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悪の矜持  作者: runa
6/12

伍*学園の赤薔薇は回想する。

回想編をお届けしますヽ(´o`;


バグまみれの本編以前の話になりますので、彼女の悲壮感たるや………



当初の予定よりか、長文になりました。

因みにまだ本編中には出てこない人が一人出てきます。

あの子が泣いているのを見て、目を見開いたのは。

『それ』が弟に与えたものに思い至り、後悔したからだ。


***







茨木 蒼太。

私の前世、茨木 圭の弟。

まさに儚げな美少年を地て行く子で、その肌は病的に白く、目鼻立ちも通っていて、運動よりかは読書を好むそんな幼少期を送った。


発症は、小学校の高学年に上がった頃。

貧血でそれまでも度々倒れることのあった弟に、告げられた残酷な未来。

それからあの子は、感情を表さなくなった。

表情は変わる。話も、言葉少なではあったがちゃんと交わせる。


それでも、全てが本心からのものではないと分かる。


肉体的な死を諦観と共に受け入れたあの子は、心を先に殺してしまった。

笑わない。泣かない。怒らない。何にも興味を示さない。

それがあの子だった。



もはや、長くは生きられないと彼自身が気付いていた。

感情は醒め、時折見せる笑みも作り物だと家族は皆分かっている。

それでも、安易な慰めなど到底言葉には出来ずに。

ただ、私たちは何も出来ないまま弟を見守ることしか出来なかった。

大切だったからこそ、その傷を抉ることなど出来なかった。


病室にずっといる弟の、僅かでも暇つぶしになればと。

そんなささやかな償いの思いで差し出したゲーム。






実は、間違えて渡したものだった。






弟がゲームを始めた頃にどこか訝しげな様子で画面を見ていたのに気付かずにいた自分も自分だ。パッケージはほのぼの育成ゲームだった筈が中身はガチの凄惨乙ゲーだったのだからそれはそう。訝しむのも無理はない。




