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十四. 1860年、萩~兄・吉田 稔麿~

―――松陰先生の通った後を追う。上関を経由して長州支藩岩国吉川(きっかわ)領へ松陰は入っている。本小説の冒頭で説明した、あの裏切者の吉川家の領地である。そして本藩とは違って、佐幕派である。

錦帯橋より錦川を臨む。松陰が此処を通った時、風情を感じさせる要素は何一つ無かった。閑散として、自然は皆昏々と眠り続けていた。嘉永5(1852)年12月、自然界は冬眠の季節である。

併し今は、目の前に臨む城山の樹々達は紅橙に黄色にそして、常緑樹は其の侭の緑で色とりどりに着飾って、錦帯橋を訪れた稔麿を出迎えている。

紫雲の空を見上げれば、緑との境目に白い岩国城。

辺りがまだ薄暗いからか、飛螻蛄(とびけら)が、城下町の家々が燈し始める(ともしび)を求め橋の向うから此方に飛んで来る。


「――――・・・」


―――万延元(1860)年10月。秋も深まる季節。


この橋を渡らず北東へ、山陽道に沿って周防国山口と安芸国広島の境へゆけば、小瀬川。松陰が野山獄から江戸へ送致される際、その川の渡しに歌を遺している。

松陰が最後に見た故郷の景色。

・・・見届けようと思った。

ざっ,と一歩踏みしめて、錦帯橋を横眼に去ろうとする。錦鯉の如き半円を描いて跳ね上がる5つに連なるアーチ橋。3代領主広嘉の時代より誇る岩国の象徴。猶、この頃から既に通行料を徴収している。

「吉川さんもケチケチしてんよな」

稔麿ははっとして振り返った。吐息の混じった声が聞える。久坂 玄瑞が、自分と同じ軽装で岩国玖珂(くが)の宿場町を背に立っていた。

「久坂―――・・・?」

「矢ッ――張りこの道沿いだと思った!何度追うのをやめようと思ったか!」

久坂は息を切らしながら言った。別に体力が無い訳でもないと思うのだが、本作の久坂は旅をするといつもばてている気がする。

「―――・・・よく、判ったな」

・・・・・・稔麿が静かな声で言った。爽籟(そうらい)の冷気を伴う風が錦川の方からそよそよと吹く。久坂が雰囲気をぶち壊して大きなくしゃみをし

「わっかんねえよ!!」

と、洟をかむ様な勢いで台詞を吐き捨てた。・・・まぁ当然かも知れないが、怒っている。

「お前の事だから松陰先生の檻送された経路を辿って長州を出ると思ったよ!だが俺はそんな事を考えた事も無いけぇな、松陰先生の書斎に行って先生の書き()った日記を読んで、経路を組み立てて!追う途中でも道往く人に、最敬礼しても一本足りとも落ちてこない凶器の様な総髪で勢いよく後ろ髪を振り回すと半径四尺内に居る人間の首を斬り飛ばせる齢の割に鼻唇溝(ほうれいせん)が目立つ刺客(ころしや)の様な眼をした男を見なかったか要所要所で確認入れて此処にやっと来た訳だ!一晩寝ずに歩き(とお)してな!」

「取り敢えず、迷惑だったという事だけはよくわかった・・・・・・済まん・・・・・・」

稔麿、物凄い言われようである。久坂、地の性格が出すぎて所々に長州弁が交っている。まぁ、そこまでしたなら当然かも知れない。

「腹減った・・・まだ何処も店は開いてないよな」

「夜が明け始めたばかりだからな」

稔麿が朝陽の昇る方角を見つめながら言う。空の色は紫から、少し紅みを帯びてきている。久坂も片目を細めて朝陽の昇る方角を見た。

「仕方ねえ」

久坂は料金箱に銭を投げ込むと、錦帯橋を渡り始めた。来いよ。と久坂は振り返って言う。

「お前の分も払ってるんだぜ」

併し、当時錦帯橋を渡る事が出来るのは士分の者や権力者に顔の利く一部の商人だけであった。詰り、久坂は渡れても稔麿は渡れない。

「お前は本当に生真面目だな。斯ういうのは、誰も見てなきゃ別にいいんだよ。其にお前は、もっと大きい犯罪(コト)をしようとしてるじゃねぇか」

・・・・・・。稔麿は確かにそうだと感じたのか、錦帯橋を渡り始める。日の出が一番綺麗に見えそうな、中央のアーチの頂点で止り、結構急な弧状の手摺に身体を預ける。辿り着いた稔麿に久坂がほらよ。と古びた布の様なきつね色の三角形を手渡す。

「携帯食に文に炙って貰った油揚げの煎餅だ。特等席での朝飯もいいんじゃねぇの」

「どうして油揚げなんだ・・・」

「然る人に勧められて食ってみたら意外に美味くてな」



くっしゅ!

