいる様な含みを持たせた返しをする。桂も之から行なわれる会合に参加する様だ。桂は長州藩の役人でもある。

その桂と、脱藩浪士となって初めて稔麿は顔を合わせる事になるのか。稔麿の表情が浮かないのはその対面を意識しているからか。

「あ、其と、高杉が今朝方旅から帰って来た様だよ。今日の会合にも参加するそうだから、心しといて」

永鳥が茶目っ気たっぷりにそう言った。久坂と稔麿は眼を見開く。破天荒の権化で何を仕出かすかわからない男なのに、高杉の名が出ると何故か安心する彼等がいた。・・・稔麿の張り詰めた顔が、何処と無く落ち着いた様にも見える。

「じゃ、行くよ久坂」

永鳥が口許を襟巻で被いながら前へ進む。―――遂に、松陰門下の三秀が揃う。

之以上この場で積る話をしていれば、何かしら疑う者が出てくる。久坂も速やかにその場を離れ、船頭に戻った稔麿は対岸へと引き返して往った。

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