ただ、一言言わせて。



初めから聞いてよ、蒼太。

明らかにおかしいってわかるよね、弟よ。



とはいえ、一つ目のルートをクリアし終えた弟がその時点からどこか人間らしい表情を取り戻してきた様子で。

間違いに気づいてからも、他のルートの攻略に懸命に取り組む姿にこれはこれで良かったのかもしれないとそう思い始めた矢先。




弟が、絶望していた。

病室のベットで身を震わせ、ゲーム機を投げ捨てて嗚咽を漏らしていた。

人生で初めて見る弟のガチ泣きに、思考は一瞬真っ白になった。




あの弟が、泣いている。

もはや治療法はありませんと医師から告げられた時にさえ、醒めた目を伏せて頷いただけだった彼が。





どうして、一つとして救いが用意されていないのかと。


自分は、あの人を救いたかったのだと。





怒りに身を震わせ、全てに絶望していた。



なんてことをしてしまったのだ、わたし。






姉として、自分の犯してしまった過ちに気付いた時には人生で実際にやる時がある人の方が限られている秘義、スライディング土下座を無意識に決めていた。


それはもう、見事な助走と相手を絶句させる完璧なタイミングだった。






弟も、流石に驚いたのだろう。

姉の完璧なスライディング土下座を前に、涙を止めて唖然とした様子で凝視していた。








あのマジ泣き日から一週間を待たずに、弟はその生を終えた。

あの日以降、弟は病気になる以前の穏やかな顔で笑うようになっていた。

やっと取り戻してくれたそれに、家族が喜んだのもつかの間。




運命は、どこまでも残酷で。

病は躊躇い無く振り下ろされる死神の鎌の様に、弟の命を狩り取った。




呼吸の為のマスクを外し、最期に泣き笑いの様な表情を浮かべて。

弟は、家族に告げた。





「いままで、ありがとう」





辛うじて聞き取れるような、そんな掠れ切った声でも。

確かにそれは家族全員に届いた。


駄々をこねるように、その言葉に笑って返せる筈も無くただ首を振り続けるだけだった姉よりも遥かに弟は、大人だった。


それが、哀しくて。

なにより、寂しくて。

まだ子供でいてくれてよかった。

だってまだ、十五歳だ。だから、この先もまだ楽しいことが沢山ある筈で。

だから………聞いて。




優しくて、思慮深い私の弟。

これから成長して、君はきっとハンサムになる。

今よりもずっと大人になったら可愛らしい彼女を家に連れて来て。

誰より人の心に寄り添える君だから、きっと大切に恋を育んでいくだろう。

幸せな家庭を築いて、昔はこんなことがあったんだと家族で語り合って。

互いに年老いたその時に、君みたいな弟を持てて私は幸せだったと。


長い月日のその先で。

そう言って、先に逝くのは私だった筈なのに。




こんな終わり方なんて認めたくない………








そんな思いも、現実の前では無力だ。


容赦なく、心停止を告げる音が病室に響く。

絶叫した私たち家族の声でも、それは全て掻き消せるものでもない。




その時、私たちは最愛のひとを目の前で亡くした。




後の人生は、弟にはとても言えない散々なものだった。

弟の死をきっかけに、数年後両親は離婚した。

母を選んだ自分は、その後風の便りで父親の再婚を知った。

私を大学まで生かせる為、母はその身一つで働いてくれていた。

自分はその支えに少しでもなりたくて、学業の傍ら可能な限りバイトに打ち込んだ。

そして大学に無事に合格。奨学金の枠も得られた。



ようやくこれで、母を少しでも楽にさせて挙げられるとそう思っての帰り道。

背後に人の気配を感じて、振り返る前には手遅れだった。

腹部に、言い表しようのない激痛。

最後に視界に映り込んだのは、バイト時代に知り合った男の顔。



「あんたが、俺を見ないから」



そう。

つまりはストーカー化した男に刃物で刺されて私の前世は幕を閉じたのだ。













次に目を開いた時には、全く違う世界の中にいた。

初めは全く見覚えが無いと思っていた世界の中で、今世はどうあっても男に関わり合いにならない様にしたいものだと思いながら十二まで成長した頃。




聞き覚えのある名前だな、とは思っていた。

他人事のように呼ばれる自分の名についてそう思っていた自分の暢気さを嘲笑う様に、それは目の前に現れた。



その凶悪な笑みは、何処をどうしたらこの年でそうなると思わせるほどに歪んだもので。

その容姿は、前世で画面越しに見たそれだ。

緋色がかった双眸に、白皙の面。灰白色の柔らかな髪。






「………天正院 暁人」






それを視界に入れた瞬間に、自分の口から零れたその名。





『桜の褥~この手を血に染めても君を抱く~』

当時もこのタイトル自体に軽く引いたのは、友人には内緒にしていたものだが。



そもそもこの乙ゲーは自分から積極的に購入したものではない。



自分がまだ茨木 圭として生きていた頃に特に仲が良かった三人の内、二人がこのゲームにいたく嵌り込み、再三勧められた挙句にしぶしぶお財布の口を開いた次第である。



ゲームだから、まだシナリオとして苦笑に留められる部分も多くあったこのゲーム。

しかし現実にこれを転化してきたら、苦笑では終われない。