松田 重助がくしゃみをし、布団に簀巻きになってぶるりと身体を震わせる。江戸の気候は他の地域と比べて季節の変化に鈍感だが、朝夕と昼間の寒暖の差が大きいのは昔からの事で、乾燥するので体感温度が実際の気温以上に低く感じる。

「何年居っても慣れんな・・・」

くるんと寝返りを打って身体をまんまるくし、暫くすると其の侭ぴくりとも動かなくなった。



油揚げと共に炙った醤油の香ばしい風味が、噛む度に口の中で広がる。

「妹が・・・お前の処へ来たのか」

稔麿が推し量って言った。久坂は何も言っていない。併し、隠す心算も無く

「ああ」

と、けろりとした表情で返した。

「・・・・・・迷惑を掛けたな」

「いや、お前がな?」

久坂がにへらと笑いながらズバリ言う。真面目な稔麿はそこを指摘されるともう何も言えなくなって仕舞い、()し黙るしかなくなる。久坂は稔麿をからかうのをやめ、だが

「おふさの行動は適切だったと思うぜ。子供でよくあそこまで(しっか)り出来たもんだ。・・・お前の家庭(いえ)、すごいな」

と、飽く迄軽妙さを失わずに労わった。・・・・・・稔麿の表情が翳る。稔麿は余程思い詰めているらしく、長い時間、錦川の穏かな水面に視線を落した侭何も喋らなかった。

稔麿の心境とは無関係に陽は昇る。

太陽は稔麿を置いて昇ってゆくが、久坂は()った。長州藩は常に太陽から置いていかれている。毛利が山陰に追い遣られた260年前のあの日から。

「・・・・・・吉田先生の言葉が、頭から離れないのだ」

・・・・・・稔麿は切れそうな溜息と共に、掠れた声で言った。

稔麿は日頃、感情を余り表に出さない。笑う事は勿論少ないし、桂の様に平静でいても感情が節々で滲み出る事も無く、かといって大村の様に凡てを要不要で捉えるのでもなく、秩序を重んずる。併し、入江の様に思考を松陰に預ける事も出来ず、常に自分を厳しく律していた。高杉の様に振舞いが本来の性格を霞ませるという事も無い。詰り“あそび”の部分が一切無い真面目一本槍な上、剥き出しなのだ。この性格の侭20年生きてきたのだから、打たれ弱い筈が無い。寧ろ逆境には強かった。故に今迄折れた事も無かった。

が、恵みの雨の様な松陰の優しさを前にしては、彼ほど脆いものは在なかった。その事には稔麿自身が最も戸惑っている。まるで雨水が樹の根を腐らせるが如く、踏ん張りが利かず、自分だけが前に進めない。松下村塾で過した凡ての事を忘れ、小者としての日常に戻ろうとどれほど努めても、松陰の教えの一つ一つが頭に刻みつけられて離れない。


『―――君達なら、日本(ひのもと)()ずる太陽になれる』


―――朝陽の昇る眩しさに、二人は目を細めた。錦帯橋に陽の光が当り、愈々鯉の上に乗っている様であった。

「『日の出ずる国』か―――・・・」

久坂が日の出を見つめながら呟いた。日の出の光が(あかる)すぎて、空全体が白く見える。

「吉田先生は、共に日本(ひのもと)をつくり変えようと言ってくれた。身を捧げたくなる様な国にする為に、自分達が先ず身を捧ごうと。・・・萩に居た時も江戸に居た時も碌な事は無かったが、先生にそう言われて―――・・・初めて、救われた気がしたのだ。・・・・・・思えば、ずっと受け身だった。あらゆる方法を先生に示されて、この国も捨てたものではない。・・・・・・そう想えた」