自分の幸せのみに傾倒し、周囲が血まみれになっても笑っていられる壊れたヒロイン。

ヒロインの存在に心の闇を開花させ、血と暗がりのルートへ堕ちていく攻略対象たち。

狂人ゲームと呼ばれた所以である。

そしてこのゲームにおける、最大の被害者というべき捨て駒の存在。

それがメインヒーローの婚約者として登場する令嬢。





久遠寺 透子。



今の、私自信を示す名を絶望の内に呟く。





何せ、彼女はどのルートを通っても彼らの狂愛に巻き込まれ、壊れていく。

殺されるのだ、彼等に。





ある時は、首を絞められ。

ある時は、全身をめった刺しにされ。

作中唯一無二の、最悪ルートと呼ばれるハーレムエンドにおいては攻略対象全員の罠によって呼び出された先で身も知らない複数人の男たちに輪姦され、精神を壊される。

その映像をライブに流され、心身ともに追い詰められた彼女は自らの首を突いて死を選ぶ。


血に塗れ、狂気に溢れたその終わりに一欠けらの救いも見いだせないと当時もかなり話題になった。


その幾えに連なるルートの半数近くで、自分の婚約者である令嬢が壊れていく様を傍観し、天使の様な微笑みで見届ける存在。

そんなものを前にして、心が折れそうになったのも無理はない。





歩み寄って来るその悪魔の足音を聞きながら、諦観に傾き掛けた自分。


けれども、一つだけ。

脳裏に過った、あの子の声が私を暗闇から呼びもどしてくれた。






「こんな終わり方、僕は認めない………!!!」






あの、血を吐くような叫び。

それが『私』に向けられたものだったから。

だから、まだ諦めない。

あの子が諦めていなかったのに、姉の自分が諦められるわけがない。







蒼太、貴方のお陰で私はこの先を戦おうと思える。



正面で向かい合ったそれに、視線を合わせて微笑んだ。







「お初にお目に掛かります、天正院 暁人様? 久遠寺 透子と申します」


「あァ、お前が久遠寺の娘かよ。……で、その如何にも作り物めいた笑みはどういう意図か聞いたほうがいいのか?」



此方を不快にさせる嗤いを前に、眉一つ動かさないままこれ以上無く端的に答えた。




「あら、それは当然貴方様を慕っているからですわ」


「は、壊しがいの無い女だ。……期待はずれだなァ、ったく。……逢見が珍しく気に掛けてると聞いていたから期待してたんだが、とんだ時間のロスじゃねえか………」



その言葉のまま表情に落胆を見て取りながらも、しかし看過できない言葉が一つ。




逢見。




それは、作中で隠しキャラとして登場する予定だった逢見 朔夜を示していると思われる。


しかしこのキャラ、販売初期にバグが多発し最終的には幻のキャラと称された曰くつき。

実際、嵌り込んでいた友人二人もこのキャラについてはビジュアルしか把握できずに終わったと再三嘆いていた。



それが、どうしてこんな序盤でメインヒーローであるこの男の口から出てくるのか。





混乱する内心に拍車をかけるように、それは姿を現した。

様々な色彩が散るパーティの最中でも『彼』の持つ色彩は一際目を引く。




「おや、こんなところにいたの暁人。……と、ああ! 貴女が久遠寺の姫君ですね。お会いできて光栄です。噂はかねがね、僕も今から楽しみですよ。貴方の行く末はさぞ、芳しいものになるでしょうから。…申し遅れましたね、僕は逢見 朔夜と言います。以後、お見知りおきを」




逢見 朔夜。

その柔らかな雰囲気も、口調も全てに違和感を覚えて思わず眉を潜める。



生理的な、もはや嫌悪感と呼んで差し支えない異物感。



ビジュアルについては友人から聞いていた通りだ。



まるで闇を切り取った様な漆黒。

濡れ羽色の髪の間から、黒曜のような双眸が細められて向けられる。

病的な白い肌には、生前の弟を重ねてしまう。

作中随一の美貌と謳われたそれに、嘗ての自分なら頷いたことだろう。

それだけ美しい、人外めいた美貌だ。



何だ、この違和感は。



どうしてこんなにも、五感が騒いで仕方ないのかが自分自身分からないことへの焦燥。

僅かに顔色は青ざめていたかもしれない。



「久遠寺さん? 顔色が優れない様ですね、やはりこの騒がしいのとは相性が悪いのかな。宜しければ、ご家族を呼んで来ましょうか」


「いえ、お気になさらず。……少し会場の空気にあてられただけですわ。暫く壁の花になって休めば問題ありません」


「そうですか。……ほら、暁人。僕等は邪魔になるからそろそろ行くよ? では、またお会いできる日を願っています。久遠寺の姫君」



緩やかに微笑み、有無を言わさずに天正院を連れてその場を後にする背を見送り、ここでようやく動き出した思考をまずは落ち着かせようと会場の隅へ身を寄せた。




そこで、思わぬ声を拾うことになる。

見知らぬ三人の令嬢が、囁き合う様に噂するのは件の二人についてだ。






「逢見様、二年前に帰国されてから一層麗しくなられたというのは本当でしたのね」


「天正院様とは仲が宜しくて、両家の繋がりもこれから強まっていくんでしょうねぇ」


「確かに御二方とも見目は麗しいのは結構ですけれど、お二人ともくれぐれも必要以上には近付かないことですわ。鑑賞に留めるなら存分にされても差し支えありませんけれど、特に逢見様に関しては正直あまりいい噂は聞きませんもの」



三人目の令嬢の話に、思わず聞き耳を立てていた自分は悪くない。

自然だろう。この流れなら、誰だってそうする。



「……あら、それは本当ですの?」


「……滅多な事は口にしちゃ駄目だよ、花音」


「残念ながら、火の無い所に煙は絶ちませんの。真偽は分かりかねますけれど、本当の意味で幸福を掴みたいと思われるなら、あの方々のように目を引く殿方は避けるのが最善ですわよ…?」



花音と呼ばれた令嬢は、傍から見ればライバルに戦線離脱を勧める策略家とも取れなくはない。

しかし、その相貌には恋愛特有の熱意など欠片も見受けられない。



つまりこれは、彼女の本心からの忠言に他ならない。

それを他の二人はわかっているのだろうか、と不安になって横目で見ていた。


しかしそれも杞憂だったみたいだ。


「花音さんがそこまで言われるなら、真偽はともかく私は信じますわね。それに私の好みの男性はもっとふくよかな方ですし……」


「そうねー…。信じるわ。それに私の好みに合致しないしねぇ。もっと身長が低くないと。私より背の高い男性なんてあり得ない。加えて眼鏡。あれば尚よし」


「それを聞いて一安心ですわ。それにしてもあなた方の好みは変わりませんわね。美鈴、あなたは幼少期からぽっちゃり専でしたし。そうですわ、葵? 貴方の好みはもしかして北城高校の例の……」


「やーめーてー。こんなとこでカミングアウトとか勘弁ですから。もう、花音はほんとに他人事だと思って…」


「そういえば花音さんの好みの男性についてのお話はとんと聞きませんわね…?」


「あ、そういえばそうだよね。この際聞いておきたいな、花音?」





「………私、基本的に殿方については全く信用する気はありませんの。だから、将来的にも伴侶を持つつもりはありませんのよ」





………い、潔い!!!





この時、思わずその三人の輪に飛び込みたくなった自分の気持ちを表すならそうですね……


………この方、同士だわ。


そんなとこでした。

私自身、前世の死に方が死に方でしたし。

あの殺され方で男性不審にならない方がおかしいと思う。



そして気付いたのは、もう一つ。

この三方、ゲームでは久遠寺 透子の取り巻き兼友人でした。


ぽっちゃり専と断言していた少女が白河 美鈴。

おっとり系美少女であり。


自分より背が低い殿方求む、と宣誓していた少女は神薙 葵。

ボーイッシュで可愛い子だ。


最後に自分とは同士とも言えそうな少女。乃木 花音。

彼女に至っては、むしろ自分よりよほど悪役令嬢と言って違和感のない美女である。





今後始まるであろう、学園生活へ抱く恐怖。

それは今の時点で拭い去ることなど、到底できない高い壁だ。

それでも、今の私が抱く感情は恐怖だけではない。

少なくとも、彼女たちと友人になれるであろう未来。

それは心から歓迎したいと思っている。





私は今世と向き合うことになった。

未来は限りなく暗黒で、血の香に満ちている。

それでも、ふと思ったのだ。

何の根拠もない、夢幻のようなその未来。



私と同じ世界に、もし弟が同じように転生を果たしているのなら。


きっとあの子は『私』に気付くだろう。


その時はきっと弟は『私』を助けに来てくれる。


あの時の、血を吐くような思いは今も私の胸に残っていて。


それがこうしている今も『私』に信じさせてくれる。




きっと生き抜いて見せるわ。

だから、蒼太? 私は『私』のままあなたを待ちます。






今度こそ、愛する弟が私よりも長く生きる世界を手にするために。


それを、見届けるために。



ここまで読んで頂いた方々へまず、感謝を。


まだまだ風呂敷を広げ終わっていないので、もう暫く役者全員が出揃うまでお待ちいただければ幸いです。



それではまた、次回お会いできることを願いつつ…

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