稔麿の哀しげな表情を、久坂は初めて見た。

稔麿がどの様な半生を送ってきたのか、久坂は余りよく知らない。稔麿と出会ったのは、松下村塾に入塾した時だった。その時には既に稔麿は松陰の下で学んでいた為、松門では稔麿の方が先輩だとも謂える。

その為、入塾以前の稔麿を久坂は見ていない。只、一説に稔麿の吉田の姓は松陰が自分の姓を名乗らせて遣ったとも、稔麿の(あざな)は松陰が付けて遣ったとも聞く為、碌な名さえ与えられぬ人生だったのかも知れない。


―――そんな中現れた一筋の光。だがすぐに奪われた光。


いっその事盲目な侭生きていればと嘆いた。光に鈍感であったなら、光が示されても光の眩しさを感じずに済む。通り過ぎられたのだ。そうであれば、こんな光の無い世界でも生きる事は出来た。併し光のあたたかさを知って仕舞った今となっては、出来ない。

光の眩しさもあたたかさも感じなければ、失っても如何とも思わないのに。

「・・・・・・その先生の幻影に、俺は取り憑かれている」

・・・稔麿は自嘲気味に言った。


『―――君のもつ恨み悲しみは、君だけのものではありません。屹度(きっと)多くの人が、世を儚んでいる事でしょう。・・・そうそう。今度、入江君という方が入塾します。君と同じ境遇の方です。君の世への恨み悲しみも、君の境遇も、君独りが持ち得るものではありません。ですから―――・・・忘れなくてよいのですよ。君の恨み悲しみが癒された刻には、多くの人の恨み悲しみも昇華された世になっています。決して独り善がりな考えではありません。その感情を糧にして、この様な悲しみの多い世を変える事が君と入江君には出来る。

君には志士になって貰いたいのです』


未だにこの言葉を信じている。否、信じてはいないが、其が遺言の様に機能して、半ば使命感の様なものを帯びていた。

想えば、稔麿のありのままを受け容れてくれたのは松陰くらいしか在なかったかも知れない。

「松陰先生に取り憑かれているのは、皆一緒さ」

久坂はふっと思い出し笑いをした。最近巷では長州は藩自体が気が狂っているのではないかと噂されている。尤もこの時期のこの噂は幕府に拠るデマゴギーに過ぎず、特に九州の諸大名に流す事で長州藩を監視させる意図を含んでいるものの。併し松陰の思想に被れる者が増え、藩全体の行動が派手になってきているのは確かだ。その点では、松陰に憑かれ気が狂っている。

「・・・おふさはお前が帰って来なくても元気でいてくれれば其でいいと言っていた。本当によく出来た妹だと思う。

―――おふさとお前の生真面目さに免じて、今回に限って俺も真面目に言うがな」

久坂の顔から笑みが消える。正面から向き合ってはいないのに、稔麿を横に見る久坂の眼は存外、きつい。

「―――・・・脱藩(くにぬけ)は、やめとけ」

久坂は最初、矢張り稔麿が此の侭東へ往こうとするのを止めた。

「脱藩は何だかんだで重罪だ。幾ら毛利さんが甘い方だと言っても、一様に罰は受ける事になるぞ。軟禁程度で赦して貰えるのは松陰先生くらいか―――・・・あとは、妙なコトしても叉かで済まされる高杉ぐらいしかいないんじゃないか」

彼等は士分でもあり要人に顔見知りが多い。高杉の場合は、父・小忠太(こちゅうた)が要職に就いている。父は俗論派・長井 雅楽(うた)の同期でもある。知り合いがおらず身分も低く、おまけに俗論派が勢力を増している中で脱藩でもしようものなら、稔麿、家族、何をされるか想像できたものではない。

「・・・・・・」

稔麿は顔を伏せた。くせで、誰が相手でも表情を隠す。その仕種が逆に悲愴感を益した。

「脱藩なんてしなくても、別に攘夷運動は出来るぜ。長州(うちの)藩は」

久坂は稔麿を諭した。之は稔麿の不幸な生い立ちの中でも幸いな事で、藩主が徳川に機嫌を取ろうとする気が無いのが最大の強みである。之が土佐や肥後であったならそうはいかず、土佐は藩内でも藩外でも遠慮無しに多数の志士が殺されたし、肥後はこののち戦場を舞台にして大きな内乱が起り、多大な犠牲と脱藩者を齎した。この内乱については後に書く予定でいる。

本作と関連の深い肥後藩に関して取り上げると、土佐藩が脱藩罪の扱いが重かったのに対して、肥後藩は兎角生かさず、殺さずの(へき)があり、気に入る者も入らない者も藩から出さずに生殺し若しくは飼い殺しにした。この為、宮部や彦斎も脱藩を飽く迄最終手段とし最後の最後までその選択を残した。・・・労働力に使える為、追手が執拗(しつこ)いのである。

―――併し、稔麿の場合この肥後は他ならぬ身内であった。彼は国どころか藩の土俵にすら上がれていない。彼にとって現在の状態はまさに労働の為の飼い殺しと謂えた。

「―――・・・断ち切らねばならぬ」

・・・と、稔麿は呟いた。久坂は聴き取り損ねて「ん?」と聞き返す。稔麿は今度は明瞭(はっきり)とした声で

「家族の(ほだし)を断ち切らねば俺の大義は果せない。俺は長州藩を脱するのではなく、家族(あのいえ)を脱するのだ」

と、宣言した。之には久坂も思わず絶句した。稔麿の血迷(くる)いは本物であったか、と焦る。

「おい、お前何言って・・・」

「毛利公には感謝している。先生を・・・・・・吉田先生を、最後まで守ろうとしてくれた。毛利公に家族を奪われるのなら―――・・・妹達には悪いが、甘んじて受ける。まだ、許せる。だが、御国や外国(いてき)に拠って藩や家族が奪われるのには耐えられない。御国が亡くなれば―――・・・・・家族など、元も子も無い」

家族が自分にとっての一番の枷となっている事に、稔麿は理解と自覚があった。家族には拠り処と(しがらみ)の両側面があり、様々な感情が()い交ぜになっている。

「・・・・・・御国の為に事を成すのに、家族(あのいえ)は障害となる。家族(あのいえ)は俺が此の侭である事を・・・・・・誰かの奴婢(どれい)である事を望んでいる。俺は・・・・・・己の意思で動いてみたいのだ。其を家族(あのいえ)は邪魔をする」

「・・・・・・」

久坂は呆然として、稔麿の発言を聞いていた。稔麿の発言の端々には、家族に対する憎しみさえある。

どこか無意識の中で、家族は在るだけで幸せな筈だという幻想を抱いていたのかも知れない。何せ久坂は少年期に家族を全て亡くしている。複雑な感情を懐く前に、家族は在なくなった。

故に、稔麿の家庭の複雑さが久坂にはまるでわからなかった。稔麿の家庭が少しばかり特殊である事も、久坂が常識で補ってきた一般的な家族像ではわからなくしている。

只、この時久坂の頭に(よぎ)ったのは、宮部と出逢い、松陰主宰の松下村塾に入塾する契機となった4年前の九州遊学が決る経緯であった。あの時期に急に九州遊学が決ったのは、家族が相次いで死に、家督が転がり込んできたからだ。

中でも兄の死は玄瑞の人生に直結している。兄・玄機が自分に攘夷思想を教えてくれ、そしてあの刻死ななければ、自分は宮部に紹介される事が無く、また松陰の事を知る事も無く、究極的にいえば攘夷活動に携る事も無かったかも知れない。兄が死んだ事、兄の存在が無くなる事で、玄瑞は今の生活を得ているのである。


―――在る事が一概に重要なのではない。無くなる事が重要な役割を果す場合も多くある。之は武士道と照し合わせると考え易い。

生きる事が重要なのではない。どう生きるか。生きるべきか、死すべきか。

不要だから無くなるのではない。無くなる事が必要だから無くなるのだ。

之はのちに久坂が刺客に佐幕派を斬らせる際の大義名分となり、禁門の変で己の腹に刃を立てる動機となる信念へと変るが、この時はまだ家族さえも要不要があるのかという部分で思考を止めている。


「だから―――断ち切る」


稔麿の決意は固かった。―――顔を上げ、久坂を真直ぐに睨みつける。止めてくれるなという表情であったが、久坂には途中から止める気が無かった。その覚悟があるなら・・・というか、そう言われて仕舞うと止める理由が見つからない。

「・・・・・・いいんじゃねぇの」

と、久坂は言った。

「・・・・・・俺も家族が死んだ御蔭で自由に動けている様なもんだからな」

久坂は知らず伏し目がちになっていたが「・・・ん?」と上目になって稔麿を見た。・・・・・・いや。稔麿は視線を逸らした。

「そういう手もあったのかと・・・。その方が確実だし、他の誰かに奪われる位なら・・・・・・」

「おい。俺は別に殺ってないし、お前が言うと冗談に聞えないからやめろ。確実に死罪になるぞ」

久坂が真顔でツッコむ。大丈夫なのかこの男はと半ば本気で心配する。

「いや、冗談ではない」

稔麿は久坂以上に真剣な表情で、或る意味期待以上の反応をした。真面目もここ迄突き貫けていると怖い。・・・だが

「・・・其程、俺にとって松下村塾で学んだ事は大きかったのだ」

相当悩んだのだろう。決断し、幾度も幾度も顧て其でもこの答えを採択したに違い無い。真剣に、再考と熟考を重ねた末の、常識的な人間が出しても出たのが、この狂った答え。

―――風雲児という単語が在る。社会変動や時代に乗じて活躍する英雄を指す単語だ。

風雲児達は、平時―――詰り、社会変動や時代の変化が無い時期―――は変人や狂人に部類されるのだという。彼等は何かしらの行動を起さずにはいられない。行動を起すから変人や狂人と蔑まれるが、行動無しに革命など在り得ない。

黒船来航を皮切に、江戸時代の“平時”は終った。動乱期が訪れ、平時の常識・当り前が全く通用しなくなり、時代は今“行動”を欲している。行動は、人間のどこかが狂わなければ起す事が出来ない。己を顧て仕舞うからだ。己のすべき事ではなく、己の身の安全を、である。

狂わなければ、大業を果す事は出来ない。

「・・・・・・どこまでも生真面目だな」

・・・呆れた様な息を吐いて、久坂は肩の力を抜いた。・・・俺はもう真面目(ソレ)はやめるぞ。疲れる。通常の気の抜けた締りの無い顔になる。

「・・・・・・脱藩は分ったが、当てはあるのか」

久坂は欠伸をしながら言った。陽はもう高く昇って(あか)から黄へ色相を変えていた。快晴で、真青な空が広がっている。

「―――江戸へゆく。江戸には住んでいた期間が長かったからある程度勝手がわかる。・・・稼ぐ当ても考えてある」

「江戸か」

江戸は頼れる人物が数多く在る。併し、脱藩をするからには長州藩邸に勤める桂や周布を恃む訳にはいかない。

「江戸で脱藩浪人の知り合いを知っている。ソイツに手紙を送っといて遣るよ。浪人生活が長いし世話焼きでもあるから、屹度快()くしてくれる筈だ。何より、長州人に好意をもっているしな」

「併し、俺は国事に奔走する心算でいる。・・・迷惑にならないのか」

「ソイツはもう既に国事に奔走してる。可也ド派手な事を遣っているらしいぜ。お前の方が振り回されるんじゃねぇか」

言うもはや、久坂は携帯用の筆と紙を取り出すと、さらさらと書き出す。頭脳派であったと云われる久坂だが、意外にもかなりざっくりした文字を書く。草書を書かれると最早稔麿には読めず、一部の教養人など読み手を選ぶ字体となる。文章さえ浮んでいれば物凄い速筆で、口が動いている間にさっさと書き上げ、懸紙に仕舞った。

「・・・江戸で?どんな名だ。人相書など出ているのなら俺も恐らく知っているが、その者の変名をお前は知っているのか」

稔麿が冷静に訊く。久坂は懸紙に乗せた筆の先をぴたりと一瞬潰した。既に書かれた木偏の字が太く滲む。

「・・・知らないけど・・・ま、何とかなるだろ」

久坂は其の侭『松』と書いた。強行して其以降の文字を綴る。稔麿は少し表情を曇らせた。

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